中井久夫訳カヴァフィスを読む(109) 2014年07月09日(水曜日)
「コマギネの王アンティオコスの墓碑銘」は二部構成。前半は、
と、墓碑銘がつくられた経緯が書かれている。この経緯を中井久夫は古文・漢文の文体で訳出している。「彼すなわち」の「すなわち」は漢文の「即」。古文と漢文の混交で、ことばの速度が非常に速い。その速さ、簡潔さは、まるで墓碑銘そのものである。
また内容も墓碑銘として読むことができる。「学者王」と呼ばれていた。娘の王女に愛されていた。王女が墓碑銘を望んだ。そこにはまたシリアの臣も登場してきて、歴史の背景がうかがえる。なかなかおもしろい。
これに向き合うのが、カリストラトスがつくった墓誌は、
ここにも「すなわち」が出てくる。漢文ではやはり「即」だろうけれど、意味が少し違う。ここの「すなわち」はイコールの意味になる。ぴったり合致する、の「ぴったり」、すきまなくが「即」なのだろう。
前半では王女の命令を受けたら、即座に、時間をおかずに(ぴったりとくっついている時間内に)シリアの臣の進言を聞きにいった、ということだろう。
このふたつの「すなわち」の「ずれ」のようなものが、そのまま前半の「経緯」と、後半の「墓誌」にあらわれているようにも思う。
奇妙な言い方になってしまうが、あとの方の「すなわち」の方が、イコールでありながらこころの底ではイコールではない。前半の「すなわち」はこころの動きがそのまま行動になっているが(どう書けば、自分のためになるだろうかと心配し、その心配が進言をあおぐという行動になっているが)、後半は「イコール」でごまかしおけばいいと、こころが行為とはなれている。したがって、墓誌の内容も、愛も尊敬もこもっていない。なおざりだ。「徳」があったと書きながら、どんな徳かは具体的には書かず、そのうえで「ギリシャ」と言い直し、「ギリシャ」より徳の高いのは神々の領域と神にいろいろな批判をあずけてしまっている。
前半のひきしまった文体に比べると、間延びしきった文体である。そこに、この墓碑銘がいいかげんなものであるという批判もこめられている。
「コマギネの王アンティオコスの墓碑銘」は二部構成。前半は、
コマギネの学者王アンティオコスの大葬はてつ。
つつましくやさしき そのひと世を 姉ぎみ王女のいたくいたみて
墓碑銘をのぞみき。エフェソスのソフィスト カリストラトスに命くだるれば、
彼すなわちシリアの臣の進言に従い墓誌をつくりて
老いたる王女のもとにささげぬ。
と、墓碑銘がつくられた経緯が書かれている。この経緯を中井久夫は古文・漢文の文体で訳出している。「彼すなわち」の「すなわち」は漢文の「即」。古文と漢文の混交で、ことばの速度が非常に速い。その速さ、簡潔さは、まるで墓碑銘そのものである。
また内容も墓碑銘として読むことができる。「学者王」と呼ばれていた。娘の王女に愛されていた。王女が墓碑銘を望んだ。そこにはまたシリアの臣も登場してきて、歴史の背景がうかがえる。なかなかおもしろい。
これに向き合うのが、カリストラトスがつくった墓誌は、
「気高き王アンティオコスの徳をよく知りて讃えよ、コマギネの民よ。国運の見通しを誤らざりし指導者。強く、賢く、偏らず、また何よりもまずよき性ありき。すなわちギリシャ的なり。ギリシャ的なるより高き徳、世にあらず。それより高きものはなべて神々に属す」
ここにも「すなわち」が出てくる。漢文ではやはり「即」だろうけれど、意味が少し違う。ここの「すなわち」はイコールの意味になる。ぴったり合致する、の「ぴったり」、すきまなくが「即」なのだろう。
前半では王女の命令を受けたら、即座に、時間をおかずに(ぴったりとくっついている時間内に)シリアの臣の進言を聞きにいった、ということだろう。
このふたつの「すなわち」の「ずれ」のようなものが、そのまま前半の「経緯」と、後半の「墓誌」にあらわれているようにも思う。
奇妙な言い方になってしまうが、あとの方の「すなわち」の方が、イコールでありながらこころの底ではイコールではない。前半の「すなわち」はこころの動きがそのまま行動になっているが(どう書けば、自分のためになるだろうかと心配し、その心配が進言をあおぐという行動になっているが)、後半は「イコール」でごまかしおけばいいと、こころが行為とはなれている。したがって、墓誌の内容も、愛も尊敬もこもっていない。なおざりだ。「徳」があったと書きながら、どんな徳かは具体的には書かず、そのうえで「ギリシャ」と言い直し、「ギリシャ」より徳の高いのは神々の領域と神にいろいろな批判をあずけてしまっている。
前半のひきしまった文体に比べると、間延びしきった文体である。そこに、この墓碑銘がいいかげんなものであるという批判もこめられている。
![]() | リッツォス詩選集――附:谷内修三「中井久夫の訳詩を読む」 |
ヤニス・リッツォス | |
作品社 |