Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「えんの松原」伊藤遊著(福音館書店)

2007-07-28 | 児童書・ヤングアダルト
「えんの松原」伊藤遊著(福音館書店)を読みました。
時は平安中期。次代の帝となる幼い東宮・憲平(のりひら)は夜な夜な現れる怨霊に怯えていました。
ひょんなことから彼と知りあう少年・音羽(おとわ)は、故あって女童(めのわらわ)になりすまし宮中で下働きをしています。
憲平に崇る怨霊はいったい何者なのか、死に至る運命から彼を救うことはできるのか?
二人の少年の命を賭けた冒険に、気骨ある老女官の伴内侍(ばんのないし)や怪僧・阿闍梨(あじゃり)、美少女・夏君(なつき)といった面々がからんで、息もつかせぬ物語が栄華の都のまん中を舞台に展開します。

同じ平安時代を舞台にした前作「鬼の橋」よりいっそう読み応えのある第二作目。
えんの松原とは「怨の松原」とも言われる、御所と目と鼻の先にある昼なお暗い松原。鬼が住み、松を切ると祟りがあるとといういわくがある場所。
怪異譚としての面白さ、またとりかえばや物語のような笑い、ふたりの少年の成長物語として、とさまざまな角度から楽しめる物語です。
東宮と音羽、身分は違いますがお互い自分の境遇を嘆いている少年たちが「自分はこうしたい」と心に決めて行動にうつしていく過程にとても勇気付けられます。
脇役ながら伴内侍のキャラクターがとても良くて、この作品を温かく彩っています。

「直筆商の哀しみ」ゼイディー・スミス著(小竹由美子訳)新潮社

2007-07-27 | 外国の作家
「直筆商の哀しみ」ゼイディー・スミス著(小竹由美子訳)新潮クレスト・ブックスを読みました。
主人公はユダヤ系の母、中国系の父から生まれたアレックス。
彼の職業は、有名人のサインを売買し、そのあがりで暮らすオートグラフマン(この作品では日本ではなじみのないこの職業を「直筆商」と訳しています)。
この職業を選んだのは父が連れて行ってくれたレスリングの試合で縁を結んだ友人がきっかけ。幼馴染の友人たちはアレックスの父がくれた1ポンド札で結ばれています。
友人たち、十年来の恋人エスターとのロンドン郊外での日常生活。
そんな中でアレックスのもとに少年時代から純情を捧げてきた伝説的映画女優キティー・アレクサンダーの直筆サインが舞い込み、大嵐を巻き起こします。

前半のロンドンの生活はちょっと冗長に感じました。NYに行ってからはテンポがよくて面白かったけれど、ラストのキティーの気持ちを考えると読後感はよくなかったです。
アレックスはひそかにユダヤ的なもの、非ユダヤ的なものを分ける本を執筆しているのですが、この部分が正直よくわかりませんでした。ネイティブの人には「わかるわかる」という笑える部分なのかしら?
カバラやホフマといったユダヤ教の言葉、後半NYに向かってからの禅の言葉「十牛図」もよくわからなかったです・・・。宗教の言葉がわかればもっと理解が深まっただろうと思うと残念。

「鬼の橋」伊藤遊著(福音館書店)

2007-07-24 | 児童書・ヤングアダルト
「鬼の橋」伊藤遊著(福音館書店)を読みました。
平安初期の京都、妹を亡くし失意の日々をおくる少年篁(たかむら)。
彼は、ある日妹が落ちた古井戸から冥界の入り口へと迷い込みます。
そこではすでに死んだはずの征夷大将軍・坂上田村麻呂が、いまだあの世への橋を渡れないまま、鬼から都を護っていました。
この世とあの世、鬼と人間、少年と大人。二つの世界を隔てる様々な橋が、大人になる手前で葛藤する篁の前に浮かびあがります。
家族を亡くし、ひとり五条橋の下に住む少女、阿古那(あこな)と、田村麻呂に片方のツノを折られ、この世へやってきた鬼、非天丸(ひてんまる)。
それぞれに何かを失った痛みを抱えて生きる人々との出会いのなかで、篁は再び生きる力をとりもどしていきます。

この作品の主人公は平安時代に実在した文人、小野篁(おののたかむら)をモデルにしています。彼にはこの世と地獄を往き来したという伝承がある人物。
この作品は児童文学ファンタジー大賞を受賞しています。

少年篁の悔恨や迷い、大人になることへの疑問と不安が丁寧に描かれています。
鬼である非天丸の優しさ、孤児・阿古那の清らかさと思いやり、ふたりをはじめ、周囲のさまざまな人間とのかかわりの中から自分の非力さを思い知り、自分が頼られるに足る男になりたい・・・と思う篁の心の変化がとても好ましいです。
都で生まれ育った篁の眼に蝦夷の地はどのように映ったのでしょうか?
続編も読みたい。

「ヴァン・ゴッホ・カフェ」シンシア・ライラント著(中村妙子訳)偕成社

2007-07-20 | 児童書・ヤングアダルト
「ヴァン・ゴッホ・カフェ」シンシア・ライラント著(中村妙子訳)偕成社を読みました。
カンザス州フラワーズの町のメインストリートにあるヴァン・ゴッホ・カフェ。昔、劇場だった建物にあるこのカフェでは次々と不思議な出来事が起こります。

不思議なできごとといってもなにか劇的な出来事(生き別れになった親子が出会うとか、幽霊が出るとか)が起きるというものではなく、カフェで起きるのは小さくて暖かなできごと。そしてそのできごとは緩やかに次の不思議につながっていきます。私は「魔法のマフィン」のお話が好きでした。

30分くらいで読める小さなお話。ささめやゆきさんの装丁もきれいです。




「気になる部分」岸本佐知子著(白水社)

2007-07-19 | エッセイ・実用書・その他
「気になる部分」岸本佐知子著(白水社)を読みました。
著者は「空中スキップ」「中二階」などの作品で知られる名翻訳家。
眠れぬ夜の「ひとり尻取り」、満員電車のキテレツな人たち、屈辱の幼稚園時代などヘンな日常をつづったエッセイ集です。
会社員時代の思い出、偶然宿泊することになった「国際きのこ会館」のきのこまみれのホテルの怖さ、頭の中から離れない「カダン・カダン」のCMソングなど面白いネタの宝庫。
幼稚園・小学校時代のこともよく覚えてるなーというくらい細かいディティール満載で、岸本さんの訳すニコルソン・ベイカーも彷彿させます。

「シェル・コレクター」アンソニー・ドーア著(岩本正恵訳)新潮社

2007-07-18 | 外国の作家
「シェル・コレクター」アンソニー・ドーア著(岩本正恵訳)新潮社を読みました。
表題作の主人公はケニア沖の孤島でひとり貝を拾い静かに暮らす盲目の老貝類学者。彼は、偶然アメリカ人女性の病気を貝で治したことから彼の静かな暮らしがおびやかされていきます。
ほかにもモンタナの雪山のハンターが主人公の「ハンターの妻」、ポートランドの漁港で暮らすことになった少女の話「たくさんのチャンス」、タンザニアの密林で愛する女性を射止める博物学者の話「ムコンド」など、場所も年齢もさまざまな人々が描かれた8つの小説が収められた短編集です。

私が一番印象的だった作品は「世話係」です。
主人公は内戦の続くリベリアで心に大きな傷を負い、アメリカに流れてきた青年。仕事も住む場所も無くした彼は、自分だけの菜園をひっそりと作り、野菜作りが仕事だった死んだ母の姿を思い描きます。
強姦、殺人、殺される赤ん坊、内戦によって突然消えた母、自分の生活、そして手を汚した自分。自分を救いたいけれど、救えない主人公。これからの人生で罪を「償う」ことなどできるのだろうか?
彼が埋葬したクジラの心臓や、少女とともに口に運ぶメロンの果肉のイメージが鮮烈に心に残ります。ラスト、彼の上に降り注ぐ光がとてもせつなく美しい。

彼が二十代当時発表した本作は彼の処女短編集だそうです。
どれも深い味わいをたたえたこの作品集を書いた人が私と同い年だなんて驚異的・・・。

「思い出のマーニー(上・下)」ロビンソン著(松野正子訳)岩波書店

2007-07-16 | 児童書・ヤングアダルト
「思い出のマーニー(上・下)」ジョーン・ロビンソン著(松野正子訳)岩波書店を読みました。
両親、祖母と死に別れ養い親プレストン夫妻のもとで暮らしているアンナ。
彼女は養父母の住むロンドンを離れ、転地のため海辺の村の老夫婦にあずけられました。孤独なアンナは、同い年の不思議な少女マーニーと友だちになり、毎日二人で遊びます。ところが、村人はだれもマーニーのことを知らないのでした。
ある日、マーニーは、無人のさびしい風車小屋でアンナを置き去りにし、姿を消します。彼女をさがすうちにアンナは、マーニーの思いがけない秘密を知るのでした…。

身内と死に別れ、学校でも友達のできないアンナ。お互いに想いあっているのだけれど、くつろげない養父母との関係。
そんなアンナが誰もいない海辺で遊ぶうちに心が落ち着き、やがてマーニーと運命的な出会いを果たします。
恵まれているかのように見えたマーニーもさまざまな心の傷を抱えていることを知るアンナ。マーニーと友情を育むうちにアンナの心が変化していく様子が丁寧に描かれています。
マーニーは夢の中の少女だったのか?と思わせておいてラストでは驚きの真実が明らかに!

「幽霊を見た10の話」フィリパ・ピアス著(高杉一郎訳)岩波書店

2007-07-13 | 児童書・ヤングアダルト
「幽霊を見た10の話」フィリパ・ピアス著(高杉一郎訳)岩波書店を読みました。
児童文学の名作「トムは真夜中の庭で」の作者ピアスがその二十年後に書いた短編集。
原題は「The Shadow‐Cage and Other Tales of the Supernatural」。
表題作「影の檻」をはじめ、十の短篇がおさめられています。
児童文学として出版されているのですが、子供に不思議さは理解できても、真の怖さを理解するのは大人じゃないと無理かもなーという感じもしました。
日本訳は「幽霊」となっていますが、どの作品も吸血鬼やゴーレムのようなお化けは登場しません。
どちらかというと自分の凝り固まった憎しみや、幼い日のトラウマ、酒による幻覚、死んでも昇華しきれない想い・・・など人の心の持つ暗闇と、影が描かれています。自分の心のはずなのに、自分でも制御しきれずにふくれあがった想いにふりまわされる人間、その怖さがじわじわと迫ってきます。

私が特に印象的だったのは「ミス・マウンテン」。
母に先立たれ、叔母に虐げられて心がねじれ、過食に走る少女。それを残酷に楽しむ叔母。
自分の(弟の?)足音に追いつかれる「ジョギングの道連れ」は本当に怖かった・・・。
ジャネット・アーチャーさんのぼんやりとかすんだ挿絵も作品にぴったりですばらしいです。

「ナンバー9ドリーム」デイヴィッド・ミッチェル著(高吉一郎訳)新潮社

2007-07-12 | いしいしんじ
「ナンバー9ドリーム」デイヴィッド・ミッチェル著(高吉一郎訳)新潮クレスト・ブックスを読みました。
主人公、19歳の詠爾(えいじ)は故郷の屋久島を出ました。彼は名前も知らぬ父を探すために東京へ。村上春樹やジョン・レノンへのオマージュに溢れた疾走する物語。いしいしんじさんが「週刊ブックレビュー」で紹介されていました。

とっても面白かったです。こんなに面白かった作品は本当に久しぶり。
舞台は現代の日本。作者はイギリス人の方(奥様は日本人)ですが、日本語でもとから書かれていたようにまったく違和感がなく読みました。
作品は9章にわかれています。
章ごとに詠爾の妄想であったり、映画のストーリーであったり、手紙であったり、ある人の小説であったり、日記であったり・・・詠爾の語りとは別の要素が入りこんできて話が重層にふくらみます。
「埋立地」の第四章は迫力。圧倒されました。

「九番目の夢の意味はあらゆる意味が死に絶え消滅した後に始まる・・・」
詠爾の父親の正体は?第九章に描かれる夢とは?

作者は村上春樹さんの作品に深い共感を抱いているようで、作中にも「ねじまき鳥クロニクル」が登場していますが、私はどちらかというと「父を求める詠爾」が「母を求めるカフカ」(「少年カフカ」)に重なりました。
とはいってもストーリーはもちろんまったくオリジナルのもの。
本の分厚さを忘れて一気に読んでしまいました。
この作者のほかの作品の邦訳が待たれます!


「空中スキップ」ジュディ・バドニッツ著(岸本佐知子訳)マガジンハウス

2007-07-10 | 柴田元幸
「空中スキップ」ジュディ・バドニッツ著(岸本佐知子訳)マガジンハウスを読みました。
シュールでブラックでユーモラスな23の短編集。
日常生活の中によくある風景からどんどんねじれていく世界。
私が印象的だったのは「チアのあるべき姿に」妄信的になった女の子たちを描いた「チア魂」。
青年が語る故郷アーカンソー州の小さな村イエルヴィルの奇妙な話「イェルヴィル」。
アメリカ国民の平均値ど真ん中のジョーの元にみんながリサーチにくる「アベレージ・ジョー」などなど。
このように現代の民話のような奇妙で面白い話のほかに、母親が病み、家族が崩壊していく様を少年の目で描いた「百ポンドの赤ん坊」、バスの中でたまたまいきあった老婆の姿に思いを重ねる「バカンス」など、しんみりする話も。
この作品は作者の処女短編集だそうですが、作者の妄想ぶりが面白いです。

余談ですがこの短編集の中の「道順」が旅がテーマの柴田元幸さん編訳のアンソロジー「紙の空から」(晶文社)に収められています。