Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「ホルモー六景」万城目学著(角川書店)

2009-10-23 | 日本の作家
「ホルモー六景」万城目学著(角川書店)を読みました。
このごろ都にはやるもの。恋文、凡ちゃん、二人静。
このごろ都にはやるもの。元カレ、合コン、古長持。
挑むは御存知、是れ「ホルモー」。負けたら御存知、其れ「ホルモー」。
「鴨川ホルモー」のスピンオフドラマとでもいうべき作品。
「鴨川ホルモー」に出てきたあの人が、あの場面が、あの店が!という感じで楽しめますので、「鴨川ホルモー」の方をまず先に読むのをおすすめします。

面白かったのは平安時代を思わせる定子と彰子(ていしとしょうしではなく、さだことしょうこ)、「中身はおやじ」の女子大生ふたりを描いた「鴨川(小)ホルモー」。

由緒ある長持をめぐる時間を越えたラブストーリー「長持の恋」。
この作品のラストシーン、情景を思い浮かべるとすごく笑える絵なのだけれど、心にじ~んときてしまいました。ヤラレタ。

三国志ネタ、円(まどか)広志、ミスター味っ子、よろしくメカドックなど楽しい描写もいっぱいです。

「モンキービジネス 2009Fall 物語号」柴田元幸編(ヴィレッジブックス)

2009-10-21 | 柴田元幸
「モンキービジネス 2009Fall 物語号」柴田元幸責任編集(ヴィレッジブックス)を読みました。
「物語」をテーマにした今号。
掲載記事は村上春樹さん「物語の善きサイクル」(スイスのザンクトガレン図書館の記念カタログの序文として寄稿されたもの)。
石川美南さんの「三十一文字の物語集」。
小沼純一さん「音楽を物語と捉える、と」。
レベッカ・ブラウンと柴田元幸、音楽を語る。
クリスマス・ストーリーズ
「賢者の贈り物」「聞けみ使いたちの」「ウェールズの子供のクリスマス」。
ナサニエル・ホーソーン 「アメリカン・ノートブックス」など。

村上春樹さんの「自分がそのような「焚き火の前の語り手」の、一人の末裔であることを、僕はことあるごとに認識させられることになる。」という言葉が印象的でした。
私は小説家と語り部を一緒に考えたことがなかったので。
村上さんの著書「神の子どもたちはみな踊る」で焚き火の話がありましたね。再読してみよう。

それから石川さんの「物語集」、ホーソーンの物語の素のようなストーリーのきれはしも面白かったです。活字の組み方も凝ってます。

谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」は初めて全部読みました。
高校生の時の教科書で「日本座敷の美はまったく陰翳の濃淡に依って生まれてゐるので、それ以外に何もない」あたりの部分だけ抜粋で読んだ記憶はあるのですが、通して読むと面白いですね。

特に厠についての熱弁が面白い・・・。
「(西洋風な厠は)成る程、隅から隅まで純白に見え渡るのだから確かに清潔には違ひないが、自分の体から出る物の落ち着き先について、さう迄念を押さずとものことである。やはりああ云ふ場所は、もやもやとした薄暗がりの光線で包んで、何処から清浄になり、何処から不浄になるとも、けぢめを朦朧とぼかして置いたほうがよい。」

マグナス・ミルズさんも久しぶりに読みました。やっぱり面白い。
新作長編が出ないかな、読みたいです。

今回も発売日と同時に一気に読み終えてしまいました。

「奇跡のリンゴ」石川拓治著(幻冬社)

2009-10-20 | エッセイ・実用書・その他
「奇跡のリンゴ」石川拓治著(幻冬社)を読みました。
絶対不可能と言われたリンゴの無農薬・無肥料栽培を成功させた木村秋則(あきのり)さんをノンフィクションライターの著者が取材したもの。
「奇跡のリンゴ」が実るまでの苦難の歴史が語られています。

今朝の新聞でサントリーが開発した青いバラの記事がのっており、青いバラの努力ももちろんすごいことだけれど、木村さんが企業のバックアップもなく、自分の家の畑をつかって、一家困窮を極め周囲の非難を浴びながらなしとげた偉業は、本当にすばらしいことだなと改めて思いました。
全部葉をおとしたりんご畑が再び葉をつけるまで8年!
私だったらきっと3年つづけばいいほう・・・。腹の据わり方が違います。

進退窮まったときに見た山の中のドングリの木は神の啓示のようです。
その後さらに数年たち、リンゴが満開の花をつけたところはちょっと泣けてしまいました。これがドラマではなく実話なんですから。

私たちは体は「今」に在りながら心は「過去」か「未来」に飛んでいることがよくあると思います。でも木村さんはただただ「今」目の前にあるリンゴに真剣勝負で挑んでいる。

今まで常識ではありえないと思われてきた桜の木の剪定に成功し、樹齢を重ねている弘前の桜も連想しました。常識にとらわれない青森の人の底力はすごい。

本の中では、木村さんの農業法は成功した今でも、多くのリンゴ農家が反発していると書かれていました。「なぜ無農薬でもリンゴが作れるのに、農薬を使うのか」と今までの自分たちのやり方が糾弾されているように感じるのだと。
その気持ちはわかるけれど・・・でもやっぱり私は無農薬のリンゴが食べたい。
木村さんのリンゴ畑に追随する農家が増えてくれるとうれしい。
その後のリポートも知りたいです!

「時計館の殺人」綾辻行人著(双葉社)

2009-10-14 | 日本の作家
「時計館の殺人」綾辻行人(あやつじ ゆきと)著(双葉社)を読みました。
鎌倉の森の暗がりに建つ古い館、通称時計館。
そこで10年前に死んだ1人の少女。
館に関わる人々に次々起こる自殺、事故、病死。
そして10年後に時計館を訪れた9人の男女に、無差別殺人の恐怖が襲います。
第45回日本推理作家協会賞を受賞している作品です。
ラストについて少し触れますのでご注意ください。

綾辻さんの作品を読んだのはこれが初めて。
異形の建築を作り続けた建築家・中村青司が設計した独特な屋敷がまず、すごい。
時計の針の位置通りに部屋がある円い家、振り子の部屋まであって凝っていてとても面白いです。
館を埋めるのは108個の古時計のコレクション。
そのほかにも巨大な時計塔から小さな懐中時計まで。
屋敷の机も時計、天蓋も時計、庭の植え込みは日時計!

そして隔離された空間で続々と殺される人々。
こわい・・・。
推理作家・鹿谷門実こと島田清が謎に挑みます。
おどろおどろしい館で起こる連続殺人の謎、推理小説の王道ともいうべき作品。

私にはアリバイのトリック、見抜けませんでした。やられた。
最後の砂時計のシーンは、絵画的で圧巻でした。

自分の頭の中の願望を、その財力によって目に見える形にする。
そしてその歪んだ幻想の中で娘を育て、暮らしていく・・・。
それは本当に「娘のことを想って」の行為ではなく、古峨倫典の強迫観念がさせたこと。それに館中の人々が加担していた。
世にも奇妙なのは誠に、人の心なり。


「プリンセス・トヨトミ」万城目学著(文藝春秋)

2009-10-12 | 日本の作家
「プリンセス・トヨトミ」万城目学著(文藝春秋)を読みました。
五月末日の木曜日、午後四時。大阪全停止。
長く閉ざされた扉を開ける鍵となったのは、東京から来た会計検査院の三人の調査官と、大阪の空堀商店街に生まれ育った大輔、幼馴染の茶子でした。
内容について触れますので、未読の方はご注意ください。

万城目さんの最新作。京都、奈良につづき舞台は大阪です。
前二作が式神・言葉を解する鹿のように、精霊のような存在と現代の交差だとすれば、今回の話は「人間」が営んできた裏の歴史と現代の歴史との交差。
そして相変わらず、思いっきり「けったいな話」です。

大阪城の下にある大阪国議事堂。
大阪の男のふたりにひとりは大阪国の人間。
でも独自の文化を持つ町だから、ありえる・・・?ありえる!と思わず信じかけてしまうような空気、大阪ならでは。
同じように日本国内に独立国を樹立、という設定の井上ひさしさんの小説「吉里吉里人」では村の中に独自の財源がありましたが、大阪国では年間5億のお金が国から補助されているのです。ほら話もここまで来るとすごいスケール!

豊臣家の末裔を守る、という設定は「ダ・ヴィンチ・コード」に出てくる、キリストの末裔を守る秘密結社を思わせました。
旭は女性なのに大阪国と松平の対決の場面に同席していたし、プリンセスというあだ名もあったので、実は徳川側についたどこかの武家の末裔という設定で、プリンセス・トヨトミと対決!?なのかと思ったのですが、それは私の深読みしすぎで、なかったです。

坂道にある空堀商店街は面白い名前だし、フィクションなのだろうと思ったら実在するのですね。行ってみたいです。
登場人物の名前も万城目作品らしく凝っていて面白かったです。
「鹿男」に登場した南場先生も登場。



「落照の獄」小野不由美著(新潮社)

2009-10-12 | 日本の作家
雑誌「yomyom 2009年10月号」を読みました。
読みたかったのは小野不由美さん、十二国記の最新作「落照の獄」!
まだ雑誌のほかの記事は読んでないのですが、ひとまず上記作品の感想だけ先に。
内容について触れますので、未読の方はご注意ください。

舞台は北方の国・柳国。
司刑である瑛庚(えいこう)は連日思い悩んでいました。
8歳の男児・駿良(しゅんりょう)が狩獺(しゅだつ)という男に殺されます。
彼は16件の犯罪、計23人の人間を殺し、駿良を殺したのも小銭のためでした。
主上の意向によりながらく殺刑が行われていなかった柳国ですが、主上は今回の判断を司法に一任します。


フィクションの世界ではなく現実の世界でも、たとえば幼児を何人も無差別に殺害した男、自分は手をくださず信者たちに命令することで一般人を死にいたらしめた男。そのような人間に極刑は当たり前、と今まで私は特に疑問も覚えず「反射」として感じてきました。
でもそれは「人(司法)が犯人を殺すことに決めた」と認識していたのではなく、「天罰」というように感じていたように思います。

でも、もし自分が裁判員だったら?
非道な犯罪に対して、本当に死刑の判決をくだせるのだろうか・・・?

裁判員制度が始まった今、私にとっても本当にひとごとではない問題です。
審議をする瑛庚たち3人の議論にひとつひとつ頷きながら読みました。
作者である小野さんも、自問自答し、深く苦悩しながら書いたのではないでしょうか。

「殺罪には殺刑を、これが理屈ではない反射であるのと同様、殺刑は即ち殺人だと忌避する感情も理屈ではない反射なのでしょう。
どちらも理ではなく本能に近い主観に過ぎませんが、その重みはたぶん等しいのではないかと。」

最後、殺刑か否か、瑛庚ら、刑獄を担当する3人の意見が決まります。

悪と認識して悪に魅入られる。
人に嫌悪され、人を恐れさせることに生きがいを感じる人間がいる。
自らが長い時間をかけて自分自身をそう育ててきた。
悪行を働くことに微塵も疑問も、ましてや悔いなど感じない。

人々は狩獺を「けだもの」と呼びましたが、皮肉な言い方ですが彼は非常に人間的です。「けだもの」であれば自ら選んで不必要な悪を成すことはないからです。
そのように常には受け入れがたい「人間」の残忍さを、どう裁くのか。

判決がくだされて事件は終わり、ではありません。
裁いた者、裁かれた者、そしてそれを見守る市井の人々、狩獺のようなほかの人間、すべての者たちにつながっていく。

人が人を裁く。
それは本当に難しいことです・・・。
普段「感情」として見ている事件についても、深く「思考」させられる作品でした。


「天山の巫女ソニン 5 大地の翼」菅野雪虫著(講談社)

2009-10-07 | 児童書・ヤングアダルト
「天山の巫女ソニン 5 大地の翼」菅野雪虫著(講談社)を読みました。
三つの国が、それぞれの思惑を秘めて動き出します。
三人の王子・王女と、ソニンの運命は?
シリーズ完結編です。ネタバレありますのでご注意ください。

巨山の王が、江南と協定を結び、沙維に戦争を仕掛けます。
うつろいやすい人々の心にとまどいと不快を覚えるソニン。
イウォル王子、クワン王子、イェラ王女も平和を願いながらも、戦争に加わらざるを得ません。
戦争で対峙するのは敵国の兵士たちだけではない、戦争で利殖を得る人、自分の家族だけは助かると思っている人、戦争に賛成する人々すべてなのだという意のソニンの言葉が印象的です。

イウォル王子が「もし戦で私の手がなくなってしまったとしたら・・・」とソニンの手を自分の頬に触らせる場面、じーんとしました。

最終章は春の祭りの前夜で終わります。もしかして表紙は春の祭り当日の絵なのでしょうか?蝶の飾りをひろめかせながら踊る人々の姿が素敵です。

どのような国のありかたが「良き国」なのか?
既巻と同じくもちろんこの巻でも決着はつきません。
というか、著者が意図してそういう書き方をしているのでしょう。
メインキャラクターの王位継承もありません。
でも5巻も続いた最終巻なので、終わり方にもう少しカタルシスがあってもよかったのかなーとも感じました。

今後、まだまだ続シリーズや外伝がありそうな感じがします。



「酔郷譚」倉橋由美子著(河出書房新社)

2009-10-02 | 日本の作家
「酔郷譚(すいきょうたん)」倉橋由美子著(河出書房新社)を読みました。
著者が「サントリークォータリー」に連載していた連作小説。遺作です。
慧君がかたむけるグラスの向こうに広がる夢幻と幽玄の世界。
登場人物は「よもつひらさか往還」と同じだそうです。

バーテンダーの九鬼(くき)さんが出す色鮮やかな魔酒。
「途中は省略して」
桜の咲く山へ、月世界へ、石魚にのり湖へ。

「そういえばこの桜の下には山の上の冷気とは別の暖気がこもっている。無数に集まった満開の花が豆電球のようにかすかな熱を出しているのかもしれない。いや、熱だけではない。花は微弱な光を放っているようでもある。」

「街は月光にひたされている。そして夏とは違う風が冷たい水のように、しかし石のように乾いて、街をめぐっている。その風の流れのままに塀について塀を曲がり、壁について壁を曲がると、そこは秋風の溜まり場のような中庭になっていた。金木犀と銀木犀が対になってドーム形に葉を茂らせ、花の香りを放っている。」

美しく、幻想的でエロチックな体験の数々。
中国の故事や俳句、西行から一休僧正、思いはあちこちに漂います。

「薄い皮膜を隔ててあちらの世界に触れるところまで行って、そこをうろうろするのが酔郷に遊ぶということでしょう。ちょうど波長の長い波に乗って漂うように。」

異世界に迷い込む怖さはあるけれど・・・こんな風にお酒に、景色に酔ってみたい。