住みたい習志野

市内の情報を中心に掲載します。伝わりにくい情報も提供して行きます。

熊本市民病院で患者から徴収すべきだった診療費約1億5400万円未収のまま放置

2023-05-11 23:43:14 | 報道

(テレビくまもとのニュースより)

熊本市民病院で患者から徴収すべきだった診療費約1億5400万円未収のまま放置

熊本市民病院で患者から徴収すべきだった診療費が未収のまま放置されていたことが明らかになりました。

その額は、判明した18年間で合わせて約1億5400万円。債権放棄を決めています。 

熊本市病院局によりますと未徴収の診療費は確認できた1997年度から2014年度までの18年間で2865人分・合わせて1億5916万円。 いずれも診療費の時効3年を超えています。

病院局は今年2月、対象者へ支払い意思を確認する文書を送付、回答が得られなかった分を含め最終的に2577人分・合わせて1億5465万円の債権を放棄しました。

文書を受け取った人からは「受診したかも覚えていない」という声も聞かれたということです。

未収金はなぜ発生したのか。
「手持ちがなかった、後日払うという話があって、結果として支払いがなくそのままになっていたものが多い」

2014年に就任した大西市長は債権管理の徹底を指示、市は2017年度に債権管理計画を策定していました。

一方、1億円以上税金を「消失」させてもニュースにならなかった習志野市のDポイント還元キャンペーン問題

9月市議会、議員定数を削減するよう求める請願、削減しないよう求める陳情、税金ムダ使いしたdポイントキャンペーンについて説明を求める陳情など出そろう - 住みたい習志野

「税金1億円以上をムダにしたdポイントキャンペーンについて説明を求める」陳情、委員会で採択 - 住みたい習志野

9月市議会終わる。議員定数削減は否決。「dポイントキャンペーン1億超えムダ使いを説明して」の陳情も不採択。 - 住みたい習志野

「1億円以上ムダ使い」を市長は謝罪し、納得いく説明をすべき、という市民のご意見 - 住みたい習志野

習志野のdポイント還元キャンペーン、やはり「50%還元」というのはデタラメ過ぎた - 住みたい習志野

ポイント「50パーセント還元」で1億円ムダ使いした習志野市、やはりデタラメ過ぎた - 住みたい習志野

 

 

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文化ホール、習高生が休館前最後のパイプオルガン演奏

2023-05-11 23:32:17 | 文化ホール

(NHK千葉放送局の記事より)

音楽の街に響く パイプオルガンの音色

お聴きください!習志野高校「交響曲第3番  ハ短調」/サン・サーンス

音楽の街に響く パイプオルガンの音色 ~習志野市~ | NHK

音楽の街に響く パイプオルガンの音色 ~習志野市~ | NHK

NHK千葉

 

なぜ習志野にパイプオルガンが? 

習志野のパイプオルガンは、昭和53年の文化ホールの開館にあわせて習志野を「音楽のまち」にしたいと考えた市が、ドイツの老舗メーカーから取り寄せて設置しました。 
自治体のホールにパイプオルガンがあるのは、全国的にも非常に珍しかったといいます。
以後、数々の演奏で市民を楽しませ、街のシンボルとして愛されるようになりました。 
最寄りの駅前のロータリーには、パイプオルガンをモチーフにしたオブジェも置かれています。 

習志野高校吹奏楽部がコンサートを開催

パイプオルガンの演奏を担当することになったのは3月に習志野高校を卒業したばかりの鈴木優翔(すずき・ゆうと)さんです。 

迎えた3月31日。 コンサートには、ほぼ満員の1400人を超える観客が集まりました。 
パイオルガンを使うのは冒頭でご紹介したフランスの作曲家サン・サーンスの名曲
「交響曲第3番 ハ短調」です。

習志野文化ホールの建て替えについての議論はこれから市議会で話し合われ、 パイプオルガンを残すかどうかも今後検討されるとのことです。 

 

 

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関東大震災で犠牲の朝鮮人慰霊の鐘楼 日韓市民団体が修復で協議

2023-05-11 23:15:19 | 人権、環境

(毎日新聞の記事より)

関東大震災で犠牲の朝鮮人慰霊の鐘楼 日韓市民団体が修復で協議

関東大震災で犠牲の朝鮮人慰霊の鐘楼 日韓市民団体が修復で協議(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

関東大震災で犠牲の朝鮮人慰霊の鐘楼 日韓市民団体が修復で協議(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

 関東大震災時に虐殺された朝鮮人犠牲者の慰霊のために千葉県八千代市の観音寺に建てられた鐘楼が老朽化し、9月の震災100周年に向けた修繕の計画を日韓の市民団体が進めて...

Yahoo!ニュース

 

 関東大震災時に虐殺された朝鮮人犠牲者の慰霊のために千葉県八千代市の観音寺に建てられた鐘楼が老朽化し、9月の震災100周年に向けた修繕の計画を日韓の市民団体が進めている。

 1923年の関東大震災発生時には、「朝鮮人が暴動を起こした」「井戸に毒を入れた」などのデマが拡散、各地で多数の朝鮮人や中国人が自警団や警察に殺害された。県内では、軍によって約3000人の朝鮮人らが保護の名目で習志野の施設に収容された後、一部が地元の自警団に引き渡され、八千代市などで虐殺されたとの記録が残っている。

 83年から観音寺で慰霊祭が行われるようになり、韓国で募った寄付をもとに85年に慰霊の鐘楼が建てられた。2003年に1度補修されたが、11年の東日本大震災の影響などで瓦や柱に傷みが出ていた。22年から日韓両国で団体が寄付を呼びかけ、これまでに日本側約280万円、韓国側で約270万円が集まったという。

 この日の会合では、8月に工事に着手し、瓦の交換や柱の修復などを行い、9月2日の完成を目指すことなどを確認した。  韓国側団体の崔有震代表は「100周年を迎えるにあたり、これからは人が人を憎む歴史ではなく、平和に共に生きていく次の100年を作る、というメッセージを込めて鐘を鳴らしたいと思う」と話した。

(当時の新聞報道)

1923(大正12)年10月21日付 東京朝日朝刊

【75年後に掘り出された遺骨 習志野収容所で殺された人々】

八日 太左エ門の富治に車で野菜と正伯から米を付けて行って貰(もら)ふにする 小石川に二斗 本郷に二斗 麻布に二斗 朝三時頃出発。又鮮人を貰ひに行く 九時頃に至り二人貰ってくる 都合五人 (ナギノ原山番ノ墓場の有場所)へ穴を掘り座せて首を切る事に決定。第一番邦光スパリと見事に首が切れた。第二番啓次ボクリと是は中バしか切れぬ。第三番高治首の皮が少し残った。第四番光雄、邦光の切った刀で見事コロリと行った。第五番吉之助力足らず中バしか切れぬ二太刀切。穴の中に入れて仕舞ふ 皆労(つか)れたらしく皆其此(そこ)に寝て居る 夜になるとまた各持場の警戒線に付く。

収容所では不可解なことが起きていた。船橋警察署巡査部長として、習志野収容所への護送者や収容人員について毎日、記録していた渡辺良雄さんは、「1日に2人か3人ぐらいづつ足りなくなる」ことに気がつく。収容所附近の駐在を問いただしたところ、どうも軍が地元の自警団に殺させているのではないかという。(千葉県八千代市高津地区のある住民が残した日記)

軍が近所の村の人々に朝鮮人を殺害させていた事実が明らかになるのは、戦後のことである。

虐殺行脚 千葉編2(1):習志野(16.12) | 散歩の変人

大久保公民館(現プラッツ習志野)に着きましたが、このあたりも騎兵連隊による朝鮮人虐殺の現場です。

 会沢泰さん(当時騎兵第十四連隊本部書記)の証言を『地域に学ぶ関東大震災』から引用します。

 救護する目的でつれて来たんですけれども、朝鮮人が暴動を起こしそうだっちゅうんで、朝鮮人をひっぱり出せという事で、ひっぱってきたんですねえ。私の連隊の中でも16人営倉に入れた。それが四個連隊あるんですから。おかしいようなのは、みんな連隊にひっぱり出してきては、調査したんです。
 ねえ、軍隊の中で…そしておかしいようなものを…ホラ、よくいうでしょう…切っちゃったんです。日本人か朝鮮人かわからないのも居たわけですね。切ったところは、大久保公民館の裏の墓地でした。そこへひっぱっていってそこで切ったんです。…私は切りません…30人ぐらいいたでしょうね。
 ところが、私の連隊ばかりじゃない。他の連隊もみんなやる。いきなりではなく、(連隊の中で)ある程度調べてね。ナニしとったんだか、どこに居たんだかを。(p.69~72)

 

 

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福島第一原発は津波が来る前に壊れていた! (2019年「文藝春秋」の記事)

2023-05-11 22:29:44 | 人権、環境

福島原発、地震の1分30秒後にメルトダウンしていた。
「地震の40分後に来た想定外の津波でメルトダウンした」という東電の主張はウソだった

習志野市民から4年前の「文藝春秋」記事をご紹介いただきました。

(文藝春秋の記事より)

「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発

「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発――文藝春秋特選記事 | 文春オンライン

「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発――文藝春秋特選記事 | 文春オンライン

「文藝春秋」9月号の特選記事を公開します。(初公開2019年8月13日)福島第一原発事故から8年。大事故を受けて、一時は「稼働中の原発はゼロ」という状態にもなったが、新し...

文春オンライン

 

元東電社員が突き止めた本当の事故原因

「津波が原因」ではなかったのだ。

 福島第一原発は、津波の襲来前に、地震動で壊れたのであって、事故原因は「津波」ではなく「地震」だった――“執念”とも言える莫大な労力を費やして、そのことを明らかにしたのは、元東電「炉心専門家」の木村俊雄氏(55)だ。

 木村氏は、東電学園高校を卒業後、1983年に東電に入社、最初の配属先が福島第一原発だった。新潟原子力建設所、柏崎刈羽原発を経て、1989年から再び福島第一原発へ。2000年に退社するまで、燃料管理班として原子炉の設計・管理業務を担当してきた“炉心屋”である。

 東電社内でも数少ない炉心のエキスパートだった木村氏は、東電に未公開だった「炉心流量(炉心内の水の流れ)」に関するデータの開示を求め、膨大な関連データや資料を読み込み、事故原因は「津波」ではなく「地震」だったことを突き止めた。

「津波が来る前から、福島第一原発は危機的状況に陥っていた」

「事故を受けて、『国会事故調』『政府事故調』『民間事故調』『東電事故調』と4つもの事故調査委員会が設置され、それぞれ報告書を出しましたが、いずれも『事故原因の究明』として不十分なものでした。

それもそのはず。そもそも東電が調査委員会に、そうしたデータを開示していなかったからです。そこで私は東電にデータの開示を求めました。これを分析して、驚きました。実は『津波』が来る前からすでに、『地震動』により福島第一原発の原子炉は危機的状況に陥っていたことが分かったのです」

 7基もの原発が稼働中の現在、このことは重大な意味をもつ。「津波が原因」なら、「津波対策を施せば、安全に再稼働できる」ことになるが、そうではないのだ。

 木村俊雄氏が事故原因を徹底究明した「福島第一原発は津波の前に壊れた」の全文は、「文藝春秋」9月号に掲載されている。

  東電は「津波によってメルトダウンが起きた」という主張を繰り返しています。そして、その津波は「想定外の規模」で、原子力損害賠償法の免責条件にあたるととしています。 しかし、「津波が想定外の規模だったかどうか」以前に、「津波」ではなく、「地震動」で燃料破損していた可能性が極めて高いのです。

 この問題は、決して「過去の話」ではありません。不十分な事故調査に基づく、不十分な安全基準で、多くの原発が、今も稼働し続けているからです。

(木村さんがマニアックで専門的な解説をしている動画。かなり長いですが…)

この動画の中で「200項目のデータのうち50項目のデータを東電は隠した」と木村さんは語っています。

こんなブログや新聞記事も…

この文藝春秋の記事を要約したブログがあります。

福島第一原発は津波が来る前に壊れていた - Sixteen Tones

福島第一原発は津波が来る前に壊れていた - Sixteen Tones

文藝春秋9月号.芥川賞受賞作を読むつもりだったが,この記事,木村俊雄氏による「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた-元東電社員「炉心専門家」が決意の実名告発」に...

goo blog

 

記事に引用された炉心内循環流量の時間変化グラフ.地震発生は 14:46,14:47... のポンプランバックとは,緊急時にポンプの負荷を減少させることとであろう.その結果流量は減少するが,14:48... に電源が喪失 (A) し,計測値もマイナスになる。

その後スパイクとともに計測は復活する (B) が,C時点から以後は流量ゼロとなる.津波第一波の到着ははるかに遅れた 15:27 であった.

流量がなくなると燃料被覆管の表面が気泡で覆われ,燃料と冷却水を隔離する結果,燃料溶融に至る.これを「ドライアウト」と言うのだそうだ.津波到着の40分も前から,地震により原子炉は冷却不能に陥っていたことになる.

東電としてはこのデータの存在を隠し通すつもりだったが,データの意味も不開示の理由も理解していない社長の一言で開示された。

こんな新聞記事もあります。

ウソの事故報告で、事故の本当の原因を隠してしまう。隠しているから、事故防止対策も示されない。

福島原発3基が、震度6程度の地震が起これば崩壊するのではないか、と危惧する学者もいます。

そんな状態なのに、次々原発を再稼働させようとしている岸田政権。汚染水放出までやろうとしています。

原発会社の利益と利権のために、再びとんでもない原発事故が起こり、日本列島全体が住めなくなるかも知れない。そのことを木村さんは4年前に指摘していたのです。背筋が寒くなってきました。

流すな汚染水

処理汚染水の海洋放出決定に抗議する、NGOが声明。4月29日千葉県弁護士会館で集会 - 住みたい習志野

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流すな汚染水!処理汚染水の海洋放出はこんなに危険【声明】処理汚染水の海洋放出決定に抗議する|国際環境NGOFoEJapan>PDFはこちら本日、日本政府は関係閣僚会議にて、福島...

goo blog

 

「流すな汚染水!とめよう原発! 4・29千葉集会」に150名が参加し、千葉市内をデモ


4月29日、千葉県弁護士会館において、「流すな汚染水!とめよう原発! 4・29千葉集会」が、稲毛にある放医研の元主任研究官の崎山比早子さんを講師にむかえ、150名の結集で開催された。

崎山さんは、元国会東電福島原発事故調査委員会の委員であり、現在は3.11甲状腺がん子ども基金代表理事として、活躍されている。講演は、「汚染水の増大とそれがもたらす危険性」「原子炉の土台倒壊」「放射線による健康影響」など、1時間20分に及んだ。
集会後、弁護士会館から東電千葉支社を経て葭川公園まで80名がデモを行った。

 

 

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