どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

真夏の怪談 その2 『にかほ市の哲学者』

2024-05-29 05:02:00 | 短編小説

現在はにかほ市になった秋田県の象潟町で重吉は炭焼きを生業にしている。

東京の大学を卒業したあと実家の山を預けられ、ナラ〈楢〉やクヌギ〈橡〉の木を切り倒しては木炭づくりを目指した。

ところが重吉は炭窯に火を入れた後持ち込んだ哲学書を読みふけるものだから、火を止めるタイミングを失い出来上がった木炭はほとんど灰に近い状態になってしまった。

「重吉さんなばダメなもんだ。炭つくってんだか灰つくってんだか売り物になるのは一本もなかった」

口さがない住民が噂するうちはよかったが、そのうち呆れて誰も近寄らなくなった。

そうして三年が過ぎ炭の材料になる木を伐りに遠くまで足を運ばなくてはならなくなったころ、重吉さんの炭の品質が急に良くなった。

聞きつけた住民が重吉さんから話を引き出したところでは本に夢中になっていても木の精が勝手に話しかけてくるのだという。

「おらたちも残り少なくなったから、なんとかいい炭をつくってくれ・・」

重吉さんもハッとして窯の火口を閉じるとちょうど焼け具合のいい炭ができるのだという。

「そったらこと言って胡麻化すが、重吉さんなば遠くから木を運ぶのが辛くなって少し気を入れるようになったんとちがうか?」

木の精の話はなかなか信じてもらえなかった。

 

秋田県には白神山地のブナ〈山毛欅〉林がある。

そこでは樹木に耳を押し当てると水を吸い上げる音がゴンゴンと聞こえるという。

象潟には陸の松島という奇観もあり鳥海山も望める。

重吉さんのアバは菜っきり包丁を患部に押し当てて治す不思議な能力を持っていた。

医者や病院がが存在しなかった頃の民間伝承は普通に利用されていた。

後に感受性の強い人で重吉さんの聞いた木の精のささやきを証言する人が現れた。

窯の中からガヤガヤと騒ぐ声が聞こえ、それに気づいた重吉さんが窯の口を粘土で閉じるといい木炭に仕上がるのだという。

象潟町の炭焼きの話が、今はにかほ市の哲学者という形で言い伝えられている。

 

   〈おわり〉

 

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