Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「エンペラー・オブ・ジ・エア」イーサン・ケイニン著(柴田元幸訳)文藝春秋

2006-01-31 | 柴田元幸
「エンペラー・オブ・ジ・エア」イーサン・ケイニン著(柴田元幸訳)文藝春秋を読みました。
九つの短編小説で、「あの夏、ブルーリヴァーで」の元となった短篇「アメリカン・ビューティ」も含まれています。
どの作品も深い余韻が残り、ケイニンは本当にすごい作家だと再認識。
「アメリカン・ビューティ」のエドガーのセリフ、「女がものを頼むときのやり方で言ってきたってことさ」や、「お前もろくでなしに変わるんだ、俺とおんなじように」「お前は自分を善人だと思っている。いろんなことに汚されたりしないと思っている。けれど逃げる道はない」は、はっとさせられる表現でした。
「スター・フード」のお父さんが屋根に座っている息子に「ぽーっとしとるな」と声をかけるところは、何気ないのですが「くすり」となる場面でした。
どの作品も好きですが、なかでも一番いいと思ったのは表題作の「夜空の皇帝」です。
ベートーヴェンのコンサートに向かう人の群れ、ミシシッピ川にかけられた橋を渡るとき、そして隣人のパイク氏が息子の髪をいじる手・・・深い感慨に襲われる主人公。復讐の気持ちをそがれて見上げる星空。夜空のように澄んでしんと冷えているけれど、なぜか温かい・・・読後にそんな不思議な気持ちになりました。
ケイニンの作品をもっと読みたいな~。

「イギリス新鋭作家短篇選」柴田元幸訳(新潮社)

2006-01-31 | 柴田元幸
「イギリス新鋭作家短篇選」柴田元幸訳(新潮社)を読みました。
ビートルズについて書かれた評論のような小説、ハニフ・クレイシの「エイト・アームズ・トゥ・ホールド・ユー」ほか、英語圏でもっとも人気のある文芸誌「グランタ」から選りすぐられた5篇の短編集です。
面白かったのはティボール・フィッシャーの「裁判当日」です。
やる気のない法廷外事務官のガイ、見るからにやくざな依頼人タティ。
事務的な裁判をめぐるやりとり。そして最後に明かされる本当かうそか判じがたいタティの独白。
こんなことありそうだな・・・と思わせられた一篇でした。


「うろんな客」エドワード・ゴーリー著(柴田元幸訳)河出書房新社

2006-01-30 | 柴田元幸
「うろんな客」エドワード・ゴーリー著(柴田元幸訳)河出書房新社を読みました。
漫画家ゴーリーの絵本を柴田さんが短歌調に訳しています。
カギ鼻頭のヘンな生き物がやってきたのはヴィクトリア朝の館。とある一家の生活の中に突然入り込んできた生き物、そしてそれから・・・。
変な生き物の行動には思わず笑ってしまいます。壁に鼻を押し付け直立不動。
スニーカーの底を剥くのが大好き。
中でも一番面白かったのが訳もわからず腹を立てて、なぜかお風呂のタオルを全部隠してしまうところ。
訳者のあとがきには散文形式の全訳もあって、こちらもいいです。
大人にも子供にもおすすめの一冊。


「ハンバーガー殺人事件」ブローティガン著(松本淳訳)晶文社

2006-01-30 | 児童書・ヤングアダルト
「ハンバーガー殺人事件」ブローティガン著(松本淳訳)晶文社を読みました。
ハンバーガーを買おうと思っていたお金でライフルの弾を買った主人公。
そのことを悔やみ、ハンバーガーに固執するようになります。
時間軸が行き来しライフルの弾がどう使われたかが後で明かされます。
一応ストーリーはあるのですが、それよりところどころで差し込まれる挿話が魅力的。葬儀場の前に住んでいた子供時代の話、ハンバーガーを作るコックへのインタビュー、夢を語る友人の話・・・。
小説の世界に入り込んでいたら突然「読者のみなさんはどう思いますか」なんて作者からの問いかけもあったりして、読んでいてどきっとします。
ブローティガンにしか描けない不思議な作品世界。

「バースデイ・ストーリーズ」村上春樹編訳(中央公論社)

2006-01-30 | 村上春樹
「バースデイ・ストーリーズ」村上春樹編訳(中央公論社)を読みました。
村上春樹さんが選んだ誕生日をめぐる一三の物語。村上さん自身の短編も収録。
また、文庫化にあたり新たに二篇が追加されました。
全体的に「ハッピー」ではない話が多く、なかなか一筋縄ではいかない深みのある話ばかりです。
一番印象的だったのはディヴィッド・フォスター・ウォレスの「永遠に頭上に」。
13歳の誕生日にプールの飛び込み台に向かう少年のほんの短い時間を描いたものですが、丁寧でリアルで、読んでいるこちらまで今から飛び込む気持ちにさせられてドキドキします。
イーサン・ケイニンの「慈悲の天使、怒りの天使」は読み終えてあぁ、天使ってこのことかあ・・・と納得。村上さんがあとがきで「心のこわばりがちらっとほどけてくるところがある」と書いていますが、まさにそのとおり。
新たに加えられたクレア・キーガンの「波打ち際の近くで」もよかったです。

「濁った激流にかかる橋」伊井直行著(講談社)

2006-01-24 | 児童書・ヤングアダルト
「濁った激流にかかる橋」伊井直行著(講談社)を読みました。
激流に分断された市(まち)、そこには右岸と左岸をつなぐ異形な橋があります。
その上でくりひろげられるさまざまな物語。8編の連作小説です。
著者の作品は初めて読みましたが、別役実さんのファンタジーの不気味さと、橋本治さんのリアルな破天荒さがミックスされたような、不思議な読後感でした。
8編はそれぞれ主人公や時間軸は異なりますが、別の作品に脇役として登場したりして、立体的に作品世界が楽しめるようになっています。
一番面白かった作品は「霧のかかる騒がしい橋からのひそやかな墜落」です。
本人はいたって筋の通った行動をしているつもりの女性。
でも周りから見るとはた迷惑でずうずうしくて融通が利かない困った人。
その滑稽さとせつなさが一緒に迫ってくる感じがとても印象的でした。


「若かった日々」レベッカ・ブラウン著(柴田元幸訳)マガジンハウス

2006-01-21 | 柴田元幸
「若かった日々」レベッカ・ブラウン著(柴田元幸訳)マガジンハウスを読みました。
男の子のように飛び回るのが好きだった少女時代の話や、母が嫌っていた父を許せるようになるまでの葛藤、そして最愛の母の死など、限りなくノンフィクションに近い13の短編小説集です。
「ひとりにして欲しいけれど誰かに追いかけて欲しい」
「誰かが私の頭も心も読んで私がどうやって頼んだらいいかわからずにいるものを与えて欲しい」など、「ああ、こういう気持ちってわかるな・・・」ということを丁寧にすくいとっている文章が印象的です。
一番好きな作品は「ナンシー・ブース、あなたがどこにいるにせよ」です。
ガールズ・キャンプで出会った年上のカウンセラーへの淡い恋心。
見られたくないけれど見ていて欲しい気持ち。
自分の知らない世界を知っている年上の人への憧憬。
自分もこういう気持ち覚えがあるなあ、と強く胸に迫る作品でした。


「あの夏、ブルー・リヴァーで」イーサン・ケイニン著(雨沢泰訳)文藝春秋

2006-01-19 | 児童書・ヤングアダルト
「あの夏、ブルー・リヴァーで」イーサン・ケイニン著(雨沢泰訳)文藝春秋を読みました。
兄弟が再会する現在、ふたりの道を分けた過去、そして再び現在が語られる三部構成の小説です。
不良っぽい兄と、兄に憧れていた凡庸な弟である主人公。兄弟がすごした日々と家族、周囲の人物とのやりとりが丁寧に描かれています。
妻と息子との穏やかな生活を大切にしている現在の僕。
でもふとそれが自分に分不相応なような、そこからふとはずれてどこかに行ってしまいそうな危うさを自分の中にいつも秘めている、それが強くつたわってきました。
同著者の「宮殿泥棒」はこの作品の後に書かれたものですが、その小説でも感じた「自分はこのようにしか生きられない。でもその事実に安住できない」という思いを、この小説の主人公にも感じました。
一見似ていない兄弟だけれど、行動するか・しないかが違うだけで、感じていることのねっこはとても似ているように思いました。

「黒い時計の旅」スティーヴ・エリクソン著(柴田元幸訳)白水社

2006-01-18 | 柴田元幸
「黒い時計の旅」スティーヴ・エリクソン著(柴田元幸訳)白水社を読みました。
ヒトラーの私設ポルノグラファーという人物設定を軸に、ヒトラーが生きていたら?というもうひとつの20世紀を構築する作品。
幻想的な風景描写、歴史と人間を語る重厚な語り口、読み応えのある一冊でした。
想像の中で女性を犯し、妊娠させる作家。
踊るたびに人を殺してしまう女性。
現実と幻想と、時間と空間とが蔦のように絡み合う・・・。
一読しただけでは難解でよくわからないところがたくさんありましたが、
でも「わからない」だけでは片付けられない重い存在感がある作品。
再読してさらにさらに良さがわかってくる小説だと思います。

「バビロンを夢見て」リチャード・ブローティガン著(藤本和子訳)新潮社

2006-01-14 | 児童書・ヤングアダルト
「バビロンを夢見て」リチャード・ブローティガン著(藤本和子訳)新潮社を読みました。
主人公C・カード。彼は始終バビロンの白昼夢を見ているはさえない私立探偵です。
彼はある日死体を盗んでくれという不思議な依頼を受けます。
結末を迎えてもその真意はわからぬまま。
探偵業を営む現実もバビロンも、どちらも架空の世界のような不思議な作品です。
「オリーブの瓶から油が流れるように」死体を運ぶ、などブローティガンならではの比喩の巧みさも健在。
筋を追うよりただ作品の空気を楽しんでしまった作品。
破天荒な筋書きに、ブコウスキーの「パルプ」を思い出しました。