Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「夜想曲集」カズオ・イシグロ著(土屋政雄訳)早川書房

2009-07-19 | 外国の作家
「夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」カズオ・イシグロ著(土屋政雄訳)早川書房を読みました。
ベネチアのサンマルコ広場を舞台に、流しのギタリストとアメリカのベテラン大物シンガーの奇妙な邂逅を描いた「老歌手」。
芽の出ない天才中年サックス奏者が、図らずも一流ホテルの秘密階でセレブリティと共に過ごした数夜の顛末をユーモラスに回想する「夜想曲」など、
書き下ろしの連作五篇を収録した著者初の短篇集です。
厳密な連作短編ではないのですが、ある作品の脇役が別の作品の主役になったりして登場します。

冒頭の「老歌手」はさすがカズオイシグロ、と思わされる作品。
往年の名歌手トニー・ガードナーのプライベートな願いを手伝うことになるギタリストの主人公。共産主義国出身の主人公の母の思い出と、ガードナーの人生が響きあいます。

「降っても晴れても」は、これもカズオイシグロ?と驚かされる爆笑必死の作品。
覗き見てしまったノートの痕跡を隠すため、犬が部屋を荒らしたように偽装を図る主人公。雑誌を噛むときは軽く噛む動作をするとなかなかよいシワができる、噛むことだけに集中しすぎると、ページどうしがホッチキスで留めたようにくっつきあい失敗する、って・・・熱中しすぎ!
三谷幸喜さんの脚本でドラマ化したら面白そう。
俳優は誰かな。一見二枚目に見える三枚目、鶴見しんごさん。

「モールバンヒルズ」はミュージシャンを志す若い主人公が、旅行中の中年ミュージシャン夫婦に出会う話。

「若いころのわたしには、何があっても腹など立たなかった。でも、いまじゃ怒ってばかり。なぜ?わからないけれど、いいことじゃないわね。」

年をとっても「悪いこと」にはあえて目を向けない夫。
年をとるにつれて現実的になり欠点が見えてしまう妻。
どちらの「目」もバランスよく持ち続けるのは難しいことなのだと思います。

表題作「夜想曲」には、冒頭の「老歌手」の妻リンディ・ガードナーが登場。
リンディは盗んだトロフィーを七面鳥の中に・・・。この作品もどたばた加減が面白い。もちろん面白いだけではない、人生の苦味が描かれているのですが。

「チェリスト」
ハンガリーから来た、エリート教育を受けた若きチェリスト・ティボール。
彼が出会ったのは自称チェリストの大家、エロイーズ。
密室で行われる個人レッスン、そして(自分たちにはそう感じられる)才能の高まり。自分が感じている、ほかに例の無い自身の才能、そして他人の評価との落差。

今日(09.07.20)の朝日新聞に出ていた著者のインタビュー記事を抜粋しておきます。

「音楽は、誰もが抱く、こういう人生を送りたいというような夢やあこがれを象徴しています。夕暮れは、昼から暗い夜に変わる転換点。夜にはなっていないが、そう長く続かない時。つまり時間の経過や年齢を想起させます。」

「我々が生きる社会も変わりました。最近は、人生をやり直すのに遅すぎることは無い、という風潮が広がっています。現代社会は「今のままの自分であきらめてはダメ。人は変わることができる」というメッセージを出しています。
その意味で、決断の日をどんどん先送りし、自分の夢をいつまでも育んでいられる環境なのです。でもそれは、現実の自分をあざむいていることでもあるわけです。」

・・・厳しい。でも正しい、意見ですね。

最後にこれからの自分の仕事について。

「私にとっての挑戦は、今までと違うものを書くこと。「あるテーマについて衝撃を受けたいなら、この本を読むべきだ」といわれるような小説を書きたいですね。」

楽しみ!
しばらくはこの最新作をゆっくり読み返して味わいます。
今までの長編より「笑い」のエッセンスが強く出ていて、面白い短篇集でした。

「ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし」辺銀愛理著(マガジンハウス)

2009-07-14 | エッセイ・実用書・その他
「ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし」辺銀愛理著(マガジンハウス)を読みました。
予約6ヶ月待ちの石垣島ラー油(石ラー)。東京の「銀座わしたショップ」では毎月「石ラー入荷日」には開店前に100人以上の列が店の前にできるとか。
そんなラー油を作っているのはペンギン夫婦(本名!)。夫婦が出会って沖縄移住を決め、ひょんなことから石ラーを作って売ることになる。
そんな二人の現在までの道のりをまとめたものがこの本です。
辛いだけではない、ハーブから作られるラー油。石ラーの簡単レシピや、辺銀食堂のメニューも掲載されています。

石垣島ラー油、私も食べたことありますがとてもおいしかった。
それで興味があってこの本を読みました。
ふたりのなれそめから、旦那さんが帰化された際にふたりで考えた(!)苗字、辺銀(ペンギン)。
石垣島ラー油はパッケージもとてもかわいらしいのですが、愛理さん自身が自分で紙を漉くくらい紙に対するこだわりがあったから今のスタイルになっていること、ラー油の上のスタンプは島唐辛子であること(私はペンギンの足跡だと思ってた)など、「へ~」という知識が満載です。
そして石ラー工場の「好きなときに来て好きなときに帰る、好きな日に休む」というスーパーフレックス制がすごい。お給料とか・・・どうやって計算するの??お勤め人の感覚では思いつかない。
現在ご夫婦はオリジナルXO醤を開発中。
そして石垣島のお店では幻の「壺ラー」に出会えることもあるとか。
あ~石垣島でペンギン夫婦のごはんが食べたい・・・。



「ボン書店の幻」内堀弘著(筑摩書房)

2009-07-02 | エッセイ・実用書・その他
「ボン書店の幻」内堀弘著(筑摩書房)を読みました。
著者は詩歌書を専門に扱う「石神井書林」の古書店主。
その著者が追うボン書店の記録です。
ボン書店とは、1930年代、自分で活字を組み、印刷をし、好きな本を刊行していた小さな出版社。著者の顔ぶれはモダニズム詩の中心的人物北園克衛、春山行夫、安西冬衛ら。いま、その出版社ボン書店の記録はなく、送り出された瀟洒な書物がポツンと残されているだけ。身を削るようにして書物を送り出した「刊行者」鳥羽茂とは何者なのか?書物の舞台裏の物語をひもといた本です。

出版社というより「出版人」。自宅の一室で印刷機をまわし、凝った装丁の詩の本を出していた鳥羽茂(とば いかし)。
文庫の表紙にのっている本を見ても、いかにモダンなセンスの持ち主だったのかがよくわかります。
採算のとれない出版業、次第に病に蝕まれていく体。人生を賭けながら、今ではほとんどの人に忘れられた己の仕事。
薄幸な人生だったのだなぁ・・・と思いながら読んでいたのですが、最後の「文庫版のための少し長いあとがき」でその思いが変わりました。
病弱な体で、いやだからこそ、「自分の好きな本を、好きなやうに作つて」ぎりぎりまでやりとげ、今その体は静かな山の風にふかれているのだろうと。

世の中の人の記憶に残るのは著者名と本だけ。
でもその後ろにある本を出版する人の思いに深くせまったこの本。
著者が鳥羽さんへ抱く共感と敬意の念、そして著者自身の書籍への愛情がひしひしと伝わってくる本でした。


「地図男」真藤順丈著(メディアファクトリー)

2009-07-01 | 日本の作家
「地図男」真藤順丈著(メディアファクトリー)を読みました。
仕事中の「俺」は、ある日、大判の関東地域地図帖を小脇に抱えた奇妙な漂浪者に遭遇します。地図帖にはびっしりと、男の紡ぎだした土地ごとの物語が書き込まれていました。
千葉県北部を旅する天才幼児の物語。東京二十三区の区章をめぐる蠢動と闘い、奥多摩で悲しい運命に翻弄される少年少女。
物語に没入した「俺」は、次第にそこに秘められた謎の真相に迫っていきます。
この作品は第3回ダ・ヴィンチ文学賞の大賞を受賞しています。
ネタバレあります、ご注意ください。

地図の各ポイントに物語を書き込む地図男。
まるでクリックすると詳細な世界に飛ぶインターネットの世界のよう。
それをアナログでやっているのが面白い。
冒頭の音楽に愛された子どもの話、区章を刺青にした東京アンダーグラウンドの闘いの話、どれも面白いですが、最後の奥多摩の話が質・量ともにメイン。

地図男の正体はもしかして・・・!と匂わせて、でもやっぱりあくまで地図男は物語世界の傍観者なのですね。「傍観者」というよりは、「物語世界に参加している観察者」という感じかな。
地図男が奥多摩の話を語る場面は、地図という俯瞰からキューっとズームインして「もうすぐ謎が明かされる!?」という核心に迫る感覚があるのですが、ラストはまたそこからズームアウトして世界が広がっていく感覚が味わえます。
彼女が愛しく、彼女にまつわる物語が愛しく、彼女の住んでいる世界が愛しい。
何重にも広がっていく波紋を思わせるラストでした。