どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

飼わない理由(3)

2006-08-30 04:49:54 | 短編小説
 普段は、修三のことをまったく無視しているのに、アキナちゃんが意表の行動に出たことがある。  あれは、五年ほど前のことだったろうか。冬の夜のこと、仲間が開いた山の写真展から戻ってきて玄関をあけようとしていた修三は、垣根の向こうから悲しげな声で呼びかけられてぎょっとした。  クーン、クーン、クーン。  子犬が甘えるような声でもある。 「あれ、アキナちゃん?」  隣家は、いつもと違って真っ暗である。ア . . . 本文を読む
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飼わない理由(2)

2006-08-28 07:19:14 | 短編小説
 修三がアキナちゃんと初めて出会ったのは、隣家が引っ越してきた翌日のことである。飼い主夫妻とは、早春の地鎮祭のときに顔を合わせているから、アキナちゃんとの出会いは、それから六ヶ月ほど後のことであった。  ともあれ、飼い主に連れられてヒョコヒョコと現れたアキナちゃんは、気弱そうに修三を見上げる小型ミックス犬のお嬢さんであった。 「名前はなんというのかな」  ありきたりの質問をしながら手を出すと、怯え . . . 本文を読む
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飼わない理由(1)

2006-08-23 07:43:58 | 短編小説
 修三は犬が大好きだ。  だが、いまだに一度も犬を飼ったことがない。  飼わない理由はいくつかあるが、強いて一つ挙げれば、四六時中付き合う自信がないからである。  犬を可愛いとおもうのは、犬が飼い主を無条件に信頼しているからである。飼い主も、その信頼に応えてやらなければ信義違反になる。  だから、何度も心を動かされながら、あと一歩を踏み出せない。  そうこうしているうちに、飼い主になる意欲が後退し . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (終わりに)

2006-08-16 03:08:32 | 連載小説
 手探りで始めた作品でしたが、五十二回をもって終わることになりました。 (未完)としたのは、いずれ時間を経て、この作品の登場人物が立ち現れるかも知れないという含みを残したものです。  今回の終了も、主人公の意向によるもので、作者としては口をはさむ余地がありませんでした。  いずれにせよ、年初から本日まで、長い間お読みいただき、ありがとうございました。  また、折にふれコメントをいただきましたこと、 . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (52)

2006-08-16 01:51:33 | 連載小説
 ミナコさんは、手料理でおれをもてなしてくれた。鶏肉と玉ねぎにシシ唐辛子を使った洋風のスープが、胃を刺激した。  疲れた体に、国産のワインがよく効いた。  辛味を多く使った苦心の献立が、アルコールの回りをいっそう早くした。 「あなた、だいじょうぶ?」  ミナコさんが、心配そうにおれを覗き込んだ。 「なんだか、腑抜けになったような気がして、頼りないんだ」 「疲れたのね。・・田舎って、疲れるものなのよ . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (51)

2006-08-10 07:16:52 | 連載小説
 宿に入って、一眠りした。  おれも、だいぶ能登の空気に慣れたようだ。  能都で生まれ、七尾で育った人間が言うことではないが、懐かしさよりも緊張を強いられる旅だったから、いまになって、ほっとした気持ちになれたのかもしれなかった。  夕食に呼ばれるまで、一時間ほどの昼寝で、体にべったりと張り付いていた疲れが取れた。頭の中の霧状のふわふわしたものも、鼻や口から寝息とともに出ていったようだ。おれは、階下 . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (50)

2006-08-04 05:43:12 | 連載小説
 いくつになっても、男は駄目なものだ。  おれの脚はまだ健在なのに、おれの頭は思考の瓦礫でいっぱいになっていた。おれは、賄いの主婦に気兼ねしながら、宿のおそい朝食をとった。  同宿の者たちは、疾うに出発したらしい。ここから、オートバイや自家用車で木ノ浦海岸や伝統の揚げ浜塩田を回っていくのだろう。  平時忠一族の墓を詣でる者もいるかもしれない。せっかく奥能登に来たからには、あれもこれも観て帰らねば、 . . . 本文を読む
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<おれ>という獣への鎮魂歌 (49)

2006-08-01 01:25:29 | 連載小説
 須須神社への道は、海岸沿いの道路に降り立って、すぐに分かった。西に向かって森を望むと、神域を示す鳥居の先から、一筋の参道が人をいざなうように奥の暗がりへと伸びていた。  ここは、穏やかな内浦が尽きて、ほどなく外浦に回り込もうかという場所に位置している。海は波光を集めて砕け、燃え立っていた。あたかも俗世からの侵入を阻止して、目くらましを仕掛けているかのようだった。  それにしても、視線を転じた先の . . . 本文を読む
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