広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

スーパーつがる

2024-03-24 23:29:02 | 秋田の季節・風景
2024年3月16日のダイヤ改正でなぜか出現した、特急「スーパーつがる」。
土曜日に、東能代→秋田の1駅だけ、スーパーつがる2号に乗車した。どうせ空いているだろうと、自由席利用で。
見た目は「つがる」と何ら変わりなし。「356」は福島駅からの距離を示す356キロポスト

東能代駅改札口上の発車標
秋田駅では、掲示やデジタルサイネージで、停車駅が少ないことを周知している。利用促進のためというより、誤乗防止の意味で。
東能代駅でも掲示のほか、発車標でも、
「次の停車駅は、終点 秋田です」

ほかに、発車10分以上前から、駅社員がほぼひっきりなしにその旨、放送を入れていた。
それと重なるように、あらかじめ駅社員らしき人の声で録音された、「スーパーつがる1号青森行き」がどうこうというのも繰り返し流れていた。「13時32分発」とも。ってもう発車済みでしょ! 大丈夫でしょうか。

列車内では、通路ドア上の案内情報装置や、堺正章【25日訂正】堺正幸さんの自動放送は「スーパーつがる」に対応していた。しかし、ネットで指摘されているように、車外の行き先表示は、
「特急「つがる」」
↑しかも「特急」の上部数ドットが切れて、下の「席」の上に表示されてしまっているようだ。

東能代駅のホームでは自動放送がなかったが、駅によっては「スーパーつがる」に対応していないらしい。なんとも…


東能代から乗車したのは、5人ほど。秋田で「こまち」に乗り換えるらしき3人組は指定席。
車内は指定席・自由席ともガラガラ。自由席は1両に10人いるかどうか×2両。
スーパー化される前と変わらない、予想通りの利用状況であった。※乗り放題きっぷの利用期間中は、かなり混雑することがあるようです。

東能代~秋田は56.7km(営業キロ)。
この区間を、森岳と八郎潟に停車するつがる42・44号は49分、ノンストップのスーパーつがる2号は44分かかる。表定速度は69.4km/hと77.3km/h。わずか5分の短縮だけど、表定速度が70km/h台後半になったと思えば、速いような。

この区間は、単線と複線が混在していて、ポイント通過時に速度制限がかかる駅が少なくない。場合によっては、反対列車との行き違いのため、特急でも停車させられる(運転停車)こともある。
スーパーつがる2号の東能代→秋田では、さすがに運転停車はなかった。
スーパーであろうと速度制限は避けられず、分かった限りでは、鹿渡(60km/h制限)、鯉川、羽後飯塚、大久保、追分の各駅ではかなり減速して通過。泉外旭川も70km/h制限
八郎潟は、若干減速した程度で通過。14時49分40秒頃。したがって、東能代→八郎潟は、42号が26分、44号が24分、スーパー2号が21分。八郎潟→秋田は、42号と44号が24分、スーパー2号が23分。
八郎潟手前。森山はうっすら積雪

羽後飯塚手前。男鹿半島・寒風山も白い
スーパーつがるは、総じて以前と何ら変わりなかった。
100年前の横光利一「頭ならびに腹」の特別急行列車とはだいぶ違うようにも思えるが、当時の蒸気機関車の「全速力」や加減速性能は、今の電車には及ばないから、速度としてはスーパーつがるのほうが速いと思われる。
でも、やっぱり「満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。」ではないな。
ガラガラのままそれなりの速度で
【26日追記】一方で、追分駅通過時には、ポイントを減速して渡った後、ホームの途中から直ちに猛然と加速するという、特急ならではの走行も楽しめた。そういう時は、頭ならびに腹を連想してしまう。

写っている緑茶のペットボトルは、JR東日本クロスステーションのオリジナル商品「acure(アキュア)」ブランドの「日本の茶事」。赤い六角形にそう書いてあるのだが、読みにくく分かりにくい。
以前、「朝の茶事」だったのが2024年2月27日にリニューアルされたそうで、引き続き伊藤園との共同開発。朝の茶事の発売当初は「お~いお茶」のブランドも冠していたはずだが、いつの間にか外れたようだ。また、NewDaysでは独自ブランドの安いお茶を売るようになったせいか、~茶事は扱わず、自販機のみでの販売のようだ。
朝の茶事時代の味の記憶はおぼろげだけど、日本の茶事はきりっとした感じでなかなか良かった。
その他、acureにもいくつか変化があった/あるので、いずれまた。→新商品について。 自販機について
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旭川護岸復旧工事1

2024-03-17 21:02:19 | 秋田の季節・風景
2023年7月中旬の大雨の増水により、秋田市中通(川反の対岸、四丁目橋下流付近)の旭川の護岸が崩落。その上を通る県道28号(土手長町通り)の歩道も崩れた。直後の記事応急処置された7月下旬の記事
四丁目橋たもと~五丁目橋たもと(五丁目橋交差点)間の全面通行止め、歩道のみ通行止めを経て、2023年11月20日から北行き車道(と引き続き歩道)を終日通行止めにした本格的な復旧工事が、2024年3月中旬までの予定で始まっていた。
五丁目橋交差点。北行き車線が封鎖(封鎖区間内の車は工事関係車両)

四丁目橋たもとの歩道(信号機は作動しています)
開始と同時期に入院してしまったので、現場はなかなか見られなかった。SNSの投稿もあまりなさそうだし、報道も少なく、写真が出ても上の写真のような道路部分だったりして、現場=川の中の状況が分からなかった。
退院して1月下旬。
五丁目橋から上流方向
川幅の半分ほどに土を盛って県道とつなぎ、重機が下りているが、遠いし、盛土にさえぎられてよく分からない。また、南行き車線からは、距離と高低差により、ほぼ見えない。

被災直後と同じく、四丁目橋からはよく見える。道幅が狭く、迂回車両で通行量が増えてしまったけれど。
ちなみに、被災直後の通行止め時には、大町通りの南側、新政酒造付近で北行きが渋滞気味で、秋田駅行き新屋線が大町五丁目交差点を抜けるのに時間がかかった。現在はそのような事態にはなっておらず、通常並みの流れ。信号機のサイクルの調整などしているのだろうか。


(再掲)被災直後
護岸のブロックが川に崩れ落ち、それによって歩道部分がたわんで沈んだ状態だった。

1月下旬
川の中央部に、護岸と平行に盛土をして、川の水が入らないようにするとともに、その部分に重機が入っている。
崩れた護岸と歩道は、表層や上部だけでなく、下の土の部分も掘って削り取られている。歩道部分が完全になくなって、川底レベルまで掘り下げられた感じか。
工事区間の街路灯は、何本か一時的に撤去されたようで、現地に横倒しにされたものも。街路樹のシダレヤナギは、以前からなくなっていたので、工事に伴う変化はなし。
2月初め。県道歩道から。歩道の先が削られて落ち込んでいる

2月中旬
削って掘られたところに、グレーの物体が並び始めた。通行止めされた県道部分には、
グレーの物体が積み上げられた

拡大
ほぼ立方体のコンクリートブロック(?)で、一面だけが凹凸のあるタイル状に加工されている。これで護岸表面を覆う、つまり護岸ブロックなのだろう。専門的には「間知ブロック(けんち~)」と呼ぶらしい。

2月15日は、この時期の秋田では珍しい大雨だった。その直後。
増水


やや水が引いた時点での撮影なので、実際はもう少し増えたと思われる。盛土で隔てられた、護岸を掘った部分にも水が溜まっている。

当然、工事は中断。この後にも、若干雨が降って、しばらく続いたようだ。
2月下旬。うっすら積雪
ポンプでの排水も行って、工事再開。

橋の架替えなど川の中の工事は、冬の間に行われることが多い。これは、冬は台風や雪融けなどによる増水が発生しにくい時期だからだそう。今回は異例の2月の大雨で、その常識が通用しなかった。
この中断により、工事が遅れ、工期と通行止めが延長された。といっても、大きくは告知されていない。秋田県建設部道路課「あきたの道情報」ホームページには、延長のことも、そもそも「いつまで」通行止めなのかを示していない。
3月7日付 秋田魁新報によれば、規制解除は「4月上旬以降」。路線バスの迂回を告知する秋田中央交通公式サイトでは「令和6年4月上旬(予定)」としている。

写真が多くなったので、今回はここまで。続く
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暖冬の雄物新橋

2024-02-24 20:20:23 | 秋田の季節・風景
2023年から2024年にかけての冬は、異様に穏やか。雪は積もる時は積もるがすぐ融け、晴天が例年より多く、気温は冷える時は冷えるが温かい時も多いという感じ。2月19日の秋田市の最高気温は20.1℃で、2月の観測史上最高(これまでは2010年2月25日の19.8℃)。暖冬ということになるのだろう。
過ごしやすいと喜ぶのもいいが、雪融け洪水や夏の水不足など、今後の生活に影響が出ないか不安になる。

雄物川(雄物川放水路)の河口から2番目の橋、県道65号の雄物新橋の右岸(北・勝平地区側)。
右方が河口
橋の下の河川敷は例年、秋田市による「大規模堆雪場」いわゆる雪捨て場となる。市内に複数設けられ、ここは店舗・事業者以外を対象(つまり一般家庭な向けどってこと?)に開放されているようだ。
少し多めに積もれば、トラックが列をなして搬入し、橋桁と同じ高さまで雪山ができ、それが4月になっても残ることもあった(2011年4月)。
それが今年はご覧の通り。誘導看板、プレハブ小屋、ならすための重機は置かれているので、現在もいちおう利用可能ではあるのだろう。
川岸にちょっとの雪山。搬入された雪?

ところで、ここは突き当りになった橋詰の上を、市道が左右に横切っている。その高低差の斜面に変化。
左の枯れ草が茂っている部分
すっきりした?
以前は、数本の松とハリエンジュ(ニセアカシア)が生えていたのが、伐られた。新しそうな切り株があったし、ここより河口寄りの遊歩道部分で、松の伐採作業中の看板があったので、最近伐られたのだろうか。松くい虫の被害か何かだろうか。ただし、上の市道の向こう側(住宅との間)の松は、管轄が違うからかもしれないが、そのまま。


対岸・左岸。狭義の新屋地区側。
日陰の堤防斜面にはうっすらと雪
こちらの橋詰には、冬の間だけ置かれるものがあったのだけど…
ない(砂袋が入ったボックスは通年常設)
凍結抑制溶液自動散布装置『トケボー』」がない。
いくら暖冬でも、朝晩は氷点下になる日は少なくないのに、もう撤去してしまったのか。それとも今シーズンは最初から設置しなかったのか。
色あせた「この先路面凍結 走行注意」の看板は設置されているけれど

トケボーがオフシーズンを過ごす場所をたまたま見つけていた。
設置する枠は3台分あるが、トケボーは2台置かれるのが常だった。2台はセンサーか何かの部品の向きが異なっていて“個体識別”が可能だった。これまでは、雄物新橋には固定ではなくどちらか1台が設置され、残りの1台は、冬の間いなくなるシーズンとそのまま残るシーズンがあった。
現在は、
2台とも戻っている
久々に確認すると、2台の部品の向きが同じに変わっており、そこで識別はできなくなってしまった(配線の配置は違う)。が、テープが貼られて、そこに手書きで、
「No.1元町用」。もう1台は「No.2」
前よりはっきりと区別可能になり、設置場所が固定されたようだ。「元町」とは新屋元町のことか。雄物新橋の南詰は、新屋栗田町じゃないのと思ったが、ギリギリ新屋元町だった。
No.2はどこ用なのか書かれておらず、どこへ行っているのか不明なまま。

トケボーがここに戻れば、もう春。でも凍結防止のためには、まだ早いと思うけど。
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2023年 秋田の猛暑

2023-10-04 20:45:04 | 秋田の季節・風景
2023年の秋田市の夏は、大雨被害とともに、暑さが激しかった。観測データからも明らかだが、誰が何と言おうと、暑い夏、暑すぎる夏であった。

猛暑日が続く中では、部屋に布団を置いただけなのに、布団乾燥機をかけたかのようにふかふかになったのに驚いた。お盆の墓参りは、ご先祖様に容赦してもらった。
熱帯夜かどうかギリギリの日が続くのは、近年珍しくないが、今年は真の熱帯夜が続いた。寝苦しいというより、エアコンなしでは寝ているだけで汗だくというのも、これまであまりなかった経験。
セミ(秋田市街地では主にアブラゼミ)の声がほとんど聞かれない夏でもあった。暑すぎて羽化できなかったのでは【5日追記・雨が少なく土が硬いことも理由になっていたはず】と、魁に専門家の見立てが出ていた。【5日追記・コメントいただいた通り、蚊も少なかった。】秋の虫の声は、平年並みか。
真夏日は9月になっても続いたが、18日が最後。21日以降は最低気温は20℃を下回り、やっと秋らしくなった。先日までの暑い日々がウソのようだけど、秋バテなのか体調がいまいち。

おととし2021年に、夏の暑さをグラフにしていた。2021年は猛暑だったと、当時は思っていた。8月上旬の暑さが厳しく、9月には涼しくなっていたようで、今年を思えばどうってことないと、今は思うけれど。
間の2022年も含めて、6月から9月までの、秋田地方気象台観測の最低気温(オレンジ色折れ線)、最高気温(青色折れ線)、日照時間(棒)をグラフにした。
2023年

夏日96、真夏日54、猛暑日13、熱帯夜27 ※夏日には真夏日と猛暑日、真夏日には猛暑日をそれぞれ含む。ここでの熱帯夜とは、日最低気温が25.0℃以上の日の数。

2022年

夏日94、真夏日31、猛暑日0、熱帯夜2

2021年

夏日97、真夏日34、猛暑日3、熱帯夜7

数字が小さくて申し訳ないですが、グラフの目盛りは3年とも同じ。気温は、2023年が過去より1目盛り・5℃分、上にスライドした状態。2023年は日照時間が連日多いのも目立つ。30℃以上の日は、過去2年より1.5倍以上、熱帯夜の多さも異常。

15年ほど前、夏~初秋に西日本方面へ何度か旅行した。高松や熊本で35℃越えを経験して参ったが、夏は旅行シーズンだととらえていた。
それが今は、夏の旅行はするべきではないと考えるようになった。自分が歳取ったせいもあるけれど、どこに行っても連日猛暑では、体が持たないよ。
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八郎潟駅 テレビと温度計

2023-09-28 18:55:45 | 秋田の季節・風景
ちょうど3年前、2020年9月のストックネタ。秋田県 南秋田郡八郎潟(はちろうがた)町にある、JR奥羽本線・八郎潟駅のアイテム。
1902年の鉄道開通と同時に開業した駅だが、当初は隣町の「五城目」駅を名乗り、後に当時の自治体名だった「一日市(ひといち)」駅になり、八郎潟駅となったのは1965年。今の駅舎も同年にできた。なお、八郎潟町の成立は1956年。

ホームは2面3線、1番線に改札口がある、典型的な国鉄の駅の構造。現在はすべての旅客列車が停車し、普通列車は折返し便もある。かつては特急「白鳥」と寝台特急「日本海1・4号」だけは通過していたかと思う。
1番線改札内。奥が秋田方向・背後が跨線橋
上の写真中央奥が改札口、その手前の壁や窓は駅事務室。
その壁の一部分
看板は「釣りと干拓“願人踊”のまち 八郎潟」。
町の中心駅によくある「ようこそ○○(町)へ」の類。色褪せや書体【29日訂正】手書き文字の雰囲気からして、だいぶ以前からありそう。
「釣りと干拓」は(湖沼としての)八郎潟。色と書体を変えてある願人踊(がんにんおどり)とは、町に伝わる秋田県無形民俗文化財で、神社の祭典で演じられる独特な踊り。看板左側にはそのイラストもある。

その看板の下、ショーケースのようになっている。願人踊の色褪せたポスター・パンフレットも掲出されているが、真ん中に鎮座するのは、
薄型テレビ
画面の縁は黒の外側にシルバーと二重で太い。メーカーは、
ニッパーくん&Victor
今はなき日本ビクター(現・JVCケンウッド)製。
ビクターは2011年まで、同社のテレビ受像機は2008年までだったそうなので、これは15年以上前の製品なのだろう。液晶ではなく、もしかしたらプラズマ方式かも。

この時、というかここ何年かは、列車の車内から見た限りではいつも消灯していたと思う。記憶をたどれば、1990年代後半頃?? には、願人踊の映像が流れていたような気がしなくもない【28日補足・まったく自信ありません】し。ひょっとしたら、以前はブラウン管テレビが置かれていた可能性もある。ショーケースに奥行きがあるので。
2023年6月時点でも、消えたままのテレビはそのままだった。


もう1つ。冒頭の写真、右手前の壁にかかっているもの。
大きなアルコール温度計
左に摂氏、右に華氏の目盛りが付き、固定する金属部分が錆びついているが、表示は正常のようだ。確実に国鉄時代からありそう。
温度計本体の下、販促品の温度計ならばお店の名前が記されるような部分。=今どきは名前入り温度計を配る店なんてないでしょうね。アルコール温度計自体、あまりないだろうし。
「検温標準時間」6時、10時、14時、16時、0時
「検温」といえば、今は体温測定の印象が強いが、この場合はもちろん気温測定。時間とは「時刻」だろう。その時刻に測定して、記録するなり、秋田鉄道管理局にでも報告することになっていたのか。
当時の八郎潟駅は、24時間駅員がいたはずなのに、等間隔でない1日5回なのがおもしろい。

八郎潟駅は、2004年に駅員がいない時間帯ができ、2015年には子会社委託となっている。不在時間は無人駅扱いになるので、ワンマン列車では車内で精算し、いちばん前のドアから下車する(昼間の列車でもあり)。車内放送に注意。


ところで、駅のホームの温度計は、昔は一般的だったようで、それが今も残されているところがちらほら存在する。大阪メトロでは百葉箱を設置する駅があり、現在はデジタル温度計を入れて、いちおうデータを記録しているとのこと。
奥羽本線では…
土崎駅にもあった
同じく1番線の壁。八郎潟よりはきれいで、目盛りは摂氏のみ。0℃の片側には「氷点」。
本体下にスペースはあるが、トラ柄で覆われ、ラベルライターの「JR土崎駅」が貼られてしまっている。下には何が書かれていたのか。
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太平山にハゲ?

2023-09-04 18:48:20 | 秋田の季節・風景
8月の初め、秋田市街地から見える太平山に連なる山並みに、それまではなかったものができたのに気付いた。
確認した限りでは、旭南の川口バス停付近、秋田駅や土崎駅から見えるが、その間の奥羽本線の旭川橋梁付近では、峰々の重なり具合の都合で隠れてしまうようだ。※秋田市内各地からの太平山の見えかた
秋田駅東口から
主峰である太平山(奥岳とも呼ぶそう)に向かって、左後方にそびえる峰の、てっぺんから少し下の位置。【8日コメントいただき訂正・駅からでは奥岳は隠れて見えないとのこと。】
画面左

ビルは秋田大学 西谷地寮
白っぽくハゲたような部分ができていた。山を覆う樹木がなくなり、山肌が露出しているのか。

何年も前の写真で確認すると、この部分にも他と同じように緑色=樹木が生えていたのは確実。
太平の山々は、日頃見慣れていて、当ブログで何度も写真を掲載している。だけど、いつからこうなってしまったかは分からない。日の当たりかたで気付けなかった可能性もあるし、最近は写真も撮影していなかったし。
ここで思い浮かんだのが、7月15日の大雨。太平山では林道や登山道が大きな被害を受け、主要な登山ルートが使えなくなった。復旧には数年を要し、今シーズンは山小屋の営業をやめたとのこと。
ここも、その時に土砂崩れでもあった場所なのか。


その後、8月末に改めて見ると、
ハゲが増えた
以前からの場所の左側に、それより小さいもの3つ。
8月は雨がほとんど降らなかったのだから、土砂崩れではないだろう。伐採が行われているのか。


最後に、現場はどこなのか。
秋田駅東口から見た時、直線の途中に秋田大学 西谷地寮(旧・北光寮)があるのを目印に、地図で素人が推測。【コメント欄も参照】
距離にして17キロほど。馬場目岳と笹森の間の斜面か?
自治体としては、秋田市と五城目町・上小阿仁村の境界付近。少し下れば(左側)、仁別国民の森や仁別リゾート公園がある。すなわち、旭川の源流がこの一帯。たぶん。
いつも目にしてはいるものの、どの山がどんな名で、川はどこから流れてくるのか、何も知らないのだった。
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青棚2023

2023-08-15 23:38:03 | 秋田の季節・風景
秋田などのお盆の風習。
この記事などの通り、東北地方日本海側・津軽~秋田~庄内辺りには、お盆の“アイテム”に独特なものがいろいろとある。その2023年の状況。

モナカの皮状のものを吊るす「盆とうろう」などと呼ばれるもの。
たけや製パンの商品(青森のかさい製菓でも同一のものが売られる)は、2023年もこれまでと変わらず。しかし、昨今の物価上昇の影響がここにも。
消費税率が10%になった2020年から2022年までは、1セット税込み220円程度だった。
今年は260円。2割も値上がった。


「青棚(あおだな)」は、秋田独特のものなのか、ネット上に情報はとても少ない。
ハスの葉で、数種類の果実を包んだ状態で売られる。それを広げて、お盆のお供えとするもののようだ。
(再掲)スーパーで「青棚セット」として売られる状態
2015年は400円ほどだった。
(再掲)袋から出して、ハスの葉を広げたところ【16日補足・もちろん、袋から中身を出して、葉に広げて供えます】

我が家では、秋田市内のマックスバリュで買うのが恒例だった。お盆はポイント10倍(今は実質8倍?)になるので。
昨2022年は、他店のものをもらったので買わなかったはず。今年はまたマックスバリュで購入しようと出向いた。

例年のように、入口そばの青果売り場に特設コーナーが作られ、生花や抹香などとともに、それらしきものが並んでいたのだが…
いつもの青棚セットがない。

それでも、代替は2つあった。
1つは、プラスチック製の青棚セット。
以前から、ナスとキュウリの精霊馬のプラスチック版はあった。精霊馬は全国的なものだけど、ローカルな青棚もプラスチック化されるのが意外。
毎年繰り返して使うのなら、それはそれで意義があるけれど、毎年捨てる(精霊流し)のならば、時代の流れに逆行している。それに、見た目がツルツルして色が派手で、いかにも作り物っぽくて、良くない。
控えめに数個しか並んでいなかったので、売れ筋ではなさそう。

もう1つは、中身とハスの葉、それぞれ単独での販売。
買った
以前からハスの葉は、賞状のように筒状に巻いて、1枚単位で売っていた。商品名「蓮の葉」、税込み217.8円。青棚の中身は自宅で用意するような人向けだったのか。【16日補足・再掲写真のセットはハスの葉の表面を外向きにして包んでいる。今回の単独商品は、葉の裏面を外向きにして巻いている。】
そして、たぶん今回初めて見たのが、青棚の中身だけ、1組分を袋に入れた商品「お盆セット」。税込み437.8円。10個以上は並んでいたと思う。
2015年には、中身と葉のセットで400円ほどだった。今回は合計650円。※非食品扱いで消費税率は10%。

「お盆セット」には、「青棚セットの中身と同一です」という手書きポップが付いていた。
でも、その時点ではプラスチック製青棚セットしかなかった。
ということは、もしかしたら、本物の青棚セットも入荷していたが、先に売り切れてしまったのかもしれない。過去には8月9日頃から売られていたし(今回は12日購入)。

今年の「お盆セット」の構成。以前の葉っぱに包まれていた当時のものと共通点が多く、製造元は同じだと思われる。
ペポカボチャ・おもちゃカボチャは、縦長で縦縞や色が以前と同一。
未熟な青リンゴは2個から1個に減ったが、少し大きい。
その他、数や量は以前と多少変化しているが、「ササゲ(豆)」の代用と思われるインゲンマメ2本、オレンジ色のミニトマトのようなハマナスの果実2個、未熟なホオズキ1個、未熟なブドウ少々。
あとは、以前は入っていたりいなかったりした(冒頭の再掲写真にはない)、赤や黒の小さな果実(上の写真リンゴの下)。ガマズミ、サンゴジュ、ゴマギ辺り(いずれも同科同属)の果実だろうか。たぶん食べてはいけない。セットの中では、ほかにホオズキが有毒。


お盆の風習は脈々と受け継がれているけれど、価格や売りかたには小さな変化が繰り返されていた。
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昔の秋田の暑さ

2023-08-11 23:26:34 | 秋田の季節・風景
居座る台風によるフェーン現象のためか、最近の日本海側は猛暑。
秋田市は、8月7日から11日まで、5日連続の猛暑日。12日は猛暑日にはならなそうだが、おそらく連続猛暑日日数の記録。最低気温は5日から、連日熱帯夜継続中。寝苦しいのもイヤだけど、連日の35度越えはやはり堪える。

8月9日の最高気温は38.2℃で、観測史上最高値となった。
実際には1978年8月3日と同値なので、1位タイ記録。そのことには触れないマスコミがあるのが、ちょっと気になる。
昭和53年とタイ記録という情報がなければ、「昔はこんなに暑いことはなかった」と思いこんでしまう人もいるだろうし、反対に「40年以上前、ものすごく暑い日があったけど、あれは何度だったのだろう」と悩む人もいるのだから。
ちなみに、1978年は8月2日は32.7℃、4日は28.5℃までしか上がっておらず、8月3日だけ突出した猛暑だった。
【8月23日追記・記録更新】この後、2023年8月23日の最高気温が38.5℃となり、観測記録を更新した。この記事の内容は、それ以前のデータに基づいているので、下のランキングや統計値は“古いもの”になってしまいます。


こうした昔のお天気は、気象庁ホームページの「過去の気象データ検索」を使えば、容易に調べられる。便利な時代になったものだ。
さらに便利なことに「観測史上1~10位の値(年間を通じての値)」ページもあって、観測地点を選べば、すぐにランキングが表示される。秋田の場合は1882年10月からの141年が対象。
「日最高気温の高い方から」では2023年8月9日と1978年に次ぐ、残り8つ分(タイ記録があっても10枠しか表示されない)は、1999年以降の値ばかり。というか8月9日以外の2023年でさらに2枠も(+次点・11番目も)占めている。
やっぱり昔(=平成初め・1990年代以前)と比べて、ここ数十年は暑さが厳しくなったのかなと思わされ、ていいのだろうか。

こうなると気になるのが、ランク外の暑さあるいは1998年以前の暑さがどのくらいだったかということ。
少なくとも気象庁ホームページでは簡単には調べられないようなので、141年間(1882年10月観測開始なので、同年は除いた)の毎年の年間日最高気温の値を、表計算ソフトで並べ替えてみた。
今年のような「同一年内に高温の日が複数ある」場合は、その2番目以降を把握できないことになるので、厳密な(日ごとの)最高気温ランキングではない点はご留意願います。記事内での転記ミスや、気象の知識がないので、見落としやデータの見方を誤解しているかもしれません。
【初回アップ・8月11日時点のデータ。この後、8月23日に最高値が更新
【12日補足・↑1位のところを2023年→1978年の順で記していますが、他のタイ記録の年に合わせて、逆にするべきでした。】
自分が小さかった昭和末期~平成初期は、秋田市では30℃を越える日は珍しくなったが、35℃になった日はなかったような気がしていた。
また、最高気温35.0℃以上の日のことを「猛暑日」と呼ぶようになったのは2007年から。
だから、秋田市で猛暑日が出現するようになったのは、10位までのランキングのように、ここ20年くらいのことだと思いこんでいた。

ところが、並べ替えてみると、141年のうち、猛暑日(という名がまだなかった頃も含めて)があった年は45年。3分の1以上。
古くは1885年から明治・大正・戦前でもそこそこある。
ただ、36.0℃を越えた19年のうち、1998年以前なのは1978年と1944、1950、1954、1971年の5年だけ。36とか37とかバカ高くなったのは、21世紀に入ってからと言える。逆に言えば、秋田市では35℃台の日は、昔から2~3年に1回くらいあってもおかしくはない土地のようだ。

平均値は34.2℃。
最頻値は34.1℃(8回。平成以降では1995年と昨2022年=令和になってから唯一、猛暑日がなかった年)。
中央値も34.1℃。

いちばん低かった年(55位)は、1934年の30.2℃【11日補足・東北地方太平洋側を中心に、大凶作となった年だ】。
141年の間には、冷夏とされる年が何度かあったが、秋田市では、真夏日が1日もなかった年はなかったのだった。少々意外。
低いほうは、昭和以前の年が目立つ。平成以降で低いのは、44位・1993年 32.3℃、43位・2008年 32.6℃、42位・1996年 32.7℃。

35℃を基準にするかどうかは別として総合的に見れば、やっぱり昔よりは気温が高くなり、また高くなる年が増えている傾向にあるのは間違いない。


ちなみに、
昭和最後の夏・1988年は34.0℃(30位。8月14日)、平成最初の夏・1989年は35.5℃(15位。8月6日)。記憶にない。
冷夏で“平成の米騒動”となった1993年は32.3℃(44位。8月26日)。8月前半など20℃台前半の日もあって、寒い夏だった記憶ばかりがあるが、ピンポイントでこんなに上がっていたのは記憶にない。

終戦の1945年は34.8℃(22位。8月24日)。なお、終戦の日1945年8月15日は27.1℃。当時秋田市やその周辺にいて、「終戦の年(もしくは終戦の日)は暑かった」という人が複数いる。感じかたは人それぞれだし、心理的要因も少なくないのではないだろうか。


などとデータで遊んでみても、涼しくなるわけでもない。
夏はほどよく暑く、冬はほどよく寒く・雪が降る、秋田の本来の気候で過ごせる年は、次はいつになるだろう。
2023年夏の暑さの総括と過去との比較
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大雨後7.26

2023-07-26 23:16:41 | 秋田の季節・風景
秋田市の大雨その後
土手長町通り(県道28号)の旭川護岸崩落現場。22日は、崩れた残骸が撤去され、大きな土のう(フレコンバッグ)が運びこまれていた。
25日
護岸代わりということのようで、川の中にフレコンバッグを積み上げ始めた。
26日
崩落面全面が覆われた。
6段積みか?
通行止めとなっている県道が、7月28日13時から開通することが決まった。川側の歩道は引き続き規制。また、増水して氾濫注意水位に達した場合は、通行止めする。【28日補足・現地を通る路線バスは、29日始発から。】
思ったより早い。8月3日~6日の竿燈まつりに合わせて、仮復旧を急いだということなのだろう。護岸表面の崩落だけで、道路下の土砂の大量流出などがなかったということかもしれない。
護岸を本復旧するとなると、主に川の中での工事かもしれないし、大掛かりになるのだろうか。【28日補足・歩道の復旧にはあと半年かかる見込みとのこと。】
【11月13日追記・本格復旧工事について】本復旧工事が始まることになり、2023年11月20日から北行き車道が終日通行止め・南行きのみの一方通行となる。路線バス上り便(牛島・有楽町→秋田駅西口方面等)の迂回は必至と思われる。報道によれば、来春2024年3月中旬まで継続し、西側歩道は引き続き通行止め。歩道の復旧は来春以降。→復旧工事についてはこちら


水が溜まったという、秋田駅直下の自動車専用道路・秋田中央道路地下トンネル(県道62号)のほうが、再開に時間がかかってしまっている。外から見えないせいか、あまり報道されないけれど。【28日補足・トンネルは8月1日から、時間帯を区切って片方向限定で通行再開。午前西行き・午後東行き・夜間~早朝通行止め(工事)】

ところで、
崩落箇所の2ブロック上流・二丁目橋「那波家の水汲み場」対岸
護岸の高い位置に土砂がこびり付いているのは、増水の跡だろうが、同じ高さでも付着していない所も多い。違いは何?
ここの護岸も、構造や造られた時期は、崩落箇所と大差ないはず。どうしてあの箇所だけ、落ちたのだろう。素人考えでは、ほかの場所もいつか崩落してしまうのではないかと思ってしまう。ここも、
護岸の縁にヒビ・すき間ができたり、草が生えたりしているけれど
このすき間から水が入り込んで、ここの護岸も…とならないのだろうか。素人は心配になる。道路管理者かつ河川管理者である秋田県には、確実な点検・維持管理はもちろん、道路利用者や住民への説明もしっかりお願いしたい。


南大通り・五丁目橋交差点手前
しっかりした作りの、崩落地点を通り抜けできない旨の立て看板が何枚も設置されたが、意外に早く役目を終える。
現場南側一帯の看板は「竿灯通り方面へ通り抜けできません」、北側は「国道13号線方面へ~」となっている。
なお、正しくは「竿灯通り」でなく「竿燈大通り」。もっと言えば、竿燈大通りは秋田市が付けた愛称であって、道路管理者たる秋田県としては「山王大通り(広義の)」が本来。
毎年恒例「竿燈まつり会場」の看板は役目を果たせる


秋田市中央地域を南北方向に結ぶ主要な道路の1つである、土手長町通りが通行止めになったため(+中央道路トンネル通行止め)、周辺では休日や昼間でも、車の流れが滞りがちなポイントが発生している。
奥・新政のゲート手前が五丁目交差点。右手前は本町六丁目竿燈会の詰め所
大町通りの大町五丁目交差点より南側の1ブロック(大町六丁目)、新政・かき氷屋→新屋線上り・大町六丁目バス停→大町五丁目交差点の区間だけが、恒常的に渋滞するようになった。
多くの車が、大町五丁目交差点を左折して、新国道・山王五丁目交差点方向へ向かっており、それには青信号が短すぎるのが原因らしい。大町五丁目交差点を抜けるのに3回程度信号に引っかかってしまう【27日補足・時間にして5分はかかる】。新屋線など大町通りへ直進する車は、ここを過ぎればスムーズに流れる。
交わる横町通り側の青信号を短くすれば、今度は有楽町・南大通りから横町へ迂回した車が滞ってしまい、市内全体としては渋滞が悪化してしまうのだと思う。これもあと少しの辛抱か。


浸水地域の災害ごみ収集に注力するため、秋田市全域で、古紙を除く資源化物(資源ごみ)の収集が、7月21日から「当面の間中止」されている。
資源ごみ回収を担当する公益財団法人秋田市総合振興公社の、人と車を回すのだろう。
本来ならペットボトル回収日だった、浸水がなかった地域のごみ集積所。
1袋出されてしまっている ※秋田市ではつぶさず・ラベルをはがさず出してよい
ほかにも、1~3袋くらい出ている集積所がけっこうある。町内会長などに気の利いた人がいれば、収集中止の旨掲示を出しているところもあるが少ない。
中止の告知は、市のホームページ、テレビ、新聞ぐらいでしかされていないと思う。一人暮らしで多忙だったり、ニュースに関心がなかったりすれば、収集中止を知らなくても無理はない。避難情報だけでなく、こういう情報ももれなく伝える手段を考えないと。
【8月2日追記・8月7日から収集再開。】【8月7日追記・再開されたと思ったら、1週間後の8月14日から再度、当面の間中止。市ホームページでは「一日も早く災害ごみを収集するため」「災害ごみの収集を重点的に行うことといたしました。」としているが迷走。】【8月25日追記・9月1日から収集再開(再再開)。】

水浸しになった秋田駅東口は、今はその痕跡は目立たない。
それでも、東口バス案内所は休業中だし、
駅のエレベーターもエスカレーターも停止中
大雨の影響は、あちこちに残っている。
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増水後の川を渡る葛

2023-07-23 19:46:37 | 秋田の季節・風景
梅雨前線による大雨から1週間。7月22日に梅雨が明け(平年-6日、昨年は特定できず)、30度前後の暑い日が続く。
秋田市の被災地域ではそれぞれで後片付けが進んでいるようだが、ごみ処理(仮置場からの搬出)は追いつかず、被災状況の調査も進んでいない(住宅地だけに昼間留守だったり、空き家だったり、かなり大変だと思う)。

旭川の護岸崩落。
22日。四丁目橋から
旭川の水位は平常並みになったが、水は濁ったまま。
重機が2台入り、崩落箇所は舗装や柵が撤去され、土だけになった。
「フレコンバッグ」と呼ぶそうだが、大きくて黒い持ち手が付いた土のうが、奥の歩道と2台のトラックの荷台に積まれている。これで埋めるってこと???
これ以上の崩落の危険性はないということなのだろうか。片側1車線しかないから、この後、修復完了まで、通行止めは続くのだろうか。

現場の道路向かい奥には、元・アキタニューグランドホテルであるホテルルートイングランティア秋田があるが、公式サイトによればここも浸水被害を受けていた。宿泊は問題なさそうだが、1階のエレベーター(復旧済み)や温泉・華のゆは影響を受けたようで、今も一部縮小営業。

大雨のその後に関する続きの記事


先週半ば、まだ水位が多少高かった頃の旭川。
楢山側から対岸・旭南を見る
強い流れにさらされ、岸の斜面の草が全部、左に向かって倒れている。道路の高さの草は両岸とも汚れてもおらず、越水しなかったことを示している。

場所によっては、川の中に(枝垂れでない)ヤナギ類の木が生えている。それも、
傾いて根が浮き上がっていた


ここの辺りといえば、「川を渡るクズ」。今春も盛んに茂り始めていた
からまるワイヤーは、最高水位より高い位置にあるが、垂れ下がってすだれ状になった茎や葉は水に浸かったはず。あの増水と急流では…
ほぼ変わらず!
垂れ下がった部分は枯れてはいるものの、ごみもあまり引っかかっていない。もしかしたら、垂れ下がった部分が切れて流されたのかもしれない。
残る本体は無傷。わずかに紫色のものがちらりと見えた。つぼみのようで、順調に季節が進んでいる。
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大雨後 護岸崩落等

2023-07-17 22:51:35 | 秋田の季節・風景
秋田市の記録的大雨のその後。
7月17日午後の保戸野の旭川下流方向。奥が保戸野川反橋
濁流が急流となっていたが、この程度の量・速さなら、年に何回かあるレベル。
保戸野川反橋たもとの中島(指定)水位観測所では、この時点で水深2.20メートル弱。水防団待機水位が2.20なので、数値としては平常時まで戻ったことになる。

旭川筋では氾濫は起きていないようだが、衝撃的な被害が発生した。
中通五丁目の県道28号(土手長町通り)の歩道の崩落である。歩道というより、護岸が崩落して、接する歩道もろとも崩れたのが正確か。
一部では、「川反」の「歩道の手すり(擬木の柵のこと)」が落ちたといった情報もあるが、川反とはこの対岸・大町側のことを指すし、以下の写真の通り、落ちたのは手すりどころではない【18日補足・初期段階では、歩道全幅でなく柵部分だけが崩れたという情報もある。少しずつ崩落したようだ】。また、氾濫した太平川の水や下水道など内水氾濫が、県道まで達して冠水した時間もあったようだが、その水ではここまでなるとは思えず、旭川の増水した水流により、護岸が破壊されたのだと思う。

場所は、四丁目橋のすぐ下流。下り側北都銀行前バス停の向かい。
四丁目橋の交差点
県道は、崩れた歩道は当然、車道も四丁目橋と五丁目橋の間で両方向(※)とも通行止めされている。さらに崩落するかもしれず、安全確認できていないのだろうか。
 ※ルートイングランティア秋田の駐車場や、その北側の座頭小路から出てくる車は、五丁目橋交差点方向に限り、通行させているようだ。また、川と反対側の歩道は通行可。四丁目橋も歩車とも通行可。
そのため、路線バスは運休や迂回運行。17日までの牛島方面は、竿燈大通り~山王十字路~茨島交差点~国道13号と、大きく迂回。18日以降は、他の箇所の状況が改善したのか、南大通り経由に変更。
北側から行くと、手前の北都銀行本店前交差点に小さいながら通行止め予告看板がある。多くの車は中央通りへ左折し、直進した車も、四丁目橋で池永小路へ左折させられる。
五丁目橋交差点には「災害のため通行止め」と理由明記。NHKの中継は、この先まで入っていた
南側からは、南大通りや横町通りへ迂回となるが、線形や車線配置上、横町へ行ってしまう車が多いのか、いつもよりやや通行量が多そう。
有楽町など周辺の交通量は、平常並み。

以下4枚、四丁目橋から撮影。

崩落は長さ数十メートル。【18日追記・複数のマスコミが、長さ約30メートルと伝えている。】
17日付秋田魁新報 1面では「歩道が約200メートルにわたって崩落した。」とあるのは大嘘。だって四丁目橋と五丁目の間が200メートルちょっとしかないのだから。【19日追記・19日付紙面に訂正掲載。「正しくは「約20メートル」でした。」としている。】





「土手長町通り」の道路愛称の表示が倒れている。
路面のブロック(赤系統)はバラバラになって水中に落ちたようだが、その下のセメントのような部分は、板状につながったまま落ちこんでいる。融雪装置・ロードヒーティングの枠や配管がそこに埋まっているので、それでつながっているのだろう。細めのパイプが2本あるのは、何が通るのだろう。
擬木の柵はほとんど見当たらず、川の流れに頭だけ見ているものも。川の中深くまで落ちたのか。そもそも、護岸本体も川底に倒れこんだのか、見えなくなっている。

土手長町通りといえば、シダレヤナギの街路樹だが、この付近は、近年、なぜか伐採されて、跡に植え直されていない。崩落した区間内には、1本もなかった。
(再掲)2020年7月。ちょうどこの辺りが崩落。奥の柳は現在はない

旭川で護岸が崩れたことは、以前もあった。
昭和末・1980年代後半だと思う。冒頭の写真を写した、保戸野(1つ上流の鷹匠橋寄り)で。鷹匠橋付近は、川に少し角度が付いているので、流れに勢いが付いたせいかもしれない。
四丁目橋付近は、川は一直線。少し下流に滝のような段差ができているが、そういうのが影響するのか。それとも劣化が進んでいたのか。

当ブログで何度か取り上げ、そして日常的に歩いている場所がこんなになってしまった。
下手したら巻き込まれてしまうかもしれないし、いつどこで発生するか予測もしづらいだろうと思うと、怖い。



県道28号の楢山登町側(南有楽町通り)では、委託された道路管理業者が、路肩のごみを拾い集めていた。沿道のローソン秋田南通亀の町店やファミリーマート秋田ならやま店は営業していたので、店内への浸水被害はなかったのか(土手長町や南大通りは休業している模様)。

県道28号から1本東側を並行する、南通亀の町、楢山登町、楢山南中町を少し歩いてみた。
こちらは一変。ごみ集積所に袋が山積みになり、小雨の中、多くのお宅で、片付けや泥掃除をなさっていた。畳を出しているお宅もあり、床上浸水もあったとのこと。【18日補足・見た限りでは、冷蔵庫やタンスなどが外に出されたお宅はなかったかと思う(報道される広面方面では出ていた)。この一帯はそこまでの大量浸水ではなかったのか。】
水害の後は、衛生面でも注意が必要と聞く。今日の時点で、クレゾールの臭いがしたところもあったが、消毒まで対応できていないところが多そう。
道路に泥が残るところも(雨で流れたのか意外に多くはなかった)
南大通りや東通地区の主要道路では、浸水で動けなくなった車が放置されていたが、今日でほぼ撤去されたようだ。楢山の裏道には数台残っていた。
塀に突っ込むように置かれ、ボンネットにはごみが載る
近い旭川ではないところから来た水で、こんな被害になってしまうとは。場所のわずかな違いでこんなになってしまう、水害の怖さを、生まれて初めて実感させられた。【17日追記・水と泥が引いてしまえば、一見、普通の平穏な住宅街に見えてしまうことも、やるせないような気持ちになってしまった。】

※護岸崩落現場など数日後の旭川
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旭川ダム緊急放流

2023-07-15 23:40:43 | 秋田の季節・風景
秋田市とその北側(男鹿、五城目など)を中心とした秋田県では、2023年7月14日夜から記録的な大雨になっている。梅雨前線の停滞によるもので、線状降水帯は発生していないようだが、秋田市などでは観測史上最高の24時間降水量を記録。

秋田市街地では、バケツをひっくり返したような、というよりは、しとしと多めの雨が絶え間なく降り続ける感じだろうか。気が付けば、たくさん降っていたというような。
その結果、太平川の氾濫、添川の土砂崩れ、さらに道路冠水が相次いでいる。
報道で見た限りでは、大住、旭川地区(新藤田郵便局前)、広面~東通一帯のほか、秋田駅東口ロータリーや、西口の北側・明田地下道西交差点(アンダーパス部だけでなく交差点も)も冠水。NHK秋田放送局のリモコンカメラ(アルヴェに設置)から見下ろす、東通仲町などの住宅地が、車のタイヤが隠れるほど水浸しなのは衝撃的。リニューアルオープンしたばかりのイオンスタイル広面も、臨時休業してしまってお気の毒。

そんな中、駅西側の市中央部・市中心部、古くからの市街地のエリアでは、目立った被害はなさそう。たいへん幸運なことで、感謝しなければならない。
その中央部を南北に貫いて流れるのが、旭川(あさひかわ)。太平川と同じくらいの規模で、いずれも太平山を水源とする雄物川の支流であるが、太平川のように氾濫することはまずない。旭川では、氾濫注意水位に達することはあっても、避難判断水位・氾濫危険水位を超えずにキープすることが多い(2017年の例)。川の線形や、対策工事の違いもあるとは思うが、旭川には「旭川ダム」があって、市街地へ流れる水量を調節してくれているのが、大きな原因なのだと思う。

今回も、旭川ダムはがんばってくれたようだが、下流の水位はどんどん増え続け、氾濫危険水位を越えてしまった。
旭川と旭川ダムを管理する秋田県は、旭川ダムの緊急放流を決定。
15時過ぎ辺りの時点で、緊急放流の可能性があることがNHK総合の字幕で伝えられた。実際に放流が始まったのは17時22分。

旭川ダムの緊急放流は初めてとのこと。
秋田魁新報など他のマスコミのサイトや、NHKの全国ニュースでも伝えられ、氾濫のおそれがあるので、流域では安全確保するよう呼びかけられた。

我が家は、旭川から遠くなく、ハザードマップでは0.5~3.0メートル浸水するエリアになっている。ただ標高は、川岸よりいくらか高く、年寄りは、ここは水が上がったことはないと言う。
それに、昔は、下流に緊急放流警告のサイレンや説明板があった(盛岡市中津川の例)が、今はなくなった。これは、ダムの性能が向上して、緊急放流しても下流部には影響がなくなったため、ということらしかった。
だから安心しきっていたが、これは心配になった。

まずは、国交省や県のサイトで、ダムの現状と下流の水位を見守ろうと確認。【以下のデータは停電や落雷により、正しいデータでなかったことが発表された。末尾の17日付追記参照】


秋田県 河川砂防サイトより10分ごとの旭川ダムのデータ
緊急放流すれば、「放流量(国のサイトでは全放流量)」が増えるのだと、素人には思われる。
緊急放流開始直前に、60立方メートル/秒台だったのが、放流開始後は70~80になって、たしかに増えている。
それも、18時50分頃には60程度に戻った。緊急放流が終わったのかと思ったが、その時点では、マスコミではまだ放流中かのような報道【末尾追記の通り、緊急放流は翌日まで続いた】。

そして19時50分から20時40分にかけては、なぜかデータがない。国交省のサイトでは「閉局」と表示されていた。
復活した20時50分には、ダムの水位が上がり、放流量も95立方メートル/秒に増えていた。
どういうことなのだろう。緊急放流といっても、一気に全部放出するのではなく、様子を見ながら少しずつ放流するのだろうか。
【16日追記・緊急放流の定義について】そもそも「緊急放流」とは何か。ダムがあふれそうな時に、大量放出することだと思っていたが、そうではないらしい(それ以前に緊急放流は正式な用語ではないそうだが)。ダムがあふれそうな時に、流入量と同量相当を放流することだそう。それを踏まえれば、緊急放流開始時にどばっと出なかったのも分からなくはないけれど、それでもなお、流入量に対して放流量が少なすぎるという疑問は残る。(以上追記)


緊急放流で、実際に下流の水量は増えたのか。
保戸野通町の保戸野川反橋たもとにあるのに、なぜかその名前の「中島(指定)」観測所のデータ。
国土交通省 川の防災情報サイトより
グラフ中の赤紫の太い線が水位。緊急放流前後とも、4.0メートル前後で微増微減を繰り返している。緊急放流による水位への影響はほぼないといえるだろう。降雨量が落ち着いたことも一因かもしれないが。
【16日追記・旭川沿い、川反の対岸の土手長町通り~有楽町付近でも、冠水や柵(というか護岸?)護岸(県道歩道部分)の崩壊があった模様。旭川の増水(緊急放流かどうかに関わらず)によるものなのかもしれないが、東方向・太平川→明田地下道→南大通りから来た水の影響なのかもしれない。】
【16日追記・中島(指定)観測所の水位は、16日朝には、氾濫注意水位を下回る3メートル程度まで下がった。】

これで、緊急放流しても旭川は大丈夫なんだと、安心できるのだろうか? そうでなく、たまたま今回はこれで済んでいるのかもしれない。【16日補足・ハザードマップで浸水が想定されている以上、そうなる可能性はあるわけで、やはりたまたまだろう。】
我々住民が、身近なはずの旭川に対して、日頃いかに無関心であったかを思い知らねばならない。

ところで、国交省 川の防災情報サイトには「ダム放流通知」というタブがある。緊急放流すればここに掲載されそうなものだが、未掲載。
15日18時45分のキャプチャを一部加工
佐竹知事が記者会見はしていたが、そのほか県の河川砂防サイト、県庁の美の国あきたネットには、旭川緊急放流中の旨の告知は見当たらなかった。
直接関係はないが、秋田市役所のサイトでも同様だし、秋田市には防災行政無線もない。
イーロン・マスク氏のやりたい放題により、6月末頃から、未ログインでツイッターが閲覧できなくなっているのも、こういう時には困る。この点は、以前から、広く情報を伝えるべき組織(役所や公共性の高い事業を行う企業)が、1社によるネットサービスに依存しすぎるべきではないと考えていたけれど。

今回は、マスコミの報道が役に立った。
裏を返せば、ラジオ・テレビに接しない人は、緊急放流を知らなかったかもしれない。万一、氾濫してしまったら、予告なしに氾濫したも同然の事態になっただろう。
秋田市は、大雪以外は大きな自然災害は起こりにくい、安全な土地だと思っている。それが魅力の1つなのだが、それで何もしないのでは、何かあった時大変になる。行政だけでなく市民一人ひとりも、もっともっと意識を高めないといけないと感じている。

14日からの大雨は、ピークは越えたようだ。しかし、この後、火曜日くらいまではまだ降る予報で、気が抜けない。
【16日追記】16日午前時点では、いくぶん水は引いたが、まだ冠水したままの道路もあり、JR運転見合わせ、路線バス運休・迂回、店舗休業(イオンスタイル広面のほか、イオン秋田中央店、イオンスタイル茨島、コープあきた茨島店など)が続いている。
南通の中通総合病院は浸水のため救急を含む新規受付等を停止、広面の秋田大学医学部附属病院は病院前の道路浸水(院内は被害なし)のため救急受け入れを停止。
マックスバリュ泉店は、パンや弁当が品薄傾向で、来店客は通常並みか。極端な品不足はなさそう。車の通行量は、若干少ないかも。
旭川ダムの緊急放流は、16日10時02分で終了したとのことだが、県の周知もなく、NHK以外では報道もなさそう。放流量は16日午前1時には263.26立方メートル/秒に達していた。終了時点では65立方メートル/秒前後まで減り、その後16日夕方は63立方メートル/秒程度とさほど減っていない。

【17日追記・県の説明】17日に秋田県河川砂防サイトに「お知らせ」が掲載。全文を転載。
「・旭川ダムの緊急放流(異常洪水時防災操作)について
 7月15日17:22から7月16日10:02の期間において緊急放流(異常洪水時防災操作)を実施しましたが、15日10:43から発生した停電及びダム周辺への落雷の影響により、15日10:50から16日10:00の期間については、正しいデータの配信ができなかったことをお知らせします。
 なお、緊急放流(異常洪水時防災操作)は、旭川ダム管理事務所において職員の目視及びダム制御装置の状況確認により実施しました。」
とのことで、データが異常であったようだ。納得はしたが、この調子では今後が少し不安。

続きはこちら
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“みどり町公園”リニューアル

2023-05-12 21:05:56 | 秋田の季節・風景
昨年後半、秋田市中央部にある「保戸野鉄砲町街区公園」(児童公園)。
紅葉がきれいな11月上旬
2022年10月頃から、公園が封鎖された。
長野市では、一部住民の苦情により、公園が1つ廃止されてしまって、全国ニュースになったけれど、ここはそういうのではない。
「公園内の整備工事を行っています」
小さい文字で「グリーンインフラ公園緑地整備事業」などと書いてあるが、要は、古くなった公園をきれいにして、バリアフリーにも対応させるみたいな工事。秋田市内の街区公園で、毎年度数か所ずつ行われている。

電話ボックスが封鎖区画内、しかも入ろうと思えば入れる絶妙な位置にあるのは、ちょっと困りそう。説明書きなどはなかったが、NTTとは話がついていたのか?
上の写真の通り、工期は当初12月16日までとされていたが、その後、2023年1月27日まで延長された。
2022年12月中旬。雪の中で工事?
雪が積もって遅れたせいかもしれないが、雪国ならば当たり前のこと。余裕を持って、年度前半のうちから発注することができないものだろうか(子どもたちの遊び場確保でオフシーズンに施工という事情はあるかも)。
2月上旬。工事が終わって封鎖解除されたが、積雪でよく分からない

現在
工事前の園内は、全面が土で草が生えていた。工事により、1周するかたちでブロック(タイル?)が敷かれ、通路ができた。
ほかには、地元町内会から寄贈された(その旨の表示があった)あずまやが、新しくされた。水飲み場も、秋田市の街区公園で標準だった擬木のものから、新しいものに。
滑り台、ブランコ、鉄棒は、たぶん以前と同じ。擬木の公園名の標柱も変わらず。ベンチは未確認【13日追記】ベンチは新しくなって、一部は位置が変わったようだ。

保戸野鉄砲町街区公園の供用開始は1981(昭和56)年12月23日。おそらく開園以来40年以上ぶりのリニューアルだから、大規模に手が入るかと思ったが、そうでもなかった。といっても、同様の工事が行われた他の公園でも、この程度の内容なので、想定内だけど。
外周の通路はバリアフリーや雨の日を考慮しているわけだが、園内を思いっきり走り回りたい人にとっては、そのスペースが少し減ったことになる。

これは?
Googleストリートビューによれば、2018年までは判読できていた。
昔からあった、毛筆の手書きによる「犬を連れて園内を散策される方へ」の注意書き。下には、赤い花や耳が折れた大きめの犬などのイラストも添えられていた。園内に2枚あるはず【13日追記・工事後は東側にあったものはなくなったようだ。写真は西側】。
設置者の表示はなかったが、上記、旧あずまやや、後述の新しい注意書きに町内会名が出ていたから、同様に町内会が作って置いたのだろう。秋田市の所管ではないとして、施工業者も公園課も、読めなくてもそのままにしたのでしょう。
読めるほうの注意書き。工事前後で2枚の左右が入れ替わっている
↑「住みよい公園」って言い回しが、おかしい。


この公園を昔から知る者として、象徴的なものがある。今回の工事で、どうなるか気になっていた。
それは、北西角にある築山(つきやま)、人工の小山。
10月下旬
全国的に、公園に築山が設置されることがあるが、必須アイテムではない。秋田市の公園ではないほうが多い。
秋操近隣公園には展望デッキ付きの立派な築山が、秋田駅東口の拠点第一街区公園には高いのが、秋田大学正門と線路の間にある手形街区公園にもある。
なお、八橋運動公園のは築山ではなく、自然の丘の一部を残したものらしい。

ここの築山は平坦部と同じように草が生え、さほど高くはない。それでも、40年弱前は、背丈より高い「小高い丘」に見えた記憶があるが、今見れば、ただの土の塊に見えてしまいそう。年月が経って風化して小さくなってしまったのか、それともそれだけ自分が大きくなったからなのか。
今回の工事で、(風化していたのであれば)高くなるか、あるいはなくなってしまうのではないかと考えた。
工事中の12月

通路が先にできていた
見た目では、表面の草をはがして、下の土を露出させていたのかと思った。
しかし、今考えてみれば、工事前の築山は、敷地の端ほぼスレスレまで占有していた。新設された通路と重なってしまうはず。
となると、旧築山を崩して、それよりも少し内側に、新たに同じ規模の築山を新しく造ったのではないだろうか。
工事後。写真では分かりづらい
どうせなら、もうちょっと高くしたら、積雪時にそり滑りが楽しめるなど、使い道が増えたのでは。


築山とともに特徴的なのが、この公園の呼び名。
開園時から保戸野鉄砲町街区公園という名だったはずだが、昔はその名は浸透しておらず、みんな「みどりまち公園」と呼んでいた。今はどうか知らない。
秋田市内ではほかにも遊具にちなんだ「たまご公園」や、秋田新幹線が見えることにちなんだ「こまち公園(上記、拠点第一街区公園)」と通称される街区公園があるのと同じく、堅苦しい正式名ではない、親しみをこめた通称。

由来は、上の注意書き看板にある「みどり町 町内会」、地元の町内会名。【14日補足・漢字の「緑町」表記ではない。】
なお、保戸野鉄砲町は、鉄砲足軽が住んでいた町の名にちなむが、それは現在の保戸野鉄砲町エリアの南のほう。公園がある北側は、昭和40年代辺りまでは水田で、それが宅地化された住宅地で、町内会も新しく組織されたのだと思われる。

保戸野小学校区は、秋田東中学校区と山王中学校区に分かれるが、山王中学区側には公園が3つしかない(隣接する旭北小学区側にも、ほぼない)。
あと2つは、ここの北側、ハミングロードの中にある「保戸野千代田町街区公園」と、通町商店街に「上通町街区公園」というのもあるが、それはお稲荷さんの境内で狭い。
人口が減っていく今、新たな公園の必要性は低いのかもしれないけれど、みどり町公園は貴重な存在。大切にして、末永く存続してほしい。
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秋田大橋 茨島たもと

2023-05-03 20:38:40 | 秋田の季節・風景
秋田市茨島(ばらじま)、雄物川右岸から2題。※特記なき写真は、2023年3月下旬撮影。
秋田大橋上流側
川と並行する市道から、河川敷に下りるところに、擬木が1本。秋田市管理の街区公園(児童公園)の標柱に似ているが、色が違って新しい。河川管理者である国土交通省東北地方整備局 秋田河川国道事務所が設置したと思われ、下流対岸の雄物新橋たもとにもあった
何が書かれているのか。上の写真の東面は、平らになっていて、表示できそうだが、
何もない?
反対の西面は、
上は白い板に、船を漕いでいるようなピクトグラム?

うねうね
その下は、うねうねとミミズがはったような線?
実は東面も同じうねうねなのだけど、ド逆光でうまく撮影できなかった。

元々は、文字を書いた白い板が貼られていたのがはがれて、それをくっつけていた接着剤の跡がうねうね残っているようだ。
Googleマップストリートビューでさかのぼると、いちばん古い2012年10月時点で存在しており、両面とも行書体で「茨島舟着場」と表示。2018年6月には一部が欠けていて、その後、ほぼ全部取れてしまったようだ。

ネットの情報でも、市民の感覚としても、「茨島舟着場」は場所も存在もピンとこない。クリーンアップ活動の集合場所として指定されるようだけど。
それがこんな表示では、ますます存在感が薄れてしまいますよ。
ゴールデンウィークを控え、毎年恒例の河川公園等の一斉点検が実施されたことが報道されていたが、これには気付いたのだろうか。優先順位は高くはないだろうけれど、5月3日時点ではうねうねのまま。



もう1つ。
県道56号(2004年まで国道7号)の秋田大橋の北隣に「秋田小橋」がある。かつては羽後牛島駅と秋田運河沿いの工場を結ぶ貨物線路、廃止後は歩行者自転車道が下をくぐる。2015年に記事にした後、目立った変化はない。
今年3月下旬でも、小橋自体は変化なかったが、道路東側の北側では、
たもとがごちゃごちゃ
※以下の写真は2023年5月撮影。
ほぼ更地になった
秋田小橋から1軒目にあった、平屋の自転車店が解体された。
ストリートビューによれば、2019年9月時点では営業しており、2022年10月には看板だけ残して店は空で、柵で封鎖されている。

秋田小橋から下をのぞく。左が自転車店跡
往時は、下を通る貨物列車が、よく見えただろう。

県道北側から。左が自転車店跡
秋田大橋の架け替えにより、取付道路の線形が変わり、間に木もあるため、このお店の前は、県道からは見えにくい、隔絶されたような独特の場所だった。
そんな環境だから、跡に店は作りづらそう。

この辺りの2001年の写真
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ユキヤナギ2023

2023-04-24 23:19:14 | 秋田の季節・風景
春に白い小さい花を房状にたくさん咲かせるユキヤナギ(雪柳。柳の仲間ではない)。
庭木で見かけるが、秋田市内では、農村地域の広い敷地の生け垣にされたり(2013年の記事)、広面のショッピングモールにも植えられていた

2023年も、早く咲いたソメイヨシノと同じ時期に咲き、(ソメイヨシノより長く咲いているので)そろそろ見納め。今シーズンの秋田市内のユキヤナギの風景。
将軍野

保戸野の旭川沿い。枝垂れ桜と少しのレンギョウと

仁井田大野の集落は、ユキヤナギが多いそうで、実際に、多くの家や敷地を囲むように、ユキヤナギが植えられている。※今年の大野の桜の風景


桜に負けずに咲き誇る
ここのユキヤナギは、花弁がほのかにピンク色の株が混植。

ピンク花の品種があるようだ。大野では2か所で確認できたが、秋田市内のほかの場所では見ていない。
右下は白花
「雪」柳とは呼べないけれど、これはこれできれい。

新築のおうちの前に、ユキヤナギの若木が植えられていたお宅もあって(垣根になるには数年かかりそうだけど)、伝統は継承されているようだ。
放っておけばぴょんぴょん伸びるものを、垣根に仕立てるだけでも手間だと思う。きれいなものを見せて、撮らせていただき、ありがとうございました。また来年も。
コメント
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