<クーペさんのこと>
『ダメ親父のラブソング』を観て
フジテレビの「ザ・ノンフィクション」で放映された番組を、私はDⅤDで観た。テレビでは見損なった私に、友人が貸してくれたのだった。
サブタイトルは、~28年ぶり 娘と再会物語~となっている。
その横に、むかし銭湯で熱い風呂を我慢していた親爺のような顔があり、これが . . . 本文を読む
モトコは、その夜、旦那様に電話をかけた。 前々から話をしていた通り、この休みを機に辞めさせてほしいと申し出たのだった。 「奥様の一周忌も過ぎましたし、坊ちゃまも成長されて、もうわたしがそばにいる必要はなくなったように思います」 「・・・・」 旦那様は、しばらく無言のまま電話口に立っていた。モトコには、目に見えなくてもその場の様子が分かった。 海老茶の木綿の着物に、同じ色の綿入れを羽織って、 . . . 本文を読む
このままお屋敷を辞したらどうなるだろうと、モトコは空想した。 離婚交渉の駆け引きで亭主に言った言葉が、現実味を帯びて感じられた。 この日のために借りた六畳間には、寝具と食器程度は持ち込んである。簡単な料理をして、数日を過ごすぐらいは、あまり苦にならない態勢ができていた。 しかし、このまま穴倉のような場所に籠もる気持ちは起こらなかった。 なんといっても、独り身になったのだ。その歓びを、無理 . . . 本文を読む
ヨーロッパから帰ってきた旦那様は、事件を知ってすばやい行動をみせた。
自分の持論を引っ込めて、当時急成長しつつあった警備保障会社に、システムの設置と管理を依頼した。
「周りの者はわしの考えを承知していても、犯罪人の目には他所の大金持ちと同じに見えるのだろう」
モトコやハナを危険にさらした事を詫びながら、独りよがりの判断を反省した。
「・・・・用心のために、男手を頼もうか」
「いえ、それは・・ . . . 本文を読む
庭の一郭に自生する野の草が、少しずつ季節をずらして花をつけていった。薊、桔梗、撫子、男郎花、女郎花、萩。もともとは庭師に依頼して土ごと移植した野生の植物が、環境に慣れ世代を越えて生き延びてきたものだった。 いずれも冷涼な土地を好む花々だけに、夏の日射しと暑さを避ける工夫は施されていて、そのための日除けや送風装置がある時期稼動する仕組みになっていた。 ちょっとしたお手伝いだけで、ふるさとの野花 . . . 本文を読む
モトコの疲れは、少しずつ溜まっていった。 ただ、我慢強い性質だったし、もともと田舎育ちで使い減りのしない肉体を持っていたから、急に具合が悪くなるといったことはなく、毎朝トシオを起こし、遅刻しないように送り出す日課は続いていた。 トシオが初めての夏休みを迎えると、お屋敷はこれまでにない活気に満たされた。坊ちゃまのお友だちが、入れ替わり立ち代わり現れて、お屋敷の中を隅々まで探検したからだ。 彼 . . . 本文を読む
異変に気付いたのは、校門の前で撮った坊ちゃまのポートレートを眺めているときだった。 ラシャ仕立ての制服と、同じ紺色の帽子を被った坊ちゃまが、誇らしげに胸を張るその肩口に、写るはずのない手が異物のように写りこんでいたのである。 話にはよく聞くが、実際に自分の撮った写真にそれらしい現象を発見したのは、初めてのことだった。何者かが、思い余った勢いでつい手を出してしまったという気配が感じられた。 「 . . . 本文を読む