興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

みかんとiPhone

2014-10-23 | 戯言(たわごと、ざれごと)

 朝の通勤の電車で、隣に座っていた自分の母親ぐらいの世代の女性が「すみませんが」と不意に話し掛けてきた。大層な荷物を持っている。僕はiPhoneのスイッチを切り、彼女の方を向いた。すると彼女は、「今乗っている電車から巣鴨まで一番乗り換えの少なくて済むルートはご存知ですか」と問うので、僕はその質問について一瞬考えて即座に回答した。しかしそれはいまひとつ彼女を満足させるものではなかったようだ。

 そこで、「よし、これを使って調べて見ましょう」と右手で握っていたiPhoneをかざすと、彼女の表情はぱっと明るくなった。


 しかしそれまでフェィスブックの世界にいた自分は次の到着駅がどこかもにわかに分からず、「ええと、今どの辺でしょう」、と窓の外を見ると、彼女も分からず、一緒に流れる景色を見始める。するとそのボックス席の僕の前に座っていた今風の若い女性がすかさず「戸塚です」と答えてくれた。

 僕らは彼女に礼を言い、iPhoneの画面に向き直って、おもむろに検索を始めた。
 よりによって繋がりの悪いインターネットでもたつきつつも、最短、最楽のルートが出てきた。新橋で山手線に乗り換えるのが良いらしい。調べてみるものだ。僕が思いついたのは、品川から山手線に乗り換えるものだった。

 その「最短、最楽ルート」を伝えると、彼女はとても喜び、繰り返し礼を言った。それから持っていた幾つかの大袋の一つに手を入れて、ぱっと取り出してこちらに差し出してくれたのは、形の良いみかんだった。「親切にしてくださったお礼に。後で食べてください」と言われるままに礼を言って受け取った。

 品川で下車する別れ際に、この次の駅が新橋ですよと伝え、改めてみかんの礼を言うと、その女性も再び顔をほころばせて「どうもお世話になりました」と言った。


 オフィスに着いて、頂いたみかんを食べながら、不思議なものだなと思った。

 電車の中でのスマートフォンの使用は、自分の世界へと入り込む、他者との繋がりの断絶された現代人の象徴などとしてしばしば扱われるけれど、そのスマートフォンが、たまたま隣に居合わせた誰かとの心のふれ合いや繫がりを促進することもあるのだ。なんだか嬉しかったので、僕はこのみかんの写真を撮り、Facebookに載せてアメリカの友人達と共有した。