どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

<おれ>という獣への鎮魂歌 (27)

2006-04-27 02:12:48 | 連載小説
 一月末の引越しを目途に、おれは段取りをつけることにした。 「今度の休みの日に、荷物の下見に行ってもいいですか」 「そうねえ・・」  ミナコさんは、ためらいを見せた。「大きなものは、みな処分するつもりなんだけど」  できるだけ、おれの手を煩わせたくないという気持ちは、わからないわけではなかった。「・・でも、引っ越しって、なかなか考えた通りに行かないものですよ。こっちも狭いところだから、何をどこへ置 . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (26)

2006-04-23 02:51:17 | 連載小説
 イノウエの話を聞いているうちに、おれの中ではひとつの結論が出ていた。 「こうなったら、別れるしかないな」  何分かあとには、そう答える自分の姿が目に浮かんでいた。  おそらく、イノウエも離婚を念頭に置きながら、おれに背中を押してもらいたくて、今日ここに来たのだろう。  どのように取り繕ってみても、いったん目覚めさせてしまった怪獣は、もう押さえ込むことなど出来ないのだ。  おれは、マンダ書院で一緒 . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (25)

2006-04-19 04:28:12 | 連載小説
 本郷通りに出て、左に曲がったところに、フランス風田舎料理を食べさせる小さな店があった。  ミナコさんはときどき訪れるらしく、濃いルージュをつけ、大胆なカーブの眉を描いた女主人が、満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。 「きょうのメインは、霧島産の雛鳥と西洋野菜の付け合せよ。スープはそら豆をうらごししたもの。シャンピニオンのクリーム煮もあるわよ」  説明しながら、おれの方にもちらりと視線を流す。  笑 . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (24)

2006-04-15 11:37:32 | 連載小説
 はっきりと了解を取ったわけではなかったが、おれは名画座を出た足で、白山上にあるミナコさんのマンションに向かった。  水道橋まで一駅電車に乗り、そこから白山通りをたどる路線バスに乗り換えた。  数年前までは、都電が走っていたころの名残で一部石畳の狭い道路が残っていたが、現在はほぼ拡幅工事も終えたようで、ある時期まで立ち退きを拒んでいた西片町境の中華飯店やビリヤード場も、いまは跡形もなく消えていた。 . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (23)

2006-04-12 02:26:45 | 連載小説
 おれが木更津から戻った夜、ウイークデイにも係わらず、ミナコさんがやってきた。チャイムに応じて玄関のドアを開けると、そこに項垂れたミナコさんの姿があった。 「どうしたの・・」  トラブルがあったことは、現れ方で明らかだった。おれは、ずぶ濡れで転がり込んできた雷雨の時と同じように、腕を広げて受け止めようとしたが、ミナコさんは俯いたまま三和土に立っていた。 「えっ、その顔どうしたのよ」  おれは、初め . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (22)

2006-04-09 04:39:34 | 連載小説
 秋の一日、おれは、木更津まで本の納品に行く多々良社長に同行して、ドライブをすることになった。  写植の仕事は、紺野ともう一人のパートナーに任せ、軽自動車に自費出版の歌集五百冊を積み込んで、飯田橋を出発した。  京葉道路から国道十六号に入り、海岸沿いの工場地帯を経て、袖ヶ浦を通過するころには、もう昼の十二時半を過ぎていた。 「いやァ、渋滞ですっかり時間を食ってしまったね。ところで、きみ腹が減ったん . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (21)

2006-04-06 01:07:11 | 連載小説
 その夜のカミナリは、いったん去ったかに見えたが、夜半になって再び舞い戻ってきた。まれにみる規模の界雷であった。  おれとミナコさんは、またも電燈を消して、夏掛け布団を頭からかぶった。  そうやって二人で作った暗がりに潜んでいると、誕生の秘密に出会えるような不思議な感覚に包まれる。  退行催眠とは、このようにして導かれるものかもしれないと、おれは思った。暗がりの質は違っても、被験者をその中に誘導し . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (20)

2006-04-03 01:46:52 | 連載小説
 別れるまでには、紆余曲折があっただろうと、おれはミナコさんを思いやった。婚姻届まで出した関係を解消するには、想像もつかないエネルギーが要ったに違いない。  いきさつを聞こうとは、思わなかった。ミナコさんも、こまごまと話そうとはしなかった。ひとたび時間を遡りはじめれば、山形から希望に満ちて上京した少女が東京という罠にかかって苦しんだ日々を、すべて再現しなければならなくなる。 「ひどい奴だ!絶対に許 . . . 本文を読む
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