はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

ヴィンランド・サガ③

2007-06-29 16:34:05 | マンガ
 500年前、ローマ民族が滅ぼされた。国の名前はブリタニア。今よりもずっとずっと高度な文明を誇った強い民族。それを滅ぼしたのがサクソンで、そのサクソンを滅ぼそうとしているのが我らデーン人(ヴァイキング)。最後の審判を20年後に控えた黄昏の時代の夜明けを眼前に、アシェラッドは語る。
「人間の世界は緩やかに、だが確実に老いてきてる」
 老成した眼差しが見つめるものを、束の間トルフィンも見た。
 1頭の馬が駆けてくる。デーン人の王スヴェンの息子クヌート配下の騎士。
 黄昏の時代に訪れた大博打のチャンス。アシェラッドは迷わず騎士の首をはねた。

「ヴィンランド・サガ③」幸村誠

 9世紀初頭に始まったヴァイキングのイングランド略奪は、300年を経るうちにアングロ・サクソン王朝の打倒を目的とした征服戦争の様相を呈するようになった。ヴァイキングは豊かで広大な内地に入り、略奪と虐殺を繰り返した。抵抗むなしく各地で敗戦を繰り返したイングランド王エセルレッドはフランスに亡命し、スヴェン王本隊の主力は北部ハンバー川より侵攻。ウェセックス地方を蹂躙し、いよいよ商業都市ロンドンに至る。だがそこで思いもかけない停滞を余儀なくされた。
 ヴァイキングの一将、「のっぽ」のトルケルがイングランド側に寝返ったのだ。ロンドン橋の要塞に立て篭もる彼の軍は精強無比で地の利をも兼ね備え、寄せ手側に多大なる損害を与えつつ微塵も陥落する気配を見せない。我らがトルフィンが単独で乗り込み一騎打ちの大手柄を狙うも、丸太を振り回すバカ力と頑強な肉体の前に、手指を切り落とすのが精一杯。逆に重傷を負って逃亡するはめになる。それは寄せ手側も同じ。4000の軍隊を残し転進するところを、なんとトルケル本隊500が襲い掛かった。「一人一人が熊のように強い」トルケル本隊の前に蹴散らされ、クヌート王子は捕らわれの身となる。
 子供のような顔で戦そのものを楽しむトルケルは、クヌート王子配下の将ラグナルとこんなことを語る。

「そーゆーことはね、問題じゃないんだよラグナル。キリスト教にかぶれてひさしいあんた方はもう忘れちまったかね? 我らノルマン戦士の誉れってやつをよ」
「……戦士の館(ヴァルハラ)か」
「そうさ。神々の使者戦乙女(ヴァルキリー)たちは、常に勇者の魂を求めている。神々の戦士(エインヘリアル)と呼ぶに相応しい勇者をな。まさに戦い、まさに死んだ者だけが、虹の橋(ビフロスト)を渡り、天界の戦士の館に住むことを許される。いかに戦い、いかに死ぬか。それが問題だ、敵は強けりゃ強いほどいい」

 あっけらかんとしたトルケルの口調に、逆に重みを感じたヴァイキング戦史第三巻。戦に生き戦に死すヴァイキング戦士達の信念に戦況が関わり、生み出されていく巨大な振幅。その渦中に飛び込んだトルフィンが掴む信念は……やっぱり未だ復讐なのだが……。
 そんな血まみれのリベンジャーの編とは別に、番外編として今回は「はたらくユルヴァちゃん」が巻末に掲載されている。トルフィンの姉・美人で男勝りなユルヴァの日常と悲しみが、殺伐とした作品全体に潤いを与えていて面白い。

ヴィンランド・サガ②

2007-06-29 15:41:11 | マンガ
「ヴィンランド・サガ②」幸村誠
 
 北海最強の傭兵団・ヨーム戦士団。その首領シグヴァルディの片腕として勇名を馳せていたヨームの戦鬼(トロル)・トールズ。15年前のノルウェー沖海戦で行方をくらませ片田舎で細々と暮らす彼の前に、ヨーム戦士団の参謀フローキが現れた。一個小隊のヴァイキング兵の武力をちらつかせつつ、イングランドでの大規模な戦列に復帰するようごり押してくる。戦災を知らない平和な村と家族を巻き込みたくない一心でその申し出を受けるトールズ。戦に逸るトルフィンが勝手に船に乗り込み、目の当たりにできたのは、しかしトールズの雄姿だけではなかった……。
 フローキの密命を受け差し向けられた刺客・アシェラッドとその傭兵団との死闘。首領アシェラッドとの一騎打ちに一度は勝つものの、形勢の不利は否めず、村の若者達とトルフィンの命と引き換えにトールズは剣を捨て、無数の矢弾を浴び、仁王立ちに絶命する。
 ……それをきっかけに、トルフィンの中の鬼が目覚めた。
 真の戦士に剣はいらないなんて嘘だ。
 剣を捨てなければ勝てたんだ。
 ちくしょう、あいつら父上に負けたくせに……。
 ちくしょう、ちくしょう、殺してやる。
 村に帰ることをよしとせず、アシェラッド達に追従し、いずれ仇を討つことを誓うトルフィン。その顔つきはすでに子供のものではなかった。憎しみにとりつかれた悪魔がそこにいた。
 双剣を引っさげ戦場を駆け巡る復讐者・トルフィンの生き様を描いたハードファンタジーの第二巻は、トルフィン変貌のきっかけに焦点をあてた。同時に親の仇に追従する無念さをも描いていて、なかなかに読み応えのある内容だった。

惑星のさみだれ②

2007-06-27 23:46:15 | マンガ
 今日はいい天気だった。
 今日は暖かかった。
 今日はよく食べた。
 今日は賑やかだった。
 今日はよく笑った。
 ……こんな日が、いつまでも続けばいいのに。

 夕日はさみだれの家の屋根にいた。星々の光に照らされながら、さみだれとノイと、誕生会のあとの余韻に浸っていた。
「あなたが望めば17歳18歳になることも、このまま大人になることもできるのですぞ」
 地球との無理心中を望むさみだれへのノイの忠告を聞きながら、夕日は束の間未来を夢想した。二人で過ごす、穏やかでくだらぬ日々。もしかしたらこの手に掴めるかもしれぬ世界。
「ごめんな、もう無理やねん。やめられへんねん。なあ、ゆーくん」
 落ち着いたさみだれの声音で、夕日は我に返った。
「一緒に死んで」
 彼女の顔を見た。諦観と絶望、そしてある種の共感をないまぜにした感情がそこにはあった。涙が出るほど美しかった。

「惑星のさみだれ②」水上悟志

 姫と下僕の心中物語、第二巻。今回は東雲半月が主役だ。
 精霊と幻獣の三騎士を除けば最大の掌握領域(テレキネシスのようなもの)を有する犬の騎士、東雲半月。表の職業はなんでも屋、裏では正義の味方を名乗り単身暴力団を壊滅させたりするほどの武力の持ち主だが、情と女にはとことん脆い。そのため危なっかしく見える二人が放っておけず、騎士としての立場以上に深入りしていく。さみだれに戦いの稽古をつけたり一緒にアニメや漫画の話で盛り上がったり、夕日に大人の男の後ろ姿を見せ誰かのために最善を尽くすことを教えたり、さみだれの姉・氷雨にちょっかいをかけたりと八面六臂の大活躍。その真骨頂は、さみだれの16歳の誕生会だ。さみだれ、夕日、氷雨、さみだれの父、半月の5人で祝ったその幸せな夜は、頑なに破滅を望んでいた二人の心を一瞬溶かした。
 だけどやっぱりこの漫画は一筋縄ではいかない。ドタバタギャグの入り混じったコミカルな展開や、心和むヒューマンドラマの末に、血も凍るような暗い結末が用意されていた。誰かのための犠牲、意味のある死、その成否について考えた。

ランド・オブ・ザ・デッド

2007-06-25 23:31:00 | 映画
 川を見ていた。
 水面には電気の光りに輝く高層ビルが映っていた。
 彼はしばらくその光景に見とれたあと、やがて無造作に一歩を踏み出した。

「ランド・オブ・ザ・デッド」監督:ジョージ・A・ロメロ

 近未来、地上のほとんどをゾンビに支配された人類は、要塞化した都市を築きそこに立て篭もるように生活していた。元はピッツバーグと呼ばれていたその街も、そうした多くの例に倣い、三方を川に囲まれた土地を防護フェンスで覆っていた。高層ビルに住む富裕層とその周りに這い蹲うようにして住まう貧困層。カウフマン(デニス・ホッパー)の指導のもと、厳格なる身分制が敷かれていた。
 ライリー(サイモン・ベイカー)は、武装した傭兵隊を率いて外界を探索するのを生業としていた。廃墟と化した街や店を物色しては食料や薬品、衣類に燃料などの生活物資を調達し、貧困層と富裕層に分け隔てなく供給していた。幾多の修羅場を潜り抜け、何千体ものゾンビを観察してきた彼は、ある疑問を抱いた。
 ゾンビが知恵をつけ始めているのではないか。
 未熟な会話(奇声)。道具の使用。生きていた頃に戻ることを追求したゾンビたちが、そのために成長している。それは身の毛もよだつような恐怖だった。
 厭世観を感じ、傭兵を辞めて車を手に入れ、北はカナダを目指そうと思い立ったライリーは、しかし車の入手のトラブルから人を殺してしまい、牢にぶち込まれることになる。だが、カウフマンに反旗を翻し武装蜂起したライリーの部下チョロ(ジョン・レグイザモ)を討つことを条件に釈放される。
 お供は顔面に大火傷を負って傍目にはゾンビにしか見えないガンマンのチャーリー(ロバート・ジョイ)と、見世物でゾンビと戦わせられていたところを助けたスラック(アーシア・アルジェント)、カウフマンの部下にして目付け役のマノレッティ、モニカ、ビルズベリーの3人衆。合わせて6人の混成部隊。彼らはピッツバーグへの大規模侵攻を開始したゾンビ軍団と擦れ違う形で街を出た。チョロの持つ装甲車を奪還し街へ戻るのが早いか、街がゾンビ軍団の猛攻の前に沈むのが早いか、多くの人の命を賭けたレースが始まった……。
 お見事、の一言に尽きる。20年ぶりにメガホンを持ったジョージ・A・ロメロ。まったく腕は衰えていない。彼独特の、人間っぽさの残ったゾンビや、ゾンビのいる世界で過ごすということの表現にむしろ磨きがかかっている。質感や空気すらもリアルに感じられるゾンビ映画なんて、滅多にお目にかかれるものではない。
 題名のランド・オブ・ザ・デッド(ゾンビの国)も、意味合いが深く作品に染みこんでいい味を出している。自分達の居場所を求めてさすらう死者の軍団と、楽園を夢想して北を目指すライリー。二つのさ迷える魂の彷徨の行く末を描いたラストは、斬新で、叙情的で、尾を引くような寂しさを湛えている。ファースト・ワンは、同時にグレート・ワンでもあるのだと、しきりに感動させられた。

ボアVSパイソン

2007-06-25 12:21:49 | 映画
「ボアVSパイソン」監督:デヴィッド・フローレス

 現代は「BOA VS PYTHON」とそのまま。「異生物同士の対決も飽きたから、そろそろ同種やってく?」、「いいねー」みたいな軽いノリを感じるバカ映画。
 巨大パイソンを密輸して狩猟しようとしていた若きカジノ王ブロディック(アダム・ケンドリック)。ボアという名のプロレスラーとパイソンという名のプロレスラーの対戦を見ながら美女とのひと時を楽しんでいた。しかしその頃パイソンを輸送していたトラックに問題が発生する。眠りから覚めたパイソンに鎮静剤を打ち込もうとした運び屋たちが全滅し、解放されたパイソンは洲の浄水場へ侵入する。
 場所が場所だけあって薬剤を流し込むことはできない。FBI捜査官シャープ(カーク・B・R・ウォーラー)は軍の展開と一帯の封鎖を施しつつ、二人の人間に協力を依頼した。ヘビの研究者エメット博士(デヴィッド・ヒューレット)と、イルカの研究者モニカ(ジェイミー・バーグマン)だ。エメット博士の飼育した巨大ボアにモニカの製作したAIチップGPSその他の機器を装着し、パイソンを追わせることにした。
 当初、追跡は上手くいっていたのだが、GPSからの情報をキャッチできなくなり、勇み足の軍人たちやブロディックの仲間の金持ちハンターなどの勢力が入り乱れ、浄水場は混沌と悲鳴の坩堝と化した……。
「エイリアンVSプレデター」、「フレディVSジェイソン」、「ゴジラVSメカゴジラ」……最後のは近いかもしれないが、異生物対決ものは世に多い。しかしまさか巨大ヘビと巨大ヘビを戦わせようとした人はこの人以外にいないだろう。しかもボアとパイソンじゃ生物学的にもそれほど大差ないし。戦う方法も基本噛み付き、巻きつきのみ。絵になるんだかならないんだかわからんじゃないかと思いながら借りてみたら、やはりB級。装備の貧弱すぎる金持ちハンター連中。装甲車からバズーカまで装備は充実してるが前線の部隊は小銃しか持っていないちぐはぐな軍など、つっこみどころ満載。縄張り争いの習性を生かして戦わせようとしたらオス(パイソン)とメス(ボア)だったから交尾しちゃったりするし、ほんとおバカな映画。ピット(赤外線感知器官)を眩ませて逃亡しようとするところなどは「おっ」と思ったものの、まあそのくらい。フルCGのヘビもあんまり迫力あるとはいえない。影のテーマがエメット博士やモニカの持つヘビへの愛情なので、ヘビ同士の激しい戦いを思い描いた人にはおすすめできない。

惑星のさみだれ①

2007-06-23 00:33:35 | マンガ
 ある朝に起きたら、部屋にトカゲが居た。
 しばし見つめあった。
 先に沈黙を破ったのは彼のほうからだった。
「我輩はノイ=クレザント卿。騎士である。この惑星を滅ぼさんと企む悪の魔法使いの手より姫を守りし、世界を滅亡から救うため馳せ参じた。貴公の力を貸して欲しい」
 外はいい天気だった。

「惑星のさみだれ①」水上悟志

 典型的な巻き込まれ型勇者のストーリー……ではない。相棒がトカゲ。主人公は根暗。しかもヒロインとの関係は、主とその所有物ときている。丸みを帯びた優しげなキャラ造形とは裏腹のディープな展開が見ものだ。
 過去のトラウマから友人の一人も作らずひとつの信じるものも持たず生きてきた主人公の大学生・雨宮夕日は、なんの前触れも無く目の前に現れたトカゲ・ノイに共闘を頼まれる。敵は、ビスケットハンマーと呼ばれる超巨大なハンマーで焼き菓子のように地球を壊さんと欲する魔法使い。しかし運動神経も協調性も道徳心の持ち合わせすらもない夕日はあっさりと断る。ノイの存在はそのまま、何事も無く日常生活を送ろうとした夕日だが、いきなり魔法使いの使役する泥人形に襲撃される。彼の命を救ったのは、隣の家に住む少女・さみだれだった。
「私のものになりなさい、トカゲの騎士。絶対の忠誠と信頼を誓って」
 魔法使いなんぞに地球は壊させない。なぜなら壊すのは自分だからだ、ともの凄い陰謀を語るさみだれの勢いに呑まれ、夕日は彼女の所有物となった。
「姫にこの世界をぶっ壊してもらうためなら、僕はなんでもする。空だって飛んでやるし、人だって殺せる」
 生まれて初めて拠りどころを得た夕日は、日常生活と己の命のすべてを賭けてさみだれを守ることを決意した。体力造り、邪魔者の抹殺計画、ストイックなまでにさみだれを思う彼の心の内には、しかし幼き頃よりいまだに縛りつける鎖があった。
 一巻の見所は、夕日のトラウマとの戦いだ。笑ってしまうほど不幸な生い立ちを克服した夕日と、克服させる勇気を与えたさみだれ。二人の友情とも愛情ともつかぬ心の交流が心地よい。憧れ、畏敬、崇拝。そんな言葉で自分の気持ちを誤魔化し命がけで泥人形に立ち向かっていく夕日の背中が愛おしい。二人の子供の行き先に待つであろう暗い未来のことを思って、ふと悲しい気持ちになったのだ。

2007/06/22

2007-06-22 14:05:39 | 出来事
2007/06/22

平均4.0。残念ながら夏のボーナス率ではない。睡眠時間だ。昨日は3時間。一昨日は5時間。時に1時間になることもあるが、決して6時間を超えることはない。目の下に隈があるのが常態で、眠る時は耐え兼ねて沈みこむように落ちる。そんな生活が、ずっと続いている。
素直な子供であったと自覚している。常にハンカチとティッシュを携帯し、出かける前には必ずトイレを済ませた。特に反感を持つことなく親のいいつけを守ってきた。だがこと睡眠となると話は別。何度寝るよういわれても聞かず、隠れ潜むように起きていた。
夜は自分だけの時間だった。静寂に満ちた世界は、同時に楽しみで溢れていた。本の中の英雄に憧れ、マンガの中の美女に恋をし、ゲームの中の悲劇に心打たれた。どこにも存在しないはずの、造られた感動。だけどそれが、今の自分を形作った。夜は、己のレベルを上げる時間だった。
今だって、それは変わらない。DVDにインターネット。発信源が増え、痺れかたも変わったものの、本質的な部分は一切変わっていない。いつだって時間は貴重で、そして常に不足している。成人男性にとって必要十分な睡眠時間を貪ることなど夢のまた夢……。そんなことを思いながら、今日もきっと、唐突に意識は途絶えるのだ。

小生物語

2007-06-21 02:00:29 | 小説
「小生物語」乙一

「夏と花火と私の死体」でデビューした。「GOTH」、「暗いところで待ち合わせ」などヒット作を飛ばし、多くの著作がメディアミックスされ様々な形で世に出ている。定金伸治、松原真琴などジャンプノベル出身の作家と仲がよく、たびたび旅行に出かけている。
 しかし小生は小生であって、乙一ではない。福岡出身で、羽住都と親しく、西尾維新や佐藤友哉と合コンをしたことがあっても、断じて=ではない。サインだって簡単じゃない。記号でいうなら≒。同じようでいて同じでない。違うようでいて違わない。真実は狭間にある。
 作家・乙一のブログを一冊の本としてまとめたもの。意図的に嘘ばかり書いている。乙一ならぬ小生という作家の書いたブログとして、有り得ないエピソードと事実を折衷させて、真実をあやふやにするような特殊な書き方をしている。それが乙一≒小生を生んでいるのだが、とするとこれも一種の叙述トリックといえるのだろうか。
 乙一自体は好きだが、この本は×。面白い試みだとは思うが、200ページ以上も引っ張るにはネタがくどすぎる。中古のソファにくっついてきた少年幽霊の話や、自分の通っていない大学のサークルメンバーとして同人誌を書いた、なんていう人を食った展開にらしさを感じるものの、その程度。やはりこの人は小説を書く人であってブログを書く人ではないのだなあと痛感した。
 途中「角川スニーカー大賞に応募した、死んだ息子の原稿を返して欲しい」という母親の話が出てきたが、これは本当なのだろうか。狼少年の声を聞いた村人のような気持ちだ。

2007/06/19

2007-06-19 17:41:07 | 会社
2007/06/19

 朝会社から帰ってきた。夜には出勤しなければならぬのだが正午からダンスの練習があった。本来ならば午前中に空手の練習もあるのだが、そちらは休ませてもらった。なにせ指が痛い。先日裂けた右足の薬指の裏の傷が思ったより深く、ぱっくり裂けて肉が見えていた。ダンスはステップを軽くし構成を体に叩き込むだけという流し方ができるのだが、空手のほうはそうもいかない。常に全力で踏み込み、捻転伸縮させては指がもげかねないので大事をとった。
 ダンスは進歩が見られた。自分よりも練習時間が少ない人に教えられるくらいにはなった。テーピングを巻いても指は痛かったが、それとてなんともならないわけではない。
 ダンスのあとに郵便局へいった。オークションの落札代金を出品者に振り込んでから洗車へいった。手洗い洗車+ワックスを注文し、コーヒーを飲みながら本を読み、車屋に電話した。保険関係のことであった。もうすぐ満期を迎える東京海上日動の更新と、それに個人賠償責任保険を加えようと考えているのでパンフレットが欲しいと告げた。
 簡単にいうと、個人賠償責任保険とは、日常生活の中で第三者に怪我を負わせたりその所有物に損害を与え訴訟を起こされた時に適用される範囲の広い便利な保険のことだ。単品でどこかの保険会社に注文してもいいのだが、東京海上日動の車両保険には特約でつけることができるらしい。
 正直言って、いままで車以外のまともな保険に入ったことがない。生命保険も医療保険も、特段必要性を感じなかった。最近になって興味を持ち始めたのは、やはり自分だけではなく自分と自分以外の誰かのために生きようと思い始めたからだ。そのために何かに縛られ自由を失うことになるかもしれない。いいたいことをいえず、辞めたいときに会社を辞められなくなるかもしれない。いままでのような根無し草の人生には戻れない。それでも……そんな痛みにはすぐ慣れるだろう。薬指の鈍痛のように、いつか忘れ自然に体に馴染むようになるだろう。そう思えた。そんなことを考えながら、洗車の終わるのを待っていた。

ギャンブル・フィッシュ①

2007-06-17 20:20:54 | マンガ
「ギャンブル・フィッシュ①」作画:山根和俊 原作:青山広美

 ある雨の朝。私立獅子堂学園をひとりの転校生が訪れた。白鷺社夢(しらさぎとむ)14歳。彼の目的は、エリートと富裕層のみが集う獅子堂学園を潰すこと。徒手空拳の彼にはしかしギャンブラーとしての類稀なる才能があった。彼は学園のアイドルにして学園長の孫娘、獅子堂美華に目をつけた。彼女にちょっかいをかけることで風紀委員の青戸を引き出すや否や、「真実と嘘」と名づけられた宝探しゲームで瞬殺し、続いて現れた寮長の貝塚をもコイントスのゲーム「トゥーアップ」で一蹴した。噂は瞬く間に学園内に広まり、白鷺の首を狙って怪しげな教師とその部下が動き出した……。
 多くの人気作を世に出したギャンブル漫画というカテゴリ。「カイジ」などの古典から、「嘘喰い」、「ライアーゲーム」などの新作にも恵まれた、先達の優良な分野である。新規参入は正直敷居が高い。
 本作もそのへんは重々承知、苦手な分野での衝突は避け、得意な分野で攻撃することにしたようだ。ババ抜き、ブラックジャックなど卑近なゲームを賭け材にし、差別化を図った。山根和俊独特のタッチで描く肌も露な女の子なども、先に挙げた先達にはないものだ。なんといってもまだまだ1巻だから先のことまでは断言できないが、売っていく姿勢がうかがえてたのもしい。これからに期待したい。