興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

現実的なゴール

2020-11-18 | プチ精神分析学/精神力動学
日々の心理臨床の中でしばしばクライアントさんが希望される事のひとつに、その方を今現在も苦しめ続けている過去の出来事や人物などの記憶を消したい、完全に忘れてしまいたい、というものがあります。

そうした記憶は多くの場合、トラウマ化した記憶(traumatized memory)であり、実際にその人をひどく苦しめています。

思い出す時に伴うのは、怒りや恐怖や屈辱感や大きな失望や深い悲しみなど多岐に渡ります。

そうした難しい感情に加えて、動悸や息苦しさ、震えや発汗、吐き気などの身体症状を伴う事もあります。

いずれにしても、こうした種類のトラウマ化した記憶は、いわゆる「時間薬」が効かず、長い時間が経っても鮮明に、同じ強度で存在し続けます。

こうした記憶に悩まされるクライアントさんの心理臨床で、強い治療関係ができてから、適切なタイミングがあれば、私は以下のようにお伝えする事があります(ケースバイケースで、そうしない場合もあります)。

「その記憶(人物)の事を、完全に忘れ去る事は現実的ではないかもしれませんし、もしかすると、そうすべきでもないのかもしれません。

大事なのは、○○さんがその記憶をプロセスして、こころの折り合いをつける事で、そうする事で、たとえ思い出しても今のように心が乱される事がなくなっていきますし、その頃には、思い出す頻度もどんどん減っていきます」

すると、クライアントさん達は異口同音に、

「そうか、今までこの記憶をなんとか消し去りたいって頑張っていてそうすればするほど忘れられずにどんどん苦しくなっていたけれど、完全に忘れる必要はないんですね。

確かにこの記憶が苦しいから忘れたいわけで、思い出しても大丈夫になれば良いんですね。そんな日は来ますか?」

と仰られます。

「もちろんです。時間は掛かるかもしれませんが」、

と私は返します。

実際、2人でその出来事や人物や記憶について取り組むセッションを重ねていくうちに、皆さん、その記憶に煩わされる事が少しずつ減り、やがて克服されます。

その出来事や人物との事が消化されて、その方の自己同一性に統合されていくプロセスです。

トラウマ化された記憶が脱トラウマ化され、嫌な記憶に変わりはなくても、トラウマでは無くなるのです。

これは徐々に、段階的に起こる事であり、乗り越え始めた頃に、次第にクライアントさんには新しいテーマが出てきて、そうした記憶はセッションの主題から外れていきます。