降版時間だ!原稿を早goo!

新聞編集者の、見た、行った、聞いた。
「降版時間」は新聞社整理部の一番イヤな言葉。

★新聞を、活版ではこう組んだ(17)

2014年07月31日 | 新聞

【きのう7月30日付の続きです。
写真は、本文と関係ありません。一般紙に夕刊紙の半5段広告が載っていたのでビックリしました】

新聞社で〝つい最近〟1990年代初頭まで行われていた、鉛活字を使った活版組み版( →いわゆる「ホット」。対して、コンピューター組み版編集CTSを「コールド」と呼んだ )。
活版大組みで、僕たち整理部はこう組んでいた、忘れないうちに書き遺しておこう、の第17回。
*CTS=シー・ティー・エス。Computerized Type-setting System。
1960~80年代、朝日新聞社、日本経済新聞社の2社がそれぞれ独自に研究、米IBMと日本IBMが技術協力して開発した。
日本経済新聞社東京本社は1978年にアネックスを、朝日新聞社東京本社は1980年にネルソンを、それぞれ全面稼動した。
その時つくられたソフトの一部は、パソコンの文字訂正などに転用された。
*お断り=新聞社によって、作業工程の名称やシステムは異なります。また、新聞製作や編集で使われる用語は繰り返し補足説明していきます(←僕が忘れないよーに、です笑)。


● 降版時間まで8分だぞ!……とある夜、とある新聞社の、製作局活版部大組み(主な登場人物は7月5日付参照してね)

エア・シューターの故障で、校閲さんの初校直しが滞るというトラブルがあったが、
製作局総動員でなんとか最悪事態は切り抜けられそう。
だけど、集中降版ラッシュで騒然としている製作局大組み。

大刷りゲラを刷っている約1分の間に、製作局休憩室で一服していた僕に、庶務さん(→学生バイトくん)のSくんが
「大刷りできましたぁ。ここ置いときまーす」
と大ゲラ(*❶)を持ってきてくれた。
「うほっ、サンキュー。
あっち(大組みのところ)は、まだドタバタ?」
Sくん「はい、大組みデスクが怒鳴りまくっていますよ、まだ」
「じゃあ、僕は降ろすかぁ。(大ゲラ持ってきてくれて)サンキューな、あとで何か飲む?」
Sくん「チース。んでは、食券あまっていませんかぁ(*❷)
「オッケー。あとでね。
んじゃ、出稿部から赤字があれば持ってきてね」

● 降版時間まで、あと7分@製作局

大ゲラを持って製作局大組みに戻ると、
大組み担当の池さんは、インクに塗れたハンコをふき、活字組みのところに軽く水をかけていた(*❸)
担当の校閲さんは、専用の台で初校小ゲラと大ゲラとを照合していた。
で、整理の僕は、記事の流れ、見出し、写真とエトキ(=写真説明・キャプション)、記事のシリ切れ有無などを急ぎチェックした。
製作局の田島(←仮名です、笑)当夜デスクは、大ゲラに赤鉛筆を滑らせながら、欄外の題字と日付(←信じられないかもだけど、日付が違っていたり、ページノンブル位置が間違っていたりすることがあったのだ)、
広告照合(←指定された社の広告かどうか)、記事の流れをチェックしていた。

あとは、出稿部からの直しを確認して、と。
故障トラブルがあったけど、降版いまのところ順調じゃーん、
と僕は思っていたが、ところがどっこい................長くなったので、続く。


(*❶)大ゲラ
庶務さん(=学生バイトくん)は大ゲラを15枚刷ったが、ゲラ配布先などは下記のとおり(←とある新聞社の一例で、版によっても紙面によっても異なります)
▽編集局12枚=編集局長・局次長・編集部長各1のほか出稿部7枚、整理部長・整理デスク各1枚
▽製作局デスク1枚
▽校閲1枚
▽整理の僕1枚
以上のセクションに配ったが、編集局長はなぜか早版には不在なことが多々あったので、席には大ゲラがあふれかえっていた(笑)

(*❷)食券
社員食堂のみで使える食事補助券。
社員には30枚のほか、バイトくんたちにも20枚以上支給された(←とある新聞社の一例ですからね、笑)。
社員食堂は地下階にあり、夕方から深夜1時30分ごろまで営業していた。
夜11時を過ぎると、メニューは夜食の残り煮物が多くなったよーな気がしたけど、たぶん気のせい(笑)
................と同じよーなことを、元読売新聞にいらっしゃった堂場瞬一さん(51)も『虚報』(文春文庫)で書いていた。

(*❸)軽く水をかけていた
鉛活字についたインク油を拭き取る意味のほかに、
次版組み替えのときに、組んだ活字がこぼれないように水で軽く湿らせた(と大組み工員に聞いた)。
また、きれいに紙型をとる効果もあるとか。
うーん、先人の知恵なり。