秋本早苗は、マンション4階の窓から隣の工事現場を見下ろしていた。 半年前までは広々とした空き地だったところに、次々と建築用の重機や資材が運び込まれていた。 早苗は通販会社の電話オペレーターとして勤務していたから、昼間の進捗状況を逐一見ていたわけではない。 また、夜間には工事現場全体が丈の高いボードで囲われていたから、地上からの視点で眺めたということもない。 ところがこの日、早苗は風邪をひいて . . . 本文を読む
アカツメグサ
サッちゃんの家には天井までとどく冷蔵庫と大きな皿洗い機があったサッちゃんちの庭にはドッグランの囲いと電動芝刈り機があった張り出したテラスには籐製のロッキングチェアが置かれ時どきサッちゃんのパパが眠っていた手近なテーブルには伏せた洋書とパイプが転がり軒先を飛ぶ小鳥の影が膝掛けを横切った転校してきて仲良くなったサッちゃ . . . 本文を読む
父の命日に、その男は突然やってきた。 もっと正確にいえば、ぼくが部屋に入るより前にその男は侵入していたのだ。 外は雪だった。 東京には珍しい積雪量で、ぼくは混雑する電車を諦めハイヤ―を頼んで勤め先から帰ってきたのだった。 マンションの一階にある2LDKがぼくの住まいだ。 ロックを解除して中に入ると、誰もいないはずのリビングルームのソファにその男は坐っていた。 ぼくは窓から差し込む雪明かりを受 . . . 本文を読む
ハクモクレン
(城跡ほっつき歩記)より
もはや花ではない
陽光に戯れる奇跡の蝶だ
ありふれた開花ではない
一瞬を舞う命の煌めきだ
寒い寒い季節を耐え
やっと目覚めた白木蓮
漆黒の幹を破って迸る
歓喜の息吹きが空を満たす
この一瞬は時間ではない
生まれ出る命の秘儀だ
立会人の見守る中
神が演じる手品の冴えだ . . . 本文を読む