星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

あさがお

2008-07-12 21:53:39 | 読みきり
 私は、小学校の体育館の裏側に、他の31人の人達と、綺麗にならんで立っている鉢植えの朝顔です。

 私達にはそれぞれ、私達をお世話してくれる決まった子供がいます。その子の名前が、鉢の正面に書かれています。私のお世話をしてくれるのは、さき子ちゃんという子です。背の低い、くるくるとした髪の毛をした、いたずらそうな顔をした女の子です。

 子供達はいつも、2時間目と3時間目の間の休み時間や、お昼休みになると、ペットボトルの空き容器を持って、私たちのところへやってきます。日照りがつづいて、喉が渇いてどうしようもないときなんかは、皆自分のお世話してくれる子供が、何時来るか何時来るかと首を長くして待っています。私たちが種として土に埋められ、ここに連れてこられた直後は、ほとんどの子が毎日のように覗きに来ました。芽が出てくるのが待ち遠しくて仕方がなかったようです。それから、毎日のように様子を見に来る子、ほとんど来ない子、昼休みだけ来る子、というようにそれぞれの子供の性格によって、私たちは運命を左右されるようになりました。

 私のお隣さんは、本当によくやって来ます。ほとんど毎日のように昼休みになるとやって来ます。雨の日も覗きに来ます。なんて親切な子供が当たったんだろうと、お隣さんは嬉しそうに話してくれます。でも雨のたっぷり降った次の日も、きちんとお水をくれるので、少し乾きたいと思うときもあるようです。その反対のお隣さんは、がき大将みたいな、乱暴な大きな声でどなってくる男の子です。彼は気紛れで、来るとたくさんのお水をくれるし、来ない時はずっとずっと来ないみたいです。そんなときは、お隣さんは雨が降るとほっとしたような顔しています。私の後ろの人は、恥ずかしがり屋の女の子で、他の子達と違っていつも一人で来ます。皆が帰ってしまった夕方頃、やってくることもあります。この子は自分の鉢に水をやると、もういちど水を汲みに行って、周りのからからになった鉢にも、水をかけてやります。あの子のおかげで、ほんのひと時でも喉を潤せる仲間がなんと多いことか。私もあの子には何回かお水をもらいました。

 さて、私のお世話をしてくれるさき子ちゃんは、最初の一ヶ月ほどは、昼休みになると2、3人のお友達と一緒に、ペットボトルを持ってやってきました。私の前にじっと座って、アーモンドのような目をじっとこちらに向けて、見詰ています。いたずらそうな顔しているので、やっと出た私の小さい芽を、摘み取られるんじゃないかと思ったこともありましたが、そんなことは勿論ありませんでした。そうして1ヶ月がたった頃、いつも来る他の女の子はやってくるのに、さき子ちゃんだけ来ない日が続きました。私は、最初のうちこそ、あの気紛れなさき子ちゃんのことだから、と気にも留めなかったのですが、あまりにも来ない日が続いたのでだんだん不安になってきました。雨の降る日はそれほどでもないのですが、晴れた暑い日が続くと、さき子ちゃんを恨んでみたくもなってきました。そんなある日、お隣さんやらほかの鉢に水をやっている子供達が、さき子ちゃんは風邪で入院しちゃったんだって、と言っているのが聞こえました。私は、あ、っと思い、私を放ってばかりのさき子ちゃんを、恨もうとしたことを少し恥ずかしく思いました。

 それから2週間程が経ちました。もうあと一週間程すると、私たちはそれぞれの子供の家にお邪魔して、そこで夏の間お世話をしてもらうことになるのです。夏のお休みが終わったら、またここに帰ってきます。ぽつり、ぽつりと子供達のお母さんやお父さんがやってきて、家に連れていきます。お母さんの腕に抱かれて行く者、自転車の後ろの座席に載せられる者、夜、背広を着たお父さんが、よいしょ、と持ち上げて、連れられる者もいました。

 とうとう残った者は5人くらいになってしまいました。さき子ちゃんのお父さんもお母さんも、来ません。さき子ちゃん自身も、退院してから休みがちなようで、2,3回しか会っていません。でも、私はさき子ちゃんのいなかったのが長かったので、もうだいぶ我慢ができるようになっていました。残った5人で、私たちいつお迎えが来るのかしらねえ、とひそひそと話していました。さき子ちゃんのお父さんもお母さんもお仕事をしているので、なかなか来れないようなのです。

 そうして、毎日暑い日が続いて、たまに雨が降ったりして、夏のお休みが始まる前の日になりました。残ったのは私だけになってしまいました。3人くらいのときはそれほど寂しくなかったけれど、さすがに一人では、夜になると寂しい思いをしました。私はひと夏をここで過ごして、下手したら死んでしまうのかしら、そんなことを思っていると、向こうから大人と子どもが手をつないでやってきました。さき子ちゃんとお母さんのようでした。

「あーあ、さき子のは最後になっちゃったんだね、ごめんね。」
 お母さんは私をふいと持ち上げて、大きなスーパーの袋に入れました。
「ママが早く行ってくれないからだよ。」
「ごめんね。帰ったら水をやってやろうね。」

 私は、勿論、その言葉が私にではなくさき子ちゃんに言っている言葉だと分かっていました。でも、なんだかほっとして、ビニールの中で揺られながらさき子ちゃんの家に向かいました。

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コメント
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