大阪IRのカジノには、国内に住んでいる日本人の場合、連続する7日間で3回、連続する28日間で10回しか行くことができないという制約をつける予定だ。その他にもギャンブル依存症への様々な対策が取られている。
書籍『カジノ列島ニッポン』より一部を抜粋・再構成し、海外の事例を比べながら大阪IRの依存症対策をチェックしたい。
大阪IRが取るギャンブル依存症対策は
大阪IRの対応策を見ていきたい。
大阪IRの「依存症対策等」は審査委員会(特定複合観光施設区域整備計画審査委員会)の評価では、150点満点中の90点だった。得点割合は60%で、ギリギリ「及第点」の状況だ。カジノ・IR反対派は、論拠の1つに「ギャンブル依存症の患者が増える」ことを挙げているのに心もとない。
合格を出すにあたり審査委員会が付した「7つの条件」のうち、ギャンブル依存症対策に関するものを再掲する。
実効性のあるギャンブル依存症対策に取り組む。また、依存症が疑われる人の割合の調査を行い、その結果を踏まえて対策を定期的に検証。大阪府・大阪市とIR事業者が連携・協力して必要な措置を適切に講ずる。
こうした条件を付された依存症対策のいくつかを、大阪IRの整備計画から拾う。
IR事業者たる「大阪IR株式会社」と大阪府市の役割分担は上の表のようだ。IR事業者と大阪市は、その管轄エリア内でギャンブル依存症対策を実施。大阪府は、もっと広いエリアをカバーしつつ、事業者を管理監督したり、調査研究体制を推進したりする。
このうちIR事業者が実施する依存症対策だけで、年間約9億円が見込まれている。
IR整備法で決められている措置も当然取り入れる。日本人と国内在住の外国人の入場回数を、連続する7日間で3回、連続する28日間で10回に制限。確認にマイナンバーカードを活用した上で、入場料6000円を徴収する。
事前の「発生抑制策」としては、青少年への教育など「普及啓発の強化」に乗り出す。カジノ施設内とカジノ施設外のIR施設内に24時間・365日利用可能な相談施設を設けるなどの「相談体制の構築」も行う。
民間支援団体と連携体制を取り、「治療及び回復支援につなげる取組み」も実施。さらに海外でカジノ運営の実績があるMGM社において導入実績のある「責任あるゲーミングのプログラム」を日本向けに改編し、導入する。
また、貸付業務の対象は、日本に住居を有しない外国人と、1000万円以上をIR事業者が管理する口座に預け入れている者に限定する。広告にも制限を設ける。
事後の「発生後対処策」も取る。入場者や家族の申告などによる利用制限措置として、排除プログラム制度を展開。ギャンブル依存症になった本人や家族に、相談機関や医療機関などの情報を提供していく。
大阪IRの整備計画には、「清浄な風俗環境の保持」などのために、府市・大阪府公安委員会・大阪府警が実施する対策も盛り込まれている。
費用見込みは、先行準備で約71億円、開業後は年約33億円だ。それによると、大阪府内の繁華街に旅行者が増えることを踏まえ、IR開業に向けて警察職員を約340人増員。
その一部をIRができる夢洲に新設する警察署や交番などに配置する。また、性風俗関連特殊営業の規制などに継続して取り組むほか、小学校高学年や中学生に重点を置いた非行防止・犯罪被害防止教室を開催する。
MGM社の海外での取り組みは
IR事業者による実施事項として、MGM社の責任あるゲーミングプログラムの日本版導入に触れた。この中身を日本MGMリゾーツ社長(当時)のジェイソン・ハイランド氏が出した『IRで日本が変わる』から、深掘りしてみよう。
MGM社では全米のすべての自社施設に「ゲーム・センス」というプログラムを導入しているとのこと。これは「プレーヤーを保護し、彼らが楽しくゲームが続けられるように、ギャンブル関連のリスクに関する教育と、各種の対応手段、情報、活動とを組み合わせ、責任あるゲーミングについてプレーヤーに提示するプログラム」だという。
具体的には「自分の予算を決め、それ以上はカジノにのめり込まないように楽しむ方法を提示したり、カジノの各ゲームの勝率などを明白にし、それを理解した上で責任を持ってプレーしてもらうといった内容」だ。
また、MGM社はネバダ大学ラスベガス校や他のグループに資金提供を行い、依存症に関する研究を後押ししている。「研究と教育の両方面からアプローチし、ゲーム・センスを通じて依存症についての公共教育や啓発活動も促進するというのがMGMのスタンス」。そして、ハイランド氏は依存症対策への意見をこうまとめている。
「科学的に実証されたギャンブル依存症対策が日本にも導入されれば、カジノ依存症が疑われる人に対してだけでなく、パチンコおよびスロットマシーン依存症が疑われる人に対しても効果を発揮し、依存症率が大幅に改善されるはずです。結果として、多くの人たちが多大な恩恵を受けることになると思います」
ただし、ギャンブルの引力は強く、依存症の闇は深い。ハイランド氏が言うような理想的な展開になるか否かは、大阪IRが開業してから数年後に明らかになる。
シンガポールの対策は
日本型IRはシンガポールをモデルにしている。では、そのお手本の国では、ギャンブル依存症の現状はどうなっているのだろうか。
シンガポールでは、国民と永住権保持者について、ギャンブル依存症が疑われる人の割合を3年ごとに調査している。
ギャンブル依存症対策を行っている行政機関「国家賭博問題対策協議会」(NCPG)の報告書が、ネットで閲覧できる。そのデータを2005〜20年まで6回分拾い、下の表にまとめてみた。シンガポールでIRが開業したのが2010年。その前の段階から、現在までを比較できる期間を取った。このシンガポールの調査でも、米国精神医学会の診断マニュアル「DSM-5」が使われている。
シンガポールではカジノの開業前から、競馬やロト、スポーツ賭博があった。「病的ギャンブル有病率」と「問題ギャンブル有病率」を合算した「ギャンブル依存症患者割合」が、2005年時点で4.1%になっているのには、こうした背景がある。
この2005年と2020年の1.2%を比較すると、ギャンブル依存症患者割合は明らかに減少している。
では、シンガポールはどのような対策をしたのだろうか。同国は、2005年4月に「IR開発推進計画」を閣議決定した。この時に包括的なギャンブル依存症対策を導入し、以後も継続的に対策を拡充してきた。
まず同年8月、社会家族開発省のもとに心理学者、カウンセラーや法律家などで構成するNCPGを設立。学校や企業でギャンブル依存症について学ぶ予防教育や広報啓発活動を実施し、ヘルプラインやWEB相談などのサービスも提供した。NCPGは、カジノへの出入り禁止規制の適用も判断するほか、引用した統計のようなギャンブル依存のリサーチも担う。
また、2008年には保健省のもとに「国家依存症管理サービス機構」(NAMS)を設立した。NAMSは、同省管轄下の依存症専門クリニックを組織改編してできた。ギャンブルだけでなく、アルコール、ドラッグなどさまざまな依存症治療を強化している。
大阪IRで導入する各種入場規制を、シンガポールも行っている。入場時は身分証明書を提示する。シンガポール国民と永住者には1回150シンガポールドル(2024年4月の時点だと約1万6800円)か、年間3000シンガポールドル(約33万6000円)の入場料を課している。
この入場料は、2019年4月にそれまでの1.5倍に引き上げられている。
1回の入場料だと日本は6000円だから、3倍近い。昨今の円安でシンガポールの入場料が割高となったことを加味しても、日本より厳しい金額と見なせよう。
また、カジノ施設内への銀行ATMの設置禁止もあるほか、損失限度額の自己申請による事前設定も可能だ。
シンガポールでは、カジノからの排除対策も進められている。NCPGがまとめた「2021〜2023年期間報告」によると、2023年6月末時点で、有効な排除命令は計34万1313件にのぼる。内訳はカジノからの自己申告による排除が18万5309件、法律による排除が11万9138件、家族による排除命令が3230件などとなっている。
なお、先の依存症患者割合の推移データを見ると、2014年の0.7%を底にして、2020年は1.2%に上昇している。しかし、NCPGは2014年から17年、17年から20年への数字の差は「統計的に有意ではない」と説明している。誤差の範囲との捉え方で、上昇ではなく「横ばい」との評価だ。
今後さらに割合が増えていくと、NCPGもさすがに「横ばい」とは言えなくなるかもしれない。しかし、2020年までのデータからすると、シンガポールはIR開業を契機にギャンブル依存症対策に成功したと捉えるのが自然だ。
やはりIR開業前の時点から各種施策を実行し、きちんと予算をつけられたことが大きい。一点付言すると、シンガポールの総人口は591万7648人(2023年6月時点)であり、国家の規模的に施策の浸透を図りやすいという特徴もある。
日本でも大阪IRが本格稼働している2030年代に、同じような経過となることが望ましい。しかし、海外でのカジノ導入の事例では、絶対にそうなりたくない悪夢のケースもある。
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2024年9月17日発売
1,100円(税込)
新書判/240ページ
ISBN: 978-4-08-721333-1
2030年秋、大阪の万博跡地でカジノを含む統合型リゾート (IR) の開業が予定されている。
初期投資額だけでも1兆円を超える、この超巨大プロジェクトは年間来場者数約2000万人、売り上げは約5200億円もの数字を見込んでいる。
カジノ・IRに関しては大阪のほか、市長選の結果により撤退した横浜をはじめ、長崎、和歌山でも開設の動きがあり、そして本丸は東京と見られている。
20代から海外にわたってカジノを経験してきたジャーナリストが、国内外での取材を踏まえ、現在進行形の「カジノ列島ニッポン」に警鐘を鳴らす。
◆目次◆
第一章 消えぬ「東京カジノ構想」の現場を歩く
第二章 海外から探るIRの真の姿
第三章 先行地・大阪の計画とは
第四章 不認定の長崎、こけた和歌山・横浜
第五章 ギャンブル依存症をどう捉えるか
第六章 国際観光拠点VS地域崩壊