Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「石のハート」レナーテ・ドレスタイン著(長山さき訳)新潮社

2007-08-30 | 外国の作家
「石のハート」レナーテ・ドレスタイン著(長山さき訳)新潮クレスト・ブックスを読みました。
家族すべてを失った12歳の少女、エレン。30年近い時を経て、彼女は惨劇のあった家が売りに出されていることを知り、舞い戻ります。
よみがえる凄惨な記憶、記憶にふりまわされず、記憶の主人であろうとするエレン。家族とは、女であることとは。
ネタバレがありますので、未読の方はここから先は読まないでくださいね。

上に4人の子供を抱えた自営業の家の母親・マルティ。
5人目を産んだときには年齢もいっていただろうし、産後のひだちがよくなく、また絶え間なく泣き叫び、病気を抱えていた新生児を抱え、心身バランスをくずす、産後うつ・・・。
イダに悪魔がとりついているという考えにとらわれ、イダに(決して憎悪ではなく歪んだ思い込み、善意の使命感から)虐待を加えたマルティ。
愛情がないわけではないのに、家族を攻撃する母親の姿、読んでいてとても辛くなりました。一家をほがからかにまとめていた母親がおかしくなることで、一気に崩れていく夫婦関係、親子関係。

そしてこの小説はそのような母親の姿を描くと同時に、それを受け入れていく娘エレンの心の葛藤の物語でもあります。
「どうしてうちはおかしくなったの?私がいけないことをしたの?」自問自答する12歳の少女・主人公エレン。事件がおきた道筋の記憶をたどりながら、あなたは少しも悪くないよ、と昔の自分を慰めたい衝動にかられるエレンに、私も共感しました。
残された遺族は、悲しい出来事を回避できたのではないかと自問し、どうしても罪悪感を感じずにはいられないものなのでしょうか。
「私がイダに悪意のこもった名前をつけたから?父親をわずらわせたから?家族の絆になれなかったから?だから神様が母を、家族を・・・」と。

家族が死んだ後、施設に入ったエレンがたどってきた道のりにも胸が痛みます。
弟カルロスとの別れ、そして姉がいない裕福な生活にすんなり入っていった弟。
誰も引き取り手がいず、自分を厄介者に感じるエレン。
多くの精神科医への受診を繰り返す日々、誰かに必要とされたくてその日会ったばかりの男たちに身をまかせる生活。

題名の「石のハート」は家族の墓石のこと。エレンは墓石の家族の名前の横に自分と弟の名前を刻む部分が空いていることに気づき、死んだ家族が自分を呼んでいるような気持ちになります。死んだ家族を「なかったこと」にしたくない執着心と、しかし自分が生き残ったという罪悪感から逃れたいという切実な思い・・・相反する、でも共存するふたつの気持ち。

訳者あとがきにある著者ドレスタイン自身の言葉。
「年を重ねるごとに結末に救いのある話が書きたくなってきた。生きていくこと、人間であること自体が本当にたいへんなこと。せめて物語は人生を抱擁するものであってほしい」
私は小説家の方のこういう姿勢は本当に頼もしいし、頭の下がることだと思っています。表現者の方は極限まで人間の心理を追求したいと思うのではないかと想像するのですが、そうするとどうしても人間の暗い深部、死や破滅の方に向かっていってしまうことも多い。
でもそこで踏みとどまり、生きることや人間同士のつながりを「甘いおとぎ話」と捉えないで強い肯定、確信として描く・・・こういう姿勢は、読者として本当にうれしく賛同したいことです。

エレンが「自分は前に進みたいのだ」と決意したラスト、生まれてくる子供の名前をバスに託す場面、本当に自分のことのようにあたたかく、うれしく感じました。




「イラクサ」アリス・マンロー著(小竹由美子訳)新潮社

2007-08-28 | 外国の作家
「イラクサ」アリス・マンロー著(小竹由美子訳)新潮クレスト・ブックスを読みました。
旅仕事の父に伴われてやってきた少年と、ある町の少女との特別な絆。
30年後にふたりは偶然再会。ふたりが背負ってきた人生の苦さと思い出の甘さが対照的な、表題作の「イラクサ」。
孤独な未婚の家政婦が少女たちの偽のラブレターにひっかかるが、それが思わぬ顛末となる「恋占い」。(映画化が決定しているそうです)
そのほか、足かせとなる出自と縁を切ろうともがく少女や、たった一度の不倫体験を宝のように抱えて生きる女性など、さまざまな人生を長い年月を見通すまなざしで捉えた九つの物語がつまった短篇集です。

そのとき起こったできごとをのちのちの経験から照らし合わせ、実はああだったのかも、実はこうだったのかもと何度も解釈し直し、 自分のなかでその経験の持つ意味が変わってくる。
または、その後起こった結末によって、過去の出来事の持つ意味が変わる。
そんないくつもの「時間」を描いた作品だと思いました。
作者のアリス・マンローは現在74歳の現役小説家。
そのマンローが言うのだから、本当に人生って最後までどう転ぶかわからないんですね・・・。

「クマが山を越えてきた」は印象に残る言葉がいろいろありました。
アイスランドに出自を持つ妻フィオーナ。
「彼女は実際に行ってみようとは思っていなかったようだった。気候があまりにひどいから、と言っていた。それに ー と彼女は言った。 - ひとつはそういう場所がなくちゃ、いろいろ想像もし、知ってもいて、もしかしたらあこがれてもいて - だけどぜったいにこの目で見ることはないってところが。」

フィオーナが老人施設で親しくなった男性オーブリーの妻・現実的なマリアン。
「彼女との会話はグラントにとって馴染みのないものではなかった。自分の身内も彼女と同じような考え方をしていた。他人がそういう考え方をしないと、それは物の見方が甘いんだと思っていた。 - 気楽で保護された生活や学歴のおかげで、あまりに非現実的で、愚かなのだと。(中略)
ああいう人間と立ち向かうと、絶望的になり、苛立ち、しまいにはなんだか惨めになる。なぜだ?ああいう人間に対して自分を守り抜く自信がないからか?結局は向こうが正しいのかもしれないと思ってしまうからか?」

痴呆が始まった妻に対しても変わらぬ(奇妙な)愛情をそそぐグラントを描いたこの作品も作者の本国・カナダで映画化が決定しているそうです。




「マリアンヌの夢」キャサリン・ストー著(猪熊葉子訳)岩波書店

2007-08-24 | 児童書・ヤングアダルト
「マリアンヌの夢」キャサリン・ストー著(猪熊葉子訳)岩波書店を読みました。
10歳の誕生日の日に病気になったマリアンヌ。マリアンヌは昼間自分が絵を描くと、夜夢の中で絵のとおりに世界が動いていることに気づきます。
そして夢で出会った少年といっしょに、こわい夢を克服していくのですが…。
子どもの心理を描いた異色のファンタジー作品です。

自分の書いた家や、花、景色が夢に出てくるなんて面白そう!と始めは思ったのですが、そのうちにマリアンヌが自分でも言葉にできない圧迫感や不安が夢のはしばしから迫ってくるようでとてもこわかったです。
いつ自分の病気はよくなるのか?友達からとりのこされる焦燥感、日々ベッドから動けないことからくるフラストレーション、そして快方に向かいつつあるときの苦しみ、また外の世界に戻ることへの切望と、なぜか同時に起こる躊躇・・・すべてが「夢」という形をとって生々しく語られています。
始めはマークを導いていたマリアンヌがクライマックスでは逆にひっぱられ、力を受け渡す・・・という展開がとてもよかったです。
しかし、この作品小学校高学年からとなっているのですが、ちょっと小学生には怖すぎるんじゃないかなあ・・・。

「彼方なる歌に耳を澄ませよ」アリステア・マクラウド著(中野恵津子訳)新潮社

2007-08-22 | 外国の作家
「彼方なる歌に耳を澄ませよ」アリステア・マクラウド著(中野恵津子訳)新潮クレスト・ブックスを読みました。
18世紀末、スコットランドからカナダ東端の島に、家族と共に渡った赤毛の男がいました。勇猛果敢で誇り高いハイランダー(スコットランド高地人)一族の男。
「赤毛のキャラムの子供たち」と呼ばれる彼の子孫は、幾世代を経ようと、流れるその血を忘れません。
人が生きてゆくことを、大きな時の流れと記憶を交錯させて描いた物語です。
短編作家マクラウドが13年をかけて書きあげたという、彼の現在唯一の長編小説です。

作品を通じて流れるのは口伝えで語られてきたゲール語の長く古い歌。歌詞だけでなく、ぜひこの耳でメロディーを聞いてみたいです。
戦争のためスコットランドからカナダの島に渡ってきた人々、その子孫、そのまた子孫・・・そして現在は都会で歯科医を務めている主人公アレグザンダー。
土地を離れ、一族から離れた生活。
そんななかで彼は祖父母から聞いた祖先のこと、祖父母、父母、兄弟、そして一族のことに思いをめぐらせます。
話を読んでいて、日本の田舎の話みたいだなあ・・・と感じました。
近所のみんなが祖父母の代までさかのぼって血筋を知っていて、その多くは親戚同士。一族の結束が固くその土地を慈しんで暮らしている。
都会育ちの私には不思議なような、うらやましいような世界。
氷の上にひとつだけランタンが残った夜、立杭の掘削現場での夜の演奏会などいかにも短編作家らしい、美しく印象的な場面も沢山ありました。

「パリ左岸のピアノ工房」T・E・カーハート著(村松潔訳)新潮社

2007-08-21 | エッセイ・実用書・その他
「パリ左岸のピアノ工房」T・E・カーハート著(村松潔訳)新潮クレスト・ブックスを読みました。
パリのセーヌ左岸、カルチェ・ラタンに程近い裏通りにあるピアノ工房。
本書は、パリに住み着いたアメリカ人の著者がこの店の扉をノックし、ピアノの深遠な世界に入り込んでいくさまをつぶさに描いたノンフィクションです。
著者が20年ぶりにピアノを購入し、子供の時習っていたピアノを再び楽しむくだり、また店主リュックとの交流、アンティークピアノの美しさ、調律師の仕事などピアノのさまざまな魅力が著者の言葉で語られています。
ピアノの専門書ではないので、専門用語、難しいうんちくはなし。
クラシック門外漢である私にもピアノの世界にひたって、うっとりと楽しむことができました。
ローズウッドのスタインウェイ、レモンウッド製のケースのガヴォー、ベートーヴェンが使ったかもしれないピアノ、プレイエルやエラール・・・、古今東西の名器が工房に集まり、再生されていく。
ピアノをまるで生き物のように大切に扱う職人たち。
この作品にはそんな職人たちへの、著者の深い敬意が感じられます。
現代最高峰のピアノ、イタリアのフィッツィオーリの工房見学のくだりも面白かったです。

「とぶ船」ヒルダ・ルイス著(石井桃子訳)岩波書店

2007-08-17 | 児童書・ヤングアダルト
「とぶ船」ヒルダ・ルイス著(石井桃子訳)岩波書店を読みました。
ピーターが街で惹かれ手に入れた小船、それは魔法の船でした。
船はみるみる大きくなりピーター、シーラ、フンフリ、サンディの四人兄弟を乗せて旅に出かけます。そのうちにこの船は時をも越える船であることが明らかに。彼らはウィリアム征服王時代のイギリスや、北欧神話の世界、古代エジプトやロビン・フッドの時代まで、大冒険をくりひろげます。
歴史の舞台をかけまわる、タイム・ファンタジーの名作です。

場所を、時を越えて自由にめぐる冒険旅行、出会う人々、ハラハラする危機、そして脱出、いかにもファンタジーらしいファンタジーがたっぷりと楽しめます。
ピーターが大人になること、それは子供時代を捨てることではなく子供時代の上に成り立っているものだという終わり方がとても素敵でした。


「遺失物管理所」ジークフリート・レンツ著(松永美穂訳)新潮社

2007-08-16 | 外国の作家
「遺失物管理所」ジークフリート・レンツ著(松永美穂訳)新潮クレスト・ブックスを読みました。
舞台は北ドイツの大きな駅の遺失物管理所。そこに配属になった24歳のヘンリーはいい上司・同僚にも恵まれて仕事に努めます。
婚約指輪を列車のなかに忘れた若い女性、大道芸に使うナイフを忘れた旅芸人。入れ歯が、僧服が、そして現金を縫い込まれた不審な人形が・・・さまざまな遺失物が届けられ、見つかります。
遺失物を受け渡す際に「確かに自分の物であること」の証明をしなければならないのですが、その証明のさせ方がヘンリー独特で面白い。
車内に台本を忘れた女優に第二幕を演じさせたり、笛を忘れた子供に得意の曲を吹かせたり・・・いかにも小説らしいワンシーン。
私が小田急線にコートを忘れて受け取りにいった場所は、こんな小説的な楽しいところじゃなかったけどなー。

ですが、この作品の本筋は遺失物の受け渡しではなく、ヘンリーの日々の生活(姉バーバラとの関係、友人フェードルとの交友、同僚パウラへの恋心など・・・)です。「思いつきで暮らしている」「出世欲がない」「目標がない」といわれるヘンリーですが、でも世間に背を向けているわけではなく実はとても優しい青年。
少数民族であるフェードルへの留保ない好意、暴走族の若者への理解、年老いた同僚アルベルトへの同情・・・。
私はヘンリーのような人がいるからこそ、この世界が殺伐としないでいられるのだと思います。みんなが「目標達成」「能力向上」ばかり唱えていたら本当に世の中は誰にも省みられない遺失物だらけになってしまう。遺失物は「役に立たない中古品」ではなく「誰かが愛情をそそぎ、持ち主を待っているもの」ですからね。
その「もの」たちに想像力をふきこみ、いとおしむヘンリーの姿。私はとても好きです。


「つくも神」伊藤遊著(ポプラ社)

2007-08-16 | 児童書・ヤングアダルト
「つくも神」伊藤遊著(ポプラ社)を読みました。
主人公は小学生のほのか。ほのかの住むマンションで不審火が発生。
翌日ほのかはエレベーターの中に奇妙な置物を見つけます。
それ以来、ほのかと兄のまわりで不思議な事件が続きます。
ほのかは隣の家のおばあさんと土蔵に不思議な気配を感じますが・・・。
「つくも神」とは長い時を経て魂を宿した道具たちのこと。
憎めないつくも神たちが巻き起こす騒動が面白いです。
ほのかの学校のグループ内での軋轢、兄雄一と不良グループとのかかわりなど、登場人物たちの悩みは現代的でとてもリアル。
そこにいつの時代のものともしれない古い物たちの命が触れることでこわばった関係がほどけていく・・・その流れがとても素敵。
おばあさんの「いつか腕のいい「つくも」が直してくれるかもね」の言葉がとても優しく響きました。

「壁のなかの時計」ジョン・ベレアーズ著(三辺律子訳)アーティストハウス

2007-08-14 | 児童書・ヤングアダルト
「壁のなかの時計」ジョン・ベレアーズ著(三辺律子訳)アーティストハウスを読みました。
両親が死に、一人暮らしのおじのジョナサンの家で暮らすことになったルイス。
着いた家は秘密の廊下と隠された部屋、大きな大理石の暖炉がいっぱいの古い家。そのうえ、大柄で優しいおじは魔法使いでした。
しかしこの家の前の持ち主は邪悪な魔法使いで、家の壁のどこかには世界の終わりに向かって時を刻む時計が埋め込まれているというのです。ハロウィーンの夜にルイスが起こしたトラブルから時計の音は急に大きく速く変化。早く時計を止めなければ!
「ルイスと魔法使い協会」シリーズ全六作の第一作目です。
作者はゴシック・ファンタジーの名手としてもしられており、児童文学ながら真夜中の墓地や壁のなかから聞こえる時計の音など、不気味な舞台が整えられています。
ルイスがタービーの気持ちをひきとめようと苦心する場面はせつなかった。
ん~でもルイスにはもともと魔法の素質がありましたっていうのも結構安直だし、時計が見つかるくだりはちょっと簡単すぎ?な気がしました。

新潮クレスト・ブックスのとりこ

2007-08-11 | エッセイ・実用書・その他
新潮社のクレスト・ブックスシリーズ。いいですよね・・・。(うっとりとため息)
本好き、外国文学好きならきっと多くの方がうなずいてくれることと思います。
まだ私もシリーズの本をそんなにたくさん読んだわけではないのですが、「すごくいい!ほかの人にも是非勧めたい」という本か「ちょっと難しかった。でも悪くない、面白かった」という本かしかない、というハイクオリティを保っていることが本当にすごいことだと思います。
私が今まで読んで特によかったのはジュンパ・ラヒリの「停電の夜に」とディヴィッド・ミッチェルの「ナンバー9ドリーム」。
「シェル・コレクター」や「ジャイアンツ・ハウス」も面白かったな。
読む本がなくなったときはとりあえずクレスト・ブックスを選んでおけば間違いない。私にとってとても頼りになるシリーズ。装丁も大好き!

 新潮社公式HPにクレスト・ブックスの装丁のことがのっています。
 特注のフランス製の製本機をつかってるそうです。

 http://www.shinchosha.co.jp/crest/about/

 こちらも公式HP、現在刊行されているもの。
 文庫化されたものはシリーズから外されるそうです。

 http://www.shinchosha.co.jp/crest/

 昨年行われた江國香織さん、豊崎由美さん、永江朗さんの座談会の様子です。
 
 http://www.shinchosha.co.jp/crest/special/index.html