どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

真夏の怪談 その1 『市ヶ谷のすすり泣き』

2024-05-26 03:49:00 | 短編小説

市ヶ谷駅は僕がよく利用した駅である。

夏の深夜、大急ぎで改札口に降りていくと頭上から人のすすり泣く声が降ってきた。

声の主はたぶん女性だろうと気になったが、こちらも電車に乗り遅れる心配があったので確かめることなくホームへ走った。

何日か経って市ヶ谷駅のすすり泣きのことが週刊誌に載っているのを中吊り広告で知った。

早速買って読んでみると、僕が体験したよりも大分前から噂になっていたらしい。

誌面によると夫に捨てられた女性がJRの線路上で飛び込み自殺した事件があり、その時の状況がこだまのようによみがえって夜な夜な誰かしらの耳に届いていたらしい。

よほど無念だったのか、聞いたのは男性ばかりで男への恨みも感じられる話だった。

週刊誌の記事を読んで以来、僕は市ヶ谷での乗降を避けるようになった。

総武線ではなく中央線の快速や準急電車を利用して高円寺まで帰るコースに変更した。

たまたま職場の同僚とよく行くスナックが四谷にあったので、一人で行ってママに不思議がられたりした。

そのスナックは新人歌手がPRに歌いに来るような場所で、のちに三枝のテレビ番組でアシスタントを務めたマミちゃんのデビューシングル盤も大切に保管されていた。

ほかにも徳永英明のお父さんがよく通ってきていたから家が近かったのかもしれない。

そこのスナックが馴染みになって帰りが深夜になったある日、中野で乗り換えた総武線で中年男の人身事故があったのだが後に市ヶ谷駅のすすり泣き女性の元夫だと分かった。

なんの因果か僕は市ヶ谷と阿佐ヶ谷で二度もその手の事象や事故に付き合う羽目になった。

元夫の方は酔ってホームから転落したらしいから週刊誌では女性の恨みに引きずられたのではないかと怪談仕立ての記事になっていた。

 

  〈おわり〉

 

 

 

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