どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

<おれ>という獣への鎮魂歌 (35)

2006-05-31 00:05:40 | 連載小説
 たたら出版で、写植を打ち、冊子の編集を手伝い、営業にも力を注ぎながら、おれはミナコさんとの面会のチャンスを探っていた。  渦中の自動車内装会社の所在地から見当を付け、巣鴨署を尋ねると、管轄は大塚署だと教えられ、その足で護国寺に近い大塚警察の殺風景な窓口を訪れた。  入口で、六尺棒を突いて来署者を威圧する武闘服姿の警官は、いずこにあっても似たような体型をしていた。いきなり暴漢に刺されても、肉の厚さ . . . 本文を読む
コメント

<おれ>という獣への鎮魂歌 (34)

2006-05-27 07:59:58 | 連載小説
 数日後、おれのもとに二人の刑事が尋ねてきた。  ミナコさんについての詳しい状況は教えずに、ミナコさんとおれの関係について、ひたすら聞き出そうとした。  気に障るような質問も厭わず、ただただミナコさんの犯罪が、おれに起因しているのではないかという見込みで、動いているようにみえた。  おそらく、刑事たちの頭の中には、昨年の秋ごろ世間を騒がせた『滋賀銀行女子行員9億円詐取事件』の概要があったのだろう。 . . . 本文を読む
コメント

<おれ>という獣への鎮魂歌 (33)

2006-05-23 02:01:43 | 連載小説
 アパートに帰り着くと、さすがに疲れを覚えた。  病み上がりの身には、きょう一日の出来事はきつ過ぎた。  ミナコさんの消息が、こんなかたちで明らかになろうとは、想像もしていなかった。心の隅に、安堵に似た気持ちが湧いていたが、大きな愕きに圧倒されて、思考の道筋を辿れないでいた。 (ミナコさんは、いま、どこにいるのだろう?)  新聞を確かめると、宮城県警によって身柄を拘束されたらしい。  東京に居られ . . . 本文を読む
コメント

<おれ>という獣への鎮魂歌 (32)

2006-05-19 01:29:40 | 連載小説
 あの男は、素人ではあるまいと睨んだ。  人のいいチンピラか、組に属さない日陰者だろうと結論付けた。  上京したてのミナコさんが引っかかったインチキ芸能プロダクションの男よりは、ずっとマシなのではないか。彼の話が嘘でなければ、自分の腕が腫れ上がるほど仕事に打ち込む、見上げた根性の職業人なのである。  それにしても、楽に見える商売ほど苦労は多いのだと悟らされた。おれは、マンダ書院で味わった半端者の悲 . . . 本文を読む
コメント (1)

<おれ>という獣への鎮魂歌 (31)

2006-05-15 02:22:21 | 連載小説
 翌朝、おれは、ふらつきながら家を出た。朦朧とした意識のなかで、たたら出版への執着がおれを衝き動かしていた。  会社に着くと、社長の多々良に、たちまち最悪の体調を見抜かれた。  誰が見ても憔悴した顔付きだったから、見抜かれたというより、気付いてもらうための出勤といってもよかった。 「いやあ、これはひどい」  多々良は、おれの額に手を当てて診断を下した。「・・すぐに、病院へ行ったほうがいい」  おれ . . . 本文を読む
コメント

<おれ>という獣への鎮魂歌 (30)

2006-05-11 12:03:42 | 連載小説
 次の日も、その次の日も、連絡はとれなかった。  おれは、焦燥の真っ只中に置かれていても、たたら出版への出勤を止めることはなかった。  理由は判っていた。  一字、一字、写植の文字を打ち込んでいる瞬間だけは、苦しさを忘れていることができたからだ。  それでも、昼休みの休憩に入ると、おれは信号ひとつ分、九段下方向へ歩いて、雑貨屋の角にある電話ボックスまで、電話をかけに行った。  何度ダイアルを回して . . . 本文を読む
コメント

<おれ>という獣への鎮魂歌 (29)

2006-05-07 00:51:38 | 連載小説
 翌週、おれは、たたら出版に出勤し、残業も含めてくたくたになるほど働いた。  ミナコさんが会社を辞めることになれば、アパートの家賃をはじめ、ふたりが当面暮らしていくための生活費を確保しなければならない。  中野のアパートは、狭いとはいえ二部屋あり、バストイレ付きの所帯用だから、おれの給料から捻出するにはなかなか大変な金額だった。  自動車内装会社社長をあれだけ痛めつけたのだから、ミナコさんは当然辞 . . . 本文を読む
コメント

<おれ>という獣への鎮魂歌 (28)

2006-05-02 17:59:32 | 連載小説
 おれは、暴力で打ちのめされたものが、容易に立ち直れないことを知っていた。マインドコントロールなしには、ボクサーでさえ無理なはずだ。それが、恐怖というものだ。  だが、万が一ということもある。おれは、奴の目を覗き込みながら、耳に息がかかるほど口を近付けて、コトバを押し込んだのだった。 「おまえ、赤ちゃんプレーが好きらしいな」  奴の耳元で囁いた駄目押しの効果を、推し量った。切り札が、完全におれの手 . . . 本文を読む
コメント