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曽田修司の備忘録&日々の発見報告集

「エミーリア・ガロッティ」は現代的感覚のギリシャ悲劇だと言ってもよいのではないか

2006-03-22 07:07:09 | アーツマネジメント
ひとつ前の記事の続き。

「エミーリア・ガロッティ」は、今から234年前の1772年に初演されたG. E. レッシングの芝居が元になっている。

ヨーロッパ近代演劇の古典とされる作品の上演と言えば、普通はオーソドックスな(日本で「新劇」と呼ばれるような)リアリズム演劇を連想するのが普通である。だが、この舞台は、まったくそれとは正反対で、観ていて18世紀に書かれた古典演劇という印象はまったく受けない。

舞台には、中央の舞台奥にある壁面に向けて(遠近法を強調するかたちで)左右に高い壁が聳えており、正面に人物が出入りする開口部(扉はない)が設けてあるだけのシンプルな構図の舞台装置である(だが、この装置には相当お金がかかっているはずだ)。

最初、エミーリアがファッション・モデルのように舞台奥から舞台前方中央までゆっくり歩いて進み出て、その後ろに花火が燦めく。そのまま彼女は、ひとこともセリフを発しないまま、そのまま歩いて舞台奥に歩み去って舞台から姿を消す。

ここでは、「歩いて、舞台を横切る(動線は奥から手前に向かっての直線だから、言葉としては「横切る」のではないが)」ことが、この舞台の演技の重要な属性を成していることが示される。

その他にも、この舞台では(セリフを発しないで)「ただ舞台を歩く」、「(セリフを発しないで)ただ(ひとりで、あるいは、並んで)舞台に立つ」、「正面を向いてほとんど観客が聞き取れないくらいの猛烈なスピードで台詞を喋る」などの一風変わった特異な演技がとられている。
いわゆる「リアリズム」の演劇のように俳優が日常的に振る舞う演技スタイルとは対極的な手法である。

さて、私が観劇した20日夜の公演後には演出家のミヒャエル・タールハイマーらが参加してポスト・パフォーマンス・トークが行われた。
その席で、翻訳家・演劇批評家の松岡和子氏は、開口一番、タールハイマーに対して「このような方法論、スタイルをどうやって思いついたのか」と質問を投げかけた。

それに対するタールハイマーの答えは、「私はいつも『還元』ということを考えている」(通訳氏は「還元」を「本質的なところに戻る」ということ、と補足していた)とだけ答え、具体的な「きっかけ」(発想の秘密)についての答えは聞けなかった。

このときのタールハイマーの話の中で私が非常に面白く感じたのは、彼は、エミーリア以外の登場人物を、皆「自分の世界にとらわれている」人物としてとらえているということだった。
猛烈なスピードで台詞をしゃべり続けている彼らは、「自分だけの、言葉による建物」を構築しているかのようで、そこにあるのは、それぞれの「自己中心的な世界」である。

彼らは、社会の中での自分の立場に非常なプレッシャーを感じており、それに対抗するためであるかのように、あるいは、自分の言葉に対する他者の反駁を許さないかのように、「猛烈なスピードで喋りちらす」。

同席していたドイツ座のドラマトゥルグであるオリバー・レーゼ氏は、このことを「感情的な爆発」と表現していたが、どの人物も、内面の不安を防御するために自分の周囲に向けて言葉の弾丸によって武装しなくてはならない不安神経症におそわれている、というように解釈することも可能かも知れない。

私は最初、この舞台の造形(舞台美術や人物配置や人物造形など)があまりにストラクチュラル(構成的)なので、(近代古典劇と言うよりも)まるでギリシャ悲劇の構造を思い起こさせられる、と思って観ていた。

そして、タールハイマーの演出においては、エミーリアだけが他の登場人物と違う性格を与えられている、と聞いて(それはまったく私の想像外の視点だった)、そうすると、他の登場人物は、ギリシャ悲劇のコロス(合唱隊)の役割をも兼ね備えていると考えてもよいのではないか、とも思った。

私はギリシャ悲劇の専門家でも何でもないので、何故そう思うのかについてはなかなかうまく説明できないし、単なる思いつきに過ぎないと言えばそうなのだが、エミーリア以外の人物は観客にとって自分自身の似姿に他ならないからだ、と言えば何ほどか説明したことになるのではないか、と思う。

(補足)文中の「コロス」(合唱隊)については、観劇直後の昂揚した気分の中で書いているので上記のような書き方になっているが、普通は、こういうとらえ方はしないはずだ。劇中の登場人物はコロス(合唱隊)としての役柄で登場しているわけではない。ここでは、彼(彼女)らがヒロイン(エミーリア)と観客との関係性を媒介する存在であるということを言いたかったわけである。

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