Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「ガラスの街」ポール・オースター著(柴田元幸訳)新潮社

2010-01-30 | 柴田元幸
「ガラスの街」ポール・オースター著(柴田元幸訳)新潮社を読みました。
深夜のニューヨーク。孤独なミステリー作家クインのもとにかかってきた一本の間違い電話。彼は探偵と誤解され、仕事を依頼されます。クインはほんの好奇心から、探偵になりすますことにします。依頼人に尾行するようにいわれた男を、密かにつけます。しかし、事件はなにも起こらず…。
オースターのデビュー作がついに柴田さん訳で刊行されました!
この作品は以前角川書店から「シティ・オヴ・グラス」という題名で別の訳者で出版されているのですが、雑誌「Coyote」に初めて柴田さん訳で掲載され、今回新潮社から単行本化され出版される運びになりました。(←詳しい経緯はわかりませんが、新潮社が角川書店から版権を買ったということかしら??)

なにはともあれ読者としてはとってもうれしいニュースです!(以前の訳者の方、ごめんなさい。
内容について触れますので、未読の方はご注意ください。

この作品は著者がもし現在の妻シリに会っていなかったら自分がどうなっていたかを思い描こうとして書いた作品だそうです。
いわばクインはオースターの双子的存在。
(作中に実際にオースターという人物も出てくるのでヤヤコシイのですが。)

作中では同じように「ふたつに分かれた存在」が何度も登場します。
親と息子で同じ名を持つふたりのピーター。
駅でみかけたピーター(父)とそっくりの青いスーツの男。
ピーター(父)が語る、「クインはツイン(双子)と韻を踏む」という台詞。

しかしその「ふたつ」は決して類似の存在ではなく、「ひとつ」である個人も固定された存在ではありません。
現われるたびに次々と名前を変えるクイン。
次第に堕ちていき(ピーター(父)が拾った物のように壊れ)、金も家も仕事もなくしていくクイン。
その時彼の名前は何だったのでしょうか?

冒頭の番号違いの間違い電話、ピーターを尾行する過程、いつまでも話し中のヴァージニアの電話、クインはどこでこの事件を降りても、どこで運命の分かれ道を曲がってもおかしくなかった。けれどこの話のように一本の道をたどって最後まで行き着いてしまった。
クインの最後はまるでNYの街に溶けてしまったかのようです。

「結局、偶然以外何ひとつリアルなものはないのだ。」
「違った展開になっていた可能性はあるのか、それともその知らない人間の口から発せられた最初の一言ですべては決まったのか、それは問題ではない。」

オースターが「運命の偶然」と呼ぶものがすでにデビュー作であるこの小説にしっかりと描かれています。


「白い城」オルハン・パムク著(宮下遼訳)藤原書店

2010-01-27 | トルコ関連
「白い城」オルハン・パムク著(宮下遼訳)藤原書店を読みました。
17世紀、オスマン帝国で奴隷の身となったヴェネツィア人の「わたし」。
自分と酷似したトルコ人学者「師」に買い取られ、奇妙な共存関係を結ぶことになります。科学的知識を共有するのみならず、「自己とは何か」という西洋人の根源的な問いを通じて互いの全てを知り合うようになった二人の行方は。
ノーベル賞を受賞する20年以上前に書かれた、著者の出世作です。
内容について触れますので、未読の方はご注意ください。

題名の「白い城」(日本語だとダジャレみたいですが、トルコ語だともちろんそんな韻ではなく原題はbeyaz kale)はオスマン帝国がヨーロッパ側との戦争で攻めたドッピオ城のこと。この戦いで帝国側は敗走し、「わたし」と「師」は互いの素性を入れ替えることになります。

訳者あとがきではこの場面はふたりの結節点であるとともに、歴史の節目でもあると語られています。長年東欧諸国を軍事的に圧迫してきたオスマン帝国が戦争に大敗し、その後徐々に西欧との力関係が逆転していくできごとであると。
個人の物語に歴史的背景を連想させる、パムクの巧みな小説的技巧だと思います。

そして「わたし」と「師」は外見は相似していながら、資質は違うというのも印象的です。「わたし」は既知のものごとを増やして、生活に安心を求める。本人は幸せだと思いますが、師から言わせれば凡人の生き方。身分は約束されるがこれから斜陽を迎える帝国に残る。
「師」は未知のものごとを求めてひたすらに追求する。彼に安寧は訪れないでしょうが、常に世界のへさきに立っている様な非凡人の生き方。オスマン帝国では学べない技術や文化、思想を持つ欧州に向かう。

ふたりはお互いの過去を知りつくし、生活を入れ替える。
この物語は個人の生き方を描きながらも同時に、東と西がせめぎあう大きな物語でもあります。

つけたしですがこの本は共訳ということになっていますが、あとがきによると、数人のオスマン帝国の著名な研究者に翻訳を固辞され、宮下遼さんが翻訳を引き受けることになり、訳者のお父様である宮下志朗さん(トルコ語はできません)がこの小説の仏訳で翻訳チェックなさったそうです。訳自体に不満はないのですが、ノーベル賞作家なのに、あんまりな気が・・・。トルコは日本ではマイナーな国だから?


「お日さま お月さま お星さま」カート・ヴォネガット文(国書刊行会)

2010-01-25 | 児童書・ヤングアダルト
「お日さま お月さま お星さま」カート・ヴォネガット文アイヴァン・チャマイエフ絵(浅倉久志訳)国書刊行会を読みました。
2007年に逝去したカート・ヴォネガットがアメリカ・デザイン界の重鎮アイヴァン・チャマイエフと共作したクリスマス絵本の邦訳です。(原書刊行は1980年だそうです)
無神論者だったヴォネガットが造物主生誕の奇跡を独特の文章で描いています。
ちなみにヴォネガットが書いた最初で最後の絵本。

切り絵のようなぱきっとした色調のアーティスティックなイラスト。
先にチャマイエフが何の説明もなくイラストを描き、ヴォネガットがそれに物語をつけたそうです。
イラストはぱっと見は、太陽、月、星で、多分私がこのイラストを受け取ったら、もちろんみっつの天体をめぐる空のおとぎ話にすると思います。
でもヴォネガットが語る物語では、それぞれの形の意味するものが実はそうではありません。
これから読む方は、最初に文章の部分を手で隠して絵だけ見て、ヴォネガットがどんな物語を作ったのか予想してみるのも面白いかも。
変化球的で面白い絵本でした。

「絵本をつくりたい!」成美堂出版

2010-01-24 | エッセイ・実用書・その他
「絵本をつくりたい!」成美堂出版を読みました。
絵本をつくってみたいけど、どうすればいいの?
ストーリーの組み立て方や絵の描き方、製本の仕方まで、ポイントをわかりやすく解説した実用書。人気の絵本作家たちの画材選びや発想法、テクニックもまとめて紹介されています。

全編カラーでとても見やすい本です。荒井良二さん、山本容子さん、100%ORANGEさんなど執筆陣が豪華!
毎日夜の読み聞かせで、娘たちに何となく絵本を読んでいますが、絵本の文と絵のつくりを語りのリズム(拍)で説明した章にはなるほど納得でした。まぁ、それが分かったから魅力的な絵本が作れるかどうかはまた別の話ですが・・・。

現役の絵本作家の方々が一枚の絵を仕上げるまでの過程も面白かったです。
みなさんいろいろな画材をひとつの絵の中に使っているのに、まとまった感じが出せているのはさすがプロ。

クリエイターのてづくり絵本の章では、さまざまな変り種絵本を紹介。
渡辺リリコさんのマッチ箱絵本がかわいらしかったです。
本格的に絵本作家を志す方には物足りない内容だと思いますが、絵本をつくりたいというワクワク感を高めてくれ、絵本作りが初めての人にはとてもよい本だと思いました。

「いずれは死ぬ身」柴田元幸編訳(河出書房新社)

2010-01-22 | 柴田元幸
「いずれは死ぬ身」柴田元幸編訳(河出書房新社)を読みました。
死、喪失、別離、崩壊、人生で避けて通れないそれぞれの瞬間。
雑誌「エスクァイア」の連載と、他の雑誌に単発で掲載されていた翻訳短篇をまとめた17篇収録のアンソロジーです。

収録作品は以下の通り。
「ペーパー・ランタン」  スチュアート・ダイベック
「ジャンキーのクリスマス」ウィリアム・バロウズ
「青いケシ」       ジェーン・ガーダム
「冬のはじまる日」    ブリース・D’J・パンケーク
「スリ」      トム・ジョーンズ
「イモ掘りの日々」    ケン・スミス
「盗んだ子供」      クレア・ボイラン
「みんなの友だちグレーゴル・ブラウン」  
       シコーリャック
「いずれは死ぬ身」    トバイアス・ウルフ
「遠い過去」       ウィリアム・トレヴァー
「強盗に遭った」     エレン・カリー
「ブラックアウツ」    ポール・オースター
「同郷人会」       メルヴィン・ジュールズ・ビュキート
「Cheap novelties」ベン・カッチャー
「自転車スワッピング」  アルフ・マクロフラン
「準備、ほぼ完了」    リック・バス
「フリン家の未来」    アンドルー・ショーン・グリア

冒頭の「ペーパー・ランタン」は、研究所の火事という悲しいできごとを描きながらも、語り手の若い時の思い出が重ねあわされてとても美しい作品です。

表題作の「いずれは死ぬ身」はユーモラスな悲喜劇。

「イモ堀りの日々」大いなるパロディ精神。

「盗んだ子供」
スーパーで子供を盗んだ独身女性。可愛いと思っていた子供がこんなに手のかかるものだとは・・・。罪を犯してはいるのですが、彼女のそのバタバタぶりが笑える一篇。子供を盗ませてしまった母親の育児疲れにも、ちょっと共感・・・。

「ブラックアウツ」
オースターの「幽霊たち」の原型となった戯曲。興味深いです。

全編を通して柴田さんチョイスらしい、暗いだけではない、笑いのある作品が多く収録されています。うち二編がコミックなのも、ちょっと気分を変えて読めてよかったです。

「ポケットの中のレワニワ」伊井直行著(講談社)

2010-01-20 | 柴田元幸
「ポケットの中のレワニワ(上・下)」伊井直行著(講談社)を読みました。
レワニワっていう生き物知ってる?
こどものとき父親から聞いた不思議な生き物の話、レワニワ。
コールセンターの派遣社員の俺、アガタ。昔の同級生で現在は職場の上司のティアン、親会社の社員・徳永さん、コヒビト、偏頭痛持ちの三浦さん、SEXフレンドあみー。
俺をとりまくさまざまな人々の生きるかたちとレワニワを描いた物語です。
柴田元幸さんが雑誌モンキービジネスのサイトで「2009年の一番の小説」とすすめていたので読みました。内容について触れますのでご注意ください。

人の願い事を聞いて人間になり、ついには他の人を食らうようになる、トカゲのような生き物レワニワ。レワニワに(他者に)かなえてもらおうとする自分の欲望はふくらみつづけて、ついには他の人が食われても(食い物にしても)なんとも思わないようになる、という比喩のようです。
アガタと同じ姿をとったレワニワ。「幼生」を「妖精」と誤植したり、レワニワはアガタの分身そのものです。
アガタが殺したかったのは、レワニワ(自分のかなえられない欲望)だったのか、それとも過去も含めた自分自身(好きになれない現在の自分)のどちらだったのでしょうか。
アガタはレワニワを殺しきれず、ついに自分の願いを放棄します。

徳永さん(小説の登場人物の中で、私は彼が一番好きです。)の言葉も心に残ります。
「俺は願い事はしない。神様、仏様でも。まして、そのなんだか分かんないレワニワなんかには・・・。自分で何とかしたい」
「願い事、徳永さん、ありません?」
「自分でしたいと思うことについては、自力でやりとげたい」

「自分はこうありたいのになぜなれない?」という葛藤を、自分の頭で考え、自分の足で歩いていく。特別なヒーローではない、一介のサラリーマン。
でもレワニワに囚われる事はない徳永さん。

アガタは一大決心で貯金をはたいてベトナムに行き、ティアンに自ら別れを告げます。
でも結果的にはティアンの方から心をきめて帰国し、アガタの横を歩くようになりました。

アガタがティアンに語った科白。
「変わらないでいることは、すごく難しいよ。わたしたちが変わらなくても、世の中が悪くなることだってある。」
「そうなったら、なったで考える。何とかするよ」

「何とかなるよ」ではない、自分の足で歩き始めたアガタの変化を強く感じました。

「美しき天然」田中聡著(バジリコ)

2010-01-18 | 日本の作家
「美(うるわ)しき天然」田中聡著(バジリコ)を読みました。
皇太子時代の大正天皇をめぐる、史実に基づく物語。
皇太子時代に大正天皇は、日本国内のみならず、朝鮮半島にまで視察旅行に出かけていました。厳重にスケジュールが決まっているにも関わらず、一人で散歩にでたり、人々に話しかけたり、かなり開放的な面を持たれていたといいます。
そのような史実を下敷きにし、皇太子、お伴をしていた有栖川宮、新聞記者だった「電通」の創始者・権藤震二、同じく新聞記者の山路愛山、ときの政治家・山県有朋、小説家・江見水蔭、人類学者・坪井正五郎、そして日本の山を守っているという謎の民・スクナ族(このスクナ族だけは架空の登場人物)、その巫女であるサワ、スクナ族から離れ今は都会に住んでいる笙吉(しょうきち)など多くの登場人物が、皇太子と共に旅を続けます。
高崎、軽井沢、長野、新潟、柏崎、高田、桐生、水戸など、近代化に揺れる明治の日本を描いた歴史伝記小説です。

山に住むスクナ一族は「ウラうつし」などの独特の術を身につけ、治山治水をなりわいとしています。
彼らは近代化とともに荒れていく山河を守るために、皇太子の心に働きかけ、山のシラベを守ろうとします。しかし、スクナ一族自身も時代の変化からは逃れられない運命にありました。

大正天皇については諸説ありますが、この小説ではのびやかな感性をもった、きまじめな皇太子として描かれています。
しかし、近過去の天皇を作品として扱うということや、実在の人物に隠し子がいたという設定は、小説だけれど問題ないのかしら?と老婆心ながら作者に異議申し立てがいったりしないのかなとちょっと気になってしまいました。

実在の事件や人物も絡み合わせた面白い小説でした。
皇太子の言葉や長岡の方言、スクナの言葉などの描き分けも巧み。
でもスクナの思いに背き、その後の日本がたどった道を重ね合わせると、心が重くなります・・・。