Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「森の生活(上)」H・D・ソロー(飯田実訳)岩波書店

2005-10-31 | 柴田元幸
「森の生活(上)」H・D・ソロー(飯田実訳)岩波書店を読みました。
ウォールデン湖畔の森の中に自らの手で小屋を建て、自給自足の生活を営んだソロー。湖水と四季の移り変りや動植物の生態、読書と思索の日々が、「詩人博物学者」の清純な感覚で綴られる、もはやアメリカの古典文学。
私の大好きなポール・オースターが小説の中でよくとりあげているので、興味をもって読んでみました。
哲学的な思索だけでなく、文章の中にはかかった費用の内訳なども書かれ、生活者としての面も強く感じられます。
一日の湖の色彩の移り変わり、鳥の鳴き声の違い、野生の木の実など自然の描写が鮮やか。隠者としての生活ぶりだけでなく、「訪問者たち」の項の近隣の人々の描写も面白いです。
自然へのかかわり、現代社会への警鐘など、筆者の持論はとても面白いのですが、ちょっと文章全体の起伏が足りないかなあ・・・と思い下巻までは進めませんでした。残念。


「ミスター・ヴァーティゴ」ポール・オースター著(柴田元幸訳)新潮社

2005-10-27 | 柴田元幸
「ミスター・ヴァーティゴ」ポール・オースター著(柴田元幸訳)新潮社を読みました。
けだもの同然の主人公が師匠に拾われ、空を飛ぶ術を覚えます。"空飛ぶ少年"の飛翔と落下の半生を描く、ポール・オースターのアメリカン・ファンタジーです。
主人公が空を飛ぶことを覚え、その術を磨いていく過程がとても楽しく、ぐんぐん読み進んでしまいます。
師匠やマザー・スー、ミセス・ウィザースプーン、イソップなどまわりのひとびとのキャラクターや主人公とのかかわりの変化もとても面白いです。
後半からは「後日談」的ですが、むしろ空を飛ぶ男が地面におりてきて、最後は自分が師匠になる予感をさせて終わるあたり、好きな展開です。
ポール・オースターは著書で(「ムーン・パレス」だったかな?)「小説にはラストがあっても、人生にラストはない。好むと好まざるとにかかわらず人生は続いていく」という意味の文章を書いていますが、この作品はまさにそのとおり。
人生の華やかな部分が終わっても人生は続いていく。自分の知らないところで他人の人生も続いている。そんなことも感じさせられる作品でした。


「ルル・オン・ザ・ブリッジ」ポール・オースター著(畔柳和代訳)新潮社

2005-10-21 | 柴田元幸
「ルル・オン・ザ・ブリッジ」ポール・オースター著(畔柳和代訳)新潮社を読みました。
オースター自らが監督を務め、映画化された作品の脚本です。
主人公のイジーはN.Y.のクラブで撃たれ、サックス奏者としての生命を失います。絶望の最中、彼は夜の路上で見知らぬ死体と出くわします。その傍には鞄があり、中には電話番号のメモと石が入っていました。翌朝かけた電話に出たのは、女優志望のシリア。石が放つ不思議な青い光を浴びて、二人はなぜか強い絆を感じ、深く愛しあうようになります。
オースターが描くラブロマンス、そして自身の救済。結末で不思議な尋問のなぞが解けます。
巻末にはオースターほか、撮影や美術などスタッフのインタビューもあり、映画業界に興味のある方には面白いと思います。
オースターは以前ピーター・ブルックのインタビューに強烈な印象を受けたそうです。「私がどの作品でも組み合わせているものは、日常生活の身近さと、われわれと神話との距離です。身近でなければ感動できないし、距離がないと驚嘆できないからです。」まさにこの言葉はオースター作品にもあてはまる公式ですね。
私はこの映画自体は未視聴。ぜひ見てみたいです。

「人生のちょっとした煩い」グレイス・ペイリー(村上春樹訳)文藝春秋

2005-10-20 | 柴田元幸
「人生のちょっとした煩い」グレイス・ペイリー(村上春樹訳)文藝春秋を読みました。
三冊しか短編集を出版していないという寡作ぶりだが、アメリカでは留保ない尊敬を勝ち得ているという、稀有な作家の処女短編集。
ユーモラスな人物がいろいろ登場します。
「変更することのできない直径」の過保護な両親が戯画的で面白い。裁判で争うことになるチャールズは有罪になりかねないのに、どこかひとごとのようにとぼけていて面白いです。
「若くても、若くなくても、女性というものは」では13歳の少女が兵隊にプロポーズしたり、「そのとき私たちはみんな、一匹の猿になってしまった」では、父親と猿の間にできた子供を兄として(信じて)いる少年が登場したりします。
どれも風変わりな話なのに、語り口はごく当たり前の出来事のようで不思議な風合いの作品ばかりです。
三作目の「その日、もっとあとで」も村上春樹さんが翻訳する予定だそうです。今から楽しみです。




「アブサロム、アブサロム!」フォークナー著(大橋吉之輔訳)冨山房

2005-10-17 | 柴田元幸
「アブサロム、アブサロム!」フォークナー著(大橋吉之輔訳)冨山房(全集12巻)を読みました。
南北戦争が始まる頃、ヨクナパトーファ郡ジェファソンに飄然と現れた得体の知れない男トマス・サトペン。彼はインディアンから百平方マイルの土地を手に入れ、大いなる家系を創始するべく、町の商人コールドフィールドの娘と結婚します。サトペン家の興隆と崩壊を物語りつつ、アメリカ南部の過去と現在の宿命的な交わりが描かれた作品です。

私の大好きな翻訳家の柴田元幸さんが、以前著書で「人生棒ふり物語」として語り手のミス・ローザを紹介していて興味があって読みました。
愛情のない父親と偏狭な叔母の家で育った孤独なローザ。いびつなさなぎのまま老女になった、亡霊のような女性です。
作品が進むに連れて語り手が変わり、その視線の変化によって物語が補足され大きなふくらみをもち、なぞが解き明かされ最終章に流れ込むストーリー展開が見事。文章も厚みがあって、ところどころの比喩も示唆にとんでいて、もうもう、とにかくフォークナーって本当にすごい!のひとこと。
藤の花が咲き、蛍の飛ぶ叙情的な夜、草刈鎌の不気味なきらめき、処女のまま未亡人になった娘、木蓮の肌を持つ混血の女。
私はアメリカ南部に行ったことはありませんし、もちろん今とは時代自体が違うわけですが、読んでいるだけで私もそこにいるような気持ちになる、そんな深い世界を作り出せる「文学」ってすばらしいものだなと強く思いました。

「世界・ビール党読本」和知典之著(DHC刊)

2005-10-16 | 柴田元幸
「世界・ビール党読本」和知典之著(DHC刊)を読みました。
世界中のビールが写真入りでわかりやすく解説されています。
コロナビールに黒があるんだ、なんて新しい発見も。
デーブ・スペクターさんのアメリカビール事情が面白い。
日本ではお見合いの席でも気軽にビールが飲まれるけど、アメリカでそんなことをしたら相手にアル中だと思われて断られる、とか。
日本では男女問わず「ビール好き」を公言してはばからないですが、そういう意味ではアルコールにとてもゆるい国なんだなあと感じました。
また、ビールのカクテルの紹介にはびっくり。ヨーグルト混ぜるなんておいしいのかなあ・・・。

「言いまつがい」糸井重里監修(東京糸井重里事務所)

2005-10-06 | 柴田元幸
「言いまつがい」糸井重里監修(東京糸井重里事務所)を読みました。
糸井さんが主催しているHPに集められた数々の愛すべき「いい間違い」「聞き間違い」を集めたもの。
IBMをFBIや、松丸さんをマシュマロさんなど、「ありそう~」というものから、「え、なんで」というものまで、幅広く楽しく読める一冊。
私の母は「ホテルの朝はやっぱりあれ?ジンギスカン?」と言ったことがあり、私がきょとんとしていると「あ、間違えた。バイキングだ。どっちも勇ましいからなんかわかんなくなった」と言ったことがあります。
お母さんっていいまつがいの宝庫。

「お江戸でござる」杉浦日向子監修(ワニブックス)

2005-10-06 | 柴田元幸
「お江戸でござる」杉浦日向子監修(ワニブックス)を読みました。
NHKで放送されている同名の番組の杉浦さんのコーナーを書籍化したもの。
おなら番付、真夜中の月見、朝帰りの柏餅などなど、まるでついさっき見てきたような、杉浦さんのいきいきとした語り口が魅力。
内容もバラエティに富み、とても面白いです。
杉浦さんは独特の画風も味があってとても好きだったので、早すぎるご逝去を本当に残念に思います。ご冥福をお祈りします。

「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー著(柴田元幸訳)白水社

2005-10-01 | 柴田元幸
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー著(柴田元幸訳)白水社を読みました。
「千夜一夜物語」や「不思議の国のアリス」のパロディーほか、10篇の短編が収められた作品集。
ミルハウザーを読んでいて思うのは、世界の細部まで丹念に書き込まれていること。ウェイトレスのエプロンの柄や、映画館のカーテン。
なにげない風景もキューンと細部がクローズアップされることで特別な空間を生み出します。日ごろ自分がいかに物を見ているようで見ていないかということを感じさせられます。
私が印象に残ったのは「セピア色の絵葉書」。
ほのぼのとした恋人の情景に思えた絵葉書が、険悪な情景を浮かび上がらせていく・・・主人公の現在の状況とあいまって息がつまるような感覚を覚えます。