星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

天使が通り過ぎた(5)

2007-11-05 00:17:59 | 天使が通り過ぎた
 新幹線の待合ロビーにある時計を見ると、あと20分ほどで自分の乗る列車の時刻となりそうだった。少し外の新鮮な空気も吸いたかったし色々とあの日の出来事を思い出していると気が滅入ってくるばかりなので早めにホームへ移動することにした。かばんを肩に掛け、待合ロビーを出る。様々な人が通路を行き来していた。皆どこかへ行くのだ。仕事や旅行や帰省や、その他の分からないけれど何かの目的を持って。私だけが当てのない旅行者に思えた。女ひとり傷心の旅に出る。何だかいかにもと言う設定ではないか。ホームに上がると思ったより寒さを感じ持って来た薄いショールを羽織った。だが空気が引き締まっていて気持ちが良かった。売店に入りサンドイッチと薄い雑誌を1冊買った。読みかけの小説をいちおう持ってきたのだがどう考えても集中できそうになかった。ぱらぱらと目で見れる雑誌くらいがちょうど良いと思った。別に何でもいいのだ。時間をつぶせるのなら。

 ポテトの店で料理を一通り食べ終わると、またぎこちのない沈黙が襲った。お代わりをしたカクテルの、空になったグラスを意味も無く揺らすと氷がからんと鳴った。
「実は話があるんだ。」
 通彦は少し姿勢を正して、でも顔は私の真正面から少しずらして、言った。
「なに?」
 私は急に心臓がどきどきしてくるのが自分でもよく分かった。今日待ち合わせの時から立ち込めていた雨雲が心の中一面を覆い、今にも大粒の雨が降ってくるような気がした。
「もう、今日で会うのは終わりにしよう。」

 私は文字通り、雷に打たれた感覚と同じような感じを受けた。夏の暑い日に急に立ちあがるとめまいがするように、目の前がちかちかとして黄色い火花が散った。今言われたことをうまく理解することができなかった。キョウデアウノハオワリニシヨウ。きょうで、あうのは、おわりに、しよう。会うのは終わりしよう。私はもう二度と通彦に会えない?それって。

「どうして?」
 そう言うのが精一杯だった。取り立てて綺麗でもかわいくもない、平凡な何の取り柄もない小さな会社のOLの私と、背も高く整った顔つきをして、誰もが知るような大会社でばりばりと仕事をしている通彦がこうして自分と付き合ってくれているというのが、どうしてなんだろうと思うことは無くもなかったが、こんな風に別れるということを持ち出されると、そんな理屈は分かっているのに分かっていないも同然だった。

「お前といてもつまらないことが多い。あんまり喋んないし、疲れる。」
 私は通彦の顔を見たきり、何も言葉を言い返せなかった。自分でも自分があまり喋るのを得意としていないことを良く分かっていた。わーと皆ではしゃぐタイプでもないし、自分から何かを積極的に提案して行動するタイプでもなかった。自分なりの考えは持っているつもりではあるけれど、それを進んで話したりするタイプでもない。会話をしていると必ず聞き役に回ってしまう。自分が話すくらいのことはそれほど面白くもないのだと思うと、無理に自分の話題について話そうという気にはならなかった。つまり私は、行動のすべてが受身タイプの人間なのかもしれない。

「ごめんね。」
それしか言葉が出てこなかった。やっぱり私には高望みの人だったんだ、そう思った。最初に通彦と出会ったのは、学生時代の友達が設定してくれた飲み会の席だった。彼を探す気などまったくなかった私は、適当に食べて飲んでカラオケを歌った。彼を探す気がなかったのでまったく緊張もせず変に気張るところがなかったので、割と普段の自分どおりに振舞えた。それから数回同じメンバーでどこかへ行ったり飲んだりする機会があった。そうしているうちに、自然とどちらからともなく付き合うという感じになった。付き合ってくれとか、お前を好きだ、というようなメッセージを直接口から聞いたことはなかった。けれど暗黙の了解のように段階を踏んできたつもりでいた。最初から気合の入っていなかった私は、素の私を、乗りも悪くあまり社交的ではないアンバランスな性格のこんな私を、それでもいいと了解の上で付き合ってくれているものだと思っていた。私は会う機会が増えるごとに、通彦と二人きりで会いたいと思うようになっていった。そして通彦にどんどん惹かれていった。通彦が興味のあるというところは一緒にどこへでも出かけていった。自分の興味を通彦に分かってもらうより、通彦の好きなものを知りたかった。それが例え自分にはあまり興味のなかったことでも、通彦が好きだというだけで興味のあるものに変わった。時間や行動を一緒に共有できるというのが嬉しかった。通彦はそんな私が鬱陶しくなったのだろうか。行動的な通彦にとって、受身の私はつまらなかったのだろうか。

「なんで謝るんだ。謝ることじゃないだろう。ただ、お前と俺は合わないんだと思うよ。」
 いっそのこと通彦が他の誰かを好きになったという理由なら、もっと傷つくのかもしれないけれど諦めがつくのではないか。そんな気が起こって通彦に質問をした。
「誰か、他に、好きな人ができたの?」
 通彦は私の顔を、今日会ってからの表情とは少し違う、哀れみの入った眼差しで見つめた。いや本人はそうは思ってなかったのかもしれないが、かなり卑屈になっていた私には、それは同情や哀れみの表情に見えた。
「いや。そうじゃない。」
 ほっとした。でも、他に好きな人が出来たと言うのでないのなら、やはり全面的に私の人格を否定されたのも同じだった。それにほっとしたからといって通彦の決心が揺らぐとも思えなかった。この人はたぶん一度決めたら決定を覆したりはしないだろう。おそらく数週間前からそのように思っていつ切り出そうと悩んでいたのに違いない。そんなことにも気づかずこうして誕生日のデートを設定してしまった私はなんとお目出度い女なんだろうと思った。

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コメント (2)
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