Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「とーきょーいしいあるき」いしいしんじ著(東京書籍)

2006-09-30 | 児童書・ヤングアダルト
「とーきょーいしいあるき」いしいしんじ著(東京書籍)を読みました。
新宿でダッチワイフを助け、巣鴨でもんすら様に遭遇。原宿で宇宙人の打ち明け話に耳を傾ける…。“とーきょー”のあちこちでウソとホントが入り乱れる短編小説集です。(題名は「いしい」とありますが、エッセイではありません。)
酔っ払って座り込んだ若者を「生ゴミ」扱いして収集する下北沢、不思議な仮想世界に入りこむ谷中、空想のような妄想のような悪夢のような・・・むちゃくちゃだったりしんみりしたりふきだしたり、とにかくいしいさんのあらゆるエッセンスがつまったような短編集。長編小説とはかなり色合いが違います。


「調律師の恋」ダニエル・メイスン著(小川高義訳)角川書店

2006-09-25 | 児童書・ヤングアダルト
「調律師の恋」ダニエル・メイスン著(小川高義訳)角川書店を読みました。
物語は19世紀、舞台はロンドンから始まります。
主人公はイギリス人ピアノ調律師、エドガー・ドレーク。
ある日彼はイギリス陸軍から奇妙な依頼を受けます。
それは戦火の絶えないビルマ奥地に旅立ち、軍医アントニー・キャロルが持つエラールの調律をしてほしいという内容でした。エラールとは、ハイドンやベートーヴェンも弾いていた伝説のピアノです。
当時のビルマはイギリスが植民地戦争を仕掛けていた真っ只中。
なぜ戦時下のビルマに伝説のピアノが運ばれたのか。疑問と不安を抱きながら彼は最愛の妻を残しビルマへと旅立ちます。
やがて出会うさまざまな出来事。
ひとつ話の男、トラ狩り、美しい女性キンミョー、キャロル医師との邂逅、メールィンでの生活・・・それらのすべてが、エドガーを逃れられない運命へと引きずり込んでいきます。

読み終えてしばし「ほー・・・」となってしまいました。とてもとても面白かったです。だんだん残りページが減っていくのがさびしかった。
著者のダニエル・メイスンはこの大作をわずか26歳で書き上げ、しかも本作が処女作というから驚きです。著者がハーバード大学の医学生のときに1年間滞在したというビルマの体験が下敷きになっているそうです。
未開のビルマ人にイギリスの文化を教えてやろうとする軍部の傲慢さへの違和感。
ビルマの音楽や風俗への驚きと喜び。
超人キャロル医師への得体の知れなさと尊敬。
花が咲き子供たちが遊ぶメールィンでの穏やかな生活。
エドガーの心のひとつひとつが鮮やかで一気に読んでしまいました。
ストーリーも面白いのですが、心にくっきりと残る絵画のような場面も数多くあります。雨の中エラールを運ぶ場面、エドガーが弾くバッハ、キンミョーとのひそやかな連弾。
キャロル医師の正体はなんだったのか、エドガーの心の行方は・・・。
読み終えていくつもの解釈ができる重層さにも敬服。



「コイノカオリ」角田光代ほか(角川書店)

2006-09-15 | 児童書・ヤングアダルト
「コイノカオリ」角田光代ほか(角川書店)を読みました。
6人の女性作家による「コイノカオリ」にまつわる短編集。

収録作品は以下のとおり。
角田光代「水曜日の恋人」
島本理生「最後の教室」
栗田有起「泣きっつらにハニー」
生田紗代「海の中には夜」
宮下奈都「日をつなぐ」
井上荒野「犬と椎茸」

作品の主人公は中学生、高校生と作品を追うごとに順々に年齢があがっていくように並べられています。
シャンプーやレモンの香り、蜂蜜にタバコの香り。
こう列挙するといかにもあまずっぱい「恋の話」のようですが、そんな甘い話はひとつもありませんでした・・・。
不倫の恋、謎の女性、かなわぬ恋、居心地の悪い恋・・・
恋とは楽しくうれしいだけでなく、自分も他人もどうしようもなく振り回してしまう存在なのだなあと感じました。

私が一番すごい!と思ったのは宮下奈都(なつ)さん(1967年生まれ福井出身)。
2004年に文学界新人賞佳作に入選した新人の方だそうです。
新人でこの筆力?びっくり、そして脱帽。
シュウちゃんとの出会い、恋の物語から赤ん坊が生まれてからのとまどい、あせりと涙。
あーそうそう、新生児から半年くらいまでの赤ちゃんってこうなんだよね。
そして赤ちゃんがいる生活ってハンパじゃなくきついし自分がこわれてくんだよね・・・。
と実感しいしい読んだのでものすごーくしみました。
ぜひ赤ちゃんを育ててへたれてるママさんに読んでほしいなあと思った作品。



雑誌「文藝 2006年8月号」特集いしいしんじ(河出書房新社)

2006-09-15 | 児童書・ヤングアダルト
雑誌「文藝 2006年8月号」特集いしいしんじ(河出書房新社)を読みました。
特集は4枚の地図が案内する“いしいしんじ”の遊び方。
いしいしんじさんが書いた「自身の病歴」「作品間の分岐図」「場所とできごと年譜」「外国渡航歴」の4つの地図を下敷きに、いしいさんの4歳の時(!)の処女作「たいふう」(作品「ぶらんこのり」に収録)から最新作「みずうみ」(2006年冬刊行予定)まで、いしいさんのインタヴューが語られます。
ほかに川内倫子さん・長薗安浩さん・堀江敏幸さんそれぞれとの対談
特別掲載のキューバ日記
また、ところどころに角田光代さんやしりあがり寿さん、栗田有起さんなどのエッセイが挿入されています。
キューバの旅行記が楽しい。
文書の合間合間に入るスペイン語「ポキート(少し)」とか「あっちがカテドラル、あっちが新宿末広亭」とか、とてもユーモラスで自由な文章です。
奥さんの園子さんを喜ばせることがとても大事、と語るいしいさん、素敵。
リクルート社でサラリーマンをしていた時代に髪を派手な色にして短パンで通勤していた(あまり通勤していなかった)という話にびっくり。
いしいさんの文章は一見すると「かわいい」という感じだし、外見も「やさしそう」という感じだし、でもその中にはファンキーないしいさんがいるのだ。
それからいしいさんの数多い病歴にはびっくり。
インタビューの中の「アトピーはアレルギーとかじゃなくて、僕自身なんだと気づきました」という言葉に考えさせられました。
私自身アトピーがあるのですが、アトピーは「根治すべき病気」じゃなくて、「体質・自分そのもの」と考えると、自分の性格や考え方の一部みたいなものなのかなと・・・。そう考えるとアトピーを恨んだり、アトピーじゃない人を必要以上にうらやんだりということもなくなるかなと思いました。(まあそんなに簡単にはいきませんが・・・。)


「とるこ日記」(定金伸治・乙一・松原真琴著)集英社

2006-09-15 | トルコ関連
「とるこ日記 -ダメ人間作家トリオの脱力旅行記」(定金伸治・乙一・松原真琴著)集英社を読みました。
自称「半ひきこもり」の若手作家3人のトルコ旅行記。WEB連載していたものを単行本化したもので、イスタンブール、カッパドキア、ハットシャシュ、パムッカレ、エフェスをめぐります。
現地の人との心あたたまる交流(ほぼ)ナシ、人生観が変わる経験(ほぼ)ナシ、異文化と接し日本を考えさせられる経験(ほぼ)ナシ。
夕日や自然の美しさに感動しちゃうことちょっとアリ。
どこに行ってもくだらない会話のダラダラっぷり。
でもその「会話」自体がとても面白くて笑いながら読んでしまった一冊。
ぼられたりすられたりというトラブルに見舞われた旅行にもかかわらず、ちまたの力の入った旅行記とは一線を画す脱力旅行記。
定金さんが主文を書き、ふたりがつっこむという形式の日記で、この本を作るうえでの座談会や乙一さんの短編が同時収録されています。
実はこの3人の著書は読んだことがないのですが、この脱力っぷりと著作はだいぶイメージが違うみたいですね。面白い。
乙一さんは「悪い方なんていない・・・」「ミスター濡れたシャツ」「助かった。うっかり定金さんに話しかけられるとこだった」「タモリさんおなかこわしてないかな」などかわいいコメントがいっぱいで特に楽しかったです。

「シュナの旅」宮崎駿著(徳間書店)

2006-09-11 | 児童書・ヤングアダルト
「シュナの旅」宮崎駿著(徳間書店)を読みました。
宮崎駿さんが描き下ろしたオールカラーの絵物語です。
1982年「アニメージュ」にて『風の谷のナウシカ』の連載を開始したのとほぼ同時期に描かれた作品とのことで、ナウシカやその後のもののけ姫をも思わせる絵柄とストーリーです。水彩画がとても美しい一冊。

主人公は作物の育たない貧しい国の王子シュナ。
彼は、大地に豊饒をもたらすという「金色の種」を求めて、西へと旅に出ます。
旅の途中、シュナは人間を売り買いする町で商品として売られている姉妹と出会う。彼女たちを助けた後、ひとりでたどり着いた「神人の土地」。
そこでシュナは金色の種を見つけるのですが…。

チベットの民話「犬になった王子」に感銘を受けた宮崎駿さんが「地味な企画」ということでアニメ化を断念し「自分なりの映像化」を行ったものだそうです。
現在公開中の宮崎吾郎さん監督「ゲド戦記」はこの「シュナの旅」のキャラクターを参考にしているそうです。

月が生まれ、死ぬ土地。忘れられた神の姿。
原始の世界のような、人がいなくなった未来の世界のような、不思議な神人の土地がとても魅力的です。
その後のジブリ作品のさまざまな要素が詰まっている本だと思いました。


「スコープ少年の不思議な旅」作品:桑原弘明 文:巖谷国士(パロル舎)

2006-09-11 | 児童書・ヤングアダルト
「スコープ少年の不思議な旅」作品:桑原弘明 文:巖谷国士(パロル舎)を読みました。
極小のスコープオブジェを制作するのはアーティスト桑原弘明さん。桑原さんのさまざまなスコープ作品が収録され、巌谷国士さんの文章で綴られる、スコープをめぐる幻想旅行譚です。
光を当てる角度によって装いを変える部屋、庭。
巻末に写真がありますが、スコープ自体もとても小さく、中のオブジェにいたっては爪にのるくらいの大きさです。
それなのに、スコープをのぞくとそこには奥深い物語が待ち受けています。
扉をあけると青い滝が見える光景なんて、いつか見た夢のよう。
実際にスコープの実物を見てみたいです。


「人生を歩け!」町田康・いしいしんじ著(毎日新聞社)

2006-09-11 | 児童書・ヤングアダルト
「人生を歩け!」町田康・いしいしんじ著(毎日新聞社)を読みました。
町田康さんといしいしんじさん。ともに住吉出身のふたりが、上京後暮らした街を歩き、語る三日間にわたる対談集です。
パンクを呼びよせる街・成増。
メルヘンの光と影、武蔵関・上石神井。
珍犬出現に湧く浅草。
魚介の豊富な三崎。

町田さんの成増の攻撃っぷりが笑えます。「まわりのことを何も考えないでつくるとこんな町になる」とか、本人も以前住んでいたとしても、成増の住人は怒るのでは・・・。
現在いしいさんが住んでいる神奈川県三崎ではスナック・モチクのご主人のお話がとても印象的でした。三崎の一番栄えた時期が目に見えるようで、小説のような実話でした。
創作以外のいしいさんの本人のお話は初めて読みました。
着ぐるみきてうろつくとか、なんかいろいろ変わったことをしてきているのだなあとびっくり。

「出雲 -神々のふるさと」月刊太陽ムック(平凡社)

2006-09-05 | 児童書・ヤングアダルト
「出雲 -神々のふるさと」雑誌月刊太陽 ムック(平凡社)を読みました。
出雲は、大気そのものの中に神々しい何かが感じられる土地。
近年発掘が相次ぐ古代文化の遺跡を道しるべに、八雲立つ出雲の国を訪れた記録。出雲を知る・楽しむための情報も満載。
日本神話だけでなく、出雲阿国の話、たたら(製鉄)業の話、発掘の話などさまざまな角度から出雲が語られています。鉄道の紹介もあり旅行にも役立つ一冊。

一番面白かったのが各社の神事の紹介。
船の祭り、釜の祭り、海の祭り・・・小さな社まで網羅してあり、各社の由来やご利益がよくわかって面白かったです。
伊勢神宮が「昼」を祀るのに対して出雲の国は「夜」や「死・黄泉の国」を祀るという説明が興味深かったです。死は暗く怖く避けたいというイメージだけではなくて、敬虔に受け入れるべきものでもあるのだなあと感じました。

「アフターダーク」村上春樹著(講談社)

2006-09-02 | 村上春樹
「アフターダーク」村上春樹著(講談社)を再読しました。
真夜中から空が白むまでのあいだ、深夜のファミレスですごすマリ、トロンボーンを趣味にしている青年、ラブホテルで暴行される中国の少女、深夜に働くサラリーマン、家で眠り続けるエリなど、さまざまな人々が少しずつかかわりそれぞれの「闇」を抱いている様子を描いています。
空から見下ろすカメラのような(私たち読者のような?)目線が語り部。
ローファットミルクや深夜のテレビ番組など、小道具から小道具へ舞台が移り変わる様子は映画を見ているようで、視覚的要素の強い作品だと思います。
作中でテツヤがエリのことを「彼女の言葉はこちらに届かない、僕の言葉も彼女に届かない」と語っています。
その言葉はこの作品の中ではサラリーマン白川が強く体現していると思いました。
彼には自分の仕事、自分の外見の維持、性欲の処理、総じて「自分がやりたいこと物語」しか頭になく、自分の家族も買った娼婦も、彼の心には何も届いていないのかなあ・・・と。
中国人組織の男性より、見た目が普通のよき夫・社会人なだけに白川の抱く闇の方がより恐ろしく感じました。
誰もが心に抱いている闇、その闇を深くしないためにはどうすればいいのか?
コオロギの語る「記憶は燃料」という言葉がヒントになりそうな感じはするのですが・・・。