偕楽園を出て移動していたところ人混みに遭遇しました。
皆さんが待っていたのは豪華列車「四季島」
車両の色は「四季島ゴールド」と呼ばれ、鉄道ファンに人気があるそうです。
四季島が偕楽園駅に入線するのは、5年ぶり2度目・・・偶然、珍しい場面に遭遇しました。
駅に到着すると、乗客が下車し、偕楽園へ。うん?でも参加者少なくない?坂道上るのが嫌で偕楽園へ行かない人もいるのかな?などと思っていたのですが・・・調べてみると四季島の乗客は限定 16組32人!😲
32人のためのこの長い列車・・・さすが豪華列車ですね。
千波湖へ。
湖畔には「徳川斉昭公・七郎麻呂(慶喜公)像」
😀 偕楽園を造園した徳川斉昭は、徳川最後の将軍、徳川慶喜の父・・・斉昭が七郎麻呂に世の正しい道を指し示し、七郎磨がそれに応え、斉昭を仰ぎ見ています。
駐車場の近くに可愛いボンネットバスが停車していました。
梅まつりの期間中、3日間のみ無料で水戸市内を周遊できると知り、早速乗車することにしました。
車内は当時のまま使用されています。
車内販売された缶バッジ(500円)を購入しました。
😀 購入代金はバスの保存のために使われるとのことで、飛ぶように売れていました。
男性ガイドさんの説明を聞きながら、水戸市内の観光ポイントを巡ります。
我々は「弘道館」で下車しました。
弘道館は、江戸時代後期、水戸藩に作られた国内最大規模の藩校で(面積約32,000坪)、学問と武芸を教えていた総合大学のような場所でした。
文武修行の場の「弘道館」と余暇に心身を休める「偕楽園」は、一対の教育施設として創設されたそうです。今の時代にも支持される考え方😀
最後の将軍徳川慶喜は、幼少期に弘道館で学び、大政奉還後はこの場所で約4カ月の謹慎生活をおくりました。
「正門」
😀正門を通るのは藩主のみ。 この日は特別に開門していましたが、通常は閉門しているそうです。
学生や諸役人は「通用門」から出入りしました。
よく見ると、遠くに黄門さまが写り込んでいました😆
弘道館の中心的な建物「正庁(せいちょう)」の玄関には 斉昭自筆の「弘道館」扁額が掲げられていました。
来館者の控えの間「諸役会所」
😀 床の間には「尊攘」の掛け軸・・・幕末の尊皇攘夷思想は、水戸学から生まれました。
武術の試験などが行なわれた 「対試場」
そういえば、新選組と行動を共にした「芹沢鴨」も弘道館出身ということで一目置かれていました。
2代目藩主「徳川光圀(みつくに)」の時代から始まった「大日本史」
😀 完成までに200年以上かかったそうです。水戸藩、頑張りましたね。
帰路もボンネットバスで・・・千波湖へ戻りました。
千波湖の湖畔には、徳川光圀(水戸黄門)の像もありました。
バスから見た水戸の街も魅力的でした。次回は宿泊で再訪したいと思います。