Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「結婚しよう」ジョン・アップダイク著(岩元巌訳)新潮社

2008-11-30 | 外国の作家
「結婚しよう」ジョン・アップダイク著(岩元巌訳)新潮社を読みました。
お互いに家庭のあるジェリーとサリー。彼らは人目をしのんで愛しあうようになり、結婚しようと決意します。
ジェリーの妻ルース、サリーの夫リチャードとの確執や対立。子どもたちへの愛情と罪悪感。
アメリカ東海岸のロング・アイランド海峡に面した美しい町グリーン・ウッドを舞台に、二組の若い夫婦がくりひろげる物語です。

TVの「情熱大陸」でブックディレクターの幅充考(はばよしたか)さんが紹介されており、興味を持って読んでみました。
「結婚しよう」というよりは「離婚しよう」?
主にジェリーが離婚を持ち出してからの夫婦のやりとり、ルースの心の葛藤に物語のメインがあります。
「色気のない妻に嫌気がさし、美しい尻軽女に骨抜きになった男」
そんなステレオタイプな話ではありません。
四人がそれぞれ長所も欠点もある人間。

サリーは美しいだけでなく家庭的。ただ自分に自信がなく決断は他人まかせ。
ジェリーはサリーに恋をしてあまつさえ自分の妻にのろける始末。サリーの美しさに陶然となり、彼女を離したくないと焦る様子、独身の時なら恋のすばらしさで済むけど、お互いに家庭を持つ身ではどんどん深みにはまっていく恋の怖さ。
ルースは突然の夫からの離婚の切り出しに冷静に対処しようとしつつ、だんだん自制心を失っていきます。
リチャードは蚊帳の外に置かれていたけれど、いざ真相を知ってからは世慣れていて受容力がある感じです。

個人的には一番ルースに感情移入したかなー。
夫の不貞をなじり、怒り悲しむ気持ち。夫の会社の電話とサリーの自宅の電話がずっと話し中でいらだち、殴りこみに行きたい衝動。
一定期間サリーとは距離を置いて欲しいと話し合ったのに、平気で無視していた夫への失望。
でも「子どもの父親」をなくしたくない。夫婦としてやり直したい。
サリーの美しさにすら公平なルース、とても好ましい。
同じ女性として、同じ状況になったら私は彼女のようにたくましくいられるかなあ。

ジェリーがいない間に芝生を刈ろうと努力するルースや、いざ当事者四人で事を構えたときにトイレを借りそびれるジェリーなど、細部がリアルで臨場感があります。

惜しむらくはふたりの心や思い出の会話の部分、原文ではイタリック表記なのかなと思いますが、訳文ではそこがカタカナ表記で読みづらいこと。書体を変える程度でいいと思うんですけどね。
95年に永倉万治さんの訳でも出版されているようですが、そちらではどう扱っているのかな?


「まいにち植物」藤田雅矢著(WAVE出版)

2008-11-28 | エッセイ・実用書・その他
「まいにち植物 ひみつの植物愛好家の一年」藤田雅矢著(WAVE出版)を読みました。
植物カタログを眺めて、タネや植物をお取り寄せ。
タネをまき、花を咲かせ、実を食し、植物園へ出かけ、数百円で小鉢を買い込み、植物まわりの変な雑貨も買い集め、落ち葉を拾い、品種改良して世界に一つだけの花を咲かせる。
愛しくかわいくおもしろい。風変わりな植物と暮らす日々を季節ごとに語ったエッセイです。ページの端にはかわいらしいパラパラマンガ付。

「こんなかわいい綿毛が!」「ふうせんかずらの中の種がハートみたいでかわいい」「赤いパンパを期待していたのに色が薄くてがっかり」など植物とともに暮らす日々の喜怒哀楽が生き生きと語られています。
リカちゃんのパンジー、ミラクルフルーツの不思議な味覚体験など著者の植物への好奇心がいっぱいで、読んでいてこちらまで楽しくなる一冊です。


「博物館の裏庭で」ケイト・アトキンソン著(小野寺健訳)新潮社

2008-11-23 | 外国の作家
「博物館の裏庭で」ケイト・アトキンソン著(小野寺健訳)新潮社を読みました。
曾祖母アリスの冒険、祖母ネルの恋、母バンティの夢。そして受胎したときから語り始めた私ルビー。二度の世界大戦をはさみ、女四世代にわたる家族の歴史。
この作品は処女作にしてイギリスではブッカー賞に並ぶという権威あるウィットブレッド賞を受賞しました。

基本的な語りはペットショップを営み、その二階に住むバンティとジョージの夫婦とその子どもたちパトリシア・ジリアン・ルビーの姉妹の話です。
そこに彼らの祖母たち、曾祖母たちの話が本編・あるいは注釈(と呼べないほど一章分の長さがあります)という形で挿入されます。
時間が行きつもどりつするので、ちょっと読みづらいです。
「あれ?この人さっき死んだのに、また登場?」と頭が混乱します。
そういう意味では親戚たちが集まって時間を飛び越えて思い出話や人間の消息、物の由来などの話をぽんぽん飛び交わせている感じに近いかも。
訳者あとがきには「彼女はいわゆる前衛小説の読みにくさとは無縁」と書いてありますが、確かに文章の意味がわからないということはありませんが、物語自体はそんなに読みやすくはないです。

そしてこの物語では二度の世界大戦、そして不慮の事故で人がたくさん死にます。
そのほかにも母の不倫、長姉の未婚での妊娠などショッキングな話がたくさんあります。
でもすべてそれらが非ドラマチックに、普段の生活と均等に描かれている印象を受けます。そしてルビーの語り口がクール。
「ジリアン(姉)が死んだのはバンティ(母)がクリスマスにでかけようとしたからだ」とか、ジリアンの墓に行っても大好きなドレスのことばかり考えていたり、それともこれは「クール」というよりはイギリス流ブラックジョークなのでしょうか?
イギリスの人はこういう描写で笑うのかな?だとしたら懐が深すぎる・・・。

この作品では「失われた時を求めて」や「レベッカ」などちょこちょこと本や文学の登場人物についての文章が登場します。その部分を楽しむのも本好きのお楽しみ要素。




「中原の虹(第一巻)」浅田次郎著(講談社)

2008-11-22 | 日本の作家
「中原の虹(第一巻)」浅田次郎著(講談社)を読みました。
「汝、満州の覇者となれ」と予言を受けた貧しき青年、張作霖(チャンヅオリン)。
彼はのちに若くして満州馬賊の長となります。隠された王者の証「龍玉」のゆくえ、栄華を誇った王朝に迫る落日、雄大な中国を舞台にした歴史小説。
「蒼穹の昴」に連なる物語だそうです。

「蒼穹の昴」は未読なのですが、十分楽しめました。
張作霖ってなにした人だったっけ?と歴史の授業の記憶があいまいなおかげで先が読めず面白いです。
東三省(のちの満州)の総督・徐世昌(シュシイチャン)に向かって弾丸を並べて仕事の報酬を交渉する場面、かっこいい。
そして荒くれ男の馬賊たちにも掟と仁義があり、哀しい過去がある。
馬占山が妻賛賛とのなれそめから別れ、さらに再会する場面・・・本当に涙なしには語れません。
後半では春雷の弟春雲も登場。宦官として西太后の大総管太監を務めているのですが、このふたりがこれからどのように再会するのか?ハッピーな再会ではなさそうな予感がしますが。
隠遁した清皇帝に龍玉を探すことを託された袁世凱はどう動くのか。
そして第二次世界大戦の気配が近づく・・・。
気になることがいっぱいのまま第二巻につづきます。



「ひみつの植物」藤田雅矢著(WAVE出版)

2008-11-18 | エッセイ・実用書・その他
「ひみつの植物」藤田雅矢著(WAVE出版)を読みました。
ピンクのたんぽぽ、食虫植物、杖になるキャベツ、脱皮する植物。
真っ赤なヒマワリ、オレンジ色のカリフラワー、透き通った葉をもつ植物。
農学博士でファンタジーノベル作家でもある著者が、自身が育てた経験もあわせて「珍品」植物の数々を紹介しています。

園芸未経験者でも楽しめるワクワクする変わった植物たちが目白押し。
美しい写真と楽しいコラム、挿絵も可愛いです。
花が好きな母にこの本、プレゼントしようかな~。



「ハリーポッターと死の秘宝」J・K・ローリング著(松岡佑子訳)静山社

2008-11-14 | 児童書・ヤングアダルト
「ハリーポッターと死の秘宝」J・K・ローリング著(松岡佑子訳)静山社を読みました。とうとう終わってしまったハリポタ。ネタバレあります。

今回は冒頭のハリーがダーズリー家を出る場面から息をのむ展開の連続!
魔法省への潜入、ゴドリックの谷。捕らえられたマルフォイ家。グリンゴッツ破り。そしてホグワーツでの最後の闘い。
だいたい最終巻というと「ふろしきを広げすぎて無理して終わらせたな」というシリーズものが多い中、ハリポタは最後までこんなに面白くていいの?というくらい満足感たっぷりの巻でした。

ヴォルデモートとの最後の対決でキーとなるのが「杖」。
杖の魔法って本当に不思議です。杖が魔法使いを選び、お互いに経験を重ねて成長していく。
でも楽器などにたとえたらなんとなくわかるかな?
最初は人が楽器を選んだようでも、そのうちにその楽器が人を変えると聞いたことがあります。「モノ」だからといって人がなんでも主導権を握って自由に使いこなせるわけではないんですよね。

そして今回は屋敷しもべ妖精に涙涙。
ロケットを手に入れたくだりを語るクリーチャーはとても可哀想でした。
そしてなによりドビーの献身。ドビーのなきがらをほうむるハリー。
こんなに哀しくつらい想いを重ねながら、最後までヴォルデモートとの対決を投げ出さなかったハリー、ほんとうにすごい。

それから一番心に残ったのがスネイプ先生の生涯。
自身のそれた呪文がジョージの耳にあたった時、同僚のバーベッジ教授を見殺しにせざるを得なかった時、ホグワーツでカロー兄弟が生徒たちをなぶりものにしているのを黙認しなければならなかった時、本当にどんなにつらい気持ちだったんだろうと思います。
松岡さんの訳者あとがきにあるように、「愛されなかったのに愛しつづけた男」。
永遠の恋。
幼いときからリリーに恋していたというのは驚きでした。
それなのに自分の密告により彼女を死なせることになったスネイプ先生。
可哀想すぎる。せつなすぎる・・・。
死の直前に書いたリリーの手紙をシリウスの家で見つけ、涙を流したスネイプ先生の姿、胸に迫りました。
スネイプ先生の守護霊はリリーと同じ牝鹿。
スネイプ先生は美しいリリーの記憶をよびさまして守護霊の呪文をとなえていたのかなあ。守護霊って不思議です。

スネイプ先生は生前周囲に誤解されつづけて逝ってしまったけれど、校長室に肖像画として残っているのなら、すべてが解決した後で、その絵とハリーが話ができていたらいいなと思います。
ハリーがいくら感謝の言葉を述べても、スネイプ先生は照れて「ふん!」とかいいそうですけど。

12月に出版予定の「吟遊詩人ビードルの物語」も楽しみです。

「海を見たことがなかった少年」ル・クレジオ著(豊崎光一/佐藤領時訳)集英社

2008-11-13 | 外国の作家
「海を見たことがなかった少年」ル・クレジオ著(豊崎光一/佐藤領時訳)集英社を読みました。
子供たちが主人公の8篇の短篇集です。今年のノーベル賞を受賞しました。

今までの作品より読みやすいらしい(ほかの作品を読んだことがないのでわかりませんが)のですが、それでも文章が濃密。そしてとても美しい。
映像にはできない文章の力ってこういうことかなあと思わされます。
私が好きだったのは冒頭の「モンド」、身寄りがなくどこででも寝て食べる無垢な少年。
それから学校に行くのをやめた少女が主人公の「リュラビー」。

たとえば「モンド」でベトナム人の夫人が住む黄金の光の家の描写。

「棕櫚(しゅろ)の木のまわりには、藪(やぶ)が濃く暗くしげっていて、そのあいだを菫(すみれ)色の大きな茨が、蛇のように地面をはっていた。
とりわけきれいなのは、その家を包んでいる光だった。午後の終わりの日光は、とてもやわらかで落ち着いた色、秋の葉か砂のように暖かく、人を浸し、人を酔わせる色をしていた。砂利道をゆっくり前に進む間、モンドは顔を愛撫するその光を感じた。彼は眠りたい気がし、ほとんど呼吸もしていなかった。」

月桂樹の香り、鴎のような凧、自分の名前の中の月、空に映る町の明かり。花々を飛び交う雀蜂、航空便箋。
どの作品にも、氷砂糖をなめるようにゆっくりと味わいたい、美しい情景がつむがれています。



「13ヶ月と13週と13日と満月の夜」アレックス・シアラー著(金原瑞人訳)求龍社

2008-11-12 | 児童書・ヤングアダルト
「13ヶ月と13週と13日と満月の夜」アレックス・シアラー著(金原瑞人訳)求龍社を読みました。
おしゃべりで勇敢な12歳の少女、赤毛でそばかすだらけのカーリー。
彼女の学校にきた美しい転校生の名はメレディス。彼女には誰にもいえない秘密があったのでした。

ごく普通の生活に入り込んできた魔女の話。この魔女が本当に嫌な性格でいやらしく描かれているので、負けるなカーリー!とがぜん応援してしまいます。
物語の中では足腰の痛み、入れ歯、老眼など「入れ物としての人間」がくたびれてきてしまったことがとてもリアルに書かれています。おばあちゃんは大変なんだ。
でも老いた人の中にもくたびれない少女が(あるいは少年が)住んでいるという意見には同感。
ちょっと「ハウルの城」のゾフィーのことも思い出しました。


「水のしろたえ」末吉暁子著(理論社)

2008-11-10 | 児童書・ヤングアダルト
「水のしろたえ」末吉暁子著(理論社)を読みました。
亡くなった母・玉藻(たまも)が残した「水のしろたえ」とは?
真実を知る父・伊加富(いかとみ)はエミシ討伐に旅立ってしまいました。
水の屋敷が燃え、真玉(またも)の運命は大きく動き出します。
父のゆくえは?母のふるさとは?
真玉はみずからのルーツを探し求めます。
「羽衣伝説」を下じきにした平安朝を舞台にした物語です。

実在した坂上田村麻呂や、藤原薬子が登場しますが基本はファンタジー。
「水底の国」とは竜宮城でしょうか?きっと美しいところなのでしょうね。
身分を隠した真玉が親王に出会う場所を「寺」と設定したところは面白いなあと思いました。高丘親王のように皇族でありながら仏門に入り、唐までわたった人がいたことは初めて知りました。(いや、記憶にないだけで日本史でやったのかな?

「チョコレート・アンダーグラウンド」アレックス・シアラー著(金原瑞人訳)求龍堂

2008-11-06 | 児童書・ヤングアダルト
「チョコレート・アンダーグラウンド」アレックス・シアラー著(金原瑞人訳)求龍堂を読みました。
舞台はとある国。選挙で勝利をおさめた健全健康党は、なんと「チョコレート禁止法」を発令しました。チョコレートにかかわらず、国じゅうから砂糖やお菓子、甘いものが処分されていきます。
そんなおかしな法律に戦いを挑むことにしたハントリーとスマッジャー。
彼らはチョコレートを密造し、地下チョコバーを始めます。
マンガ化され、来年1月にはアニメ映画が劇場公開予定だそうです。

「善きこと」の価値観を国民に押し付ける与党。
その法律に地下組織で対抗する主人公たち。
ときにその試みはくじかれながらも最後は明るい方向へ。

独裁国家への風刺を全面に出した作品なのですが、単純に冒険劇として楽しめました。
「ささやかな楽しみ」って一番犠牲にされやすい。でもささやかではあっても、それが毎日延々と続く日々をのりこえていくガス抜きにもなっているんですよね。
「(おいしいものを食べる)楽しみもまた健康的なものではありませんか?」ブレイズさんの演説にはちょっとホロリ。
圧政や反乱よりもこわいのは大多数のアパシー(無気力・怠慢)なのかなあとも感じました。

あと最後捜査官はチョコレートで更正、人間が丸くなるのですが、あれほど権力の味を楽しんでいた彼がそんなに単純に変わるのかなあ。でもお菓子の話だからこんな甘口のラストもありなのかな?

最近日本でも「職場にメタボ対策を」などといわれていますが、あれもこの健全健康党と同じ発想を感じます。一般的に「痩せていたほうがいい」というのと、上から「でぶ禁止」といわれるのとではまったく違います。
人間には悪いものをじゃんじゃん食べて早死にする権利だってあるのだ!