危機の時代を生きる――創価学会ドクター部編〉第13回 心臓というエンジン2022年7月8日
- 東京大学大学院医学系研究科・心臓外科教授 小野稔さん
医学では、体内の各器官が互いに連携し、支え合いながら私たちの健康を守っていることが明らかになってきている。まさに調和の世界であり、仏法の“人体は小宇宙”との思想と共鳴する。コロナ禍の中、この人体の調和を保つために、どのような心掛けが大切で、仏法ではどう説いているのか。「危機の時代を生きる――創価学会ドクター部編」の第13回は、東京大学大学院医学系研究科・心臓外科で教授を務める小野稔さんの「心臓というエンジン」と題する寄稿を紹介する。
コロナ禍が及ぼす影響
新型コロナウイルスが流行して2年余り。私の専門は心臓外科ですが、コロナ禍は少なからず心臓にも影響を及ぼしていることを感じます。
一つは直接的影響で、心臓がコロナに感染し、心筋炎になりやすいということです。これは最悪の場合、命に及ぶことがありますが、欧米に比べ、日本では重症化した例は少ないようです。
もう一つは、間接的影響です。コロナで重症化しやすいといわれる人、特に糖尿病、高血圧の方は、感染しないように外出を控えるあまり、運動不足に陥ります。それが生活習慣病を悪化させ、結果として心不全や心筋梗塞のような病気につながってしまうのです。この間接的影響の方が大きいと感じます。
日本人の死因のうち、心臓病などの心疾患は、がんなどの悪性疾患に次ぐ2位ですが、その多くも運動不足などの生活習慣と深く結び付いています。感染対策はしっかり取った上で、身体を動かすことを習慣化し、運動する習慣がない方でも、若い人は1日に8000歩、足腰の悪い人でも5000歩を目標に歩いていただければと思います。
休みなく全身を支える命の源
人間が生きていく上で、どの臓器も不可欠ですが、二つある臓器の場合は、もし片方がなくなっても生きていけます。しかし、心臓は一つしかありません。
心臓は、右心房、右心室、左心房、左心室という四つの部屋からできており、その一番の役割は、収縮と拡張で血液に酸素を乗せて全身に供給することでしょう。具体的には、右心室から押し出された血液が肺を通り、ここで体内から回収した二酸化炭素を捨て、酸素を取り込むと、左心房に入ります。そして、左心室へ送られ、ここから血液が押し出されて全身に酸素を送り、それぞれの臓器が出した二酸化炭素を受け取って、右心房に戻ってくるのです。
心臓の中の血液の流れを示した図。左下の右心室から押し出された血液は、青色の管(肺動脈)を通って肺に送られ、右上の左心房に戻る。そして右下の左心室から押し出された血液は、赤色の管(大動脈)を通って全身に送られ、左上の右心房に戻ってくる ©Dorling Kindersley: Dan Crisp/Dorling Kindersley RF/Getty Images
臓器は、酸素なしには生きていけません。ですので、心臓の力が弱まり、全身に血液が行き渡らなくなると、酸素も減り、全身の臓器も機能しなくなってしまいます。
例えば、心臓が止まると、5~10秒ほどで意識がなくなり、5~10分で脳が死んでしまいます。その意味では、心臓は“命の源”であり、私たちの活動を支えるエンジンともいうべきものです。
心臓の大きさは握りこぶしほどですが、私たちが寝ている時も休みなく動き、そこから1日に8トンもの血液を全身に送り出しています。
心臓の拍動は1分間に約60~80回、1日に約10万回。一生を80年と考えれば、約28億回も動き続けます。
通常、人間は歩き続けると、筋肉に乳酸がたまり、いわゆる筋肉痛になってしまって動くことができなくなります。しかし、心臓を構成する心筋細胞は、筋肉痛を起こしません。それは、乳酸をもエネルギーとして使用できる特殊な能力を持っているからです。
心臓のアクセルとブレーキ
心拍をコントロールしているのは、自律神経です。
自律神経は、交感神経と副交感神経という二つの柱から成り、交感神経は、人間を活動的にする働きで、心臓では拍動を早めるアクセルとして機能します。もう一方の副交感神経は、人間が休んでいる時に優位となるもので、精神的にリラックスさせ、心拍をゆっくりさせるブレーキとして作用します。
このアクセルとブレーキのバランスで、各臓器や私たちの活動に必要なエネルギーを生み出しているのです。その上で、心臓の健康という意味では副交感神経を優位にすることが重要です。副交感神経は血圧と心拍数を下げ、心臓への負担を減らすからです。
心臓の健康は、私たちの生活習慣とも結び付いています。例えば、睡眠は副交感神経を優位にしますが、その睡眠をしっかり取らないと交感神経が高ぶり、高血圧になって心臓に負担をかけてしまいます。また食生活でも、塩分過多は血圧を上げることが分かっているので、やはり心臓に負担がかかります。
もちろん、生活していく上で、動かないというわけにはいきませんので、普段は心穏やかに、副交感神経を優位にしておきつつも、いざという時には交感神経を働かせ、パッと行動できるようにしておくことが大事でしょう。
笑いと感動――学会活動は健康の王道
心臓にいい生活とは、大きな変化のない穏やかな生活ですが、それは何もしないということではありません。
例えば、人間関係を断って山の中にこもり、食事も質素にして暮らす。確かに、これを続ければ長生きできるでしょう。なぜなら、生活習慣病にならない生活だからです。しかし、そうした生活は万人にできることではありません。
万人にできることは、やはり人間の中で生きていくことです。そこには人間同士の葛藤やストレスがあるかもしれませんが、そうした中でも、人間は副交感神経を優位にできる力を備えています。
その一つとして注目されているのは「笑い」です。実は、笑うことで脳から身体をリラックスさせるホルモンが分泌され、身体の緊張を取ってくれることが分かっています。
もう一つ、「感動」も大切です。これは人の話を聞いたり、素晴らしい人に出会ったりすることで、心が動かされることです。そうすると副交感神経が働き、身体をリラックスさせてくれるホルモンが分泌されるのです。
またアメリカの研究では、人間同士の強い絆が、心臓病の抑制につながっていることが明らかになりました。これは、ある町で、心臓疾患による死亡率が周囲の町と比べて半分以下だったことで注目されるようになったものです。
調査をする中、その町の住民は、周囲の町の住民と比べて、飲酒や喫煙、食事、運動といった行動や健康意識は大して変わらなかったものの、「連帯感」や「助け合い」といった意識が非常に強いことが分かったのです。
この結果も、日々の助け合い、関わり合いを通し、そこに暮らす人々に「笑い」と「感動」が生まれていたのだろうと考えられます。
最近、日本では1人暮らしの方が増えていますが、その中で、学会員は自ら進んで地域の人々と友好を結んでいます。こうした活動は、自分も周囲も健康にしていく道だと実感します。しかし、そうした地域の絆があれば、暴飲暴食をしても、寝不足になってもいいというわけではありません。あくまで良識的な生活を心掛けることが重要です。
加えて、身体を動かすことも大切です。
心臓はかつて、単なる筋肉のポンプだと思われていましたが、近年では、この心臓から血管を柔らかくし、血液を流れやすくするホルモンが分泌されていることが分かりました。実は、そのホルモンを分泌する秘訣が運動なのです。血管が柔らかくなり、血液の循環が良くなれば、各臓器に血液が適切に流れ、臓器が守られることにもなります。
ともあれ、学会活動には笑顔と歓喜があり、友のもとへ足を運ぶ実践もあります。皆さんは日々、健康の王道を進んでいるのだと、胸を張っていただきたいと思います。
笑いと感動の人生――それは心臓の健康とも密接に結び付いている ©thianchai sitthikongsak/Moment/Getty Images
「心臓」を「蓮華」と見る仏法
心臓が元気であれば、全身の臓器も生き生きとし、私たちも活発に動くことができます。いわば、心臓は、人間の身体の「母なる大地」です。
この心臓について、仏法では、心臓が二つの肺に包まれた姿が、ちょうど蓮華がつぼんでいる形に似ていると説いています。そして「御義口伝」では、私たちの五体を「妙法蓮華経」の五字に当てはめ、「胸は蓮なり」(新997・全716)と仰せです。
「心臓」を「蓮華」と見る。私は、ここに深い意義を感じます。それは、御書に「蓮華と申す花は菓と花と同時なり」(新1913・全1580)とある通り、蓮華は、花という「原因」と、実という「結果」を同時に成長させることから、“仏の生命を開く原因と結果も同時に具わる”という「因果俱時」の象徴とされているからです。
私は、心臓は因果俱時に通じる存在ではないかと考えています。というのも、心臓が休みなく動き続けることができるのは、左心室から全身に血液を送り出す大動脈から枝分かれした冠動脈を通って、心臓自身に血液が送り届けられているからです。では、その冠動脈に血液を送り出す力は、どこから生まれているかというと、それも心臓の拍動なのです。つまり、心臓は、自らが動くという「原因」によって、自らが動くための動力源という「結果」を得ており、それが同時に存在することで、動き続けることができるのです。
蓮のつぼみ。古代インドの医学書には「心臓は蓮のつぼみの形をして、先端を下に向け、ぶら下がっている」と記されている ©I love Photo and Apple./Moment/Getty Images
生命の本質に迫る思想
余談ですが、冠動脈が動脈硬化を起こし、詰まりかかったり、詰まったりすることで狭心症や心筋梗塞が起こります。こうした病が起きる時の症状について、皆さんの中には、胸が苦しくなって倒れるような場面を想像する方もいらっしゃるでしょう。しかし実際、動脈硬化が進んでいるのに無症状の人もいるなど、自分で判断することは、なかなか難しいのが実情です。
実は心臓が悪くなった時、一番多く出るのは「息切れ」です。年のせいと思う方もいらっしゃるでしょうが、自分と同年代の方と歩いたり、階段を上ったりという、同じような行動をした時、周囲の人に比べて息が切れやすいという方は注意が必要です。心臓は、私たちの行動を支えるエンジンですが、そのエンジンが弱っているために息切れしている可能性があるのです。また、すぐに動悸がするという症状も、心臓からのサインかもしれません。ともあれ、そうした違和感があれば、すぐに受診していただくことをお勧めします。
その上で、私が興味深いと思うのは、仏典でも、そうした症状についての記述があることです。
例えば、心臓の病の症状について、「天台小止観」では「身体が寒くなる」「口が乾く」といった事例が挙げられています。「身体が寒くなる」というのは、心不全の症状です。もともと寒がりな人は別にして、心不全が重くなると、多くの方が寒がることが分かっています。また、心臓が悪くなると、鼻ではなく、口で呼吸しがちになるので、「口が乾く」ということも起こり得ます。
さらに、「摩訶止観」では「顔色が青くむくむ」と記されています。実際、生まれつきの心臓病の子どもたちや、大人になって心不全が重くなると、こうした症状が出る方がいらっしゃいます。
こうしたことから考えると、仏法には人間というものを深く見つめ、生命の本質に迫る思想が脈打っていると感じずにはいられません。
人生の好循環生み出す励まし運動
心臓は、私たちが生き生きと活動するための源ですが、その心臓は、人間同士の強い絆があってこそ、健康に保たれます。私は、この強い絆を、いかに育めるかという点が大切であると感じます。
強い絆といっても、周囲の人と友情を結ぼうとする「一人」がいなければ、育んでいくことなどできません。だからこそ、一人一人が、まさに心臓のように地域に希望を送り続ける「一人」となっていく。それが自らの心臓を健康にし、自らがさらに生き生きと活動するための源につながっていくと思うのです。
この好循環を生み出していくのが、創価の励まし運動であり、そうした活動によって、因果俱時の法理のままに、自分自身の生命に仏界の大生命を涌現していけることを教えたのが、仏法の哲学なのではないでしょうか。
日蓮大聖人は「浄きこと、蓮華にまさるべきや」(新1510・全1109)と仰せです。泥沼の中でも高潔な美しさを失わない蓮のように、現実社会の中で広布の使命に胸を張り、同志と共に動きに動いて、皆が健康で生き生きと暮らせる社会を築いていきたいと決意しています。
〈プロフィル〉
おの・みのる 1961年生まれ。東京大学医学部を卒業。医学博士。米オハイオ州立大学心臓胸部外科臨床フェローなどを経て現職。東京大学臨床生命医工学連携研究機構教授、同大学医学部附属病院医工連携部部長を兼務。人工心臓などの分野で、東大病院の心臓外科を世界トップレベルに押し上げた立役者。創価学会東京副ドクター部長。副本部長。
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『危機の時代を生きる』は、生命科学や歴史、経済、教育等、各分野の識者へのインタビューなどを収録。『危機の時代を生きる2――創価学会学術部・ドクター部編』には、現代における仏法の価値を論じた学術部・ドクター部の友の寄稿などが収められている。
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『危機の時代を生きる』
『危機の時代を生きる2――創価学会学術部・ドクター部編』