イギリス/ストックポート日報 《England/ Daily Stockport》

イギリス北西部の歴史ある街、ストックポート Stockportから(ほぼ)日替わりでお送りする、イギリス生活のあれこれ。

日本で体験したコロナ対策とそれにまつわる日本人の私がよそ者の目で見た細かい疑問...

2022年11月29日 07時00分00秒 | 日本

「日本とコロナ」、続きです。写真は日本の情景いろいろです。

(8月半ば過ぎから3カ月足らず、日本に滞在して3週間ほど前に帰国しました)

春ごろからパンデミックは世界中で「終わって」いたにもかかわらず、出会ったすべての人々がマスクをしていた日本の光景は別世界(パラレル・ワールド)のできごとのようでした。

感染状況が最悪だった2020年から21年頃、欧米各国で採用された法的な「公共の場所(屋内)でのマスク着用義務」もないのに!しかも、すごーく暑かったのに…!屋外でも!誰もいない場所でも!子供たちも!ジョギング中の人たちも!とにかくすべての人があらゆる場所でマスクをしていました。

もちろんパンデミックは終わっても感染は止まっていないのですから、予防策を各自がとるのは理にかなっていますし、風邪やインフルエンザの予防に、花粉症対策に、調理や配膳をする人たち(給食当番の小学生も)が日常マスクをする「衛生文化」が古くからあった日本では、特別なことではないのでしょう。

以上のことを考慮しても、世界がすっかりやめている(意味がないと判断した)マスク習慣をなぜ日本人のほぼ全員が続けるのか、解せません。

日本(と中国)以外の国では、マスクに感染症の拡大防止効果はもともと、あまり期待されていません。

2020年に中国での最初の感染拡大が世界的なニュースになりつつある時、たびたびテレビで映し出された武漢の市民は全員マスクを着用していました。それにもかかわらず、ものすごい勢いで増え続ける感染者の数...!「マスクの効果は気休め程度?」と思ったマスクをする習慣のない欧米人は少なくなかったはずです。

欧米で感染状況がひどいことになってきた時、「とにかくできることは何でもやろう。人が集まる場所ではマスクもしないよりはした方が絶対によい」と、藁にもすがるような気持ちで採択した「マスク着用の義務化」でした。

そしてワクチン効果とウィルスの弱毒化で重症化する人が減り、マスクの義務化が撤廃されたらいっせいに着用をやめました。

そもそも、欧米人にはマスクを着用する習慣がなかっただけではなく、口元を隠して他人と接することに後ろめたさを感じるメンタリティーがあるようですから。

そんなメンタリティーがないどころか、顔半分を覆い隠すことによって、自分をさらけ出さなくてもよいという安心感が得られる人もいるらしい(顔パンツ効果)日本人にとって、マスクとは感染拡大防止手段だけではありませんよね? 

日本以外のほとんどの国では不要だと認識されている習慣なのにかたくなに着用をやめない日本人にとってのマスクとは...?

共通の敵(=コロナ)と闘う連帯感とか、まわりと同じ行動をとることによる秩序とかの象徴だったりするのでしょうか。

「同調圧力」...?耳慣れないこの言葉を、最近日本のインターネットメディアでよく目にします。

「みんながしているから、マスクをやめられないんだな」と漠然と感じたことをわかりやすく説明する納得できるコンセプトです。

でも、「同調圧力」で簡単に説明されていいことなのでしょうか。

「やっぱり感染したくない。人にもうつしたくない」とすすんでマスクをしている人を何人も個人的に知っています。その気持ちはわかろます。

「ワクチンを打てば重症化はしないんだから いっそのことかかっちゃって抗体を作っておくのも悪くない。絶対的な効果はないマスクの常用はやめてもよい」と、パラレルワールドから飛行機に乗ってやってきた私は個人的に考えていますが、もちろん日本に住む人たちに自分の価値観を押し付けるつもりはありません。

ここ英国でも、医療機関での職員のマスク着用は必須ですし、来訪者にも使い捨てマスクが手渡され、着用が望まれています。

マスクはむしろ医療機関では「規律」や「緊張感」の象徴なのではないかと私は思います。

実際、医療の仕事をしている人たちも職場を離れたプライベートの場ではマスクを着用していないのですから、感染拡大防止の効果をはっきりと期待してのことではないでしょう。

 

さて、日本での話です。

日本ではどこかに到着すると必ず顔の汗を拭いていた(そしてその後、数秒のあいだマスクなしで冷房の冷気を顔に浴びて涼んでいた)暑がりの私は、市民図書館と私営の文化施設でスタッフに礼儀正しく、「マスク着用にご協力をお願いいたします」という旨の注意を受けました。

もちろん謝ってすぐにマスクをつけました。

日本で2年前に跋扈したという「マスク警察」なる余計なお世話の輩とは違い、マスク着用を入館条件に規定している場所で働くスタッフです。声掛けは当然の職務なのですが、「人から離れた場所で汗を拭いている人に注意しなきゃいけないのかなぁ...」と思ってしまったよそ者の私です。もちろん、きちんと仕事をしている立派な日本の職員の仕事ぶりに苦情を言うつもりは全くありません。日本だなぁと感じ入ったひと時です。

入った飲食店のほとんどすべてに、となりや向かいに座る人同士を隔てる透明なビニールやアクリル板の「ついたて」がありました。同席する連れの人たちを飲食中だけ引き離す意味がありますか。〔ありません〕

感染者といっしょに行動していれば、どうせ着席するまでに(たとえマスクをしていたとしても)どうせ感染しちゃってる可能性は大ありです。

ええ、まあワクチン接種が完了していれば感染させる可能性は3分の1以下、相手も完了していればさらに可能性が下がるはずですけどね。どっちにしても「ついたて」はまず不要です。

すべての公共トイレのハンドドライヤーが感染拡大防止のため、使用禁止になっていました。温風で手指に付着したウィルスが吹き散るのをふせぐため、ですって、ご冗談?!

ゴミ箱を使用禁止にしているトイレも多数ありました。清掃スタッフを感染からまもるために....。ウィルスの付いたゴミを処理して感染するぐらいなら他のことでとっくに感染しちゃってるはずでしょう。

30年以上前、日本には紙タオルやハンドドライヤーを設置した公共トイレはほとんどなく、ハンカチで手を拭いたものでした。衛生観念の高いはずの日本でなんだかばばっちいなぁといつも思っていました。

ここ十数年来、ほとんどの公共トイレが欧米のように紙タオルやハンドドライヤーを設置するようになったのは喜ばしいことです。それなのにこの度の「ハンドドライヤー使用中止」には呆れました!臨時の代わりの紙タオルもみかけませんでしたし。

電気料金と人件費の節約がねらいでは?

やはり、顔の汗を拭いたり マスクを外しての飲食中に口を抑えたり 咳やくしゃみをする時に飛沫を受け止めたりするハンカチで手を拭くことになるのですが、それって、感染拡大防止上ひじょうにマズくありませんか?その手でいろいろな場所をさわっちゃうでしょう?

...パンデミック初期の「感染者がウィルスのついた手で触れた箇所に触れただけで感染する可能性あり」という公式の認識のため、世界中で手やドアノブや手すりなどの消毒が推奨されましたね。あれは2020年末頃には、「感染経路になる可能性は極端に低い」とWHOによって撤回されたはずなのです。(まあ、だから飛沫の付いたハンカチで手を拭いてもかまわないということにもなりますが)

日本では、パンデミック初期の情報にまだオロオロ従っているということでしょうか!?

それ以後も消毒液を常備するなど清潔を心がける習慣がつづくのは、いいことですよね。私も賛成です。

しかし..日本には使ったボールペンは「使用済みのペン立て」に戻して消毒されるまで使わないようにする措置をまだ本気で実施している...病院...までありました(正気か?!)。

ボールペンにたどり着くまでに申請用紙やら受付台やら、たくさんのモノにもうさわりまくった後ですのに。

もう「対策バッチリ」というアッピールのため、効果のあるなしなどは本当にどうでもいいパフォーマンスのための措置としか思えません。

全く意味不明の「感染防止対策のため、飲食時間の制限にご協力ください。30分以内を目安にお声がけをさせていただくことがございます」という札を掲げたドーナツ店もありました。回転率をよくしたいだけ...ですよね?

入院患者や入居者の面会を禁止する病院や介護施設などの、「患者や入居者に絶対に感染者を出してはいけない」という崇高な使命感も十分納得できるのですが、もう少し融通の利く対処法はないのでしょうか。訪問者から隔絶される入院患者や高齢者の情緒面のダメージをもっと重要視するべきではないでしょうか。

とにかく「疑問を持たずに決められたようにやる」のが、日本では物事を秩序だって進めるために必要だということをあらためて理解しました。

これらの措置が感染拡大防止に役に立つと、みんな本当に信じているのかなぁ、使用済みのペン立てやハンドドライヤーの使用禁止までうけいれてしまうぐらいなんだから、それよりはたしかに効果があるはずのマスク着用も、もしかしたら「疑問を持たずに」の一環で続いている習慣なのかもしれない...と思ってしまいました。

それにしても、あらゆる場所でのマスク着用の徹底そのほか、日本独自の納得しかねる防止対策をいっぱいやっている日本で、経済活動促進のための外食や旅行の推進、「インバウンドの積極的な誘致」をはじめちゃうって、日本政府は本気でしょうか。

ワールドカップの応援の時はマスクを外すのなら、国内ではずしてもいいんじゃないかって思わないのでしょうか。

むしろ、国内でマスクを外せない人たちにとって、感染防止対策を全くしていない国々から来た人たちでいっぱいの国際試合の会場は日本国内よりよっぽど危険ではありませんかっ?!

全員マスクをしていても、日本での感染者数は増え続けていますよね。

 

 

 

 

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2 コメント

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犬と暮らせば (浅井洋)
2022-11-29 10:47:14
父母は
1)「撃ちてし止まむ」が日本人だよ
 「恐くても 分からなくても 止められない 止まらない 真っ先 駈けて 飛び込むのが 偉い」
2) って 「負けると 分かってる 戦争を 止められなかったのだよ」
 「原爆が 落ちる迄」
3) 「人の言う事を信じちゃダメだよ 原爆の時に 誰が助けてくれた? 
4)終わってから 色んな人や 宗教がきたよ 「来てもしかたないよ 死んじゃってるんだもの」神も仏も無いよ」って
豊かに成ると 昔通りにしたいのですよ
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浅井さんへ (江里)
2022-11-30 23:35:14
浅井さんのブログも長いこと拝見していません。お母様のお言葉の数々、浅井さんのブログ調コメントで、身に沁みます。あとでゆっくり読んでみます。
日本で意識している人は少ないと思いますが戦争中のメンタルと根は同じと思っていいわけですよね?
まあ、マスクをするぐらい負担ではないし、感染予防に役にもたっているんだろうし「全員マスク」にそこまで反応しなくていいことかもしれませんね。ところで、まだみんなマスクをしていますか。
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