迂闊といえばうかつだった。 歩道で自転車にぶつかられて転倒するなんて、まったく考えてもいなかった。 高校生が人混みを縫うように飛んできて、避ける間もなくボクの腹めがけて突っ込んだのだ。 救急車で運ばれ、病院の手術室に横たわるボク。 倒れた拍子に頭を打ち、脳挫傷、硬膜下血腫をおこしたらしい。 もちろん昏倒以後のことは意識にないはずだが、どういうわけか知っているのだ。 鴉の眼といったらいいのか、天井 . . . 本文を読む
花粉で空が黄色くなると
どこだか見えない場所で痴話げんかが始まる
あんた雪女にも気があるんでしょう
女神の言いがかりに男神が目を三角にする
また季節の発作が始まったか
なに誤魔化してるのよこの浮気者
手元にあった鍋やフライパンを投げつける
ガラガラ ドシャーン
見えないのをいいことに
なんていう癇癪持ちなんだ
下界じゃ痴話げんかみたいなんて言って . . . 本文を読む
秋の高空に、忘れ柿が三つ浮かんでいた。
山梨県の長坂町に建てた別荘に妻を移り住ませて、二年目に見る風景だった。
「みゆきさん、あれを見てごらん」
松村は道端にサイドカーを停め、傍らの妻に指差してみせた。「・・・・ほら、柿の実が陽を受けて輝いているよ」
すると、ぽうっと空を見上げていた妻が突然側車から降り、柿の木に向かって右手を挙げ小さく弧を描き始めた。
「あの子、ずうっとわたしに . . . 本文を読む
〇 「アメリカじゃUFOが公聴会で話題らしいな」「そう、空飛ぶ円盤と呼んだ頃は情報をひた隠しにしていたのにね」
〇 「そう言えば、中国は優秀な空飛ぶ自動車を開発したらしいじゃないか」「ご隠居、それはUFOじゃないですからね」
〇 「シャンシャンが中国へ返還されたな、涙目で見送る人もいて」「後ろ姿を見た人はバックシャンだと喜んでいましたよ」
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三田村ソラは、スタート地点に向かいながら、武者ぶるいをした。 長い直線とカーブのきついバンクを抱えた立川のスタンドが、目の前にひろがっている。 顔見せに一周した時とは違った緊張感があった。 (いよいよ、この日が来た・・・・) ソラは両手で軽く頬をたたいた。 同じスタートラインに立つのは、各地を転戦してきた先輩と数名の新人たちだ。 このレースに出走を斡旋された選手が、九人順に並んでいる。 ソラは第 . . . 本文を読む
(カルミアの花)
(季節の花300)より
お菓子の国からこぼれ落ちたのか
色も形もちがう花弁のひとひらよ
舌の上に載せると溶けてしまいそうな米菓子
江戸時代から伝わる金平糖もまじっている
たしかに優美な女性のようでもある
大きな希望の花言葉も似合っている
だけど野心や裏切りも裏表?
なぜか人間の二面性を見るようだ
葉っぱに毒 . . . 本文を読む
ジョージのクルマは、幽霊船と呼ばれていた。
1960年代の大型キャデラックで、塗料の剥げかけたツートンカラーの車体がくたびれて見えたことが一因だった。
そのキャデラックは、毎週金曜日の夜に銀座七丁目の路地裏に現れた。
ほの暗いクラブの前にやっとたどり着いたというように停められ、なんとも厄介な印象を与えていた。
クラブの真向かいには花屋があり、若い店主は以前からそのクルマを気にかけ . . . 本文を読む
〇 「春が来たと思ったらまた冬に逆戻りだな。これが三寒四温というやつか、」「え? ご隠居がまともなこと言うと地震が揺らぎますよ」
〇 「新型コロナの感染者が減り続けてるな」「へえ、ご隠居の毛羽立ったマスクもやっと外せますね」
〇 「ウクライナにはなかなか春が来ないな」「そうですね。侵略者が兵器産業とズブズブですから」 . . . 本文を読む
宮島大輔は病院のベッドに横たわっていた。
苗場でスキーをやっていて、突然進路を変えた初心者を避けようとして転倒したのだ。
間一髪、衝突は免れたが、原因となった若い女は、周囲の者が集まって来ると早々に姿を消していた。
クソッと力んでみたが、大腿骨に違和感があった。
その時点では大した痛みを感じなかったが、利き足全体が硬直したようになり、その場で立ちあがることができなかった。
程 . . . 本文を読む
正月を共に過ごしたシクラメン
つぎつぎと花を開いて未だに健在だ
大寒をやすやすと乗り越え
家族の期待に応えてくれた
シクラメンよ ありがとぅ
花に衰えが見えたらやさしくひねり
葉っぱも枯れてきたらむしり取る
ときどき薄日をあてて幸せ色を取り戻す
キミはいつまで咲き続けるんだ
夏になれば花は打ち止めとなり
葉っぱも枯れて命が尽きたような姿になるが
. . . 本文を読む
ちょっと怖い話を思い出してしまいました。
もっとも、怖いと思ったのはぼくだけで、他の方にはどうということもないかもしれませんが・・・・。 まあ、怖いか怖くないかは最後にご判断ください。
その出来事があったのは、かれこれ三十年も前のことだったでしょうか。
当時ぼくは伝統ある製薬会社の営業マンをやっていまして、漢方薬の販売先拡張のために関東以北の県をを飛び回っていました。 . . . 本文を読む
〇 「どうする家康ーが低視聴率らしいな」「ご隠居、待つ順(松潤)なんですよ大河の。来年は高視聴率に戻りますって」
〇 「おい、日曜討論見てたら庶民はクラクラしたぞ」「ご隠居、経団連の十倉(トクラ)会長が出てましたからね。物価あがっても、こっちはベースアップなしだし」
〇 「近ごろクスリの飲み忘れが多くなってな」「ヤキが回ったったんですかね、焼き芋でも買ってきまし . . . 本文を読む
風邪をひいて寝込んでいた正輝は、微かに拍子木の音を聞いたような気がして目を覚ました。 彼は昨日まで警備会社に勤める傍ら、夜勤明けの数時間を牛丼店のアルバイト店員として働いていた。 厨房に入って出勤前の客のために盛り付けし、仕事が終われば自らも奥の控室で遅い朝食を摂った。 彼にとって時給のほかに朝飯を確保できることは願ってもないことであり、長らくそうした生活を維持してきた。 それが風邪をひ . . . 本文を読む
もぐれ もぐれ
上澄みばかりが世界じゃない
泥の中には栄養がいっぱいだ
もぐれ もぐれ
泥にもぐれば敵の目からも逃れられる
ほら 稲の方に行くな
たがめが じっと待ってるぞ
あの足につかまったら雁字搦めだ
生きたままバリバリと食われるぞ
ああ 上澄みに住む者にはわかるまい
ザリガニさんもそうだが
興奮がいっぱいの泥濘生活
&n . . . 本文を読む
中国の少数民族の一つにミャオ族(苗族)がある。
ミャオ族の多くは山川草木のすべてに霊魂や生命が宿ると考えていて、古代から同じような感性を受け継いでいる日本人には大変近しく感じられる。
祖霊や祖先に対する祭祀を重んじる習慣も似ていて、年越しの日には祖先に感謝する祭りを行うのだそうだ。
その際、男性は葦笛を吹き、女性は華麗な髪飾りと豪華な刺繍を施した衣装を着て舞うのである。
年頃の男 . . . 本文を読む