Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「図書館戦争」有川浩著(メディアワークス)

2007-09-29 | 日本の作家
「図書館戦争」有川浩著(メディアワークス)を読みました。
公序良俗を乱し人権を侵害する表現を取り締まる法律として『メディア良化法』が成立・施行された現代。超法規的検閲に対抗するため、図書館は武装化し、「本狩り」に対抗します。
主人公は長身・俊足が自慢の熱血少女・笠原郁(いく)。
その上官・堂上(どうじょう)篤。堂上の同僚の小牧幹久。
郁と同じ新人隊員ながら超エリートの手塚光。郁と同部屋で情報通の柴崎麻子。
堂上・小牧の上官・玄田竜介。雑誌記者の折口マキ。
さまざまな人がくりひろげるエンターテイメント作品です。

検閲に対抗するため自衛隊なみの武力を図書館が備えた、という設定がまず面白いです。現実に私の近所にある図書館はあんなに古びて静かで、図書館員ものーんびりしている場所なのにねぇ・・・。
検閲があるため出版社が自主規制するようになった、とか本が再販できない事態に備えて本の高価格化につながった、とか設定は結構リアルです。
設定はシリアスだけれど人間模様がコメディタッチで面白いので、ライトノベル感覚でぐんぐん読めます。
大女・郁が高校の時に出会った図書館員を「王子様」のようにあこがれて彼を目指す姿がいじらしくかわいい。
このシリーズはこの後「図書館内乱」「図書館危機」と続きます。

「マグヌス」シルヴィー・ジェルマン著(辻由美訳)みすず書房

2007-09-27 | 外国の作家
「マグヌス」シルヴィー・ジェルマン著(辻由美訳)みすず書房を読みました。
マグヌスは、ぬいぐるみのクマの名前。五歳で記憶喪失におちいった男の子は、このクマを肌身離さず持っていました。ナチス党員の父親は敗戦後も逃げのび、単身メキシコへ逃亡し、自殺を遂げます。そして生活に疲れた母もまた…。
しかし、大人の都合で何度か名前を変えさせられた男の子の過去は、嘘とつくり話で塗り固められたものでした。そこから彼の長い旅がはじまります。舞台はドイツからイギリス、さらにメキシコ、アメリカへと移ります。
驚異的な記憶力をもち、数ヶ国語をあやつる彼ですが、自分はいったい誰で、どこからきたのかもわからず、本当の名前を知りません。マグヌスだけが唯一の過去の証し。読む者の予想を裏切りながら、ドラマチックに物語は進んでいきます。
フランスの高校生が選ぶゴンクール賞を2005年に受けた作品です。
くまのぬいぐるみがつけているスカーフの文字の色がそのまま題名の色になっているなど、装丁も凝っています。

重厚で美文。展開はとても速いのですが、(章立てではなく、記憶のように「断片」という表現を選び、話は進んでいきます)文章が濃密なためあくせくした印象はありませんでした。
ペギーとレストランで過ごす夜の話には本当にびっくり・・運命、なんでしょうか・・・。
ナチス党員だった父、それに賛同していた母。その父母の罪を背負う重圧と、敬慕の念との矛盾。「戦犯を愛することは罪なのだろうか?」というテーマは、ベルンハルト・シュリンクの「朗読者」も連想させました。
傷を抱え過去を模索しながら生きていく、名前を持たない主人公の姿は哲学的ですらあります。



「本朝奇談 天狗童子」佐藤さとる著(あかね書房)

2007-09-26 | 児童書・ヤングアダルト
「本朝奇談(にほんふしぎばなし)天狗童子」佐藤さとる著(あかね書房)を読みました。
否含山(いなふくみやま)の山番として暮らす老人・与平は笛の名手。ある夜不思議な感覚に導かれ笛を吹いていた彼。吹き終えた彼を呼ぶ声がします。
月の光の中にいたのは、カラスに似たもの。でもただのカラスではありませんでした。相模大山のカラス天狗・九郎丸が、戦国時代の夜空を翔る壮大な物語。着想から30年近くをかけて完成した長編ファンタジーです。

始めは英語の「crow(カラス)」から九郎丸という名前を思いついたのかなーと思ったのですが、あれよあれよという間に実在の人物・地名が頻出する戦国時代に入っていきびっくり。
私は実家が湘南なので、鎌倉の寺の並びや逗子の小坪といった地名にはとてもなじみがあって、それだけでも読んでいてとても楽しかったです。
鎌倉の建長寺はこの作品には出てきませんが、頭の中で建長寺にあるカラス天狗の像を思い浮かべながら作品を読みました。
天狗の大屋敷の五層のつくり、内部の様子はとても面白い。
天狗にも武家社会のように階層があるという細かい設定も興味深かったです。
九郎丸が大人になってから~茶阿弥との恋の行方は最後さらりと語られますが、この部分ももっと読んでみたいなあ。

「ガンジス川でバタフライ」たかのてるこ著(幻冬社)

2007-09-25 | エッセイ・実用書・その他
「ガンジス川でバタフライ」たかのてるこ著(幻冬社)を読みました。
著者が大学時代に初めて行った海外は女性一人旅!
初めての海外(香港&シンガポール篇)と、二度目の海外旅行(インド篇)の旅行記です。
たまたま聞いたラジオにたかのさんが出演されていて、その大阪弁の語り口があまりにも面白く、この本にも興味が出て読んでみました。
小心者なのに、なぜに初めての海外でいきなり予定も立てない一人旅を?という唐突さも面白いし、インド篇も現地ガイドに説教する話や、人々の生活に根強く残るカースト制度の話など、たかのさん自身が経験し感じたことを文章にしているので、旅が身近に感じられて面白いです。
このエッセイは来週長澤まさみ(!)さん主演でドラマ放送されるそう。

「世界の果てのビートルズ」ミカエル・ニエミ著(岩本正恵訳)新潮社

2007-09-25 | いしいしんじ
「世界の果てのビートルズ」ミカエル・ニエミ著(岩本正恵訳)新潮クレスト・ブックスを読みました。
凍てつく川、薄明りの森。スウェーデンの北極圏、笑えるほど最果てのパヤラ村で育ったぼく・マッティと、親友のニイラ。
きこりの父たち、殴りあう兄たち。そして姉さんのプレーヤーで聞いた衝撃のビートルズ。スウェーデンでは12人に1人が読んだというベストセラーになった小説。カバーにいしいしんじさんの短いコメントが寄せられています。

スウェーデンの超田舎町の情景が目に見えてくるような小説。
リアリズム小説かと思いきや、突然ボイラーに閉じ込められたまま巨人になったり、3年前に亡くなった祖母を退治する場面になったり、なんの注釈もなく空想的な世界に飛んでしまう文章も面白いです。
町には楽器店もなく、最新ポップ・チャートを聞くには高い木に銅線をはってラジオを受信しなければならない町。そんな中で聞いたビートルズの一枚のレコードがどんなに少年たちに興奮と憧れをもたらしたかがよくわかります。
結婚式でのホラ話とサウナ対決、ねずみを退治する夏のアルバイト(最後が辛い!)、下水処理場でのどぶろく合戦、すべてが生き生きとして面白い。
最後の冬の闇の場面は静かでとても心象的です。



「碁を打つ女」シャン・サ著(平岡敦訳)早川書房

2007-09-21 | 外国の作家
「碁を打つ女」シャン・サ著(平岡敦訳)早川書房を読みました。
フランスの高校生が選ぶゴンクール賞を受賞した作品。
時は1937年、満州。
寒さ厳しい広場で男たちが碁に興じる中に、一人だけ若い娘がいました。彼女が学校や両親、息のつまるような日常から逃れられるのは、碁を打っている時だけ。
ある日、抗日連軍の暴動に巻きこまれた娘は、青年二人に助けられ、次第に親密に関係を結んでいきます。
この乗にやってきたある日本人士官は、昼は抗日分子の追跡、夜は女遊びの毎日を送っています。彼は北京語ができることから、抗日分子が紛れこんでいると思われる広場へ、地元の人間になりすまして乗りこみ、その娘と碁を打つようになりました。
連日、互いの名前も素性も知らぬまま、二人は広場で対局を続けます。
日本軍と抗日軍の対立は激化し、運命は思わぬ方向へ・・・。

作者は在仏の中国人作家。学び始めて数年のフランス語を駆使して小説を書いたという事実に驚き。画家バルテュスのもとで働いたこともあり、この本の序文は故バルテュスの妻・節子夫人が寄せています。
小説はふたりのわたし(娘)と私(士官)の一人称の文章が短い章で呼応する形で描かれています。
時代背景は厳しいものですが、文章の表現の美しさにはうっとり。
蝉の羽化の場面、娘が眠る姿を見守る士官の場面。
碁を打つふたりの場面は理知的で、きな臭い世情を忘れさせるひたむきさが感じられます。
ふたりの立場が明かされるクライマックスは衝撃です。


「ソーネチカ」リュドミラ・ウリツカヤ著(沼野恭子訳)新潮社

2007-09-20 | 柴田元幸
「ソーネチカ」リュドミラ・ウリツカヤ著(沼野恭子訳)新潮クレスト・ブックスを読みました。
本の虫で容貌のぱっとしないソーネチカ。
図書館に勤める彼女は、1930年代にフランスから帰国した反体制的な芸術家ロベルトに見初められ、結婚します。
当局の監視の下、流刑地を移動しながら、貧しくも幸せな生活を送る夫婦。
一人娘のターニャも大きくなり、彼女はヤーシャという美少女と友達になり家に連れてきます。やがて大きく動くことになる家族の絆。
訳者はロシア文学者沼野充義さんの奥様。本カバーに柴田元幸さんの短い書評が書かれています。(どこかからの抜粋なのかな?)

ささやかな幸福を拾い味わうソーネチカ。
ソーネチカを襲った出来事、私だったらとてもソーネチカのようにすることはできそうにありませんが、ソーネチカは母親のような態度ですべてを受け止めます。
本の世界でさまざまな人間の生き方を知り、自分が見舞われた不幸も特別なことではない、と思ったのかなあ。
私にはソーネチカの心境を想像できるのはまだ先のことになりそうです。


「グアヴァ園は大騒ぎ」キラン・デサイ著(村松潔訳)新潮社

2007-09-19 | 外国の作家
「グアヴァ園は大騒ぎ」キラン・デサイ著(村松潔訳)新潮クレスト・ブックスを読みました。
いつまでたってもモンスーンがやってこない暑い夏、インドの小さな町シャーコートに、最初の雷雨とともに生まれた赤ん坊、サンパト。
成長し郵便局員になった彼は、仕事も嫌だし生活にもうんざり。人の手紙を開封しては、見知らぬ土地に夢を馳せる毎日。
彼はなぜだか郵便局長の娘の結婚式で尻丸出しで踊ってクビになり、あげく突然グアヴァの樹に登り暮らしだすことに。
盗み読みしていた手紙の内容を他人に告げたことから「千里眼」と誤解されたサンパトは聖者様と崇められ、とりまく信者に珍妙なる警句を告げる毎日。
サンパトに食べさせる凝った料理に力をそそぐ母クルフィ、聖者商売に精を出す世俗的な父ミスター・チャウラ、奇妙な恋の表現に燃える妹ピンキー。
サンパトの家族や、ニセ聖者ぶりを暴こうとするスパイ、猿たちから警察・軍隊まで巻き込んで大騒ぎの展開。
奔放な想像力で楽しませてくれる作者の処女長編小説です。

息子をひとかどの人物に仕立て上げようとする父と、地面の喧騒を離れて虫を見たり光を感じたりしたいサンパトとの埋まらない溝。
静かに暮らしたいサンパトの意に反して、群がる人々、猿。
ラストシーンは驚きです。








いしいしんじさんのトークショーに行ってきました

2007-09-17 | いしいしんじ
今日は青山ブックセンター本店リオープン3周年記念のイベント、いしいしんじさんのトークショーに行ってきました。聞き手は永江朗さん。
いしいさんにじかにお会いするのは初めての私。
いしいさんは白のジャケットにTシャツ、コーラルピンク(ピンクというか紅?)のパンツ姿で登場。テーマはいしいさんの読書遍歴でした。

トークショーの後はサイン会。サインに加えて、それぞれの方にいしいさんが思いつくままにひとつ絵をつけてくれます。牛とか、音符とか靴とか。みんないしいさんに気軽に話しかけて、そしていしいさんもそれに応えておしゃべり。
私も何か話したかったのに、私の大好きな「麦ふみクーツェ」を書いた人がここに・・・!と思うとただただ心臓がバクバクしてしまい「ありがとうございます」としか言えませんでした。(もったいない&情けない)
でも握手していただいた手は大きくてあたたかくて、「この手からあのいろんな小説が生み出されたんだー」と思うと、とっても感動しました。
ちなみに私に描いてくれた絵は「ねこ」。「クーツェ」の主人公にちなんでかな?うれしいです。

トークショーの内容を簡単に。

小さいときの本の記憶は母の実家にある古い大きな本をパタンパタン閉じたり紙を触る感覚が好きだったこと。
絵本は読みながら、たとえば長新太さんの絵のつづきを画用紙に書いたり、読むことと描くことが一緒だった。
一番古い作品は4歳の頃書いた「たいふう」。(「ぶらんこのり」に収録。)
小学生の頃は父親が教育者(大阪で一番古い塾で教えている。今も現役)のためか、近所の本屋の本は全部ツケで買えた。ちょうど角川文庫などが出始めた頃で知らない作家が出ると文庫で片端から買って読んでいた。
教科書に載るような作家の中では夏目漱石が好きだった。「それから」とか。(渋すぎる・・・)
中学の頃は大藪晴彦など。兄の影響でミステリを読んだり、SFを読んだり。作品の中にHな場面が出てくるかが結構重要だった。思春期ならでは。
高校の頃はパンクやビートニク、ヌーベルヴァーグ、シュールレアリスムなど「若い感覚がいいんだ」的なものにもれなくはまる。植草甚一さんの影響でブローティガンなどを読み、それまで読んできた小説とはまるで違う、「意味がなくていいんだ」という感覚に目からウロコ。
特に印象に残っているのは原書で読んだブラッドベリの「たんぽぽのお酒」。
あの街の雰囲気が見たくて、高2の時は交換留学でイリノイ州で二ヶ月過ごした。
(ただ街の人たちは「ブラッドベリ?読んだことない」という反応でがっかり)

大学に入ってからは京都の古書店街でいろんな言語の本を読めないのに持っている感覚だけがうれしくて買ったり。(原書のカラマーゾフとか)古い博物学にはまっていたこともあり、小説以外の本を読むことが多かった。
社会人になってからは東京にきて神保町でたくさん本を買ってきて読んだ。浅草の部屋は台所まで本だらけ。現実逃避的な傾向もあった。
小説の出版は2000年34歳の時。4歳の時に書いた「たいふう」の感覚を、大人になってから習得した言葉で書きたいと思ったのがきっかけ。
長編小説を書くときは読書はしないそう。

ほかにも現在住んでいる松本市の鶴林堂がつぶれてショックだった話。三崎にある本屋で必需品として官能小説を買う遠洋漁業の漁師さんの話(何度も何度も読むうちに気にいらなかった女性が気に入ってきたりする、そこまで読んでもらえる読書はうらやましいという話)などいろいろな話がありました。

トークショーは一時間半。いろいろな本の名前がとびだして、さまざまな読書の土壌がいしいさんの小説書きの滋養になっているのだなーと思いました。
面白かったです!


「風味絶佳」山田詠美著(文藝春秋)

2007-09-16 | 日本の作家
「風味絶佳」山田詠美著(文藝春秋)を読みました。
食べる物を素材にした短編集。登場人物が肉体労働者、ままならない三角関係・・・などというテーマも各作品に共通しています。2005年度谷崎潤一郎賞を受賞しました。
表題作は孫にグランマと呼ぶことを強要する祖母・不二子のキャラクタが秀逸。真っ赤なカマロの助手席にはいつも違うボーイフレンド。バッグには森永ミルクキャラメルを携え、70歳の今も現役。この作品は柳良優弥さん、沢尻エリカさん主演で映画化されています。
ほかに鳶職の男のために何でもする女を描いた「間食」、「料理は性欲以上に愛の証」と、清掃作業員の彼に食べさせる料理に心血を注ぐ元主婦「夕餉」など、さまざまな人間関係が描かれた6篇が収録されています。

個人的には「海の庭」の主人公・高校生の日向子が「私には今しかないのに」と感じる海の場面から、「自分の庭をつくりたい」と思うまでの一連の文章の流れが好きでした。
でもどの作品も「上手い」とうなる作品ばかり。どれが一番、とはなかなか決められません。