(やもめの白昼夢)
東京都の郊外に、一軒の古びた木造アパートがある。
築三十年は経っていようかという二階建ての建物で、部屋数は上下十六室ほどだ。
新築当時は、駅に近いこともあり満杯の盛況だった。
しかし、建物がくたびれてくると空室が目立つようになり、家賃を下げても人が入らなくなった。
家主の老人は、自分の寿命と不動産運用の是非を推し量りながら、勧められ . . . 本文を読む
(浅間・寝姿観音)
久しぶりに秋のロマンチック街道を楽しんだ。
中軽井沢から峰の茶屋に至る紅葉ラインは、高度を上げるにしたがって色合いの変化が楽しめた。
昨年と違い、今年は紅葉の期間が短いようだ。東京にいると分からないが、けっこう寒暖の差が激しいと聞いた。
草津のメロディー・ロードに掛かる手前の急坂は、左右の紅葉黄葉が色鮮やかに輝いて温泉客をもてなしてくれる。
ひ . . . 本文を読む
(柱時計が止まるとき)
つげ義春の漫画『初茸狩り』の中に、鄙びた旅館の玄関に掛かっている大きな柱時計の中で、正太という名の少年が眠っている場面がある。
少年の存在の危うさ儚さを暗示する秀逸のひとコマだった。
『初茸狩り』を読んだとき、能代三吉は五十年の歳月をいっぺんに引き戻された。
(おれも子供の頃、柱時計の中に入ったことがある・・・・)
あれは大 . . . 本文を読む
(夜な夜な鼠)
千賀の浦相互銀行の社長である佐々博文は、豪邸に住んでいるにもかかわらず鼠の被害に悩まされていた。
それというのも夜な夜な鼠が出て、社長の集めた仏像や経典を食い荒らすからである。
とくに最近手に入れた薬師如来像は、全身金粉で覆われた値打ちものなのだが、その仏像の被害が目立っていた。
まず最初に鼻が狙われた。
鼻の頭を齧られて、せっかくの慈悲深いお顔 . . . 本文を読む
(アカシャの海)
来人は、机の上に置いたフラッシュライトの光を見ているうちに眠りに引き込まれていった。
勉強をするのと同じ姿勢のまま、急速に天空に運ばれていた。
地球から切り離された感覚があり、とてつもなくリラックスした気分を味わっていた。
肺に入りこんでくる細かい粒子が心地よかった。
深山で吸う空気に似て、体の細胞がどこまでも広げられるような安心感があった。
. . . 本文を読む