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金時鐘四時詩集より

2011年03月23日 | 管理人のつぶやき
詩人金時鐘氏は沈黙十年のあと、金時鐘四時詩集「失くした季節」を発刊した。
高見順賞を受賞した。
私にとって、過去に発刊した詩集は読みづらい印象ばかり強くて敬遠していたが、この詩集はその思いを払拭してくれた。
詩人の魂の琴線に触れたおもいである。
折に触れその一遍いっぺんを紹介します。    sangtae


     帰 郷

故里が
帰り着くところであるためには
もう一度ダムに沈む在所を持たねばならない。

残り雪の里山に
明け方また霜が張り
それでもふくらむ朝鮮つつじの
かすかなほころびに霊気がおとなう
ある春の日の
 誰よりも早い朝まで待たねばならない。

渓川のせせらぎや 色めく花々。
高架にもやる狭霧のただよいでは
人はむしろ はるばる戻ってゆくためにやってくる。
 このあり余る自然とやらが仇なのだ。

とりわけれんげ草の盛りは侘しいものだ。
ねぎを捥いだ老婆がひとり
とっくに出払った村のあぜみちを歩いている。
その孤独が弧絶でないためには
満々たる水底の
 楠の大木をひとりひとり秘めていねばならない。

故里が
帰り着く国にあるために
遠く葬る故郷をもう一度持たねばならない。

またとは帰り着けない国であっても
行き着いてはいけるはずだと
ある春の日の
誰よりも早い蕾のふくらみを
そっと胸の内でほころびるまで待たねばならない。