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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

小倉金栄堂の迷子(5)

2025-04-16 23:33:34 | 小倉金栄堂の迷子(メモ)

小倉金栄堂の迷子(5)

 いつも、ことばが先にいた。あるときは歩道橋の途中で立ち止まり、下を流れていく車の列の、赤いテールランプが見えるまで風の音を聞いていた。あるときは、エレベーターに乗らずに、小さな灯しかない階段を上っていった。手すりにふれると、ことばの体温がまだ残っているのだが、それは筆跡のように(それは「書き癖のように」と書いたあとで修正されたのだが)、はっきりと、それがことばのものであることを証明していた。
 ドアを開けると、ことばは絵を見ていた。ひとつのことばがシーツのなかで裸の胸の汗を、ランプの光に輝かせていた。もう一つのことばはベッドに腰掛け、靴下を手に持っていた。
 「おわったところだろうか、これからはじめるところだろうか」
 先に、ことばが、そう言った。振り向かなかったが、追いかけてきていることを知っていて、わざと声に出したのだ。
 ほかのことばたちが、ことばと私、そして絵のなかのふたつのことばを見比べるようにながめて、後ろを通りすぎながら、あるいはわざと近づきながら、アルコールで臭くなった息を破棄ながら、ささやいている。まるで、その絵が、私たちであるかのように。
 ことばに無視され続けている、嫉妬深い別のことばが、言った。
 「おわったところだろうか、これからはじめるところだろうか」
 どっと笑いが起きた。無防備な裸を見られたような気がした。

 

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小倉金栄堂の迷子(4)

2025-03-29 23:02:45 | 小倉金栄堂の迷子(メモ)

小倉金栄堂の迷子(4)

小倉金栄堂の迷子
   あるいは破棄された詩のための注釈

 ふたつの断章と登場人物のリストのあとに、ページの中央に大きな文字で、そう書かれていた。夢のなかで、夢で見たと思った。あるいは、夢で見たと、夢のなかで思ったのか。わからないが、それは絶対に間違えることのできないことばとして、夢のなかへ何度もあらわれた。
 小倉金栄堂の、角がすり切れた函のなかから本を引き出したとき、雪のように舞い落ちた紙を拾い上げたとき、まだことばになっていないことばは、誰も書いたことのない詩集の書き出しを、まるできのう見た夢を思い出すように、思いついたのだ。
 「閉店です」と告げながら角口が階段をおりていく。足音が消え、シャッターを下ろす音が聞こえる。「きょうも『あの手』の本は一冊も売れなかった」という、角口がこころのなかに隠した声が聞こえてきた。路面電車のパンタグラフがスパークし、まき散らす火花の光が本棚を駆け回り、天井を滑って、再び出て行く。
 閉じ込められてしまったみたいだ、とまだことばになっていないことばは思ったが、どうしてそんなことが起きてしまったのか、その本には何も書いてなかった。本のことばとはそういうものである。

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小倉金栄堂の迷子(3)

2025-03-25 23:00:55 | 小倉金栄堂の迷子(メモ)

小倉金栄堂の迷子(3)

 『破棄された詩のための注釈』という本があった。100ページもないのに、箱に入っている。売れ残った他の本の箱と同じように、角がこすれて毛羽立っているということばは、削除され、かわりに本を引き出したのと同時に一枚の紙がふわりと舞った、と書き直された。北陸の冬の海。雪のように、カモメの羽毛が舞う、そのように、とブルーの万年室で書かれたことばはつづいていたが、そのことばこそ破棄されなければならない詩である、と詩人は書いている。
 
 一行の余白があり、小さな文字で「登場人物」というタイトルで、ことばが並んでいる。目次のように。


海の匂いのすることば、
海から帰って来たことば、
肩に雪をつもらせたことば、
淫らなことば、
淫らなことばに侮辱されたと感じていることば、
ノスタルジーに汚染されたことば、
繊細なことば、
繊細なことばのとなりにいる横柄なことば、
たとえば木曜日、
横柄と横着の区別がつかないことば、
ノスタルジアをからかうことば、
禿げて太ったことば、
消毒液のにおいのすることば、
非情階段にすわり空を見ることば、
歌のない音楽が好きだといったことば、
絵の具ではほんとうの黒を表現できないがことばでならできるといったことば
淫らなことばをまねしたがることば、
指で宙に文字を書きたがることば
橋が好きなことば、
接続法のことば、
過去完了形からやってきたことば、
未来完了形へなりたがることば、
アルファベットで呼ばれたいことば、
あるいはを繰り返すことば
キュウリを刻むことば
雨の日にキュウリを買いにいくことば、
犬論のためには犬の形ということばが必要だということば、
ことばを一つずつ消していくことば、
蹴られるたびに新しいことばのために物語を考えることば、

秘密のことば
瞑想のことば
沈黙のことば

重力のことば
論理のことば
空想のことば

 ことばを登場人物にした詩を書こうとしたのは、あの男ではない、私だ、声を出さずに夢のなかで叫んでいることば。

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小倉金栄堂の迷子(2)

2025-03-24 23:03:10 | 小倉金栄堂の迷子(メモ)

小倉金栄堂の迷子(2)

 路面電車が通りすぎる寸前、小倉金栄堂へ入っていく「ことば」が見えた。帽子を目深に被り、顔を隠すようにしている。夢のなかなので、路面電車の影に隠れたにもかかわらず、店員の角口をつかまえ「あの手の本はないのか」と聞いているのが見えた。私のまねをしている。間違いない。
 「あの手の本はちょうど売り切れたところだが、二階にはまだだれも目をつけていない本があるはずですよ」
 先回りして二階で待っていたが、だれも上がってこない。夢の階段を踏み間違えたのか。路面電車のパンタグラフがまき散らす火花の光が書棚を走る。そのとき、一冊の本が目に入った。『削除された詩のための注釈』。私が盗んだメモに書いてあったことば。それが詩集になってしまっているのか。あるいは、これは特別な思想書の、手の込んだタイトルなのか。
 「逃げ出したことばが本のなかにもぐり込んだので、別のことばがはじき出され、はじき出されたことばがまた別の本に侵入し、小倉金栄堂の二階の本棚に並べられた本は、つぎつぎに文章が変わっていくのだった」。開いた本のページには、私が書きたいと思っていたことが印刷されていた。どの本を開いても、開いたそのページには同じことばが書かれていた。
 呆然としていると、「悪夢とは姿を変えて追いかけてくるものではなく、いつまでも変わらずにそこに存在し、ひとを巻き込むものである」ということばが、私のそばに男の姿で立っていた。どこかで見たはずの男だが、どこで見たのか、思い出せなかった。過去ではなく、これから起きることのなかで出会うのだろう。

 

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小倉金栄堂の迷子(1)

2025-03-18 22:43:21 | 小倉金栄堂の迷子(メモ)

小倉金栄堂の迷子(1)

 「ことばが逃げ出した」。夢のなかへ、顔色をうかがうことが得意な「ことば」が密告しに来た。駆けてきたらしく、やっと、それだけを言った。私は、雪道で転び、大腿骨を骨折し、手術の麻酔のあいまいな意識のなかで、そう知らされたのだった。「どのことばだ」と私は聞き返したが、麻酔の夢から覚めると同時に、密告した「ことば」は消えてしまい、同時に「こたえ」も消えたのだった。

 しかし、私にはわかった。「あのことば」に違いない。小倉金栄堂の二階、売れ残っていた『廃棄された詩のための注釈』だったか『廃棄された注釈のための詩』だったか、タイトルははっきりとは覚えていないが、その本に、栞のようにノートの切れ端が挟んであり、そこに書いてあった「あのことば」。
 活字のように正確な文字。群青のインク。メモというよりは、テキストを筆写したような揺るぎない筆跡。私は、その五文字を記憶すると、紙片を破いてポケットの中に入れ、書店を出ると、側溝に捨てた。雪の季節で、それは雪のように舞った。服のなかに忍び込んだ雪が、服を揺らすとこぼれるように。

 「あのことば」は、私が手術で歩けないと知って、つまり追いかけることができないと知って、逃げ出したのだ。だからこそ、私は行かなければならない。小倉金栄堂へ行って、「あのことば」をつかまえ、印刷し、私の詩集に閉じ込めなければならない。なぜなら、「あのことば」は私のものではなく剽窃したものだからだ。そのままにしておくと、「あのことば」は「私は剽窃された。私のいる場所はここではない」と大声を張り上げるに違いない。

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