はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

ヴィンランド・サガ④・⑤

2007-10-30 20:15:09 | マンガ
ヴィンランド・サガ 5 (5) (アフタヌーンKC)
幸村 誠
講談社

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ヴィンランド・サガ 4 (4) (アフタヌーンKC)
幸村 誠
講談社

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 父よ 私の声は ちゃんとあなたの耳に届いているのでしょうか
 我らの父よ……あなたはあなたの姿に似せて私達をお作りになった
 でも あなたはそのお力を私達に分けては下さらなかった
 私達が最も必要とするものを あなたはアダムに与えては下さらなかった
 父よ 何故あなたは私達に試練を与えるのですか?
 あなたが善き者も悪しき者も等しく愛されるというのなら
 無力な私達の力を試すのは何のためですか
 父よ私の声は あなたの耳の届いているのでしょうか
 我らの父よ 私は あなたの愛を疑っています
 
「ヴィンランド・サガ④・⑤」幸村誠
 
 スヴェン王の第二子クヌート王子を奪い返すことに成功したアシェラッドは、トルフィンを王子の護衛につけると、スヴェン王の軍に合流すべく北上を開始した。しかしイングランド軍の弱兵とは異なる精強無比のトルケル軍を追手に迎え、その行軍は至難を極めた。
 セヴァーン川の向こう岸、ウェールズのモルガンクーグ王国の援軍を要請をするという奇策に出たアシェラッドはこれに成功。再び陸路からゲインズバラを目指すも、トルケル軍に捕捉されてしまう。
 トルケル自身の圧倒的な武力に加え、5倍の兵力差のデーン人を敵に回し、一枚岩を誇ったアシェラッド軍の結束にもとうとうヒビが入る。そして起こる逃亡と反乱。仇を討つ前に死なれてなるものか、とアシェラッドの救出に獅子奮迅の活躍をするトルフィンだったが、包囲網の中トルケルと決闘するハメになってしまい……。
 出生の秘密を武器にクヌート王子を擁立するアシェラッド。
 そのアシェラッドを自らの手で殺すため逆にこき使われるトルフィン。
 そのトルフィンの父トールズを慕う戦闘狂トルケル。
 三者の思惑入り乱れての乱戦が良い。トルフィンの双剣さばきは相変わらずだが、今回はかつての部下と切り結ぶアシェラッドの切れ味鋭い斬撃や、トルケルの圧倒的武力が見ものだ。とくにトルケルはすさまじい。投げ槍で4人を串刺し、馬を素手で殴り倒すなど人類の枠を超えた腕力は眼福の一語。
 父から見捨てられた男女の第二王子クヌートと、トルフィンの間に生まれた不器用極まりないコミュニケーションが微笑ましい。バカにされたことに対しクヌートが子供のように癇癪を起こしたり、そのクヌートの手料理の出来の良さにトルフィンが呆然としたりといった何気ないやり取りが生むかもしれないものを想起すると、なんだか嬉しくなる。
 冒頭に掲げた台詞は、⑤において僧侶が神に捧げた愚痴だ。自らの無力と神の無慈悲を呪う言葉が夕闇迫る雪原に染み入る様が、無常観に満ち満ちていて切ない。

コンビニDMZ (1)

2007-10-28 07:31:49 | マンガ
コンビニDMZ 1 (1) (ヤングキングコミックス)
竿尾 悟
少年画報社

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「コンビニDMZ(1)」竿尾悟
 
「いらっしゃいませ。野郎ども(ファッキンガイズ)」にこにこ涼しげな店長の声が出迎えるのは、とあるコンビニ。連邦軍・反乱軍・独立派民兵の三勢力に国連軍まで入り乱れた紛争地帯のど真ん中のポイントチャーリーにあって、奇跡的に中立の保たれた非武装地帯DMZ(DemilitrizedZone)。
 店内禁煙、ヘルメット脱帽、くそったれの銃火器・爆発物持ち込み禁止、はた迷惑な核及び生物化学兵器持ち込み禁止、くそったれの銃撃戦も禁止。戦場に交戦規定(ROE)があるように、店内にもルールがある。 
 歴戦の兵士すら黙らせるオーラを纏った謎の店長、ネット中毒にして漫画家志望の勝くん、紅一点のむっちり娘・雨宮の3人が、なんの武装も持たずに殺気だった兵隊たちを相手の小売業を営むユニークな漫画。
 一歩店の外に出れば敵同士になる兵士たちのやり取りが面白い。突然の狙撃に一斉射撃、戦車に航空兵器に迫撃砲まで飛び交う戦場。対して永世中立の保たれた店内。メリハリのきいた舞台設定がのんびりとした笑いをもたらす。もちろん死者はバシバシ出るし、血と硝煙の臭いのしない日はないのだが、どこかコミカルな感じが作品全体に漂っている。
 作者は「軍人くん」というこれまたミリタリー漫画を描いているらしいのだが、その辺にうとい人でも十分理解できるわかりやすさも魅力だ(圧迫包帯やモルヒネが売れ筋とか)。いずれにしても独特なタッチの作品で、今後の展開に期
待が持てる。

自分の体で実験したい~命がけの科学者列伝~

2007-10-25 18:07:44 | 小説
「自分の体で実験したい~命がけの科学者列伝~」レスリー・デンディ+メル・ボーリング

 ・100度を超す高温部屋でどれだけ耐えられるか
 ・パンや肉を袋や木の筒に入れて丸呑みする消化実験
 ・「笑うガス」を吸った歯科医たち
 ・「死の病原菌」のついたメスを自分に突き刺す男
 ・「死の病」を媒介するが自分の腕を刺すのを待つ男
 ・夜中、ラジウムが緑青色を発するのを見つめる夫妻
 ・炭鉱や海中で「悪い」空気を吸い続ける親子
 ・心臓に初めてカテーテルを入れた男
 ・時速1000キロのマシーンを急停止させる衝撃に挑む男
 ・洞窟でひとり4ヶ月を過ごした女性
 ずらり並んだ衝撃的な10タイトルは、近代に実際にあった「自己実験」。中でも信用に足る記録の残っているものの中から選び抜かれたものばかりである。
 それだけに興味深い。人間がどれだけの高温に耐えられるのか、どれだけの衝撃に耐えられるか、洞窟の中でどれだけの間過ごせるか、といった耐久力を試されるものだけでなく、消化、麻酔、病原菌の媒介、呼吸、放射線、心臓カテーテルといった、医学的にも科学的にも非常に意義のある実験に命を賭けた人たちの熱い生き様が描かれている。挑戦に貴賎はない……といいたいところだが、毒キノコや河豚を初めて「食べてみた」人たちとは一線を隔する信念を感じる。
 どれもこれも「いや死ぬだろそれ」というような境界線を踏み越えてしまった実験揃いだが、本書に登場する主要な人物の中には死者は少ない。だが、当然その背後には無数の屍が転がっている。
 その人たちを駆り立てたものはなんだろう。誇りと信念と自意識と、その他多くの利益をひっくるめて天秤の片側に乗せ、もう片方にはリスクを乗せる。それで吊り合いがとれるのか。とれないとしたらどうしてそこまでしなければならなかったのか。答えはすべて故人の胸の中にあり、知る術はもうない。

エディット・ピアフ~愛の讃歌~

2007-10-24 00:27:51 | 映画
 Q:死を恐れますか?
 A:孤独よりマシね
 Q:歌えなくなったら?
 A:生きてないわ
 Q:正直に生きられますか?
 A:そう生きてきたわ
 Q:女性へのアドバイスをいただけますか?
 A:愛しなさい
 Q:若い娘には?
 A:愛しなさい
 Q:子供には?
 A:愛しなさい

「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」監督:オリヴィエ・ダアン

 重く低くたれこめた雲の下、濡汚れた街並みに、これまた薄汚れた少女が空腹を抱えてうずくまっていた。その視線の先にはやつれた母・アネッタ(クロチルド・クロー)が、日銭を稼ぐため路上で歌を歌っていた。
 1915年。第一次世界大戦のさ中、エディット・ジョアンナ・ガション(マノン・シュヴァリエ)はパリのベルヴィル区に誕生した。やがて母は少女を置いて去り、軍人だった父・ルイ(ジャン・ポール・ルーブ)に連れられ祖母・ルイーズ(カトリーヌ・アレグレ)の経営する娼館に預けられた。
 娼館の女たちはエディットを歓迎した。満足に我が子を産んで育てることもできない彼女たちにとって、エディットは我が子のような存在であった。中でもティティーヌ(エマニュエル・セニエ)はとくにエディットに目をかけ、可愛がった。エディットが角膜炎により失明しかけたとき、聖テレーズにお祈りを捧げに行くとき、日常の面倒、嫌な顔一つせずに世話を焼いた。娼婦であることをやめ、母になりたいと思い込むほどに……。
 だが蜜月のときは長くは続かない。猥雑で薄暗く悲哀と絶望に満ち、でもたしかにエディットに愛を与えてくれた娼館をあとにすると、彼女は大道芸人となった父とともに放浪の日々を送ることになる。
 サーカスの一座にいた時はまだよかった。見たこともない動物や火吹き男との出会い、何よりも飢えに悩まされずに済んだ。だが父が座長と喧嘩別れしてサーカスを飛び出してからは状況が変わった。なんの後ろ盾もない日々に父は苛立ち、不安だけが募っていった。
 かつての母のように路上で芸を披露し、日銭を稼ぐ父。その傍らにたたずんでいるだけの彼女(ポリーヌ・ビュルレ)に、観衆から声がかかった。父はなんでもいいからやってみせろと芸を要求し、切羽詰った彼女はしょうがなく歌を歌う。「ラ・マルセイエーズ」。天使の歌うフランス国歌に、人垣が出来た。
 20歳になったエディット(マリオン・コティヤール)は、親友モモーヌ(シルヴィ・テステュー)と共に街を走り回っていた。酒瓶を片手に歌を歌い、日銭を稼いだ。母との違いはその圧倒的な歌唱力で、細い体から迸る声の迫力で、母の何倍も稼いだ。
 やがてその才能を見抜いたルイ・ルプレ(ジェラール・ドバルデュー)の庇護下に、キャバレー・ジェルニーズでデビューすることとなったエディットは、ピアフ(雀)という名前を与えられる。肩をいからせて軽く握った拳を腰に当て、上目遣いの大きな目をキョロキョロと周囲に走らせる彼女の歌い様は、なるほど小雀を連想させた。
 たちまち人気者になったエディット。多くの人間が彼女の周囲に集まり、祝福と賛辞の言葉を投げかけた。しかしルイ・ルプレが凶弾に倒れて殺人の嫌疑をかけられ、あげく親友モモーヌが更生施設に連れて行かれると、エディットの周りには誰もいなくなった。
 安酒場を転々とし、それでも歌をやめない彼女。ステージに立つ彼女に、容赦ない「人殺し」の罵声が浴びせられた。
 不遇の彼女を救ったのは、作詞・作曲家のレイモン・アッソ(マルク・バルベ)。それまで完全に我流で歌っていたエディットの歌に初めて文句をつけ、そして徹底的に鍛え上げた。「はっきりと発音しろ」、「心をこめて」、「全身で歌え」。情け容赦のないスパルタ教育が彼女の才能を引き出す。復帰コンサートは大成功に終わり、そして彼女は一躍スターダムにのし上がった。
 取り巻きに囲まれ姉御肌に振る舞い、自分勝手好き放題に暮らす彼女はアメリカに渡ってもうまいことやっていた。最初はフランス人歌手を認めようとしなかったアメリカの聴衆も、批評家も、やがて彼女の歌に魅了され、ファンの一人となっていった。
 そしてここで、最大の出会いが待っていた。妻も子もある後のボクシング世界チャンピオン・マルセル・セルダン(ジャン・ピエール・マルタンス)。試合会場で「ぶっ殺せ」とわめきたて、ホテルの廊下一面にバラの花を撒き、マルセルの腕にすがる彼女の表情には、まぎれもない幸せがあった。
 道ならぬ恋の結末はマルセルの飛行機事故だった。愛する人と死別した彼女は、長い苦悩の時期を乗り越え、パリで復帰した。「愛の讃歌」の熱唱に、会場の誰もが酔いしれた……。
  
 伝説のシャンソン歌手。世界の歌姫エディット・ピアフの一生を描いている。
 傲慢で不遜で独りよがりで、繊細で卑屈で何よりも孤独を恐れるエディット。何度もある成功と挫折の振幅を、その死の瞬間まであますところなくとらえている。あれほどのスターが病に冒され、マイクを前に崩れ落ちる姿。それでも観客に応えて立ち上がり、卒倒する姿。暗闇の中で一人泣き、孤独に耐えながら死を待つ姿。残酷で悲惨な描写。そこにあるのはまぎれもないエディットへの敬意だ。オリヴィエ・ダアンの視線には愛がある。
 背景や衣装がよい。適度な汚れ、ほころび、色褪せ、最近の日本の映画では足元にも及ばない徹底した「時代らしさ」の表現があり、安心して世界に入り込める。
 しかし何よりこの映画の素晴らしさは主演のマリオン・コティヤール。彼女の全身全霊の演技に尽きる。リュック・ベッソンの「Taxi」シリーズでおなじみの美人女優が20~47歳のエディットを一人で演じるのだが、これがものすごく似ている。メイク技術が……というだけではない。話し方、立ち居振る舞い、歌こそほとんどエディットの肉声を流用しているものの、憑依したかのように「あの時の」エディットを降臨させている。それでいてただの物まねではない。エディットを知らない人でも「ああ、こんなすごい歌手がいたんだな」と思えるような、圧倒的な存在感がある。彼女を今年のアカデミー主演女優賞に推す声が多いのも、無理からぬ話だ。

セクシーボイスアンドロボ

2007-10-22 00:34:25 | マンガ
セクシーボイスアンドロボ1 (BIC COMICS IKKI)
黒田 硫黄
小学館

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セクシーボイスアンドロボ 2 (2) (BIC COMICS IKKI)
黒田 硫黄
小学館

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 都市の上空には無数の声が電波となって満ち満ちている。
 孤独の数だけ飛びかう愛の言葉……

「セクシーボイスアンドロボ」黒田硫黄

 を、操るのは14歳の女子中学生。七色に変化する声音であらゆる人間になりすますことのできる彼女・ニコの夢は、スパイか占い師。趣味と実益をかねたテレクラのサクラのバイト中、ニコは見知らぬおじいさんに声をかけられる。人間観察と洞察力に長けたプロの技を買われて、幼児誘拐事件の解決を依頼されたニコは、面倒がりながらもどこかうきうきとして街に繰り出す。
 テレクラで引っ掛けたロボットオタク・ロボを足に街を走り回った末に、ニコは持ち前の超聴覚で、商店会の前の人だかりの中から誘拐犯の男の声を聞き分ける。
 路地の暗がりに消える男の背を追ううちに、ニコはいつしか一人ぼっちになっていた。敵は小太りで猫背の冴えない男だが、いかんせん大人。対するこちらは武器もないか弱い乙女。いつものように電話越しの安全圏にいない緊迫感に、ニコは悩む。
「わたる(誘拐された幼児)の父さんも、警察じゃなくてあの悪そうなおじいさんに頼むにはいろんなワケがあるでしょ、そのワケ知らないでしょ、私。おじいさんに10万円もらっても私が何かする義理もないでしょ。まだ私中学生だし、電話でエロ話するのとは違うのよ。誘拐犯人なのよ。のこのことついてって何するの? 何ができるっていうの? よく考えて! 考えて考えて! 今見つけて今追わないと逃がしちゃう。私の耳が、私だけが見つけたんだもの。わたるくんのいるところ。知らない子だけど。……今救えるのは、宇宙で私だけ」
 自分だけにできる何かの存在が、ニコを奮い立たせる。それが、少女スパイ・セクシーボイスの目覚めだった……。
 
 少女とオタクのスパイ活劇。2人が依頼を受けて事件に挑むという筋立ては変わらないものの、テレビドラマ版とは異なり、ニコがだいぶアグレッシブ。平凡な世界に飲まれそうになる自分を叱咤し、命がけの冒険に立ち向かうその姿は痛快で爽快で、スクリーントーンを乱用しない黒田硫黄の躍動感溢れる描写も一役買って、目が離せない魅力を生んでいる。
 惜しむらくは未完であること。自分が選んだ道の先に地獄があることを知ったニコのその後が気になる。

報道できなかった自衛隊・イラク従軍記

2007-10-18 18:05:42 | 小説
 ショックを受けて立ち尽くした。見知らぬ誰かの悲劇に涙した。
 でもどこか他人事だった。
 湾岸戦争も、同時多発テロも、自衛隊のイラク派遣ですらもどこかよその国の出来事のように思っていた。ブラウン管の奥の真実の世界。その存在を心のどこかで疑っていた。

「報道できなかった自衛隊・イラク従軍記」金子貴一

 本書は、自衛隊帰国後に許可を得て発行された。当時は秘密とされた「自衛隊に同行した民間人」。通訳兼交渉人のジャーナリスト・金子氏の手によるイラク・サマワの真実のレポートである。
 日本の高校からアメリカに留学、81年からイラクと同じアラブ圏にあるエジプトの大学で文化人類学を7年間学び、以後もジャーナリストや秘境添乗員として同地域に携わってきた変り種・金子氏は、その経歴のためアラブ文化を主観的にとらえることができた。思想調査にも過去の履歴にも問題なく、ために自衛隊の求める異文化間コーディネーターとしてサマワへ同行することとなった。
 自衛隊という組織、イラク戦争の爪痕残る現地の状況、不便で不穏な生活、各部族との金銭問題の絡んだ交渉……山積みの問題と取り組むうちに、金子氏はこの地に必要な異文化間コーディネーターの理想像を見出す。
「日本政府が相談するべき異文化間コーディネーターには、その地域と日本双方の文化を熟知している人物がふさわしい。イスラームやアラブの文化を「理解」するだけでは不充分だからだ。例えば、イスラーム教では豚肉を食べてはいけない。われわれはこうした文化を、砂漠で貴重な植物をブタは食べ尽くすから嫌われただとか、豚肉にはギョウ虫が発生しやすいから禁止されたといった理屈をつけて理解しようと努める。しかし、イスラーム教徒はこうした理屈は考えない。「神の意思だから従う」という以上の解説は必要ないのだ」
 また金子氏はこう語っている。
「イラク人は自爆テロをしない」
 これは「彼ら」がそういったことだという。祖国防衛という大義名分を信じて立ち上がったイラクの地方青年たちが、外国からきたイスラーム過激派の攻撃的な思想に巻き込まれた結果だという。国境を越えてくるテロリストたちが、素朴な一般市民を命知らずの過激派に変えてしまうという。
 恐ろしい話ではないか。この世のどこかからやって来る悪意。それらを生み出す元凶は強者の無理解なのだ。よかれと思ってした行動が、すべての歯車を狂わせ、結果的に現在の、いつ終わるとも知れない血みどろの戦いを生んでしまった。
 拉致問題で揺れている今の日本の政治を変えるもの。その一歩はこうした真実を世に知らしめることから始まるのではないだろうか。

刺青(タトゥー)白書

2007-10-17 15:41:34 | 小説
 たまに同窓会に出ると唖然とする。あれほど美しかった彼女が完全メタボになっていたり、泣き虫の彼がすらりと長身の好男子になっていたり。驚天動地のポジション変化に戸惑いながら呑む酒は格別だ。恥ずかしい思い出も苦い過去もアテにして、五臓六腑に染み渡るアルコールには年月の深みが宿る。

「刺青(タトゥー)白書」樋口有介

 趣味は古書店巡りと、健脚を生かしたウォーキング。特技(?)はすぐ自分の世界に没頭し、周りがまったく見えなくなること。ちょっと変わった女子大生・三浦鈴女は、ある日、街中で中学時代の同級生・伊東牧歩と左近万作に再会した。テレビ局に内定が決まり見た目にも自信が現れている牧歩や、故障により挫折したかつての天才野球少年にして鈴女の憧れの男・万作の成長ぶりに困惑し、あらためて自分の子供っぽさにへこたれる鈴女。
 しかし偶然の邂逅は惨劇への序曲に過ぎなかった。翌日には牧歩が溺死。ほぼ同時期に、やはりかつての同級生・現役アイドル神崎あやが自宅マンションで惨殺される。事件の調査に乗り出した鈴女の前に立ちはだかるのは、10年という時の重み。自分の世界に入り込み、関わりあいにならなかったゆえに知らなかった同級生たちの過去。死者に共通する右肩の刺青痕。彼女たちが消したかったもの。捜査に協力してくれる万作との触れ合いや、怪しい探偵・柚木草平との共同戦線の中、彼女が見出す無情な真実とは……。
 柚木草平シリーズ番外編。鈴女と柚木の二つの視点から描かれているため、シリーズのファンが知りたかった柚木の外見などにも触れられている。
「脂っけのない長髪を無造作にかきあげ、黒いTシャツに綿ジャケット、歳は四十前らしいがヤクザっぽい雰囲気のなかにへんな色気が感じられる」柚木は、得意のトークで美女をたらしこんで情報を入手し、用が済んだら別れ方を考えるという相変わらずの悪魔ぶり。
 対する鈴女の純情ぶりが微笑ましい。憧れだった万作とのぎこちない会話。彼の一挙手一投足に怒ったり照れたりするズレてないキャラは、柚木草平シリーズにはなかったもの(どんなシリーズなのか)。
 作者があとがきで自画自賛しているほどの完成度ではないものの、過ぎ去った過去に対するオマージュとシニカルな視点はいかにも樋口有介。同窓会に参加する前に、不便だった90年代や自身の学生時代を振り返りながら読むと、より一層お酒がうまくなることうけ合いの、お奨めの一冊なのだ。

学園黙示録 HIGH SHOOL OF THE DEAD②

2007-10-15 21:24:58 | マンガ
学園黙示録HIGHSCHOOL OF THE DEAD 2 (2) (角川コミックス ドラゴンJr. 104-2)
佐藤 大輔
富士見書房

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「学園黙示録 HIGH SHOOL OF THE DEAD②」原作:佐藤大輔 作画:佐藤ショウジ

 パンデミック(感染爆発)に広がった<殺人病(動く死体を量産する怪奇現象)>によって母校を追われた空手家・小室孝は、同校の生徒、教師らの同乗する路線バスで街に出た。身を寄せ合っての逃避行……かと思いきや、幼馴染の槍術使い・宮本麗の様子がおかしい。どうやら同乗している怪しげな教師・紫藤に因縁があるらしい。
 紫藤と一緒にいるくらいなら、と無理矢理外に飛び出した小室と麗のタンデム組みは、動く死体の徘徊する街中を疾走して麗の父のいる警察署に向かう。
 バスに残った剣道マスター・毒島冴子、保健教師・鞠川、天才メガネっ娘・高城、ガンオタ・平野は、紫藤と紫藤を盲目的に崇拝する生徒たちと決別し、バスを下車して警察署へ向かう。
 さて戦力の分散された2組それぞれのシーンに映るかと思いきや、それほどのページ量も危険もなくあっさりと合流。肩透かしを食らった気分でいると、何か様子がおかしい。鞠川の親友の留守宅に仮泊したその夜、秘蔵の武器(親友はSAT隊員)を手に入れ盛り上がる男性陣を他所に、女性陣全員の入浴シーンというサービスカット。さらに酔っ払った女性陣が男性陣に襲い掛かったり、家中を下着姿でうろついたり、あげくは裸エプロンなんておまけまでついてきて……そこでようやく腑に落ちた。
 この漫画のやりたい事。それはゾンビアクション+萌えといういかにも当世風なハイブリッドだったのだ。そういう視点で見てみると、幼馴染、メガネっ娘、ツンデレ、保健教師、②巻後半で助けたロリ少女、と世の男性陣のストライクゾーンを広範囲にカバーしている。ロリ少女以外は全員ナイスバディで肌の露出も多く、主人公以外の味方の男性はガンオタしかいないということもあり、極限ハーレムの今後には期待も大きい。

しをんのしおり

2007-10-13 21:10:47 | 小説
「しをんのしおり」三浦しをん
 
 三年前に教習所を卒業していらい車を運転すること数回、好物は残り物をぶちこんで作るお好み焼き、趣味はできるだけ動かずにじっとしていること。銀行の預金残高を鑑みずにすぐに服を欲しがり、ふだんは日光浴中のトドのごとき緩慢な動きしかせぬのに、突如として追っかけツアーに出かけたりするダメ人間まっしぐらの三浦しをん。直木賞受賞作家の手による爆笑エッセイ。
 脳内で作る理想学園、通りすがりのフランス料理店の厨房における恋の鞘当(全員男)、京は哲学の道で結成された超戦隊ボンサイダー(全員男)。彼女は日常の中で本当に呼吸するように妄想する。付き合っている友達がほぼ100%(そういう人しか話題に登らないからか)変人のため、右脳の働きはとどまるところを知らない。何を見ても「あれはきっと○○なのよ」「そりゃひどいやつだね」なんて勝手に盛り上がれる日常は、うらやましくはないけど楽しそう。
 とくにたいした題材でなくても面白いものを書ける人がいる。読んでいるだけで笑えるような、読者を包む笑気のようなものを持つ人がいる。三浦しをんはそんな力を備えた稀有な作家だ。「風が強く吹いている」など感動のスポ根物とはまた方向性の異なる彼女の才能を、余すところなく味わっていただきたい。

プロボクシングWBC世界フライ級タイトルマッチ 内藤大助VS亀田大毅

2007-10-12 17:05:42 | 格闘技
 ガードを固めて前に出た。牽制のジャブも幻惑するフェイントも気にせず、プレッシャーをかけ続けてフックを振るう。手数の少なさは一撃の重さでカバーする。判定にもつれこむことなど想定しない、いつも通りの強気の戦法。
 だが、大毅は盛んに首を捻った。今日の相手はいつもと勝手が違う。ロープ際に追い詰めてもするりとかわされ、何より相手の打ち終わりに合わせた得意の左フックが空を切る。
 スピードが速いとかフットワークが軽いとかそういう次元の問題ではない。いるはずのところにいないし、来るはずのないところから手が出てくる。創意工夫を重ねたパンチと体さばきの前に、始終ペースは狂わされっぱなしだ。
 4Rと8Rで公開されるマストシステムで、相手に大差のポイントで負けていることを知った大毅。セコンドの父親・史郎の指示で顔を上げた。このままずるずるいってしまえば判定で勝ち目はない。ガードの綻びには目を瞑って、遮二無二前に出た。
 だけど、それはつまり相手のボクシングに合わせるということでもある。変幻自在の王者のボクシングに付き合うということでもあるわけで、当然被弾は増す。こちらのパンチも当たるが、王者は手数で勝る。
 大毅は焦った。12Rのゴングは刻一刻と近づいているのに王者を捉えきれない。カットさせた右のまぶたも傷は浅く、TKOが狙えない。
 この試合に負ければすべてを失う。無敗記録も、人を食ったパフォーマンスも、ビッグマウスのすべてが自分に返ってくる。そしておそらく親父の愛も……。

「プロボクシングWBC世界フライ級タイトルマッチ 内藤大助VS亀田」

 正直アンチだ。強けりゃなんでもいいとは思うが、この男は強くない。裏づけのない自信と功名心があるだけで、挫折も苦境も知らない。振り絞れる精神力の底が浅い。
 対する王者・内藤にはドラマがある。誰にも必要とされたことのないいじめられっ子がボクシングを通して人との繋がりを得、最強王者ポンサクレック・ウォンジョンカムに瞬殺されて「日本人の恥」といわれる恥辱に耐え、這い上がって掴んだ血みどろのベルト。拳の重みが違う。
 試合も大方予想通りの展開だった。亀田側の完全な戦略ミス。内藤をなめすぎていた。突き上げるアッパー、飛び込んでのボディ、視線とは逆の方向からくるフックなどトリッキーなパンチに悩まされた。追い込んでもかわされ、クリンチされて逃げられて、大毅の拳は届かない。空を切った距離は、そのまま世界との差だ。100年早い。
 サミング等は常套手段だからかまわないと思う。すくなくともゴキブリ相手にとる作戦ではないが、王者のベルトは自分を曲げてでも狙う価値がある。終盤のキレ方、試合の投げ方は論外。
 相変わらずだが、解説陣のフォローもアホらしい。浅いカットごときでTKOの心配。亀田手が出ないのに「王者やりづらそう」。挙句の果てには「ごまかしがうまい」? 鬼塚だか佐藤だか知らないが、恥を知れ。