昨日は午前中は首都高の練習に行った。
あまり地図を見る余裕がなかったので、行きは金を掛けずにお台場に着くと海底トンネルを抜けて、羽田方面に。
(前にも行った事があるし、迷わないコース)
初めて羽田から首都高に乗り上げてみた。
羽田空港は好きなコースの一つだけど、いつも通り過ぎるだけで中に入った事が一度もない。
一度今度脇に出て入ってみようか。
でも、駐車料金が結構掛かるんじゃなかったっけ?
それで買い物する気もないし、ショッピングセンター回ってもあまり意味がないんだよな。(^^ゞ
そんな訳で通っている割りには一度も立ち止まった事がない。
まぁ、そのうち時間とお金ができたらね♪←たぶん一生ない。
首都高も毎週乗っているので、だんだん慣れてきた。
でも、油断しないように、初心忘れべからずだ。
とっととまっすぐ帰ればいいのに、幾ら回っても700円なので、調子付いて大回りしようとしたら、渋滞にハマる。
浜崎ジャンクション。
朝の7時半なのに・・・◎◎
土曜だからなのか、お盆だからなのか・・・・。まるで日曜の午後みたいだ。。
お陰で予定は立ち遅れてしまう。
CDも記憶を薄めずとどめておくには良いが、勉強不足の単元は何を言っているのか分からん。。。(+o+)
午後は父の所に行く。
やはり眠ったり少し目が覚めたりを繰り返すうつろな感じである。
施設に居た事に比べると、弱った気がする。
それでも手に取ってお茶を飲んだりはかろうじてできるぐらいである。
父がトイレに行きたいと言うので、はっと見ると、もう尿の管がない。
看護婦さんに伝えると、「1人でできるかしら」と言いながら、車椅子用のトイレに入れて、便器の隣にある棒を持つように父に言って、どうにか瞬間立ち上がって、(奇跡的に?)便器に座らせる事に成功した。
しかし、父は座っただけで精一杯で疲れてしまった。
トイレに行きたかったどうかも忘れて半分眠ってしまったのだ。
それでも「こんなにうまくできたのは初めてです」と看護婦さんが喜ぶぐらいだった。
その後、ベットに上がる事はできず、男の看護師さんを呼んできてもらって、どうにか。
施設に居た頃も元気でピンピンしていたとは、とても思わなかったが、今の状態から比べれば、元気だったように思う。
もう「眠い」と言う元気すらなく、うとうとしている状態がほとんどである。
来週、また施設に戻るのだが、こんな父を見てシアワセばあさんはどう思うだろう?
そうだ、今日はこれからMDを用意して、それを一緒に聴いてみることにしようか。
妹とは、お互いにそこまで話をしないが、妹はそれ以上に感じているだろう。
歌を歌いながら、車椅子で散歩させた、と言っていた。
気持を想像すると、胸が痛くなる。
(が、うちらはお互いそんな所まで突っ込まない。それを言った所で何になるのか。)
禁句かもしれないが、父のために何かをしようって言うのは、今となっては私らサイドの話なのかもしれない・・・そんな事をチラッと思ってしまう。
かと言って、過去を振り返って後悔するのもどうかと思う。
こう言う日が来る事はわかってしたし、力及ばずは分かりつつ、自分の生活をがんじがらめにして、父のためだけに生きて行く事はできないんだから。
でも、父がいつも笑顔でシアワセそうだったのは、何より子供に取っては励みになる。
私もそうなろう。
あまり地図を見る余裕がなかったので、行きは金を掛けずにお台場に着くと海底トンネルを抜けて、羽田方面に。
(前にも行った事があるし、迷わないコース)
初めて羽田から首都高に乗り上げてみた。
羽田空港は好きなコースの一つだけど、いつも通り過ぎるだけで中に入った事が一度もない。
一度今度脇に出て入ってみようか。
でも、駐車料金が結構掛かるんじゃなかったっけ?
それで買い物する気もないし、ショッピングセンター回ってもあまり意味がないんだよな。(^^ゞ
そんな訳で通っている割りには一度も立ち止まった事がない。
まぁ、そのうち時間とお金ができたらね♪←たぶん一生ない。
首都高も毎週乗っているので、だんだん慣れてきた。
でも、油断しないように、初心忘れべからずだ。
とっととまっすぐ帰ればいいのに、幾ら回っても700円なので、調子付いて大回りしようとしたら、渋滞にハマる。
浜崎ジャンクション。
朝の7時半なのに・・・◎◎
土曜だからなのか、お盆だからなのか・・・・。まるで日曜の午後みたいだ。。
お陰で予定は立ち遅れてしまう。
CDも記憶を薄めずとどめておくには良いが、勉強不足の単元は何を言っているのか分からん。。。(+o+)
午後は父の所に行く。
やはり眠ったり少し目が覚めたりを繰り返すうつろな感じである。
施設に居た事に比べると、弱った気がする。
それでも手に取ってお茶を飲んだりはかろうじてできるぐらいである。
父がトイレに行きたいと言うので、はっと見ると、もう尿の管がない。
看護婦さんに伝えると、「1人でできるかしら」と言いながら、車椅子用のトイレに入れて、便器の隣にある棒を持つように父に言って、どうにか瞬間立ち上がって、(奇跡的に?)便器に座らせる事に成功した。
しかし、父は座っただけで精一杯で疲れてしまった。
トイレに行きたかったどうかも忘れて半分眠ってしまったのだ。
それでも「こんなにうまくできたのは初めてです」と看護婦さんが喜ぶぐらいだった。
その後、ベットに上がる事はできず、男の看護師さんを呼んできてもらって、どうにか。
施設に居た頃も元気でピンピンしていたとは、とても思わなかったが、今の状態から比べれば、元気だったように思う。
もう「眠い」と言う元気すらなく、うとうとしている状態がほとんどである。
来週、また施設に戻るのだが、こんな父を見てシアワセばあさんはどう思うだろう?
そうだ、今日はこれからMDを用意して、それを一緒に聴いてみることにしようか。
妹とは、お互いにそこまで話をしないが、妹はそれ以上に感じているだろう。
歌を歌いながら、車椅子で散歩させた、と言っていた。
気持を想像すると、胸が痛くなる。
(が、うちらはお互いそんな所まで突っ込まない。それを言った所で何になるのか。)
禁句かもしれないが、父のために何かをしようって言うのは、今となっては私らサイドの話なのかもしれない・・・そんな事をチラッと思ってしまう。
かと言って、過去を振り返って後悔するのもどうかと思う。
こう言う日が来る事はわかってしたし、力及ばずは分かりつつ、自分の生活をがんじがらめにして、父のためだけに生きて行く事はできないんだから。
でも、父がいつも笑顔でシアワセそうだったのは、何より子供に取っては励みになる。
私もそうなろう。