ときどき、ドキドキ。ときどき、ふとどき。

曽田修司の備忘録&日々の発見報告集

小泉恭子「音楽をまとう若者」

2008-01-06 19:35:11 | アーツマネジメント
小泉恭子著「音楽をまとう若者」を読む。

音楽をまとう若者
小泉 恭子
勁草書房

このアイテムの詳細を見る


この本は、日本の若者のポピュラー音楽の受容の態度を対象とする音楽社会学の研究成果である。著者がロンドン大学教育研究所に提出した博士論文を、日本語で書き改め補筆したものだという。

表題に「まとう」という語が使われていることでわかるように、著者は、若者にとっての音楽を、自分を飾る、または、保護する衣服のようなもの、ととらえている。音楽を「まとう」ことは、他者に対して自分を表現する(または隠す)こと、他者とのコミュニケーションをすることに他ならない。

さて、ここでは(日本の)若者に焦点が当てられているが、一般的に、ある人々がどういう音楽を好むか、その傾向を分析しようと思ったらどうするだろうか。

素人考えでは、ただ単に、どういう種類の音楽が好きなのか、なぜ、その種類の音楽が好きなのかをいろいろな人にたずねても、きわめて雑多な答えが返ってくるだけで、得られるものとしては、ひとそれぞれに好みが異なっている、ということになってしまいそうだし、せいぜい、育った環境が違うと好まれる音楽も違ってくる、ということぐらいのことしかわからないのではないかと想像してしまう。

著者は、カルチュラル・スタディーズの本場である英国における音楽社会学の先行研究を踏まえて、日本の高校生に対象を絞ってフィールドワークを行い(対象は、兵庫、大阪、京都、滋賀の近畿四県、期間は1998年から2001年にかけて)、非常に興味深い結果を得ている。

現在では、学校教育の中でもポピュラー音楽が教科書に取り上げられるようになってはいるが、学校音楽として認められているのは基本的にクラシック音楽であり、それに対して、日常生活の中で若者たちが聴いているのは圧倒的にポピュラー音楽である。

そのため、「どんな音楽が好きか」という同じ質問をしても、学校の中と学校以外の場所では、答えが異なるという。学校では、クラシックを基本とし、正統化された知識を身につけることがよいこととされ、さらに、それに対する評価が伴うので、それ以外の嗜好が表に現れにくい。

このように、場(lieu)ではなく、空間(espace)によって、聞き取り対象者の語り口があきらかに違ってくることから、著者は、学校を「フォーマル」な空間、学校の外を「インフォーマル」な空間とし、その間に「セミフォーマル」な空間を設定している。「セミフォーマル」にあたるものとしては、学校の中でのポピュラー音楽系の部活動と学校外のバンド・コンテストという空間が設定されている。
(この、「場」と「空間」の区別は、「文化の政治学」で知られるミシェル・ド・セルトーによるものだという)

著者の観察によれば、インタビューの対象者である高校生たちによって語られる「自分たちの好きな音楽」は、パーソナル・ミュージック、コモン・ミュージック、スタンダードの3層に分かれる。

コモン・ミュージックは、同級生や同世代の仲間が共通に好む音楽であり、それがあることで、高校生たちは自分のパーソナル・ミュージックを他人に明かすことなく、コミュニケーションをスムーズにとることができる。
たとえば、コモン・ミュージックとは、カラオケで仲間と一緒に歌う曲のことである。
これに対して、スタンダードは親や教師などの自分とは世代の違う相手と共通の嗜好を持つものである。

私にとっては、パーソナル・ミュージックというのは(フォーマルな場においては)他人に知られたくないものだ、という発想が新鮮であった。

著者のもうひとつの重要な指摘は、ジェンダーによって、音楽の受容のあり方が異なるということだ。
これは、ブルデューの「文化資本」の概念を使って説明される。ポピュラー音楽、ロックやフォークの場合は、男子と女子とでは、先行世代である親から引き継ぐものと、先輩や仲間から教わって獲得するものが違い、それぞれ、「相続資本」と「獲得資本」というタームを使って説明される。

ロック音楽の世界は典型的な男性中心主義であるということも指摘される。

高校生がつくるロックバンドというもののあり方の分析が面白い。
ロックバンドの基本的な構成はギター、ベース、ドラムス、ボーカルだが、この年代でこれらの楽器演奏に興味を持つのは圧倒的に男子が多い。

それぞれ、親や友達などから相続したり獲得したりする文化資本が異なっているので、それぞれのパーソナル・ミュージックが異なっている場合に、どういう種類の音楽がそのバンドの演奏のレポートリー(コモン・ミュージック)になるかというところでメンバー間の競争や駆け引きが繰り広げられる。

男子のバンドに女子がボーカルとして入って来たり、女子だけのロックバンドだとまたぜんぜん事情が違ってくる。

・・・というようなことが、この本を読んでいると非常によく理解できる。

なるほど、そういうことだったのか、という、納得の一冊である。




コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 甘んじる | トップ | 教職員のための初級カウンセ... »

コメントを投稿

アーツマネジメント」カテゴリの最新記事