Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「白い城」オルハン・パムク著(宮下遼訳)藤原書店

2010-01-27 | トルコ関連
「白い城」オルハン・パムク著(宮下遼訳)藤原書店を読みました。
17世紀、オスマン帝国で奴隷の身となったヴェネツィア人の「わたし」。
自分と酷似したトルコ人学者「師」に買い取られ、奇妙な共存関係を結ぶことになります。科学的知識を共有するのみならず、「自己とは何か」という西洋人の根源的な問いを通じて互いの全てを知り合うようになった二人の行方は。
ノーベル賞を受賞する20年以上前に書かれた、著者の出世作です。
内容について触れますので、未読の方はご注意ください。

題名の「白い城」(日本語だとダジャレみたいですが、トルコ語だともちろんそんな韻ではなく原題はbeyaz kale)はオスマン帝国がヨーロッパ側との戦争で攻めたドッピオ城のこと。この戦いで帝国側は敗走し、「わたし」と「師」は互いの素性を入れ替えることになります。

訳者あとがきではこの場面はふたりの結節点であるとともに、歴史の節目でもあると語られています。長年東欧諸国を軍事的に圧迫してきたオスマン帝国が戦争に大敗し、その後徐々に西欧との力関係が逆転していくできごとであると。
個人の物語に歴史的背景を連想させる、パムクの巧みな小説的技巧だと思います。

そして「わたし」と「師」は外見は相似していながら、資質は違うというのも印象的です。「わたし」は既知のものごとを増やして、生活に安心を求める。本人は幸せだと思いますが、師から言わせれば凡人の生き方。身分は約束されるがこれから斜陽を迎える帝国に残る。
「師」は未知のものごとを求めてひたすらに追求する。彼に安寧は訪れないでしょうが、常に世界のへさきに立っている様な非凡人の生き方。オスマン帝国では学べない技術や文化、思想を持つ欧州に向かう。

ふたりはお互いの過去を知りつくし、生活を入れ替える。
この物語は個人の生き方を描きながらも同時に、東と西がせめぎあう大きな物語でもあります。

つけたしですがこの本は共訳ということになっていますが、あとがきによると、数人のオスマン帝国の著名な研究者に翻訳を固辞され、宮下遼さんが翻訳を引き受けることになり、訳者のお父様である宮下志朗さん(トルコ語はできません)がこの小説の仏訳で翻訳チェックなさったそうです。訳自体に不満はないのですが、ノーベル賞作家なのに、あんまりな気が・・・。トルコは日本ではマイナーな国だから?


「キプロスへ行った指輪」チェロ・中江弘子著(山手書房新社)

2009-11-20 | トルコ関連
「キプロスへ行った指輪」チェロ・中江弘子著(山手書房新社)を読みました。
著者は仕事でドイツに行かれていた際に、トルコ人の芸術家であるご主人と結婚されアンカラに在住していた女性。
トルコの日々の生活、親戚や友人とのかかわりがつづられています。

アランヤへバケーションに行った際の海水浴で流されてしまった結婚指輪。
アパートの管理人カピジュの仕事ぶりについて。
トルコの子供たち。

著者の深い考察力と、まっすぐな人柄がにじみでている文章が素敵な本です。

「トルコ幻想」新田純子著(三修社)

2009-09-24 | トルコ関連
「トルコ幻想」新田純子・文/花井正子・絵(三修社)を読みました。
トルコに旅行した著者が、ヒッタイト、ヘレニズム、ヴィザンチン、イスラム、現在まで東西のあらゆる文明の跡を求めて悠久の時をさかのぼります。

短い2~4ページの短文に花井さんの版画が挿絵としてついている比較的薄い本。
途中に挿入されている花井さんのカラーの絵もステキです。

ヘレケじゅうたんに自分の名前が編みこめる話。
ヒッタイト王国の跡からも発見されている涙壺(亡くなった人をしのんで壺に涙をため、一緒に埋葬した)の話。
西トルコの、未婚の娘がいる家は煙突にガラス瓶を立てる風習。

ガイドブックに載っているようなメジャーな話が大半ですが、知らない話もちょこちょこあって楽しめました。

「AMAN トルコの恋人たち」野中幾美著(日地出版)

2009-05-24 | トルコ関連
「AMAN トルコの恋人たち」野中幾美著(日地出版)を読みました。
トルコ人男性の台詞、「彼女たちはトルコに結婚しに来るのかい?」
トルコ人男性に魅せられてしまった日本人女性達の恋のてん末。
彼女たちの話を、リゾート地・ボドルムのペンションを営む日本人妻のユキコが語る、という小説形式で描かれています。
ちなみに著者はアンタルヤのアンティークギャラリーの店主だそうです。

リゾート地ならではの外国人観光客をターゲットにするトルコ人男性。
恋人だと思っていたのに、なんでも自分にお金を出させる彼。
トルコではなんでも買ってくれた日本人女性をあてにして来日したトルコ人男性。
女性は金持ちでもなんでもなく、満員列車で夜遅くまで働くOLで、彼は豊かなはずの日本人のロボットのような暮らしに失望。

数々の厳しいエピソード。
やっぱりリゾートの恋はそんなに甘くない!?

でも、一目会って恋に落ち、お互い自由に言葉もかわせないのに結婚までいきついた男女のハッピーなエピソードもあります。

合間に、トルコに関しての短いコラムもあります。
ツリーハウスに泊まれるオリンポスという村、行ってみたいなあ。

「お月さまより美しい娘」小山皓一郎編・訳(小峰書店)

2009-05-13 | トルコ関連
「お月さまより美しい娘」小山皓一郎編・訳(小峰書店)を読みました。
「世界の昔ばなし」シリーズの中の、トルコの昔話です。

男性より女性が大事な役割を演じる場合が多い、という編者のまえがきどおり、女性が主人公のお話が多いです。語り手が母親やおばあさんであることが関係があるのかも、という指摘も。
「~太郎」の物語が多い日本とは対照的ですね。

児島さん編訳の「トルコの昔話」(こぐま社)と重複する話はありません。
同じ「忍耐の石」が登場してもストーリーが違ったり。
三人娘、意地の悪いまま母、魔法にかけられた王子など、物語はいずれも昔話のスタンダード。

「わたしは緑の木の葉でした」は、結婚相手を王子と知らずに嫁いだお姫様の話。
ガチョウ番と結婚したと思ってひたすら夫に尽くすお姫様。
苦労知らずのお姫様に忍耐を学ばせるためかもしれないけど、ここまで苦労させる必要があるのかな?と思いました。王子様も人が悪い・・・。

表題作は「白雪姫」のような話です。
ただお姫様ののどにひっかかったのはリンゴではなくガム。

トルコでは女性の美しさの形容は「月」なのですね。
日本なら「雪」・・・かな?

「子どもに語るトルコの昔話」児島満子編・訳(こぐま社)

2009-05-11 | トルコ関連
「子どもに語るトルコの昔話」児島満子編・訳(こぐま社)を読みました。
トルコらしい多彩な昔話の中から、選んだお話15編。
なかでもナスレッディン・ホジャの話はとてもポピュラーなものだそうです。

内容は以下のとおり。
カラスととげ 
金の糸のまり 
聖地メッカへ行けなかったキツネ 
がまんの石と刀 
ケローランと鬼の大女 
羊飼いの娘と王さま 
豪傑ナザル 
シカのお告げ 
チャンクシュ チョルクシュ 
ナスレッディン・ホジャのわらい話 
 「わかっている人は わからない人に」
 「まねかれたのは上着」
 「イチジクで幸い」
 「九百九十九まいの金貨」
 「だんまりくらべ」
 「わしは死んじまった」

「豪傑ナザル」の話は、同じ設定で「オランダの臆病なチーズ屋の話」として昔読んだことがある気がします。さすがヨーロッパ・アジア相方の文明のいきかうトルコならでは?
ホジャの笑い話はなかなか含蓄深い話が多いです。
洋服を替えたら他人の対応も変わった、という話。
金貨の話もさんざん隣の男をやりこめておいて、最後は金貨を返すくだりがいいです。
「チャンクシュ チョルクシュ」の、大女のお乳を飲む話とか、昔話って小説とは違って、「説明もなくあっさり不思議」なのが面白いです。

「イスタンブール短編集」サイト・ファイーク著(小山皓一郎訳)響文社

2009-04-06 | トルコ関連
「イスタンブール短編集」サイト・ファイーク著(小山皓一郎(こやま こういちろう)訳)響文社を読みました。
著者の作品の中から訳者がイスタンブールを題材とした28編を選んで訳出し表題をつけたものです。
時代的には1930~40年代のトルコ。著者がイスタンブールから程近い、マルマラ海のブルガズ島に住んでいたことから島の暮らしの話も多いです。
「私」という、著者の分身のような存在が出会った人、出来事などを語る半分エッセイのような短篇が多いです。一編一編がかなり短めで、ちょこちょこと読めます。

印象的だった話は「サモワール」。
母子ふたり暮らしの家で母がある日亡くなります。

「死はそっと母親の中に入り込むと、彼女の優しさと、穏やかさと、暖かさとを奪っていった。死は、言われているほど恐ろしいものではなかった。ただ少し寒かった。それだけだった。」

母のことを考えても泣くことのできなかったアリ。でもある日の台所。

「サモワールは静かに座って輝いていた。その真鍮の表面に、太陽が凍りついたように光っている。彼はサモワールの取っ手を持って、目の届かない場所に移した。椅子に崩れ落ちて、音もなく降る雨のように思い切り泣いた。この家では、二度とサモワールは沸かされないだろう。」

サモワールをきっかけにあふれだした悲しみと母への思慕。ひとつの空間がとても鮮やかにきりとられています。

それから、著者の特筆すべき点は風景描写がとても美しいこと。

「カフェは人目につかない場所にあった。
葉の落ちた二本の柳と、まだ三、四枚の枯葉が揺れているぶどう蔓を、雪が美しく飾っていた。この庭は春の夕べや夏の夜には、とてもよい雰囲気だった。黄色がかった白い陽が、雪の庭に差し込んでいる美しさに、私はちらと目をやった。カフェの主人は、細腰の美しい紅茶コップを私の前に置きながら、
「冬の庭も悪くないでしょう?」
と言って、庭の青い菊の上に積もった雪を指差した。
カフェに灯りがつくと、戸外の雪明りは霞んでしまった。鉄ストーブが小さな蓋から焔を吐いて燃え、まもなく鉄板が真っ赤に灼熱するだろう。私はその瞬間を心待ちにした。」

「夕方になると、手で触れられそうに濃くなった緑と青の背景に、赤煉瓦の色が張り付いたようになる。こんなときには、教会の建物を、屋根の上の十字架にとまっている鳥も逃すことなく、そのまま移し絵のように湿らせて、ノートの青い下地の上に置いてみたくなる。」

この本に観光ガイドになるような情報はありません。
でもイスタンブールの空気をかがせてくれるようなこのような短篇集こそ、私の旅心をくすぐります。


「世界の食文化 トルコ」鈴木董著(農山漁村文化協会)

2009-03-29 | トルコ関連
「世界の食文化 トルコ」鈴木董(ただし)著(農山漁村文化協会)を読みました。
台所と食卓から世界を読み解くシリーズのトルコ編。
レシピ本ではないのでこの本はあくまでも読み物です。
前半は文化の説明が多く、資料的。
後半(第八章以降)は実際の料理名を列挙し、味の説明や著者の感想も入り面白くなってきます。

「シャルガム(蕪)・スユというジュースがあり、焼肉などとともに食する」とありますが、大根おろしのようなもの??など、実際に見てみたい料理がたくさん。

トルコではお菓子には砂糖をたっぷり使うけれど、料理にはまず砂糖を使わない。
蒸し物は水が豊富な日本ではポピュラーな調理法だけれど、トルコ料理のレパートリーにはほとんどない、など、日本とトルコの文化の違いからくる食卓の違いが興味深いです。

あとトルコならではというのが、西欧化が進んだトルコでも、朝食にはハムもベーコンも食べないと。
なぜ?・・・・あ、そうか、大半がイスラム教徒(豚を食べることは禁忌)だからか!など、文化のみならず宗教にもとづく食の知識も。

また、単なる料理の紹介だけでなく、その料理のエピソードも豊富で読み応えがあります。
宮廷ではラマダン(断食)の月に常備軍団の兵士たちを宮廷に招き、御下賜のバクラヴァ(パイを重ねた菓子)を受け取る「バクラヴァ行列」が年中行事だったとか。
「ヘルヴァ(練り菓子)・ソフベッティ」という熟語があり、イメージとしては冬の寒い日に、トルコ式のこたつタンドルに入りながら人々がつどい、かたわらにトルコ式火鉢マンガルをすえ、そこの小鍋でヘルヴァを作り、つまみながら四方山話をする光景であるとか。(人の輪があったかそうでうらやましい!)
アキーデ・シェケリという「信心糖」とでも呼ぶべき飴は、オスマン帝国の国政を左右しかねない重要なときに、トプカプ宮殿の御前会議で政府高官たちに配られたとか。

私が口にしてみたいと思ったのは、冬にあらわれるボザ(キビを発酵させる飲み物)店。あるいはイスタンブルの冬の景物サーレプ(蘭の根からとった澱粉からるくられるとろっとした飲み物)。
以前トルコにいったのは初夏だったので、一度寒い季節のイスタンブールも見てみたいなあ。





「オスマン帝国500年の平和」林佳世子著(講談社)

2009-02-16 | トルコ関連
「オスマン帝国500年の平和」林佳世子著(講談社)を読みました。
「イスラムの旗」を掲げながらそれを利用し、多宗教と他民族を束ね、500年にも及ぶ長期の平和と安定を可能にしたオスマン帝国。
大帝国はバルカン、アナトリア、アラブ世界を席巻した広大なものでした。
その独自の中央集権体制の仕組み。強力なスルタンが広大な地域を征服した成功のあとに続いた、大宰相を中心に官人たちが支配する長い時代。
「多民族の帝国」が、「民族の時代」の到来によって分裂するまでの歴史が描かれています。
シリーズ「興亡の世界史」の第10巻です。

歴史の部分は申し訳ないのですが、教科書的なので斜め読みしたのみ。
でも歴代スルタンの治世は澁澤幸子さんの著書で、スレイマン帝の治世は夢枕獏さんの小説「スィナン」で・・・など今まで読んできた小説の舞台があちらこちらに出てきておさらいができました。

初耳だったのが「平時の在郷騎士たちは「ティマール」という農村からの徴税権をもつ徴税官だった」ということ。
少年を兵として税のかわりに差し出す「デヴシルメ」(彼らはのちのイエニチェリ(軍兵)となる)は有名だと思うのですが、ティマールというのははじめて聞きました。スルタンから与えられる褒賞はこの「ティマール」という形で下されたと。
これにはあくまで徴税のみで、所有権は含まれないそうです。ふむふむ。
ほかにも非イスラム教徒に課す人頭税「イスペンチ」など、帝国にはさまざまな税制があったようです。

そういえば村上春樹さんの著書「図書館奇譚」で「オスマン・トルコ帝国の収税政策」を調べようとした主人公が、図書館の地下の書庫に降りていきやがて牢屋に入れられてしまったのを思い出しました。
私は「脳みそをちゅうちゅう吸われる」ことなく、この収税の仕組みを知れてよかった!?

それからもうひとつ新しく知ったことが「ハレム」。
ハレムはもちろんスルタンのものが最大でしたが、一般の富裕なエリート層も持っていたということ。
一人の男性のもとに妻(複数)、母、女奴隷、女性使用人、ごくまれに宦官、そして子どもたちからハレムは成っていたそうです。
うーん、もし自分がそういう複数の妻の中のひとりだったらと思うと辛いな。

それからオスマン帝国では女性の財産権は保障されていたそうです。
財産が夫と妻で区別されているのはイスラム法の大きな特徴だそう。
女性は女性行商人などを利用し、不動産ビジネスなどに乗り出し自身の財産を運用・蓄財していたそうです。
女性は虐げられていたのかと思いきや、経済的にもたくましかったんですね。

オスマン帝国の終焉から現在まではさらっと触れられているのみです。
巻末には年表もあります。
一緒についているミニ冊子も情報満載でなかなかお得。
林さんおすすめのトルコを舞台にした映画「タッチ・オブ・スパイス」探してみようっと。


***********************

3/10
映画「タッチ・オブ・スパイス」を見ました。
イスタンブールを強制退去させられたギリシャ人の家族を描いたもの。
トルコではギリシャ人と呼ばれ、ギリシャではトルコ人と呼ばれ・・・ふたつの国にまたがった複雑な心境が描かれています。それからスパイスを使った料理がとてもおいしそうです。
主人公の父が「わかるだろう?特別なんだ、あの街は・・・」とイスタンブールについて涙ぐみながら語る場面が印象的でした。
私もイスタンブールは一度しか行ったことがない街ですが、新旧・東西いろんなものが混在していてとても印象深い街でした。またいつか行ってみたいなあ。

「とるこ日記」(定金伸治・乙一・松原真琴著)集英社

2006-09-15 | トルコ関連
「とるこ日記 -ダメ人間作家トリオの脱力旅行記」(定金伸治・乙一・松原真琴著)集英社を読みました。
自称「半ひきこもり」の若手作家3人のトルコ旅行記。WEB連載していたものを単行本化したもので、イスタンブール、カッパドキア、ハットシャシュ、パムッカレ、エフェスをめぐります。
現地の人との心あたたまる交流(ほぼ)ナシ、人生観が変わる経験(ほぼ)ナシ、異文化と接し日本を考えさせられる経験(ほぼ)ナシ。
夕日や自然の美しさに感動しちゃうことちょっとアリ。
どこに行ってもくだらない会話のダラダラっぷり。
でもその「会話」自体がとても面白くて笑いながら読んでしまった一冊。
ぼられたりすられたりというトラブルに見舞われた旅行にもかかわらず、ちまたの力の入った旅行記とは一線を画す脱力旅行記。
定金さんが主文を書き、ふたりがつっこむという形式の日記で、この本を作るうえでの座談会や乙一さんの短編が同時収録されています。
実はこの3人の著書は読んだことがないのですが、この脱力っぷりと著作はだいぶイメージが違うみたいですね。面白い。
乙一さんは「悪い方なんていない・・・」「ミスター濡れたシャツ」「助かった。うっかり定金さんに話しかけられるとこだった」「タモリさんおなかこわしてないかな」などかわいいコメントがいっぱいで特に楽しかったです。