Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「シカゴ育ち」スチュアート・ダイベック著(柴田元幸訳)白水社

2005-09-25 | 柴田元幸
「シカゴ育ち」スチュアート・ダイベック著(柴田元幸訳)白水社を読みました。
シカゴに生まれ育った著者が描く、7つの短篇と7つの掌篇からなる小説です。
とにかく文章が美しい!私が好きな短編は「冬のショパン」。
上階の女性マーシーのピアノが水道管を伝って聞こえてくるあたたかな浴槽。
ジャ=ジャの語るショパンの秘密。
「夜鷹」の中の「不眠症」も好きです。
化粧を直す女性の口紅の鏡像が浮かぶ窓ガラス、食堂の青光りに照らされた月の舗道のような街並み。
幼い時の他所へのあこがれや、大人の女性への欲望、遊びや馬鹿騒ぎ。
シカゴでの日々が生き生きと描かれ、その中に透明で美しい文章が織り込まれている。
小説を読む楽しさがいっぱい詰まった短編集でした。


「翻訳夜話」村上春樹・柴田元幸著(文藝春秋)

2005-09-22 | 柴田元幸
「翻訳夜話」村上春樹・柴田元幸著(文藝春秋)を読みました。
東大一般教養の授業、翻訳学校、すでに訳書のある若い翻訳家を交えて、との3つの場所で質疑応答をまじえて翻訳という仕事についてふたりが語っています。
オースターを村上さんが、カーヴァーを柴田さんが訳している競訳も楽しいです。
小説を翻訳する場合、英語の語学的な技術や、日本語の語彙力もさることながら、「小説を感じる心」がとても大切なのだなあと思いました。
村上さん訳のグレート・ギャツビーが早く読みたいなあ。

「東京奇譚集」村上春樹著(新潮社)

2005-09-20 | 柴田元幸
「東京奇譚集」村上春樹著(新潮社)を読みました。
村上春樹さんの久しぶりの著作。早く読みたいような、読み終えるのがもったいないような・・・でも結局、昨日買って一気に読んでしまいました。

(ここからネタバレあります。注意!)

一番印象的だった作品は「どこであれそれが見つかりそうな場所で」。
最後の「現実の世界にようこそ戻られました。」のせりふが、皮肉で厳しくて、気が重くて、でもそれが胡桃沢さんの世界なんだよなあと、読んでいてずっしりと感じられました。
「お母さん」の世界は胡桃沢さんの幼少から続いてきた世界、
「奥さん」の世界は胡桃沢さんが選んだ家庭、
「メリルリンチ」は胡桃沢さんが生活の糧とし、仕事人としてすごしている世界。
この三角形の世界の外側にもうひとつのなんだかわからない世界があって、それが消滅した20日分の記憶の中にはきっとたっぷりと詰め込まれているんんじゃないかと感じました。
自分の「名前」や「身分」、「肩書き」がなくても自分が自分である世界。
踊り場の鏡の中の自分。
「趣味の世界」などの気楽なものではなく、不可思議で、時には自分をおびやかしかねないもの。
ドアやドーナツや象さんだかなんだかわからないもの。

私の三角形(実家(学生時代の友達含む)、今の家庭、仕事・・・)以外の世界ってなんだろう?


「村上ラヂオ」村上春樹著(新潮社)

2005-09-20 | 柴田元幸
「村上ラヂオ」村上春樹著(新潮社)を読みました。
雑誌「anan」に連載されていたエッセイ集です。
肩の力がぬけた文章がなごめます。
村上さんの食堂車を舞台にした短編小説、読みたかったなあ。
私が特に好きなエッセイは「体重計」。
我が家の体重計はデジタルなのですが、このエッセイを読んでから中にいじわるこびとがいるような気持ちになって、多目の体重が出ても「まさかあ」なんて思ってしまうようになりました。油断しちゃだめだめ。

「ホテル・ニューハンプシャー」ジョン・アーヴィング著(新潮社)

2005-09-09 | 柴田元幸
「ホテル・ニューハンプシャー」ジョン・アーヴィング著(中野圭二訳)新潮社を読みました。
1939年夏の魔法の一日、ウィン・ベリーは海辺のホテルでメアリー・ベイツと出会い、芸人のフロイトから一頭の熊を買います。こうして、ベリー家の歴史が始まりました。
ホモのフランク、小人症のリリー、難聴のエッグ、たがいに愛し合うフラニーとジョン、老犬のソロー。家族は、父親の夢をかなえるため、ホテル・ニューハンプシャーを開業します。
下巻では家族はフロイトの招きでウィーンに移住し、第二次ホテル・ニューハンプシャーを開業します。
ホテル住まいの売春婦や過激派たちとの新生活。熊のスージーの登場、リリーの小説、過激派のオペラ座爆破計画…さまざまな事件を折りこみながら、物語はつづきます。

暴力や死が多く登場しながら、その事件自体は描き方があっさりとしており、その後の当事者たちの心の動きの方が、丁寧に描かれているのが特徴のひとつ。
心に残ったせりふはジュニア・ジョーンズがレイプされたフラニーに語った言葉。
「あんた、知ってるかい。誰かがあんたの体にさわっても、あんたがさわられたくないと思ってたんなら、本当はそれはさわられたんでも何でもないんだぜ。俺の言うことはうそじゃない。それが信じられるかい?」
それからベリー家の格言。
「ハッピーエンドは存在しない。アンハッピー・エンドといえど、生気にあふれた豊かな生活をいささかも侵食するものではない」
父さんの僕への力づけ。
「考えてるほど悪いことにはなるまいよ。人間というのはすばらしいもんだ。 どんなことでも折り合って暮して行けるようになる。われわれが何かを失ってもそこから立ち直って強くなれないんだったら、そしてまた、なくて淋しく思っているものや、欲しいけれど手に入れるのは不可能なものがあっても、めぐずに強くなれないんだったら」
「だったらわれわれはお世辞にも強くなったとは言えないんじゃあるまいかね。それ以外にわれわれ人間を強くするものがあるかね?」

主人公は語り手である「僕」ですが、この物語は家族、そして登場人物たち全員の物語でもあります。レイプされた傷、醜さへのコンプレックス、作家の苦しみ、同性愛の生き辛さ、そして実の姉を愛してしまうこと・・・多くの問題を抱えながらそれぞれがまさに「折り合って生きていく」。
読後に強くて熱いものを感じさせてくれる大好きな作品。

「Carver's Dozen レイモンド・カーヴァー傑作選」村上春樹編訳(中央公論社)

2005-09-06 | 柴田元幸
「Carver's Dozen レイモンド・カーヴァー傑作選」村上春樹編訳(中央公論社)を読みました。
レイモンド・カーヴァーの全作品の中から、短篇、詩、エッセイを新たに訳し直した「村上版ベスト・セレクション」に、各作品解説、カーヴァー研究家による序文・年譜が収録されています。
多くの作品に共通しているのが、淡々と日常の出来事をつづる中で、その後ろにある「言葉にならないなにか」が浮かび上がるということ。
そしてそれはごく普通の生活から外れた、異質な感覚でもあります。
巨大でユーモラスな「でぶ」、盲人とすごす時間が描かれる「大聖堂」、私が一番好きな作品「ささやかだけれど、役にたつこと」では深い悲しみ、怒りに満ちた夫婦とパン職人とのラストシーンが秀逸です。
カーヴァーを初めて読む方におすすめの一冊。



「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」村上春樹・柴田元幸著(文藝春秋)

2005-09-06 | 柴田元幸
「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」村上春樹・柴田元幸著(文藝春秋)を読みました。
サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の新訳(旧訳では『ライ麦畑でつかまえて』)を果たした村上春樹さんが同じく翻訳家の柴田元幸さんと、その魅力や、翻訳へのこだわりを語ります。
主人公のホールデンが語りかける「君」とは誰か?ホールデンはなぜ病院にいるのか?アントリーニ先生の謎などなど。
訳書には収録できなかった村上さんの「幻の訳者解説」も併録されています。

翻訳とはその言葉に精通していることもさることながら、その原書の内容を自分なりに解釈、理解することが とても大事なのだなあ・・・と感じました。
サリンジャー作者のひととなりや時代背景への言及もあり、作品の理解が深まります。
柴田先生のアメリカ文学史解説がいかにもホールデンが語っているようで、とっても楽しいです。

「パルプ」C・ブコウスキー(柴田元幸訳)新潮社

2005-09-02 | 柴田元幸
「パルプ」C・ブコウスキー(柴田元幸訳)新潮社を読みました。
主人公ニック・ビレーンは、飲んだくれで、競馬が趣味の超ダメ探偵。ところが、そんな彼に仕事が二つ転がり込みます。ひとつは死んだはずの作家セリーヌをハリウッドで見かけたから調べてくれという"死の貴婦人"の依頼、もうひとつは"赤い雀"を探してくれという知人の依頼。突然の仕事に大張り切のビレーンは、早速調査にのり出します。
ビレーンのダメ男ぶりが笑える作品。なぜチャックをおろして電話するのか~??風体もダメ男、仕事ぶりもダメ男。でも事件のほうで勝手に解決されてしまう不思議な強運の持ち主?
死神が出てきたり宇宙人が出てきたり、はちゃめちゃな話のようでいて、ビレーン(または作者ブコウスキー)の哲学的な人生観(文中の言葉を借りれば楽観的な厭世観)が覗くのも案外深い。
「俺たちみんな、ぶらぶらしながら死ぬのを待ってるだけだ」
こんな言葉をかっこいい探偵がいったら臭みがあるけど、ビレーンがいうからすっと受け入れられる。俗の中に垣間見られる聖性といったらおおげさだけど・・・。あまりのありのままの格好悪さが逆にかっこいい、絶妙のバランス。
とにかくブコウスキーにしか書けない、オリジナル世界だと思います。