Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「オリエント急行戦線異状なし」マグナス・ミルズ著(DHC)

2007-04-30 | 外国の作家
「オリエント急行戦線異状なし」マグナス・ミルズ著(DHC)を読みました。
バカンスのシーズンが過ぎても湖畔のキャンプ場に残ってしまった青年。
彼はキャンプ場の使用料とひきかえに、地主のパーカー氏からペンキ塗りを引き受けます。そろそろアジア旅行に出発しようと思いつつも、なぜか次々に新たな雑務を引き受けるはめに。そして仕事内容はどんどん大変なものになっていきます。
そのうちにパブ対抗のダーツ選手に選ばれたり、気になる女の子ができたりと、期せずして村の生活になじみはじめる彼。
そしてある日起きた事件。
リアリズムの口調で語られながら、目の前がゆがんでいく感覚に陥る作品です。

キレるとやばいと噂の地主のパーカー、その娘の大人びた少女ゲイル、ボール紙製の王冠をかぶりつづけるブライアン、よそ者に冷たい雑貨店主ホッジ、気弱な牛乳配達人ディーキンなど個性豊かな人々がつどう村。
いつのまにか彼が「観光客」から本人の意思とは無関係に「村の一員」になってしまっている様子が、おかしいけれど恐ろしい。

でも一度人間関係ができてしまうとはっきりお金のことを口に出せないとか、時期を見るために言いたいことをやりすごしたりとか、なんとなく頼みを安請け合いしてしまうとか、結構日本人にも通じるような文化があるのかなと思いました。

最後主人公がヒッチハイカーのマルコを見る目がすでに「よそもの」を見る目になっているのが象徴的。





「贖罪(しょくざい)」イアン・マキューアン(小山太一訳)新潮社

2007-04-28 | 村上春樹
「贖罪(しょくざい)」イアン・マキューアン(小山太一訳)新潮社を読みました。
ブッカー賞を受賞した『アムステルダム』の作者イアン・マキューアンの長編小説。村上春樹さんが以前期間限定で開いていたHP(内容は『ひとつ、村上さんでやってみるか』にまとめられています)の中で「最近読んで良かった作品」として紹介されていました。
舞台は1935年の夏から始まります。
主人公は13歳の少女ブライオニー・タリス。彼女は兄リーオンを迎えるために自作劇「アラベラの試練」を準備していました。親の事情からブライオニーと同居することになった、従姉弟のローラ、双子のジャクソンとピエロはこの劇の上演にあまり乗り気ではなく、ブライオニーの意欲は薄れていく一方。
彼女がある事件を偶然見たのはそんな日のこと。姉のセシリーアがある男性の前で裸で庭の噴水に飛び込む姿を見たのです。
同日兄のリーオンは、見栄えはしないがチョコレート会社を経営する金持ちの男をタリス家に連れてきます。
一同が会した食事会。そして起こるある事件。全員の運命を変わっていきます。

第1部は富裕な家庭の家族の様子から事件にいたるまでの丁寧な描写。
第一部は読みながらちょっと間延びしてるなと思ったのですが、第二部のナチスドイツと戦うイギリス軍にいたロビーの語りから、第三部までの流れは圧倒的。
読んでよかったと本当に思った本です。

いくつかの誤解と取り返しのつかない事件。戦争のむごさ。
誰がどのように「贖罪」を行うのか。
これはぜひあらすじだけでなく実際に読んでみてほしい作品です。

恋人たちふたりの真の結末には胸が迫って、泣く気もなかったのにいつのまにか涙が出ていました。
ここまで大きなものではなくても、誰の心にも人には軽々しく言えない「誰かを深く傷つけ、取り返しのつかないものにした」過去はあるのではないでしょうか。
そういう過去については、いくら深く悔いて謝罪したとしても、相手はもちろんのこと、自分も自分のことをいつまでも許せないものなのだと思います。

「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ著(小野寺健訳)早川書房

2007-04-26 | 外国の作家
「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ著(小野寺健訳)早川書房を読みました。
故国・日本を去り英国に住む悦子は、長女景子の自殺に直面し、喪失感の中で自らの過去に想いを馳せます。
戦後まもない長崎で、悦子はある母娘に出会いました。
あの頃は誰もが傷つき、何とか立ち上がろうと懸命だったことに悦子は改めて気がつきます。
王立文学協会賞を受賞作品。
以前「女たちの遠い夏」として翻訳発表されていた作品を、2001年現在の題名(原題は「A Pale View of Hills」)に改題してあります。
文庫には池澤夏樹さんの解説もついています。
イシグロさんはほとんど日本語ができないそうで、もちろん英文を日本語に訳してあるのですが、日本語でそのまま書かれた文章のようにスムーズに読むことができました。

あてにならぬアメリカ人の男に未来を託そうとする母親佐知子と、不気味な幻影に怯える娘万里子。
住む家があり、忙しく働いている夫、初めての子を妊娠と現在に満足している悦子。相容れないふたりの生活。
悦子は佐知子のことをきづかう言葉をかけながらも、心では彼女を非難していました。
ですが、年老いた現在の悦子の視点から振り返ってみると、自分自身好きな男性と一人娘を抱えてイギリスに渡ることになり、佐知子の気持ちがようやく見えてくるようになります。
悦子が万里子を暗い川岸で探すときに足にまきついている縄・・・その後の景子の行く末を暗示しているようで不気味な場面です。

また、世代間の溝を感じさせる場面も多くありました。
悦子の義父と夫二郎の世代差。
そして悦子と次女ニキとの会話のすれ違い。
義父が教え子に戦時中のことを非難される場面など、時代が変わると価値観も変わり自分の信念が揺らぐ。
辛いことではありますが、自分の過去に追い詰められることになる、そんなことも思いました。



「王妃マルゴ(上・下)」A・デュマ著(榊原晃三訳)河出書房新社

2007-04-25 | 外国の作家
「王妃マルゴ(上・下)」A・デュマ著(榊原晃三訳)河出書房新社を読みました。
抵抗するユグノー(プロテスタント)派との融和政策として、国王(カトリック派)の妹マルゴはユグノーの頭領ナヴァール王に嫁ぐことになります。
国王側は、この婚儀に参列するため地方からパリに集まったユグノー派貴族たちの殱滅をはかります。歴史に名高い聖バルテルミーの虐殺です。
愛のない結婚ではありますが、マルゴは夫のよき味方として、王妃の義務を尽くすことになります。
一方、自身の血筋で王家を保っていくために、ナヴァール王の暗殺を図る母后カトリーヌ・ド・メディシス。
マルゴとユグノー派の貴族ラ・モルとの愛。
ラ・モルとココナスとの熱い友情とその結末。
史実にもとづきながらも、デュマの奔放な空想力で波瀾万丈の展開を見せる歴史ロマン小説です。

マルゴ王妃と、ラ・モルとの恋愛模様にどきどきしました。
マルゴの親友であるアンリエットとココナス伯爵との恋愛もからめ、二組の恋愛を描きながら、王家をめぐる陰謀が絡んでいきます。
現国王シャルル、次男アンジュー公、三男アランソン公、そしてもっとも王位から遠く思われるナヴァール王。
ナヴァール王が知能と本能で誰に働きかけ、どう危機を切り抜けていくかが見もの。
そしてカトリーヌ・ド・メディシスは王家の血筋を守るためなら毒薬、陰謀、殺人なんのその。王宮中の部屋のマスターキーをもち、結婚した娘の部屋でも国王の部屋でも(!)勝手に入るわ、秘密ののぞき穴から盗み聞きするわ・・・。恐ろしい。
最後はドラマチックな展開でしたが、せつなかったな・・・。

私は学生時代日本史専攻で、世界史の知識は本当に恥ずかしいくらい無いのですが、そのおかげで(?)「本当にこんなことがあったの?この先どうなるの?」とどきどきしながら読みました。デュマパパすごい!

「東京夢譚」鬼海弘雄著(草思社)

2007-04-24 | いしいしんじ
「東京夢譚」鬼海弘雄著(草思社)を読みました。
長年撮り続けた東京、神奈川の街の風景を収めた写真集。本人のエッセイも収録されています。
TVの「週間ブックレビュー」でいしいしんじさんが推薦されていました。
いしいさんは番組の中で「一写真あたり(見る)滞在時間15分はかけてます。どの写真にもなにかひとつ面白いポイントがあるんですよ」とお話されていました。
でも私には「なんでこの写真選んだのかな?」と思う写真もいくつかあったりして、いしいさんの眼力にはとてもかなわず。

昭和の面影が残る街並み、キッカイな形の現代の建物、植物に侵食された家、人の住むにおいがむんむんする裏通り、洗濯物におふとん。
私も毎日見ているような風景ばかりなんですが、鬼海さんのファインダーに切り取られると、そこから何か面白い物語が始まるような感じがします。

エッセイも昔かたぎのヤーさんやら風俗のおねえさんやらこぎれいな犬を連れたおばさんやら、さまざまな人が登場しています。
写真と同じく「体臭を感じる」文章です。


「ロマンティックのむこう側」角木優子著(大和書房)

2007-04-23 | エッセイ・実用書・その他
「ロマンティックのむこう側」角木優子著(大和書房)を読みました。
大学時代の片思いからその後までのいきさつ、サークルの思い出や友人の恋の話が語られるエッセイです。自身の日記からひきうつしているだけあって、当時の会話や状況が生々しく語られ、私にも似たようなことあったなーとなつかしく思い出されます。
鋭い人間観察力に、読んでいてどきっとする場面も。
既存の「まとめかた」におさめず、いろいろな気持ちを丁寧にすくいとっている文章だと思いました。

結婚して住みなれた街から遠く離れた妻の寂しさをつづった「先に待つ闇」は本当にリアルだなと思いました。
「彼女は、結婚のためにかなりのものを失っていた。すぐ帰れる実家、懐かしい友達、住み慣れた故郷。「愛だけを信じて旅立つ花嫁」はロマンティックだが、その愛が自分の無くしたものの代わりをしてくれるはずと期待する気持ちは、誰でももってしまう。「愛」は「愛」としてあっても、失ったものは失ったものとして、永久に失われたままだと気がついたとき、どうしたらいいのだろう」
「身元引受けいたします」のドタバタ夫婦の話も面白かったです。

ところで著者は多分プロフィールを見ると私の中学生時代の恩師だと思うのですが・・・教わっていた当時はこんなにやわらかい考え方をする先生だとは思わなかった!中学生の自分に理解できたかはともかくとして、今考えると授業以外にもっといろんなことを話し、教わりたかったです。残念。


「少女ソフィアの夏」トーベ・ヤンソン著(渡部翠訳)講談社

2007-04-23 | 外国の作家
「少女ソフィアの夏」トーベ・ヤンソン著(渡部翠訳)講談社を読みました。
人生の扉を開けたばかりの少女ソフィアと、人生の出口にたたずむ祖母。70も年齢の違うふたりが思うままを対等に、率直にぶつけ合いながらも、互いにさりげなく思いやる日々。ヤンソンさんの母親と姪(弟の子)をモデルにした小説です。

こんなおばあちゃんになりたいなーと思う自然さ、自由さ。
『牧場にて』で牛のフンの歌をソフィアの前で歌いだす姿がおかしい。
『凪』で「死ぬほど○○」という言い方がかっこいいと連発するソフィア、「おばあちゃんって結婚してたの?」と驚くソフィアも少女らしくてとてもかわいいです。
ほかにも『訪問』でおばあさんが古い友達と飲むシェリー酒も印象的。
「なにやら、たいそうすばらしい気がするよ。晩年のひとときを、こうやって、夏も終わろうというときに味わえるというのはねえ・・・。しずかだねえ・・・。だれもが自分の道を歩んでいる。やがてはみんな、おだやかな夕焼けの岸辺で出会うんだ」
『ミミズの研究』はまっぷたつになったミミズの気持ちに思いをはせるソフィアの話。あたまミミズとしっぽミミズの考察が面白かったです。


「彫刻家の娘」トーベ・ヤンソン著(富原眞弓訳)講談社

2007-04-20 | 外国の作家
「彫刻家の娘」トーベ・ヤンソン著(富原眞弓訳)講談社を読みました。
ヤンソンの自伝的小説で、フィンランドの厳しくも美しい自然が豊かに描かれています。
優しい画家の母親、ユニークな彫刻家の父親、そしてするどい洞察力で周囲の世界を見つめる主人公の少女。

特に「流氷」がよかったです。
少女の夜の一人歩き、岬のそばにとまっていた流氷。
「ランプをつけて、氷の洞穴に投げ込む。ランプはあおむけに落ち、洞穴をぱっとてらした。思っていたとおりの美しい光景だ。照明にうかびあがる夜の水族館、光につつまれたベツレヘムの馬小屋、または世界でいちばん大きいエメラルドみたいだ。」

あまりの美しさに耐えられなくなった私は、流氷を蹴って海に押しやります。
「階段のところでふりかえると、わたしの流氷は緑の灯台のようにかがやいていた。バッテリーは日がのぼるまではもつだろう。島に来るときはいつも新品のバッテリーだから。もうひと晩、もつかもしれない。ひょっとすると、流氷がとけて水になっても、ランプは海の底で光りつづけるかもしれない。」

現実の情景を描きながらとても幻想的な作品です。

ほかにも美しい小石をマーガリンで磨いてぴかぴかにしたり、お父さんの服にコウモリが入り込んで眠ってしまったり、素敵な情景が沢山描かれています。
ハンドメイドに燃える「アイデアおばさん」も面白かった。



「浮世の画家」カズオ・イシグロ著(飛田茂雄訳)早川書房

2007-04-19 | 外国の作家
「浮世の画家」カズオ・イシグロ著(飛田茂雄訳)早川書房を読みました。
戦時中、日本精神を鼓舞する作風で名をなした画家の小野益次が語り手。
彼は多くの弟子に囲まれ、大いに尊敬を集める地位にありましたが、終戦を迎えたとたん周囲の目は冷たくなりました。
弟子や義理の息子からはそしりを受け、末娘の縁談は進まず。
小野は引退し、屋敷に篭りがちになります。
老画家は過去を回想しながら、みずからが貫いてきた信念と新しい価値観のはざまに揺れます。
ハヤカワepi文庫から再販されるにあたり作家の小野正嗣さんの解説が付記されています。

戦争中は賞賛された愛国主義が、敗戦とともに戦犯とよばれる。
敵と思っていたアメリカを追従する風潮が広まる。
180度価値観が変わった時代に生きる難しさを感じさせられました。

そして語り手である小野の自己正当化する語りと、周囲の反応との齟齬が話が進むにつれて段々と明かされていきます。
「私は自分の権威など気にしたこともない」と語りながら、美術界の大御所の斉藤家主人が自分を「大家」と呼んだときのことをいつまでも忘れずにいたり。
「弟子の黒田とは考えのいきちがいがあっただけだ」といいながら、黒田を密告した過去がほのめかされたり。
小野は本当に世間的に影響力のある画家だったのか?
カズオイシグロはこの作品を発表当時32歳。
それでこの老年の葛藤を描けるんですから、本当にすごい・・・。
自分が自分を語る、ということの難しさを感じさせられる作品でした。

「軽い手荷物の旅」トーベ・ヤンソン著(富原眞弓訳)筑摩書房

2007-04-17 | 外国の作家
「軽い手荷物の旅」トーベ・ヤンソン著(富原眞弓訳)筑摩書房を読みました。
ムーミンシリーズで知られるヤンソンが描く大人のための短編集。
木の絵が型押ししてある装丁が素敵です。

「八十歳の誕生日」の中で語られる、客の言葉が印象的。
「ほんとうに肝心なのは欲求を感じるということだ。あったりなかったりするからね。最初は放っといてもあるもんだ。そのときはわからず無駄づかいする。そのあとさ、こいつは大事にしなけりゃと思うのは」

「見知らぬ街」も面白かったです。
飛行場で帽子をなくす老人。疲れ果て遺失物の部屋で適当にとった帽子。
その後タクシーに乗る段になってホテルの名前を忘れたことに気づき、結局その見知らぬ人の帽子に書かれた住所に連れて行ってもらう話。

「エデンの園」のスミスの言葉もよかったです。
「あなたのような人にとっていやだというのはむずかしいのよね、わかるわ。
でもあなたたちには見識(イデー)がない。だれひとり首尾一貫した見識(イデー)というものをもっていない。あなたたちはアルコールと感情を水で薄める。わかってないのよ、ただひとつの、手応えのある、薄められていない見識(イデー)というものをね」

「体育教師の死」では、優雅なインテリアに心を砕き去勢された庭を愛でるニコルと、森を大事に思うフローの対決がみものでした。