ぼくは田中くんと湖岸のホテルにいた。
20年前まで同じ職場にいて、ともに将棋が好きという趣味を通しての友だちだった。
昼休みになると、食事のあとの30分ほどで早指し将棋をさす。
勝負は互角と言いたいところだが、3回に1回ぐらいしか勝たせてもらえなかった。
職場での関係は、田中くんが突然退職し、郷里の長野に帰ったことで途絶えたが、その後も年に一度ぐらいは連絡を取り合 . . . 本文を読む
カラスアゲハ
(昆虫エクスプローラ)より
あの蝶をたしかに見たと
あの男は言い張るのだが
入江に打ち寄せる筏や丸太の上で
ぴちゃぴちゃと跳ねる波の煌きではなかったのか
罰当たりにも女を組み敷いて
終わりのないパイル打ちに励むなか
股をひらいたままの女が
あの蝶を見たかと問うたのだ
海の底から . . . 本文を読む
合歓の花
(季節の花300)より
夢見るような六月の夕暮れ
白い猫が空き地を横切っていった
縄張りを見回った帰りなのか
それとも夕餉に間に合わせるためか
白い猫を見送ったのは今が盛りの合歓の花
吉原中の花魁に配れるほどの化粧刷毛を手に持ち
夜に向けて艶かしい時を用意する
そのくせ眠くて眠くて瞼が閉じ . . . 本文を読む
ヒメオドリコソウ
(城跡ほっつき歩記)より
ドガの踊り子は暗い表情をしているが
ヒメオドリコソウは陽をいっぱい浴びて匂い立つ
唇に似た花びらは蝶やミツバチ用
春を迎えた歓びの合唱用
ほら 歓喜の歌が聞こえないか
ベートーベンの第九ほど高らかではないが
キュートな歌い手が輪になって
生きものの共 . . . 本文を読む