日々雑感

男の独り言

冤罪 又?

2012年10月31日 18時18分24秒 | Weblog
1997年に起きた東京電力女性社員殺害事件の再審初公判が東京高裁であり、即日結審した。控訴審のやり直しで、検察側は当初方針から一転してネパール人ゴビンダ・プラサド・マイナリさんの無罪を主張したことで、来月7日の判決で「無罪」が確実になる。犯行に結びつく直接証拠が無い場合、逮捕した人を先ず犯人と決めつけ、状況証拠を積み上げていく捜査手法が、いつも冤罪を生んでいる。つい最近でも、インターネット掲示板に、犯行予告が書き込まれるなどした一連の事件で逮捕された4人、全員が冤罪だった。私事になるが、過去に裁判の当事者である被告にされた経験がある。民事事件だったために、警察も検察も舞台に出てこないが、裁判などはテレビでみるしか経験のない私は、法廷に立っただけで尋常な気持ちでいられなくなった経験がある。あのような精神状態で詰問されたら、どんなことでも認めてしまうかも知れない。「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則を守り、これら事件の誤判に至るまでの経緯を徹底検証をしなければ、冤罪の再発防止や裁判の信頼回復も無いとおもう。権力とは恐ろしいもので、罪のなかったマイナリさんを15年間も拘束しておきながら、「あれは間違いでした」などと簡単に済まされていいわけがない。

原子力防災訓練におもう

2012年10月28日 15時03分38秒 | Weblog
今月24日に全国最大規模という道原子力防災訓練が行われたが釈然としない。再稼動は決まっていないのに、地震が発生して、炉心溶融を起こしたという仮定の元に行われたのだ。地方紙に哲学者高橋哲也さんの言葉として「ある者の利益が、他の もの の生活(生命・健康・日常・財産・尊厳・希望など)を失う」と紹介されていた。ここでいう もの には、人間以外も含まれている。一億年前や一億年後、その時代その時代を生きるものにとって、時間は瞬間でしかない。であるならば、その瞬間の生のために、命より金が大事と、制御出来ない化け物を、性懲りも無く動かすことに何の理由があるのだ。福島はまだ何も終わっていない、まして第二の3.11が来ないという保証はどこにもないのだ。今を生きる人間は未来を生きる人間のために、綺麗な地球を残す責任がある。自然は変えられないが社会は変えられる。これまでのように自然と対峙する生き方を変え、自然を受け入れ、恐れ、敬いながら生きるようにする。わかり易くいえば、暗くなったら寝ればいいのだ。そうすれば、エネルギー消費も少なくて済む。防災訓練までしてこれ以上ビクビクして暮らすのはご免だ。

石原氏、新党結成へ

2012年10月26日 08時26分18秒 | Weblog
きのう、都議会に辞表を提出した元東京都知事石原慎太郎氏が「たちあがれ日本」に所属する衆参国会議員5人と、同党以外の議員も参加する見通しで、新党結成に向けて始動した。石原氏80歳 たちあがれ日本代表 平沼赳夫氏73歳 同党党員 園田博之氏70歳 同じく 藤井孝雄氏69歳 同 片山虎之助氏77歳 同 中山恭子氏72歳、以上6人です。そもそもの政党名「たちあがれ日本」の名ずけ親が石原氏だったらしい。石原氏といえば環境庁長官のときに陳情団を相手に多忙を理由に面会を拒否しながら、当のご本人はゴルフに興じていたのだ。先の東日本大震災では津波を「天罰」と暴言を吐いたり、何より、兵・民 併せて310万人もの多くの犠牲を強いた(厚生労働省資料による)あの悲惨な戦争をも厭わない改憲論者である。現在、平均年齢73,5歳のお年寄り集団が立ち上がった過去に「立ち枯れ日本」と揶揄した記憶がある。大丈夫なんでしょうか? 

権力とメディア

2012年10月24日 09時59分38秒 | Weblog
週刊朝日と橋下徹大阪市長の闘いは週刊朝日が”白旗”をあげて終局した。特に橋下氏の支持者でもこの社の週刊誌を愛読しているわけでもないが、週刊誌側にどうしても伝えたいことがあるのなら橋下氏の取材拒否に屈服することなく、メディア全体で取材拒否を批判して闘うべきではなかったか。このままでは権力者にとって都合の悪いメディアを取材拒否にしてしまえば権力者の思い通りになって市民の知る権利が失われることにもなりかねない。最近のメディアは市民の声なき声を大きな声にして世論に訴えるという本来の使命を忘れ「ペンは剣よりも強し」という正義も消えて愚にもつかない読者受けをねらった記事だけが氾濫している。ニュースを売らずに、媚びを売るようではその存在意義が問われるであろう。

PC誤認逮捕におもう

2012年10月23日 07時50分39秒 | Weblog
インターネット掲示板に犯行予告が書き込まれるなどした一連の事件で、逮捕された4人すべてが冤罪だった。普通に生活してる人たちのもとに、ある日突然警察官が現れて、有無を言わせず逮捕拘禁され犯人にされてしまう。小説に出てくるようなことが、現実に起こったことに恐怖を覚えている。逮捕された人たちは当初否認していたが最終的には認めてしまっている。「真犯人」を名のる人物からテレビ局にメールが届かなかったら、あの人たちはどうなったのだろう。捕らえてしまえば、犯人にするまで 脅し・自白の強要・誘導尋問 何でも有りの本質は、これまで繰返された冤罪と何も変わっていない。パソコンを少しでもいじったことがある人なら、受信したメールから発信者のメールアドレスを知ることはいとも容易なことなのだ。
もし私が犯人なら、こんなすぐに捕まるような方法で犯行は行わない。考える程でもない理屈も考えずに、逮捕に踏み切った警察、それを疑問におもわなかった検察や逮捕状の請求を受けた裁判所の判断など、善良な市民を犯人に仕立て上げたこれら関係機関の愚かさに呆れるている。

戒石銘

2012年10月21日 10時58分10秒 | Weblog
今朝の地方紙に掲載されていた、福島県二本松市にある石碑の銘で書かれているのは、「爾の俸爾の禄は民の膏民の脂なり下民は虐げ易きも上天は欺き難し」と4行16字で記されている。「お前の給料は民の汗と脂の結晶である税金で賄われている。感謝しなければならない。この気持ちを忘れて民を虐げると、必ず天罰が下るぞ」という意味らしい。江戸中期、財政難から税制面などの広範な改革を断行した二本松藩の藩主が藩士の心構えとして刻ませたのです。しかし実際は藩財政の立て直しが目的で、強権的な手法をとったことにより家臣の反発も強く、大規模な農民一揆をきっかけに改革派は失脚したのです。家臣の反発を小沢氏の離党、強権的な手法を、消費税の増税、大規模な農民一揆を毎金曜日の原発反対デモに置き換えると、現政権のあり様にそっくりではないか。口先ばかりで中身の伴わない政治に国民理解が得られないのは、世の古今を問わず同じであることを総理は自省すべきである。

又 大臣辞任?

2012年10月20日 09時13分06秒 | Weblog
内閣機能の強化を大義名分に、今年だけで三度目の改造内閣が、早くも暗礁に乗り上げている。どうも総理は人選の資質に欠けているようだ。法と正義の番人である法相に暴力団との交際が発覚し、任命権者としての責任を問われようとしているのだ。かつて野田内閣はご自身で「最善かつ最強の軍団」と言った筈だが、度重なる改造が国民生活を気遣うことではなく、自らの政権延命策であったり、論功行賞であったり、苦戦が予想される次期衆院選対策の閣僚未経験者の「滞貨一掃」でしかないのなら、何度改造してもうまく機能するわけがない。

復興予算は被災地復興の為に

2012年10月17日 09時00分07秒 | Weblog
被災地復興とかけ離れた事業に復興予算が三千二百億も使われていた。ダントツなのは経済産業省の中小企業などの設備投資に対する補助で2,950億円も使われている。他にも反捕鯨団体シーシェーパードの妨害対策(23億)や刑務所の職業訓練の拡大(3千万)などである。2011年度から五年間で19兆円と見積もった復興予算のうち1兆円程度見込んでいたという【全国防災対策費】は官僚の手にかかると、被災地以外でも使えるらしいのだ。二重ローンに苦しむ人や仮説住宅で不自由を強いられて人が大勢いる中で、こんな予算を組み立てる必要があったのか、復興予算の使い道は被災地復興に限定にすべきと思うが。

退院しました。

2012年10月13日 08時54分02秒 | Weblog
「ひと夏の経験」とでもいうのでしょうか、夏の始まりから秋の始まりまで三ヶ月も入院してました。オートバイの単独事故による右足骨折です。救急車にも乗りました(^^)。
闘病?生活で感じたことは最近の医療は患者に優しい医療ということでしょうか、痛いのは事故を起こしてから救急車で病院に運ばれる迄で手術中は勿論、術後も麻酔のお陰で全く痛みを伴わないのです。
入院した病院は整形外科では年間の手術回数は国内で10指に数えられ、道内は元より道外からも患者が訪れる全国区の病院らしいのです。この病院の院長が発案したサポーターは腱を切断したときに用いられ、ジャイアンツの清原選手が現役のときに愛用したということです。私は選んでこの病院にしたのはではなく、救急車で運ばれたのが偶然そこだったというだけで、地元にこんな病院があることは、日頃病院とは縁のない生活を送っているわが身にとって驚きでした。
私の住む街には国立医科大学も有り、通称「病院銀座」と呼ばれる通りも有るくらいで、医者とヤクザと飲み屋は多いのです。脳外科の権威でゴッドハンドと呼ばれ、世界的に知られる名医、上山博康氏も当地の日赤病院に勤務していて、住んでいる街が良かったと実感しています。この度は救急隊員を始め医師・看護し・理学療法士・家族・友人色んな方たちにお世話になりました。まだリハビリを続けなければなりませんが皆さんありがとうございました。