吉村くんの出来事 （第十九話）

　　　　　流砂のごとく 　急いで事務室に戻ると、内務の総務主任が慌てたように立ち上がった。返還しておいた集金カードをめぐって何かの動きがあったらしい。 「吉村さん、遅いですよ」 「おお、こっちだって気になってるさ。だけど課長が放してくれないんで仕方がないんスよ」 　言いながら壁の掛時計に目をやると、二時五十五分を指していた。吉村は思わずヒェ―ッと奇声を上げた。いままさに客の要請してきたタイム . . . 本文を読む

吉村くんの出来事 （第十八話）

　　　　　視線のゆくえ 　夏の日差しが顕著となった休みの一日、吉村は久美と連れ立って近くの水天宮にお参りにいった。 　ふたりの住むマンションからはゆっくり歩いても二十分ほどの距離だから、その程度の運動はむしろ久美にとって望ましいものだった。 　梅雨明け宣言のあと、ぐずついた天候が戻ってきて気象庁が慌てる一幕もあったが、この日は朝から夏到来に太鼓判を押してもいい気温の上昇が見られて、部屋の中に . . . 本文を読む

吉村くんの出来事 （第十七話）

　　　　　新世界より 　腰を痛めて集配課から貯金課に移った間宮が、久しぶりに演奏会のチケットを送ってきた。 　今回のプログラムには、ドボルザークの『新世界より』が入っていた。他の楽曲も含めて三つのパートで構成されていた。 　アマチュア・バイオリニストの彼は、休日や勤務終了後の時間を使って練習に励んでいるらしく、郵便局の同僚とはあまり交流する時間がないようであった。 　酒は嫌いではないので、仕 . . . 本文を読む