ふっ と想うこと

山・雪・風・人、徒然なるままに--

オーストリアとロシアに浸った週末

2023-02-06 10:16:47 | スキー
2月に入って我が家の本格的なスキーシーズンイン。だいたい2月から5月初めの春スキーまで
コロナ前ほどではありませんが、スキー客は戻ってきているようで、駐車場も朝早くから混んでいます。西洋の外国人の方も沢山

朝の空いている時間に。
何しろ、このスキー場、相変わらず手際悪く、リフト券買うだけでも大行列、リフト券買ったら買ったで今度はゴンドラの長い列
シーズン券をもっている者の”特権“で、朝早くの人の少ない整備されたゲレンデを気持ち良く。
混んできたので(とはいってもかつてほどでは無いですが)赤倉で(あくまでも個人的にですが)1番美味しいランチをぽん太郎さんで。
九州ご出身のご夫婦なので、九州のものも。嫁さんは皿うどん
定食+カレー(の具)。ぽんさんのカレーは絶品です。

美味しいお昼をいただいたあとは、上越高田の金谷山スキー場へ。
この日はレルヒ祭。
出店も多く出ています
好きなどぶろく“卓”を
上越の山奥の農家民宿で作られています。素朴な味の素敵なお酒です。
この日はスキー博物館も無料開放
”テオドール・エドラー・フォン・レルヒ“
日露戦争に勝利したあと、八甲田山での雪中行軍大遭難の後にはスキー技術のために日本へ招聘
1911年(明治44年)1月12日に、レルヒ少佐がこの地、金谷山で発した命令
“メテレスキー”
スキーを装着せよ!

これが日本初のスキー
今は”レルヒさん“というゆるキャラにも。
実はレルヒ少佐は、後に北海道へ渡り、倶知安のスキー場でも教練を。
倶知安にもレルヒ“中佐”の像。
上越高田の”少佐“から“中佐”へ。
そして、銅像も少し恰幅よくなっています!
レルヒ少佐が最初にスキーを履かせて滑ったのはレルヒ少佐の銅像の向いている側、つまり高田平野へ滑ったのが最初。銅像の背後の金谷山スキー場の反対側。
高田へ来たのでよく行く酒屋さんへ。
先ずは八木酒舗さんへ
千代の光の天然乳酸菌のお酒を。
先日名古屋での日本酒セミナーで勉強?した天然乳酸菌。早速買って日曜日の夜に。芳醇な味が。
おじさんと楽しくお酒の話をして素敵な時を。
妙高赤倉へ戻る途中に新井のやまぎし酒店さんへ
ここでも越の白鳥を薦められて。
楽しみです。
夜は、新赤倉のぽん太郎さんへ。お昼にいただいたカレーがあまりにも美味しかったので夜はカレーとピザで。ビールに最高、
佐渡のお酒、金鶴を呑みながら素敵な夜を
雪の降る中を宿へ。
朝起きてみると雪。
でも、赤倉らしい、ドカ雪とはほど遠く、このままでは春まで雪、もつのかな、と。
あとは、昼前に名古屋へ

現役時代に仕事で取引をさせていただいた会社の方が団員の名古屋市民管弦楽団の演奏会。
その方は退職されても演奏を続けられていて、毎年、お誘いいただいています。

ボロディンの交響曲2番。中々聴く機会は無い曲。でも、このボロディンの交響曲第2番とチャイコフスキーの交響曲第6番”悲愴“の2曲を聴けばロシア人のメンタリティーはよくわかる、と言った音楽家もいるくらいロシアの土俗的。
最終楽章への盛り上がり、弦楽器の膨らみに圧巻されました
リムスキー・コルサコフが初演、その彼のシェへラザードがメイン。
これも素敵な”アラビアンナイト“を。
指揮者の井崎正浩さんも表情豊かに。
この方、SNSをやっていらっしやっていたので素晴らしかったです、と書き込んだら暫くしてすぐに返事が来ました。

オーストリアとロシアに浸った週末
























コメント
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