どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

(超短編シリーズ)101 『花子塚』

2014-03-17 03:24:35 | 短編小説

 

 <霊山筑波の麓に立ちこめた霞の奥から、西へ西へと稲田の間を流れて、ついに利根川にながれこんでしまう一筋の小川がある。この小川の利根への落ち口からかなり離れたところに、危なそうな土橋が架かっている。この土橋の袂に一つの塚がある。「花子塚」という。塚の裾はきれいな小川に洗われている。>

 ここまで読んだ時、三郎は頭の一角でカチッと音がして8ミリ映画のフィルムが回りだすのを感じた。

 常陸の伝説をまとめた郷土史風の和綴じ本を、おもむろに机の上に置き、去来する映像の一コマ一コマを頭の中で繋ぎ始めた。

 ・・・・あれは終戦後二、三年過ぎた頃だろうか。三郎は一家とともに茨城県の西部に疎開したまま、五行川のほとりで七歳の冬を迎えていた。

 三郎たちが世話になっていたのは三郎の父の兄で、三郎にとっては伯父に当たる人であった。

 先代から受け継いだ田畑を1ミリでも減らすまいとしていた伯父は、末弟とはいえ一旦東京に出て所帯を別にしていた弟に厳しく接し、食料から家作の代金まで容赦なく徴収した。

 三郎たちが住まいとして与えられた離れの他に、伯父の屋敷内には白壁の土蔵が建っていた。

 夏も終わりのある夜、三郎は庭で小便をしている最中に、白くぼうっと浮かぶ土蔵の上部からうっすらと光が漏れるのを見た。

 その時はほとんど夢を見ているような気分だったが、あとから思い返してみると深夜に土蔵の中で明かりが灯るのは異様であった。

 急な捜し物でもあって伯父が土蔵の中に入ったか、それとも泥棒が人知れず侵入したか、いずれにしても常ならぬ現象であるのは間違いなかった。

 ただ、三郎が頑是無い子供だったということもあって、夏の夜の出来事を意識の上にのぼらせたのは二年も経ってからのことであった。

 きっかけは、冬の夜中に鳴り響いた半鐘の音だった。

 三郎たちが住む離れからは真南に位置する集会所の火の見櫓が、突然狂ったような早鐘を打ち始めた。

 家の辻辻には、眠りを破られた村人が寝巻きの襟を掻き合わせながら突ったっていた。

「こった日に山火事が出たんだってよ。花子の祟りだっぺかよう?」

 折りからの北風に煽られるようにして、三郎は父とともに花子塚の方角へ走り出した。

 村はずれまで来ると、村有地として共同の刈場になっているこんもりした山地が、闇を捲って赤々と燃え上がっているのが見えた。

 山裾には胴回りの太い老松があって、その根元には花子塚が祀られている場所だ。

 本尊とかは失われていて、名前と言い伝えだけが残っているのだが、遠い昔にはちゃんとしたお堂があったと聞いている。

 茅原を舐め尽くした火炎は、奥に広がる草木に向かってめらめらと襲いかかっているところだった。

 三郎は花子塚の横を流れる五行川の土手に立って、 炎の行方を見つめていた。

 火は花子塚を囲むように燃え広がっていながら、不思議にも花子塚そのものには及んでいなかった。

 土手の上には駆けつけた村人がずらりと並んでいて、口々におうおうと叫んでいる。

 風向きの関係で渦巻く煙が一瞬払われたとき、呆然と眺めていた三郎の口から「あっ」という驚きの声が上がった。

「ああ、父ちゃん、松、松の木に何かがぶら下がってっと・・・・」

 大人たちは気付かなかったが、花子塚の謂われとともに生き延びてきた老松の一番下の枝に、白い装束を着た人型の物体が吊り下がっているのを三郎が見つけたのだ。

「なんだ、あれは・・・・」

「わあ、やだ。首縊りだ」

「誰だっぺな、こんな時に・・・・」

「ひょっとして、花子の幽霊じゃねえか」

 火事のさなかに封印されていた忌まわしい出来事が蘇ったと言わんばかりに、村人は口々に伝承の断片を語りだした。

「わあ、今でも祟りが続いとるのか」

 途端に、三郎は両耳をふさがれた。

「さあ、もうよかっぺ。家さ帰ろう」

 父親は三郎を抱き上げ、自分の顔を三郎に寄せて松の木の方向が見えないようにした。

「見ざる、聞かざる、言わざるだど、三郎。・・・・今夜のことはえんがちょだ、早く親指を隠せ!」

 言われるままに不自然な形で拳を握り、父親の首にかじりついて家に連れ帰られた。

 

 <・・・・幾百年前のことかわからぬが、この村に、十里四方に長者の名を謳われた造り酒屋の清兵衛という者があった。今、村の中央に東京葉煙草専売所の出張所があって、沢山の土蔵がずらりと建て並べてある。あの広大な敷地が昔の清兵衛の屋敷跡だといわれている。>

 三郎はまた、浮かない顔で首をひねった。

 疎開先の伯父は、名を清一郎といったし、三郎の祖父にあたる人の名は清左衛門といったのを思い出したのだ。

 昭和の初期に編纂されたらしい郷土史の本を探し出したのはいいが、父の名前までが清三郎と符合する偶然に、なにかよからぬ因縁を感じた。

 <・・・・此の清兵衛に、花子と呼ぶ一人娘があった。鎮守様に御願をかけ、筑波山の夫婦岩を抱いたりなどして、ようやく儲けえた娘であったので、それこそ蝶よ花よと、風にもあてずに育てあげた。>

<幼い時分からの優れた器量は、年頃になるにつれて、益々光を増して来た。年に一度の鎮守祭には、此の清兵衛の一人娘が綺羅を飾った参詣姿を見ようとして集まって来る近村の若者が、非常に多かった。>

(なるほど。このあたりの記述はよくある運びだな・・・・)

三郎は、先を急ぐ。<・・・・花子が十七の春を迎えた頃、或る日一人の虚無僧が、春風に尺八の微妙な音を乗せて此の村を徘徊ったが、やがて清兵衛の門辺に佇むと、散り初むる庭の桜の花蔭から、優しい琴の音が漏れて来た。虚無僧は静かに尺八を取り直して、琴に合わせて一曲を奏した。>

<自然の恋に憧れていた花子は、すぐに尺八の主人を窺った。深く冠った編笠に散れる桜の匂いを止め、白い紋を抜いた黒の衣に白の足袋、白の脚絆を穿って、草鞋の紐をきっと結んだ若い姿は、忽ち花子の瞳のレンズを通して、奥の心の種板にはっきりと現像された。>

 花子は父の清兵衛に頼んで、若い虚無僧に旅の草鞋を脱がせた。素性を尋ねると、さる由緒ある武士の落胤であるという。

 楽の妙手である上に、人品の気高いところがある。

 両親はついに娘の願いに任せて、此の虚無僧を、花子の音楽の師匠としてしばらく逗留させることにした。

 そうなれば後は自然の成り行き、二人は親の目を忍んで愛し合い、花子は若い虚無僧の胤を宿したのである。

 清兵衛は、日に日に艶を失っていく花子の姿に全てを悟り、「ああ、遅かった」と嘆いたが後の祭り、花子を厳しく折檻したが二人の仲をどうにも分けることはできなかった。

 一人娘の花子もいとしいが、世間の手前もあるので、頑固な父親は母親が止めるのも聞かず、終いにその虚無僧を人知れず他郷へ追い出した。

 これを聞いた花子は、その日から、毎日毎日、虚無僧が残していった尺八を手にして、何か戯言を口走って広い屋敷の中を駆け回った。

 振り乱した髪、青ざめた顔色、肉の落ちた頬、異様に輝く眼、どこに彼女の昔の面影があるかと思わせるほど窶れ果て、ついには両親の見境さえつかなくなっていた。

 <朝な夕な屋根の瓦や井桁の縁に白く淡く霜をおく冬の初め、北風が吹きすさんで星の白く輝く夜、花子は厳重な父母の監視を逃れ、裸足のまま辿り着いたのが橋の袂の塚のところだった。>

 <幽霊の出るという、あの松の木の、何時もいやな鳥の、世を呪うように啼いているあの枝に、花子は鶸色の縮緬の扱きを懸けて、雪を欺くような真白な頸を括って絶命した。若い虚無僧の残していった尺八を、痩せた胸に固く固く抱きしめて。>

 三郎は、息を詰めて本の記述を読み終えた。

 (ああ・・・・)

 嘆息が声に出た。

 (なんということだ。・・・・因縁も極まれり、だな)

 伯父清一郎から十何代も遡った先祖の非道悲運の話をオレが確かめることになろうとは・・・・。

 三郎は絶句したまま、和綴じ本を静かに伏せた。

 

 因縁というのは、疎開から五年後に茨城を離れ東京の生活に戻った三郎が、長じて就職した先が小さいながら歴史資料を専門に出版する会社だったからだ。

 常陸風土記を詳細に調べる傍ら、茨城の伝承伝説に興味を持ち、行きあたったのが今読み下した郷土史風にまとめられた和綴じ本だった。

 しかも、その一項目に取り上げられた「花子塚」が、どうやら三郎の先祖につながる悲愴な話だったのだ。

 現代なら、たとえ親が反対しようが、好きな男ができれば娘は家出でも駆け落ちでもして思いを遂げるに違いない。

 しかし、花子が虚無僧との仲を裂かれて自死するに至った顛末は、時代がもたらした悲運としか言いようがなかった。

 伝説や昔話といったものは、奇特な人間によって採集され、紙の上に止められるものがある一方、人知れず忘れ去られてしまう可能性も少なくない。

 古く語り部が職業としてあった時代はともかく、民間伝承のたぐいは、いつの間にか変質したり何かの都合で破棄されたり、要するに忘れ去られる運命にあるのだ。

 花子塚の話は、こうして文献として残されていたからいい。

 ただ、見聞きした出来事とのあまりの符合に驚いたものの、三郎はまだまだ納得の行かない記憶を抱えていた。

 (あの、山火事が起こった日に、花子塚の松の枝に吊り下がっていた白い装束の主は誰だったのだろう?)

 三郎は父親に耳をふさがれる前に、「わあ、やだ、首縊りだ」という声を聞いたことを思い出していた。

 花子塚の伝承からか、あの時は花子の幽霊だと騒ぐ者もいたが、やがて巡査が来てお政という女の放火と首吊り自殺の容疑で伯父の清一郎が事情を聞かれたという噂が流れた。

 鼻垂れ小僧の三郎には、親も詳しいいきさつを教えてくれなかっため、お政という女がどのような素性の者で何をしたのか、苦手な算数と同じで容易に解に至ることはなかったのだ。

 (もしかして、小便に起きたとき夢の続きのように見た土蔵の明かりは、お政に関係してはいないだろうか)

記憶の底に沈み込んでいた映像が、またも8ミリ映画のようにカタカタと回り始めていた。

お政という者が伯父の身内で、何かの不始末をしたため世間体を憚って土蔵に閉じこめられていたら・・・・。

冬の深夜、ふとした油断で清一郎が鍵をかけ忘れ、お政という女がこっそりと土蔵を抜け出したとしたら・・・・。

長い傷心と狂気のせいで、持ち出したマッチで茅原に火をつけたとしたら・・・・。

すべてを焼き尽くす炎に唆されて、松の枝に帯をかけ、数多の苦しみから逃れたのではないか。

あるいは、お政は花子塚の伝承を知っていて、チャンスがあったら花子の霊と合体しようとしていたのではないか。

伯父の先祖に関係しているということは、つまるところ三郎の血筋でもあった。

やっと確かな花子塚の謂われを知って、逆に子供の時の記憶を遡る破目になった。

三郎にとっては探りたくもない系譜だが、乗りかかった以上行き着くところまで辿るしかない。

何かに衝き動かされるようにして、三郎は机に伏せた和綴じ本を再び手にとった。

 

     (おわり)

 

  

 参考=日本伝説集(五十嵐力著)

 


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4 コメント

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フォークロアの味わい (知恵熱おやじ)
2014-03-19 04:26:59
窪庭さんはフォークロアっぽい世界を描かせたら抜群ですね。特に茨城県を舞台にした話はいつも引き込まれます。
戦中茨城県の田舎に疎開しておられた時に、地霊のようなものを体に沁みこませたのでしょうか。

ちょっと怖い陰のある家と人の登場するお話が好きです。
『花子塚』なんていうネーミングは字面だけでもう、いろいろ妄想を掻き立ててくれます。
これからもこういう世界を楽しませてください。
返信する
力作ですね (aqua)
2014-03-19 16:50:49
tadaoxさま こんにちは

夜に何度も拝読させてもらいました

白郎左衛門殿もそうですが
歴史の中に懐かしさ
物悲しさをじんわりと感じて
tadaoxさま独特の描写に
完全に引き込まれてしまいました

そして因縁めいたお話は
暗くなりがちですが
サラリとくどくないところが
とても読みやすかったです

『花子塚』の名前からして
明るさを感じます


霊山筑波の麓は
古事記由来のところでしょうか
そんなことにも思いを巡らし
まだ一度も訪れたことのない
土地を想像することも楽しませていただきました

いつもありがとうございます





返信する
地霊と因習 (tadaox)
2014-03-19 19:00:33
(知恵熱おやじ)様、いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
超短編シリーズも100回を超え、何回か茨城を題材にしたように思います。

この地は東京に近いわりに、昭和20~30年頃までは因習が色濃く残っていたような気がします。
離れてみると、その土地の放つ匂いや皮膚感覚に触れたものが、得がたいものとして蘇ってきます。

長塚節の『土』や、住井すえの『橋のない川』を挙げると少々重い印象が強すぎますが、人間の生き様を見据えるには格好の場所かもしれません。
返信する
古事記や万葉集にも・・・・ (tadaox)
2014-03-19 21:50:01
(aqua)様こんばんは。
筑波嶺のこと、よくご存知ですね。
たしかにこのあたりは古くから記紀に登場したり、歌に詠まれたりして、歴史のある場所かと思います。
とはいえ、京都や鎌倉と違って人がわんさと訪れるほどの派手さはなく、その分あるがままの時間を刻んでいる気がします。

実は『花子塚』の痕跡は地図上に見つけることができず、伝承の中だけに残されたお話のようです。
長い歳月の間には様々の出来事が起こったのでしょうが、人々の記憶にとどめられるにはそれなりの要件が備わっていたのでしょう。
何が起こったかよりも、その事件を人々がどう受け止めたか、その辺に興味が湧きます。
いつもコメントをいただき、ありがとうございます。
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