日刊「NOCUSる」

たとえば5年後、あなたは何を食べている? それは、どこで誰が作る?

さいはて(西)

2007-08-31 | 北海道から


礼文島の西海岸、宿泊したYHから
歩いて30分ほどの港町の朝です。
最果てっぽい雰囲気のある光景でしょ。
ウニ丼を食べた後、1時間以上かかって、
フェリー港まで歩いて島を横断しました。

利尻島にわたる船の出港時刻まで2時間
もないけど、レンタカーを借り出しました。が、
早朝でタイ焼きは準備中だったわけです。

 


礼文島名物

2007-08-30 | 北海道から

まるで北の味覚シリーズ!?
もう少しつづけます(^^;

礼文島で食べたいものとして、
「ウニ丼」をあげるのでは普通(不ツウ)です。
「タイ焼き」と答えられたら本当のツウだな。

たしか前回、3年前に行ったときには、
焼いてなくて食べられませんでした。
そして今回も、お店に着いたのが朝8時ごろ。
まだ準備中で、包み紙だけもらったのでした。
それが上の写真。印刷されてる文字は見える?
なんともトボけたコピーが並んでいますが、
うち4番目には次のように書いてあります。
オカシラからしっぽ迄アンコが一杯.骨はありません
よく「鯛のオカシラつき」とかって言うけど、
「尾」と「頭」だとばっかり思ってたなぁ。
っていうのは私だけじゃないと思います。
辞書にあたる前にふりかえってください。
あなたは「御頭」派? or 「尾頭」派?

 


復 活

2007-08-29 | まち
 

北茨城はじめ5つの市議会事務局を訪ねて
「品目横断的経営安定対策の見直しと
 多様な担い手の育成を求める陳情」

を、提出しました。(ほか4自治体に郵送)

写真は、常陸太田市の市議会事務局で。

最後の力をふりしぼって、県北地域の
 農業を守るために奮闘!と紹介しろよ」
とは右端、お久しぶりの41さんの要望です。
“最後の力”って何のこと? じつは、
こういう病状なのです。

で、話は変わるけど、きのう大騒ぎした
画像データの破損の、その後。

まず朝一番でニコン社に電話をしました。
その応答をはしょって報告すると、
・動作保証をしているメーカーのCFカードを使え。
・パソコンへのデータの複写や移動には、
 カメラに付属している専用ソフトを使え。
・破損したデータの復旧については、
 CFのメーカーに問い合わてほしい。

という内容でした。予想どおりと言いたいけど、
エクスプローラも使うなとは想定外だった。(役立たず)

次に、CFメーカーのハギワラ社に電話。
・ニコン機との動作確認はとれている。
・データ復旧については、専用ソフトか、
 または復旧サービスの会社があるが。

という内容。言われてみて、
“データ復旧”ってジャンルのソフトがある
ことを思い出しました。(返答に感謝)

そこで、とにかくGoogleで検索。
“データ修復 フリーソフト”など、
いくつかのキーワードで探してみました。
見つかったソフトをいろいろ試したなかで、
結論としては、「File Recovery」という
無料ソフトで、ほぼ画像データを修復!

お騒がせいたしました >皆さま。
なんとかしちゃった自分も褒めたい。

上の写真も、それで復旧できた中の1枚です。
というわけで、きょうのブログの表題が「復活」。
あ、
末期ガンの話のつづきは、→こちら


 


データ破損

2007-08-28 | 定点観測
  ↑ このデータが読めない!

まだまだ写真はいっぱいある「ほっガイド07」だけど、
きょうは緊急事態発生でちょっと中断。

こほん。

デジ一眼「ニコンD70」を使って2年半になります。
腹立ちの初期不良があったほか、その後も、
ままCFカードを認識しなくなることがありました。
同カードを差し直すことで再び認識するので、
接点が不安定なんだろうと我慢してきました。
ただし、そんなときにはデータの一部が破損
するばあいが少なくありませんでした。それでも、
カードリーダ経由でパソコンの外付けドライブとして、
Windowsからディスクの「エラーチェック」を施すと、
たいていの画像が修復できていました。

さて、
一昨日は日立で映画会。昨日は農政問題での
陳情で県北5市の議会を訪ねました。両日とも
撮影中、カードを認識しないときがありましたが、
差し直して撮影をつづけました。後で確認すると、
やはり画像データの一部に破損がみられました。
あわてることなく「エラーチェック」をしてみました。
終了後、恐ろしい事態を目にすることになりました。
画像データのすべてが破損してしまっている!?
300MB以上ものアクセス不能箇所があるのです。

ニコンさ~ん! もしくは他のどなたか! 
なんとかデータ修復はできませんかぁ?

というわけで母ちゃん、よかったねぇ。だって、
新機種D300をためらうには十分な不信感だもの。
ちなみに、
30年ほど前に購入したフィルム機のニコンFE、
その少し後に購入したニコンF3、どちらも
使用中は一度も故障はなかったっけ。(遠い目)

 


炭火でサンマ

2007-08-27 | 携帯から

2種類のウニ丼やら、格安ホッケ定食やら、
まるで北の味覚シリーズ!?みたいだけど、
写真は、
十勝のほうでごちそうになったサンマです。
4尾が同時に焼ける七輪もすごいでしょ。

ふつうにスーパーで買ったサンマなのに、
ワタまでおいしく食べることができました。
脂ののりといい、北のサンマおそるべし。
撮影したのは、8月10日でした。(念のため)

いったいどこで、
こんな贅沢な炭火焼きを楽しんだかというと、
内緒。でも後で、ちょっとだけ明かすかな。(未定)

 


赤ウニ丼

2007-08-25 | 北海道から

礼文島といえば、ウニ丼でしょう。

香深港からみれば島の裏側、西海岸の
元地もとちというところで食べた赤ウニ丼です。
地元の漁師さんが経営しているという小さな店で、
エゾバフンウニが写真のように盛られて、2300円。

ちなみに、
ふりーくイズ第1問の2色丼は2650円でした。
ムラサキウニとの味のちがいが楽しめましたが、
ちょっと生臭さがありました。新鮮さの比較では、
礼文島のはずれのほうが当たり(^^;だったみたい。

ただし
両者とも、舌がピリピリすることはなく、
内地の回転寿司の「ウニ」とは別物です。
 ここ数年食べたこと ↑ ないけど。

 


お帰りなさい

2007-08-24 | 北海道から

夏の礼文島は香深港の名物ともいえる
「桃岩荘ユースホステル」の出迎え風景。
初めてのお客さんは気づかないと思うけど、
「お帰りなさ~い」と叫びつづけています。

(行ってらっしゃい → 02 99)

で、
ふりーくイズ第4問の答は、
礼文島の桃岩荘YHでした。
これまたふらたんさんが正解
行ったことないそうですけど、
まぁ半分は地元ですもんね(^^;

 


風 車

2007-08-23 | 北海道から

発電用風車のメンテナンス風景です。
その大きさに改めて驚きました。
と、これが
ふりーくイズ第2問の答です。
ふらたんさんが正解。おみごと!

撮影場所は北海道北部の幌延町。
利尻富士をのぞむ日本海沿いに
ぜんぶで28本だったかな、
まっすぐ一列に並んでいます。

(参考)
Google Earthの画像↓でもはっきり。クリックすると大きな画像



ついでに、同じ場所で撮った
古い写真を2枚紹介します。
  2004年。
   ↓


  まだ工事中だった2001年。
    ↓ 


  → ほっガイド07


 


わが大地のうた

2007-08-22 | 北海道から

(きのうのつづきです)

「庄内小中学校」。玄関で呼び鈴を押したら、
出てきてくれたのは教頭先生でした。
突然の押しかけのきっかけを話したところ、
快く校内の案内までしていただきました。

小学・中学を合わせて4クラス、18名。
全員が酪農家の子どもたちだそうです。
学校名にもなっている「庄内」は、
山形県の庄内地方から来た人たちによって
開拓された地区だということも知りました。

笠木さんたちのコンサートのときの写真や
色紙が、教室の一角に飾られていました。
それが↑の写真。

教頭先生によれば、転任してきたとき、
第2校歌ともいえる「わが大地のうた」に、
なぜ北海道にはいないツキノワグマが
出てくるのか不思議に思ったそうです。

作者の笠木さんは、この学校での交流後、
ツキノワグマのところの歌詞を
エゾヒグマと変えて歌っているんですよ。
そんなことをお伝えすることもできました。

帰ってきてから見たんだけど、
同校のHPにも、こんなページがありました。

  * * * * * *

あ、ここで
ふりーくイズ第3問の答。

上記の庄内小中学校で、古い農具や器材
の保管展示コーナーで撮ったものでした。

かつて学校給食で、
ミルクの運搬と配食に使われたポットです。
北海道では現地の牛乳が入っていたのかな。
ただし、
案内してくれた教頭先生は40代で、
記憶にないとのことでした。さらに、
20代の同行者0.5はもちろん、一学年下で
東京出身の同行者(1)も知らないとのこと。
息を止めて飲み干した脱脂ミルク給食は、
ほんの数年に限られた年代の記憶なのかなぁ。

  → ほっガイド07


 


開拓の村

2007-08-21 | 北海道から

数年前、
わが大地のうた」と題してコンサートを催しました。
そのときに笠木透さんが紹介してくれた、
こんなエピソード・・・

北海道の最北端ちかく、サロベツ原野の開拓の村に
小さな学校がある。その学校で、作者も知らないうちに
「わが大地のうた」が校歌のように歌い継がれてきた。
それを伝え聞いて、現地を訪ね、コンサートを開いた。


今回、風まかせの足を向けてみました。
学校名は、近くで聞いて思い出しました。
夏休み中だけど、雰囲気だけでも見られれば
と思い、広大な原野の道を飛ばしました。
たどりついて忍び込んだ校庭から見たら、
建物内に電灯がついています。(つづく)

  → ほっガイド07


 


同行者0.5

2007-08-20 | 北海道から

なんと密漁者が摘発されてる現場に遭遇!
と思いきや、どっかで見たことある顔でしょ。
そう、
いちおう今回の北の彷徨に誘ってみたら、
この5月から仕事には来ていないくせに、
シャシャアというかノコノコというか・・・

右端に写っている後ろ姿が同行者(1)で、
密漁監視人から事情聴取を受けている?
のが、今回もう1人の北の同行者です。
というわけで、
ややこしい分宿もさせられたりしました。
ちなみに、表題につけた0.5ってのは、
半人前という意味ではありません。(後報)
それどころか人並み以上に食べてたし・・・

  → ほっガイド07


 


北を歩く

2007-08-19 | 子育ち

3年前のことになりますが、うちのバカ息子が、
旭川の祖母の家に自転車をもらいにいきました。
その自転車で、層雲峡~知床~稚内~留萌~旭川
と、北海道の北半分をめぐった後、道央~道南を
函館まで南下し、さらに東北を縦断してきました。
つごう20日間の旅は、高校2年生のときでした。

大学2年生になって、この夏、賢父たちと
ちょうど入れ違いに北に出かけました。

徒歩(ヒッチハイク)で最北端をめざす
と言い残して歩き出したそうです。写真は
8月14日、自宅前で母親が撮った下手くそ。

どんな人に出くわすかもわからないのに、
まったく他人を当てにして旅に出るなんて
と心配を口にした母親は、息子に
「自分を信じるだけだよ」と返されて、
感服しつつ見送るしかなかったみたい。

3年前とちがい、今回は携帯電話を所持。

初日は、5台に世話になって岩手県の宮古まで。
2日目の夜には八戸からフェリーに乗り、3日目、
16日の夜には旭川に着いたと連絡が入りました。
祖母宅で2泊1日を過ごした後、さらに北をめざし、
きのう18日には宗谷岬に到達したとのこと。
家を発って実質4日間。親切な人が多いんだなぁ。

出がけに、
こちらの祖母が1万円ばかりの小遣いを渡したら、
「俺の全財産より多い」と言って遠慮しなかったとも。

世の中を甘く見てしまわないか心配だけど、
うらやましいかぎりのビンボウ旅だなぁ。