安西冬衛
〈写真はウィキぺデイア〉より
<てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った>
有名すぎるほど有名な一行詩だから、ご存じの方も多いのではないだろうか。
安西冬衛の「春」という題名の詩である。
こんな詩を書けたらなあ と、折に触れて思い出す作品の一つだ。
因みに韃靼〈だったん〉海峡とは間宮海峡のことで、日本とロシアのサハリンの間に横たわる海域である。
冒険家の顔も持つ開拓者であった間宮林蔵の名を冠したあたりに当時の日本の海外進出への意欲が見て取れる。
安西冬衛は北川冬彦らとともに「亜」という詩誌を立ち上げ自由詩を広めた。
旧来の俳句や定型詩のような約束事から言葉を解き放ち、のびのびとした表現を楽しんだ。
それでいて複層的な暗喩を駆使してこの上ない作品に仕上げる。
詩人の喜びはこれ以上ないのではないだろうか。
参考=1923年、当時大連(現在の中華人民共和国旅大市)に住んでいた安西冬衛のもとに、中学時代の同級生であった北川冬彦ら3人が訪れた。
その際に合同で詩誌を発刊する話が持ち上がり、1924年11月に大連で『亞』を創刊した。
当初、友人らは東京で詩誌を発刊する考えだったが、安西がそれを退けて大連での発刊に踏み切った。
有名な一行詩なんですね。
間宮林蔵の間宮海峡は、中学の歴史で学んでいましたので、こちらは覚えています。。。(笑)
伊能忠敬といい、江戸時代にも素晴らしい人がたくさんいましたね。
安西冬衛の「春」。。。読んでみたくなりました。
間宮海峡は日本だけで通用する名称で、世界ではタタール海峡と呼んでいつらしいですね。
中学の歴史では取り上げていたんですね。
満州とか大連も歴史の時間に学んだのでしょう。
安西冬衛にとっては韃靼海峡と呼ぶのが当たり前だった・・時代ですね。