MA社会研究所情報

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東京の若者の街、原宿、渋谷、大阪の労働者の街、釜が崎の歴史。

2017-08-01 13:15:51 | Weblog
 各地の社会の時代による変化をテレビで見た。原宿の歴史をふりかえると、原宿の西側には明治時代には日本軍の練兵場、演習場があった。明治天皇が亡くなられて明治神宮が作られ、表参道の大通りができた。1945年の太平洋戦争後は占領軍の米軍の住居が立ち並び、ワシントンハイツと呼ばれた。1970年ごろには原宿の駅前で踊る若者が増え、竹の子族と呼ばれた。竹下通りの店が竹の子族の衣装を売って有名になった。最近は多くの外国人が訪れ竹下通りはごった返している。
 渋谷円山町は明治時代には料亭が並び、芸者が踊っていた。戦後はラブホテル街になり、1970年ごろからクラブが増えて、ディスクジョッキーがレコードをかけ数百人の若者が室内で踊る街になった。
 大阪の労働者街の西成地区、釜が崎は木賃宿が集まる街で、新世界や通天閣に近い。大阪万博の建設ラッシュの時代は多くの建設労働者が全国から集まりにぎわった。手配師が仕事を割り振り、メザシや梅干しとご飯だけの食事や、一人1帖の部屋での生活に労働者が怒り何回も暴動が起きた。とび職のつなぎの太いズボンの服は上下で18000円する。関西空港に近いので最近は外国人が増えて、外国人向けの宿泊所が増えている。ジャズの店もあり人気がある。各地域での時代の変化を感じる。


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