Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「蹴りたい背中」綿谷りさ著(河出書房新社)

2007-06-29 | 日本の作家
「蹴りたい背中」綿谷りさ著(河出書房新社)を読みました。
高校に入ったばかりのにな川とハツはクラスの余り者同士。
やがてハツは、あるアイドルに夢中のにな川の存在が気になっていきます。
第130回芥川賞を受賞した作品。

発表当時著者は19歳。そして高校生の女の子の一人称の物語・・・となったらどうしてもハツ=作者の分身と思ってしまいがちですが、そうではなく、出てくるいろいろな登場人物のことばに著者自身の考えをちらばっているような感じがしました。

一緒にいるためだけの友人をつくるために愛想笑いをするのはもう沢山、友達は選びたいと思っていたハツ。でも選ぶ主導権は自分にあると思っていたのに、いつのまにか変わり者扱いされクラスメイトからも「下」に見られる立場になっていた・・・。
「自分はこの孤独な状況を自分で選んでいるんだ」ということをアピールしてみるも誰も見ていない空回り。
そんななかでハツは自分と同じようにクラスで孤立しているけれども、そのことにまったく頓着していないようなにな川の生活をだんだん知るようになっていきます。
にな川の背中蹴りたい!いじめてやりたい!
みんなが口にしているような恋じゃない、友情でもない、でも憎悪でもない。
ハツのにな川への執着心が丁寧な心理描写で語られます。
ふたりの関係が結局「なんなのか?」の名前がつかないまま終わったのもよかったです。






「喜びの箱」ジョン・メイスフィールド著(石井桃子訳)評論社

2007-06-29 | 児童書・ヤングアダルト
「喜びの箱」ジョン・メイスフィールド著(石井桃子訳)評論社を読みました。
前作「夜中出あるくものたち」と同じ少年ケイが主人公。
奇妙な人形使いの老人から預かった魔法の宝「喜びの箱」をめぐる奇怪な事件に巻き込まれたケイ。
彼が仇敵の魔術師アブナー・ブラウンと魔法の犯罪で対決します。

老人が使う美しい魔法の描写がすばらしいです。
炉の火に見える真紅のフェニックス、宝石のように輝く蝶、香る南国の果物。
対してアブナーの使う魔法は邪悪。
海賊ネズミ、黒塗りの飛行自動車、湿った地下牢。
喜びの箱を使ってアブナーの陰謀をあばいていくケイ少年が痛快。
後半、狂った独裁者のようになっていくアブナーが怖かった。

「忘れ川をこえた子どもたち」マリア・グリーペ著(大久保貞子訳)冨山房

2007-06-28 | 児童書・ヤングアダルト
「忘れ川をこえた子どもたち」マリア・グリーペ著(大久保貞子訳)冨山房を読みました。
貧しいガラス職人のもとに生まれた子どもたち、姉クララと弟クラース。
ふたりの子どもたちをめぐって大人たちの勝手な思惑が交錯し事件をひきおこします。
北欧神話、民話にも題材をとった作品です。

自分にはなんの願いもないため、人の願いをかなえることに力をそそぐ領主。
すべての願いを先取りされ何の望みもなくなった夫人。
子供たちを支配する子守ナナ。
そして大人たちの都合にふりまわされる幼い子供たち。
指輪や物言うカラスなど、物語に魔法の要素はあるのですが、基本的にはとてもリアルな人間たちの物語だと思います。
領主夫人が初めて自分の願いを口にする場面、じーんときました。

「時をさまようタック」ナタリー・バビッド著(小野和子訳)評論社

2007-06-26 | 児童書・ヤングアダルト
「時をさまようタック」ナタリー・バビッド著(小野和子訳)評論社を読みました。
朝早く家をでた少女ウィニー、彼女は森の中で美しい少年に出会います。
彼とその家族タック家の秘密をまもるため、ウィニーは思いもかけない事件にまきこまれていきます。

自分で望んだものでない運命。永遠にひきのばされた時間。
久しぶりの客ウィニーをもてなすタック家の愛情とまごつきぶりがなんだかせつない。
ラストで見せる、ジェシイの涙は泣けます・・・。


「小さい魔女」オトフリート・プロイスラー著(大塚勇三訳)学研

2007-06-22 | 児童書・ヤングアダルト
「小さい魔女」オトフリート・プロイスラー著(大塚勇三訳)学研を読みました。
ひとりの小さい魔女が住む深い森の奥。魔女の年はたったの127歳、魔女の仲間ではまだひよっこ。魔法を使っても失敗続き。
1年に1度のワルプルギスの夜、小さい魔女は相棒のカラス、アブラクサスが止めるのも聞かず、行ってはいけないブロッケン山の大きい魔女たちの集まりに出かけます。ところが運悪く見つかってしまい、魔女のおかしらの前に連れ出された小さい魔女は、大きい魔女の仲間になるための条件として、来年のワルプルギスの夜までに魔女の試験に合格すること、いい魔女になることを、きつく言い渡されます。
小さい魔女はさっそく、猛烈な勢いで魔女の勉強を始めます。

魔女がひとびとを助けながらさまざまな魔法を習得していく様が面白いです。
最後の大魔法も、こんな魔法がかけられるの?とびっくり。


「ジェニーの肖像」ロバート・ネイサン著(大友香奈子訳)東京創元社

2007-06-22 | 外国の作家
「ジェニーの肖像」ロバート・ネイサン著(大友香奈子訳)東京創元社を読みました。
1938年、冬のニューヨーク。
貧しい青年画家イーベンは、夕暮れの公園で一人の少女に出会いました。
数日後に再会したとき、少女ジェニーはなぜか、数年を経たかのように成長していました。そして、イーベンとジェニーの時を超えた恋が始まります。
2005年に新訳で文庫化。
妻を亡くした童話作家とその子供たち。
彼ら家族と海の精霊のような女性との交流を描く『それゆえに愛は戻る』も併録されています。解説は恩田陸さん。

ジェニーの正体は?結局よくわからない。でもせつないラスト。
併録された作品は亡くなった妻の面影も残す、人魚姫のような女性がロマンチックでした。
どちらの作品も神秘的な女性のとらえどころのなさを描いていて、アメリカの作品なのになんとなく「鶴の恩返し」や「天女のはごろも」のような日本民話を連想しました。





「まぼろしのすむ館」アイリン・ダンロップ著(中川千尋訳)福武書店

2007-06-21 | 児童書・ヤングアダルト
「まぼろしのすむ館」アイリン・ダンロップ著(中川千尋訳)福武書店を読みました。
大叔母ジェーンの住む古い屋敷「丘の館」で暮すことになった12歳の少年フィリップ。
館に着いた日、フィリップは人の居ない部屋からもれる不気味な明りを見ました。謎を解きあかそうとするフィリップといとこのスーザンが撮ったその部屋の写真には、あるはずのないものが写っていたのでした…。
大叔母ジェーンの追憶と館のもつ記憶が交錯し、過去の幻がうかびあがる。
スコットランドの重厚な雰囲気と、綿密な描写が美しいファンタジー小説です。

フィリップがスーザンとジェーンの優しさに触れて、今までの先入観を捨てて変わっていく様子がとても好ましいです。
ジェーンの過去を知ることで、フィリップが自分の家族のことを理解していく過程がよかった。
「親が子を気にかけるのは当たり前のことだけど、子どもが大人のことを思いやるなんて考えたこともなかった」と語るフィリップが段々大人になっていく。
そして館の謎が、偶然と考察を経て徐々に明かされていく・・・。
クライマックスはお楽しみ!


「ミオよ、わたしのミオ」アストリッド・リンドグレーン著(大塚勇三訳)岩波書店

2007-06-20 | 児童書・ヤングアダルト
「ミオよ、わたしのミオ」アストリッド・リンドグレーン著(大塚勇三訳)岩波書店を読みました。
ストックホルムの町でもらわれっ子としてつらい日々を送っていた少年ボッセ。
彼はある夜、父の王がまつという「はるかな国」へ迷い込みます。
王子ミオとなった少年は白馬ミラミスとともに、残酷な騎士カトーと戦うために不吉な魔法の城へむかいます。

題名は父王がボッセ(ミオ)に呼びかける愛情溢れる呼び声。
カトーの城を目指す旅で何度もくじけかけるミオを励ます言葉でもあります。
みなしごボッセが迷い込んだはるかな国。
こうであったらなと思っていたとおりのお父さん、欲しかった自分の馬、美しい庭、優しい友達・・・すべてがミオの夢想のようで心が苦しくなります。
カトーを倒しに行く道のりでは天地のすべてがふたりを助けてくれて、このまま予定調和で終わるのか?と思いましたが、そのうちふたりが捕らえられてからは自分の闇にのみこまれていくような怖さがありました。
そんなときにミオを助けたのは自身の勇気というより、多くの人の悲しみを助けたいという思い。
カトーの最期もせつなかった・・・。


「失われた時を求めて(下)」マルセル・プルースト著(鈴木道彦編訳)集英社

2007-06-19 | 外国の作家
「失われた時を求めて(下)」マルセル・プルースト著(鈴木道彦編訳)集英社を読みました。
パリの社交界を舞台に、語り手をめぐる貴族やブルジョワの隠微な人間模様が繰り広げられます。男と女の(あるときは男同士、女同士の)妖しい愛の形も描かれます。

下巻の章立ては以下。
「IVソドムとゴモラ」
シャルリュス男爵をとりまく同性愛者たち(仕立て屋のジュピアンや軍隊あがりのモレル)の素顔。男色家のことをソドムの街に住む者ソドミーというそうです。
「Ⅴ囚われの女」
語り手とアルベルチーヌとの同棲生活。
「Ⅵ消え去ったアルベルチーヌ」
彼女の失踪と明らかになる過去。
「VII見出された時」。
語り手の考える時間。文学への志。

下巻の大きなテーマは同性愛。
いつのまにかスワン氏が亡くなっており、シャルリュス男爵がクローズアップ。
恋人モレルを手に入れたいと架空の決闘をでっちあげたり、娼婦宿の部屋にはりこんでモレルの不実を暴いたり。
爵位もある老紳士の彼が、若くて地位もない男性に恋をしたがためにふりまわされる姿が他人事と思えない喜劇。面白いけれどちょっとせつない。

下巻では特にプルーストって喜劇的な要素もたくさんあるんだなーと思って面白かったです。
バルベックのホテルの支配人のいい間違いなんて面白い。
「天井にしもやけが(ひびの間違い)」「かつらの置物(飾りの置物の間違い)」
「何事にもつぶつぶ(仏語で「段階」の言い間違い)が必要です」とか、ダジャレみたい。
ほかにも近所で聞こえる行商の声。
グレゴリオ聖歌風の区切りで客引きする古着屋、貝売りがドビュッシー風に憂愁をこめてつけくわえる「一ダース六スウにおまけ・・・」の声。
ヴァントゥイユの七重奏でのさえない演奏者たち。
チェロ奏者が下品な顔立ちでキャベツの皮をむくような世帯じみた辛抱強さでそれをなでていた、などなど。

そしてアルベルチーヌと暮らし始めてから語り手が感じたさまざまな気持ちの推移はとてもリアルでした。
彼女がいつもそばにいることからくる安心と倦怠。
自分の自由が束縛される退屈さと、彼女を手放すことに感じる嫉妬。
しかし実際にアルベルチーヌが家を出てからの語り手の煩悶。
そして彼女を失ったときの深い心の痛み・・・。

そして時間がいつのまにか彼の心にもたらしていた忘却。
すべてがリアルです。

アルベルチーヌの過去が明るみに出る場面は語り手に同情してしまいました。
自分の彼女が同性愛者だったと知った時の嫉妬は、やっぱり異性愛に対する嫉妬とは違う気がします。
自分が与えられない快楽を、彼女は同性愛から得ていた。
自分には超えられない領域、その嫉妬は身を焼くほどつらいものだっただろうなあ。

「見出された時」では物語は終盤へ。
語り手にもたらされる老い、変わっていく社交界の勢力図。

そして語り手は偶然不ぞろいな敷石を踏んだとき、ばっと生々しくヴェネツィアの情景を再体験します。それは以前マドレーヌを食べたときに突然コンブレーの幼年時代が飛び出してきたときのよう。
「記憶」「知覚」とはまったく違う「超時間」、同時に在る現在と過去。
プルーストはこの幸福感と思考を、とても丁寧な文章を重ねて書いています。

プルーストのように上手には語れませんが、私も同じような体験をすることがあるのでなんとなくわかります。
あるものの匂いをかいだとき、ある場所に行ったとき、音楽を聴いたとき。
「それ」を狙ってすることはできませんが、自分でもびっくりするくらいその当時の自分に引き戻される(というよりもう一度体験するかのような)体験をすることがあります。

さまざまな時間と人と思考と感情がつまっている「失われた時を求めて」はやっぱりすごい本でした。
まだまだ私の理解の及ばないところもいっぱい。
プルーストが亡くなった51歳までにはもう少しわかるようになっているかな?



「まぼろしの白馬」エリザベス・グージ著(石井桃子訳)岩波書店

2007-06-18 | 児童書・ヤングアダルト
「まぼろしの白馬」エリザベス・グージ著(石井桃子訳)岩波書店を読みました。
両親と死別し、家庭教師のヘリオトロープ先生と田舎の古い館で暮らすことになった13歳の少女マリア。
姿を見せない料理番、いつのまにか置かれている乗馬服。
さびしい森にかこまれたその館では不思議なことがつぎつぎとおこります。
そして館の向こうには黒い男たちが住む城。
マリアは次第に自分たちの祖先と土地の歴史を知り、伝説の白馬(ユニコーン)に導かれ、自身の役割を果たしていきます。
第9回カーネギー賞を受賞しているファンタジー小説です。

謎が次第に解かれてくるリアリズムの中だからこそ、白馬の場面が超自然的なものとして心に残ります。
館の食事がどれもおいしそう。田舎の花々に囲まれた自然の描写もとても美しいです。いかにもイギリスの児童文学らしい物語。
J・K・ローリングもこの本を愛読していたらしいです。